レベル1の証
「それでは、このプレートを手に取ってください。」
女性Aはこなれた様子でそう言った。
おそらくもう何回も、日常的に言っているセリフなのだろう。
女性Bは、後ろで満足げな表情を浮かべている。
彼女の頭上にまるで勝利の二文字が浮かんでいるようだ。
そして神様は角にある椅子に腰掛けて俯いている。
神様の頭上には敗北の二文字が浮かんでいる。
いや、敗北の二文字も地べたに沈んでドロドロに溶けているようだ。
そのくらい、神様の周囲には負のオーラが漂っている。
ぶつぶつ何かを言っているようだが、僕は聞こえないふりをした。
この際、神様を慰める役割もロピに担当してもらいたい。
僕は改めて、受け取ったプレートを眺めた。
色や形は、今朝男が持っているのと同じだった。
しかし、男のプレートには色々文字が刻み込まれていたが、僕が手にしているプレートは、何も刻まれていなかった。
「これがギルドの免許証になります。一人一枚しか所有できません。紛失した場合は、速やかにギルド本部まで報告して下さい。紛失したプレートを無効にして再発行致します。再発行はプレート代のみいただきます。仮にプレートを紛失されてそのままにしておいた場合、プレートにはあなたの情報が刻まれたままですので、悪用される恐れがあります。仮にあなた以外の第三者に悪用されて、それによって生じる如何なる問題、不利益はギルドは一切関与致しませんのでご了承下さい。全てプレートに記載されている方の責任になります。ここまでで何かご質問はありますか?」
「いえ、特にありません。」
「次に、プレートに記載するために、あなたの役職を決める必要がございます。役職はどれにしますか?」
「えーっと、役職は何があるんですか?」
「例えば冒険者、傭兵、魔法使い、鍛冶士、薬剤師、商人、色々ございます。ギルドは主に役職によって分類されますので、あなたが何をしたいか?どのギルドに所属したいか?次第です。」
「ちなみに、私は鍛冶士ですよ。」
ロピはそう言って、自分のプレートをカバンから取り出した。
「僕はただ、街の外で色々な材料を調達したいだけなんですが……。」
「それでしたら、冒険者がおすすめです。冒険者は、さまざまなエリアに出入りすることができます。もっとも、そのレベルにより制限はございますが。」
「じゃあ冒険者にします。」
「かしこまりました。役職は冒険者ですね。あとは全てプレートが自動で記載、更新します。それでは……。」
女性Aはそう言うと、引き出しを開けてナイフを取り出した。
僕の右手をそっと掴み、親指をそっと切った。
初回の登録のみ、血をプレートに染み込ませる必要があるのだと、ロピが事前に教えてくれていたので、僕は素直に従った。
親指から血を一滴、プレートに落とすと、プレートは血をまるで乾いた砂のように吸った。
プレートは淡い水色の光を放ち、まるで水性絵の具が水の中を這うように、文字を描いていった。
このプレートも神具の一種なのだろう。
僕は内心ドキドキしながらプレートに数値が描かれているのを眺めた。
ゲームのステータスのように、自分の能力が数値で分かるのだ。
学校の成績表をもらう時みたいだな。
僕はふと小学校の学期終わり、成績表をもらう時のことを思い出した。
よくあいつと見せ合いっこしてたっけ。
「これで登録は完了です。あなたの情報は、こちらでも管理させていただいております。またプレートを更新したい時には、ご自分で血を1滴プレートに染み込ませてください。もっとも、そう簡単に変わるものではないですから、たまに、自分自身で成長が感じられた時のみでいいと思います。」
「終わりましたね。早速カケルさんのステータスを見てみましょう。」
これが僕のステータスか。
なんか感慨深いものがあるなぁ。
「どれどれ、見せてみなさいよ。」
さっきまで澱んだオーラを放っていた神様が、もうすっかり立ち直ったのか、僕のプレートを覗き込んだ。
「これは……。」
「どうですか?」
「うーん……。平凡ね。と言うか、全体的に低いわ。」
「えっ?」
「まぁわかりきってたことだけど。カケルは普通の一般人だもの。訓練も修行もしていないし、特別高い魔力を持っているわけでもないわ。まぁ当然の結果ね。」
「そうですか……。」
言われてみればその通りなのだが、心のどこかで、自分の優れた才能や唯一無二の特殊能力が暴かれることを期待していた自分に気づいた。
だが、僕は今までごく普通の生活を送っていた学生なのだ。
「そんなに落ち込まないで下さい。私だって、全然強くないんですよ。力とかは、カケルさんの方が高いじゃないですか。」
「そりゃ、ロピは鍛冶士ですもの。別に弱くったっていいのよ。でもカケルは冒険者として、時には魔物がいるところにも行かなくちゃいけないのよ。正直このステータスじゃ、その辺の魔物に一蹴されておしまいだわ。」
