元家があった場所で
翌日、午前中でトレーニングを切り上げさせてもらい、僕は一人である場所に向かっていた。
神様はまだ2日目なのにとぶうぶう言っていたが、どうしても一人でなければならなかった。
街を出て、およそ20分ほど歩くとそこに着いた。
改めて見渡してみると、広い荒野が広がっていた。
木材や様々なガラクタなどが散らかっている。
ここはどうやらゴミ捨て場のようだ。
そして、こここそが最初に僕がこの世界に降り立った場所でもあった。
つまり、僕の家があった場所だ。
未来の僕の家が、ゴミ捨て場の中にあるというのはあまり嬉しくなかった。
どうせならもっと発展でもしていたら、家の土地を高く売れたかもしれないのに。
と言っても、1000年後であれば僕は本来存在していないので、僕のかなり遠くの子孫が儲かるだけなのだが。
というか、1000年後まで僕の子孫は続いているのだろうか?
とそんな不毛なことを考えていたが、どうしても理解できないのは、どうして1000年後の世界が発展するどころか、文明が後退してしまったのかということだ。
この点は、全く不毛どころか、解き明かさなければならない疑問に思えた。
そして、神様たちのラグナロク。
現実世界にそんなことが存在するということも受け入れ難い。
だが、文明が後退したこととラグナロクは何か関係があるのだろうか?
そんなことを考えながら、僕は自分が最初にいた場所を探した。
ガラクタを踏みながら、ゴミ捨て場の中へ進んでいく。
途中で、前回のように大きな恐竜みたいな怪物が現れないか、時々空を見上げて確認した。
「この辺だったかな。」
ガラクタだらけの中で、神様がボロボロになったカーテンの切れ端を拾ってきてくれた場所だ。
ここが、最初の地。
僕がこれまで平穏な人生を過ごしていた場所の1000年後に、僕は今立っている。
幾分平穏ではない環境に身を置いて。
ここに来た目的はひとつ。
僕の過去の遺物を発掘することだ。
神様がカーテンを拾ってきたということは、きっと他の物もまだあるということだ。
あたりを見渡しても見つからないので、ひょっとしたら地面に埋まっているのでは?と考えたのだ。
僕は適当に足元をスコップで掘り始めた。
それほど深くには埋まっていないはずだ。
案の定、掘り始めてから数分で、カーテンの切れ端を見つけた。
この調子でいけば、きっと他の物も見つかるはずだ。
今回のターゲットはただひとつ、AVだ。
もちろん、この世界には電気がないから、発掘したって見れないことは百も承知である。
そのパッケージだけでいい。
パッケージを眺めるだけで、僕は自分を慰めることができる。
そしてこの辺りには人影もない。
今の僕はそれくらい飢えている。
昨晩、神様とトレーニングしている時、なんだかいい雰囲気になってたが、正直やばかった。
あの柔らかそうな身体に触れたくてたまらなかった。
もう相手が神様だとか、そういうのは関係なく、好きなように触りたい衝動を抑えるのに必死だった。
実際、神様の力は封印されていて、人間と同じ状態と自分でも言っていたし、僕も健全な青少年なのだから、夜二人きりで同じ部屋にいたら、そういう気持ちになるのは極めて自然なことだ。
こっちの世界に来てから、ずっと自慰も我慢している。
しかしもう我慢も限界だ。
ということで、僕は何としても僕のAVを発掘しなくてはならないのである。
神様のためにも、自分のためにも。
僕は自分の部屋の広さほどの範囲で、せっせと地面を掘り続けた。
これはこれでトレーニングになりそうだ。
「何をしとるんじゃ?」
後ろから突然声がした。
驚いて振り向くと、老人が立っていた。
僕は穴を掘る手を止めて、なんと答えればいいのか迷った。
「えっと、……探し物です。」
「こんな所で探し物とは難儀じゃな。間違えて捨ててしまったのか?」
「そういうわけではないんですが、無くしちゃったんです。」
「わしも手伝ってやろう。わしもここでよく物を探すんじゃ。」
「でも悪いです。見つかるかも分からないし……。」
「いいんじゃよ。わしの探し物もついでじゃ。それで、一体何を探しとるんじゃ?」
「えーーーっとーーー、絵です。」
「どんな絵なんじゃ?」
「一言で言うと、女性の裸の絵ですね。」
「ほうほう、ようは春画じゃな?」
「そうですね。」
と言うことで、僕はこの見知らぬ老人と一緒に春画を探すこととなった。
まるで河原で捨てられたエロ本を探すみたいだな、と思った。
時代が変わっても、男が求めるものは変わらない。
そしてロマンの前では、年齢もまた関係ないのだ。
老人は一生懸命に穴を掘った。
年齢は70歳以上に見えるのだが、身体はたくましかった。
