衝突する二人
僕は興奮冷めぬまま、ロピの工房に駆け足で向かった。
今日会ったことを話さなければ。
もちろん、僕の元家に向かった真の目的は伏せて。
ロピの工房にたどり着き、扉を開けると、神様とロピが口論していた。
「だから、何度も言っているじゃないですか!?」
「そんなケチくさいこと言わずに、さっさと作りなさいよ!」
「嫌です!」
「だからなんで嫌なのよ!」
「嫌ったら嫌です!」
ロピがこんなに感情を出し、大声で喋るのを初めて見た。
神様は普段通りだった。
きっとこの二人は元来相入れない相性なのだろう。
普段はロピが我慢しているから、衝突せずに済んでいたのだ。
僕は玄関から二人が口論しているのを眺めながら、納得した。
ということは、今日のこの口論は、ロピがどうしても我慢できない、或いは許容できないことを神様が言っているのだ。
つくづく、どうしてこう平然と人を怒らせることができるのだろう。
それも僕が知る限り、この世界で一番穏やかなロピを、だ。
これが神様が備えている素質、神様が神様たる所以なのだろうか。
神様としての力を失っても、神様の誇り(或いは傲慢さ)は失っていないということなのだろう。
この点に関してさらなる考察を加えていきたい気持ちもあったが、流石にロピが可哀想だったので、そろそろ仲裁に入らなくてはならない。
「一体どうしたんですか?」
「カケル!」
「カケルさん!」
二人が一斉に僕に向かって捲し立ててきた。
「……つまり、こういうことですね。神様がロピさんに武器を作るよう頼んだ。しかし、ロピさんはそれはできないと断った。」
「そうそう。」
「そうです。」
「それだけですか?」
「そうそう。」
「そうです。」
「……うーん、だったら、神様が悪いんじゃないですか?嫌って言ってるのに無理矢理は良くないですよ。」
「何よ!あんたまで私を悪者扱いするの!?」
「そういうわけじゃないですけど、でも本人が嫌って言ってるから……。」
「ひどい!カケルはわかってくれると思っていたのに!ふえーん、こんなところ出ていってやる!!」
神様はそう言うと、扉の側に立っていた僕の横を走り抜けて、出て行ってしまった。
「見苦しいところをお見せしてしまい、失礼しました。」
ロピはもう冷静になったようで、頭をペコリと下げて謝罪した。
「ロピさんが謝ることではないですよ。神様が勝手なことを言ってすみません。落ち着いたら帰ってくると思います。」
「クロさんがあんまりしつこかったから、私もついカッとなってしまいました。」
平穏な性格のロピを怒らせるくらいだから、かなりしつこく且つ悪気のない素振りで食い下がったのだろう。
その光景を想像して、なんだか僕が非常に申し訳ない気持ちになった。
「帰ってきたら僕からも言っておきますから。確かに武器の方が高く売れるでしょうけど、ロピさんはアクセサリー職人ですからね。」
「……それは違いますよ。」
「えっ?」
「いえ、私がアクセサリー職人というのはその通りですけど、クロノスさんは、武器を売ろうとして私に頼んだのではなく、カケルさんに使ってもらいたかったんです。カケルさんでも使える武器を作って欲しい、そう頼まれたんです。」
「そうだったんですか。僕はてっきり……。」
「私もお役に立ちたい気持ちはあるのですが、武器や防具はどうしても……、すみません。」
「ロピさんが謝ることじゃないです。でも、ちょっと神様を探してきます。」
神様はあっさり見つかった。
街を10分ほど歩いて神様を探していると、よく行く材料屋の近くにいた。
「あら、まさか私を追いかけて来てくれたの?」
「そのまさかですよ。」
「言っておくけど、さっきのはあくまでロピに罪悪感を与えるための演技だからね。」
「つくづく悪い人、いや、悪い神様ですね。」
「ふん、私の願いを聞かない人間にはかわいい罰を与えなきゃね。」
「とりあえず、帰りましょう。ところで、こんなところに来て、何をしていたんですか?」
「……別になんでもないわよ。」
「神様。」
「どうしたの?」
「僕、明日からトレーニングもっと頑張りますから。」
「あら、そう。」
僕らはロピの工房へと黙って歩いた。