「一点お伝え忘れておりましたが、……。」
女性Aはえへんと咳払いをしてから言った。
「ギルドが発行するクエストに関してです。クエストは、向こうの掲示板に随時張り出されます。依頼主には誰でもなれます。もちろん、クエスト内容やその報酬、ギルドへの仲介料など、事前に全てギルドとご相していただく必要がありますが。ギルドが正式に依頼を受けたら、向こうの掲示板に張り出します。一部、張り出されないクエストもありますので、知りたい時はこちら窓口までお問い合わせ下さい。クエストの報酬は、依頼主からではなく、ギルドから支払います。クエスト中に発生する如何なるトラブル、怪我、死亡などに関して、ギルドは一切責任を負いませんので、自己責任にてお願いいたします。また、クエストには参加資格として、レベルを設定しているものがございます。ですので、そのレベルに達していない場合は、無条件で応募できませんのでご了承下さい。あとの細かい点は、実際にクエストに応募した際にまた改めてご説明致します。」
やっぱり、よくゲームとかであるシステムと似ている。
そのおかげで割とあっさり理解することができた。
「えっと、僕はノアサ川一帯で狩りをしたいんですけど。」
「ノアサ川ですね。あの地区はギルドの狩猟管理地区になっております。」
「それじゃあ、今日からカケルはギルド登録の冒険者になったんだから、問題ないわよね?」
神様が口を挟んだ。
「えっと、……ノアサ川一体は、資格レベルが4以上になっております。ですので、現在カケル様には資格がございません。」
「そうなんですか?」
「カケルは今レベルいくつなのよ?」
「えっと……。」
僕はポケットから免許証を取り出してみようとしたのだが、すかさず女性Aが
「0です。」
と言った。
「えっ……。」
「0です。ゼ・ロ。ですので、現時点ではカケル様はノアサ川で狩りをする資格を備えていないということです。」
「そうなんですか。でも、レベル4までだったら、少し鍛えたらなりそうですよね?」
僕は笑いながらそう言った。
レベル4と言えば、ゲームなら序盤で少しレベル上げしたら達する程度だ。
そう思いふと口にしたのだが、神様を除いて、誰も笑っていなかった。
受付の奥にいた女性Bが、突然大きな息を吐いた。
眉をひそめ、こちらに詰め寄ってきた。
「御言葉ですが、レベルを1上げるために、皆さん日々鍛錬に励んでいます。才能がある人が努力を惜しまずに毎日鍛錬に励み、1年間で1上げられるかどうか、というのが一つの目安です。」
「1年間もかかるんですか!?」
「1年間で上がれば、かなりの才能をお持ちです。何年経っても、レベルが上がらない方もいらっしゃいます。」
「一番高いレベルはいくらなんですか?」
「ギルドに所属している中では、現在レベル8がもっとも高いレベルです。」
「じゃあレベル4は、ちょうど半分くらいですね。そんなに必要なんですか?」
「決まりですので。」
「でも、ノアサ川一帯はモンスターもほとんどいないエリアですよね?今朝行った時もモンスターを遭遇しなかったし、そんなに危険なところには思えないんですけど。」
「決まりですので。」
「ふーん、そういうことね。まぁいいわ。もうここに用はないから帰りましょ。」
僕らがギルドを出たときには、もう日が暮れようとしていた。
太陽が街の壁の向こう側に沈もうとしていた。
今日は朝からノアサ川まで歩いて、その後街に戻ってギルドに来た。
色々あって充実していたというよりは、何も得る物がなく、むしろ、自分のレベルが0で、かなり低いステータスということが判明して、僕の気持ちは後ろ向きだった。
「まぁでもこれで、やるべきことがはっきりしたわね。」
前を歩いていた神様が、後ろを振り向いて言った。
その目はメラメラと燃えていた。
なんだか嫌な予感がする。
「特訓よ!特訓!特訓!トックン!トックン!」
「えぇ……。神様、そんなに熱血キャラでしたっけ?」
「今、私の心は煮えたぎっているわ。ギルドでの私への失礼な態度。そしてカケルを見下す冷徹な視線。まるで腐ったゴミを見る目つきだったわ!許せない!」
「いたって普通の対応だったと思いますけど……。」
「ふん!何が普通の対応よ!いい?全然危険じゃない区域がレベル4必要って、ちゃんちゃらおかしいわ!あからさまな独占じゃない!」
「確かに、ノアサ川一帯で取れる材料は、ギルド直営店でしか手に入らないものが多いです。他の地区で取れる材料も、ほとんどギルド直営店で購入することが当たり前になっています。」
「あからさま過ぎて逆に恥ずかしいわ!」
「でも、レベル4どころか、1つ上げるのにも、1年はかかるって……。」
「つべこべ言わず特訓よ!」
こうして、僕はひとまず強くなるために、特訓することとなった。
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