僕よりも筋肉も付いているし、細身なのだが、芯はがっしりとした身体だった。
老人は黙々と穴を掘った。
僕よりもその動きは早く、ドンドンと穴は深く広くなっていった。
「疲れたのぉ。少し休憩しようか?」
「そうですね。」
僕らは穴から這い出て、しばらく黙って座っていた。
僕は持ってきたポーションを一つ老人に渡して、二人でポーションを飲んで休憩した。
「一体どんな春画なんじゃ?」
「僕の宝物です。」
「ほうほう、描かれているのはかなりの美人なんじゃろうなぁ。」
「僕の中では一番の美人です。」
「ほぉ。」老人は顎髭を触りながら、深く息を吐いた。
「大きくてクリっとした瞳、薄い唇に小さく尖った鼻。長いロングの髪の毛。非の打ち所がない顔です。そしてもちろん、身体のいやらしさは芸術のレベルです。」
「その春画を見つけてしまったら、もう興奮して抑えられそうにないのぉ。」
「そうなんです。正直、もう抑えるのが精一杯なんです。」
僕は昨晩のことを思い出していた。
もう抑えるのが精一杯なのだ。
「目の前にしたら、思わず触れたいと思ってしまう。でも、もしも拒否されたり、嫌な顔をされたらどうしようと思うと、怖くなるんです。それで一歩引いてしまう。」
「一歩引いて見るのもまた一興じゃよ。」
「そうなんです。もっと近づきたい、触れたいと思いながらも、一歩引いても、それはそれで綺麗なんです。今はまだその距離感かもしれない。でも、もっと近づいてみせる。そしていつか、この手で抱きしめることができたなら……、いや、そうなれるように頑張らないといけないんです。今はまだ弱いけれども、もっともっと強くなって、きっと彼女に見合う男になりたい。」
「お主、恋をしておるのぉ。」
「これが恋というものなんでしょうか?」
「それを恋と呼ばず、何と呼ぼうか。正真正銘の恋じゃよ。こりゃお目にかかるのが楽しみじゃ。」
老人はよっこらせっと言いながら立ち上がると、ストレッチをしてから再びスコップを手にして穴へ降りていった。
「もしかして、この前ギルドにいらっしゃいませんでした?」
二人で穴を掘りながら、僕はぼんやりと思っていたことを口にした。
「あぁ、もしかして君はあのときギルドにいた少年か?」
「そうです。確か、プレートを返していましたよね?」
「あぁ。」
「実は、僕はこの前登録に行ったんです。」
「ほぉ、それじゃわしと正反対じゃな。わしはもういらなくなったんでな。」
僕はこの老人のステータスが気になったが、聞くのは邪推かと思い質問するのをやめた。
「ところで、ここで何をしていたんですか?」
「んーそうじゃな、難しい質問じゃが……。」
その時、地面に突き刺したスコップが何か固いものに当たった。
とうとう掘り当てたのか?
そう思い、歓喜の声をあげそうになったのだが、スコップに何かが蠢くような感触があった。
そして、周囲の地面がモゾモゾと動き出した。
僕は直感で、地面の下の何かがいるのだと感じた。
だが、そう感じたときのはもう遅かった。
土が弾け飛び、土が顔に当たり視界がぼやけた。
ものすごい音と共に、下から何かが飛び出してきた。
「離れるんじゃ!」
そう声が聞こえたが、視界がぼやけて状況が掴めない。
目の前には、熊みたいな黒い物が蠢いている。
汚れた手で、なんとか目についた土を払い除けると、僕の目の前にモンスターがいた。
どろどろの肉体に、ところどころ骨が見える。
まるでゾンビだ。というか、いわゆるゾンビそのものだった。
成人男性と同じくらいの背丈だが、どろどろに溶けた身体にはみ出た骨。
ゾンビは僕の目の前でふらふら立っているが、その溶けかけた目は、確かに僕を捉えていた。
襲われる。
僕とゾンビの間、僅かな隙間しかない。
ゾンビは両手を前に突き出し、僕の上にのしかかろうとしている。
逃げなければ。
でも動けない。
僕の足と手は恐怖で震えながら、地面をかくばかりだった。
だが、僕の目の前で突然ゾンビの頭が吹き飛んだ。
いや、老人が蹴り飛ばした。
僕とゾンビの僅かな隙間に体躯を忍ばせ、下からゾンビの頭を蹴り上げた。
頭を失ったゾンビの体は、小刻みに震えていた。
老人はその身を回転させるとともに、踵から足を回転させて、ゾンビの体に後ろ回し蹴りを放った。
ゾンビの体はバラバラになりながら、地面に崩れ落ちた。
「ふぅ、やれやれ、たまに出るんじゃよ。こういう輩が。」
僕は返す言葉を失い、ただ老人を見つめていた。
「大丈夫かえ?そうそう、さっきの質問の答えがまだだったな。わしはここを守っておるんじゃよ。こういう輩からの。」
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