日は暮れかけて、街を囲う壁も向こう側に沈もうとしていたが、まるで朝焼けのように眩しく輝いていた。
明日になればまた今日と同じ太陽が登り始める。
ただその輝きは、太陽の下で暮らす僕は、変わって行くのだ。
いや、変わっていかなくてはならない。
元の世界に戻りため、神様の力を取り戻すため、自分のために。
僕と神様はロピの工房に戻ると、僕が間に入ってロピと神様の仲直りをさせた。
神様は最後まできちんと謝罪の言葉を言わなかったが、それはそのままにして、僕らは遅めの夕食を食べた。
ロピが自分の宿舎に帰ると、僕と神様は寝る支度を整えた。
午前のトレーニングと午後の穴掘りでくたくたに疲れていたので、早く寝床に着きたかった。
「そう言えば、カケル今日はどこに行っていたのよ?」
「そう言えば、神様に言いたいことがあったんです。」
僕は今日起こったことを神様に報告した。
自分の家の跡地に行ったこと、そこで老人に会ったこと、そこでモンスターが地面から這い出てきたこと。
そして老人がそのモンスターを文字通り一蹴したことを。
「もうすごかったんです。僕に目の前にモンスターが突然地面から出てきて、襲われると思ったら瞬間、そのおじいちゃんがモンスターを蹴って、一瞬で倒してしまったんです。」
「ギルドですれ違ったじいさんだったのね?」
「そうなんです。もうすごいの一言につきます。僕には何がどうなったのか、わからないうちに終わっていました。」
「ふーん。ところで、どうしてそんなところに行ったのよ?」
「……えーっと、それはですね……、なんというか……。探し物です。僕の物が落ちていないかなっと思いまして。」
「その可能性薄いわね。だってここは1000年後の世界なのよ。1000年も経てば、大体の物は土に帰っているわ」
「神様、今更こんなことを言うのは恐縮なのですが……、」
「言ってみなさい。」
「ここは本当に1000年後の世界なのでしょうか?」
「そうよ。」
「でも、にわかには信じられません。だって、1000年後の未来というのに文明は退化しているし、そもそもなんでモンスターがいるんですか?こんなの、まるで異世界ですよ。異世界にワープしたと言われたほうが納得します。」
「それは私にもまだこの時代のことが詳しくわかっていないから、なんとも言えないわ。でも、私にはカケルの時代に流行っていた異世界に飛んでどうこうする力はないから、この世界は異世界なんかじゃないの。私の力はあくまで時間を操る力だけ。だから、この世界がカケルの世界と同じ世界ということは私が保証するわ。ただ、時間が異なるだけ。」
「でも、神様は具体的にどのくらい飛んだのかは分からないって言ってましたよね?もしかしたら過去の方に飛んだのでは?」
「私がいくら慌ててたって言っても、前に飛んだのか後ろに飛んだのかくらいははっきり分かるわよ。でも、1000年後かどうかって言うのは私には定かではないわ。」
「でも西暦3000年って言ってたから、ちょうど1000年後ですよ。この点に関しては、何人かに聞いてみたから確かだと思いますが。」
「まぁね……、もしも私の力が戻ったら、全てはっきりするし、全て元通りにできるんだけど。ほんと、力が封印されているってもどかしいわね。」
「神様の力を封印したやつの正体も分からないし……。本当に心当たりないんですか?」
「ないわよ。大体、私だってこの世界に来たのは初めてなんだから、人間ってことは考えにくいわ。となると、私に恨みを持つのなんて、いたとしても他の神くらいだけど……。」
本人は恨みを持たれる心当たりなんて皆無みたいな素振りを見せているが、今日のロピとのやりとりを見ていた僕としては、毎日誰かの恨みを買っていると言っても過言ではないように感じた。
「まぁいいわ。あれこれ考えていたって始まらないし、そろそろ寝ましょう。あれ?」
「どうしたんですか?」
「しっ!」
神様は僕の口元を手で塞ぐと、身動きひとつ取らずにじっと耳をすませた。
シャー……シャー……
それは聞いたことのある音だった。
あの恐怖の夜、部屋の向こう側から絶え間なく僕を怯えさせた、あの音だ。
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