街に来た翌日に
「さて、今日はどうしよっか?」
「まずは、あの塔まで行ってみませんか?」
宿屋を出て、まさに無一文の僕と神様だったが、まずは怪物が向かっていた塔まで歩いてみることにした。
今晩の宿代をなんとかして手に入れることも必要だったが、かと言ってお金を稼げるあてもない。
どうせ街を探索しなければならないのだったら、探索がてら塔まで歩いてみるのも悪くない。
「えぇ、いいわよ。」
「しかし、神様のその格好は目立ちますね。それに、手についた鎖、事情を知らない人から見たら、僕が強制しているみたいに思われて、何だか視線が痛いです。。」
「そうねぇ。私は別にさほど不便ではないんだけど、この鎖も、もうちょっと目立たないようになんとかしたいわね。」
「手に布を巻いていても、それはそれで怪しいし……。」
「両手が離せないと、不便じゃないですか?」
「慣れたらそうでもないわよ。今朝だって、器用に朝食食べてたでしょ?」
「まぁそうですけど。それに、両手がくっついていたら、服も着替えられないですよね?まだ2日目だからいいけど、今後はどうするんですか?」
「それはちょっと不潔で嫌だわね。いざとなったら、カケルに乱暴にビリビリと破いてもらおうかしら。」
神様はわざと上目遣いで僕の反応を見た。
僕はその光景を想像して、まんまと神様の思惑通りの反応をしてしまった。
「とにかく、早くなんとかしないといけませんね。今は神様じゃなくて普通の人間と同じなんだから、汗も普通にかくんでしょ?いつまでもその服だけ着ているわけにもいかないです。」
「これはカケルの大好きな服だから、いつまでもこの服を着てあげててもいいのよ?」
僕は神様の思惑通り、更に顔が赤くなるのを抑えられなかった。
「冗談はこのくらいにして、鎖を外すことが先決です。」
「分かっているわよ。この鎖を外すことが、カケルの目的、私たちの目的に繋がるってこともね。さっきのは冗談なんかじゃないけどね。」
なんとか話をしているうちに、塔の下までたどり着いた。
塔は真下から見ると、尚更高く見えた。
ビル30階建くらいの高さはあるだろうか?
おそらく、この街で一番高い建物のようだ。
「一体この建物は何なんでしょうね?」
「ちょっと聞いてみましょうよ。」
「……いいですけど、その間にまたどこかに行かないでくださいよ。」
「分かっているわよ。俺の側から離れるなよ、って言いたいのね。」
「はいはい。」
僕は近くの通りすがりの人に声をかけた。
「すみません。ちょっと訊いてもいいですか?」
「なんだい?」
「この建物は何なんですか?」
「はぁ?」
なんだか、昨日と同じセリフを聞いているようだ。
「すみません、教えて下さい。実は昨日この街に着いたばかりで……。」
「カイロス教本部だよ。」
「カイロス教?」
「あぁ、君らはカイロス教信者じゃないのかい?外から来る人は、大抵カイロス教本部を訪ねてこの街に来るんだがね。」
カイロス教本部。
そう言えば、昨日の男の人もカイロス教って言っていた。
カイロスというのも、ひょっとして神の一人なのだろうか?
「ねぇ、クロノス様……。」
神様に助けを求めようと横を向いたが、そこには誰もいなかった。
あれ?
さっきまでここにいたのに。
ていうか、これはデジャヴ?
「あの、すみません。」
僕は喋り続ける男の話を遮った。
「さっき僕と一緒にいた女性なんですけど……」
「あぁ、その子なら……。」
良かった。神様の姿は見えていたようだ。
「さっき、ものすごい速度で走り出してどっかに行ったよ。」
全然良くなかった。
あの神、口ではあれこれ言っているけど、やはり本当は僕を騙しているんじゃないだろうか?
「どこに行きました?」
「あっちの方だよ。」
男が指差した方角から、神様の叫び声が聞こえた。
僕は男にお礼を言うと、その方向に走った。
「神様、一体どうしたんですか?」
「この子なのよ!昨日!私を!!この子なの!」
「一旦落ち着いて下さい。」
神様が胸ぐらをつかんでいるのは、小さな女の子だった。
突然見知らぬ大人に捕まえられたためだろう、ひどく怯えて涙目になっている。
まぁ無理もないか。
「神様、この女の子が一体どうしたんですか?」
「この子なのよ。昨日、私に鎖を付けたのは!」
「ひぇぇ。なんだかよく分からないけど、ごめんなさい。」女の子は泣きそうな声で言った。
「まさか、この女の子が?」
話を整理すると、こう言うことだった。
この女の子はお店を開いていて、神様はこの子のお店で鎖を見つけた。
女の子は、興味津々な目で鎖を見つめる神様に、「もしよかったら手に取って見てみてください」と言ったのだった。
てっきり、昨日神様を誘拐しようとした者の方だと思ったから、僕はがっかりした。
「ようは神様の言いがかりですよね。結局、鎖を手に取ったのは神様自身なんだから。」
「違うわよ。この子が言葉巧みに私を誘導して騙したのよ。まぁ、その点はもうどうでもいいわ。」
自分の罪をなすりつけられなさそうと悟るといなや、この変わり様。
流石神様である。
「あなた、どうしてこの鎖を売っていたの?この点はきっちり説明してもらうわよ。」
「……そう言われれば確かに。」
「さぁさぁ、白状しなさい!」
「分かりました。なんでも話しますから、怒らないで下さい。でも、ここで話をするのも目立ちますから、もし良かったら、私の工房で話をしませんか?この近くなんです。」
僕らは、ついていっても害はないだろうと判断して、ひとまず女の子の言う通りにすることにした。
「改めまして、私の名前はロピといいます。」
「カケルです。」
神様の方をチラリと見たが、どうやら自分から名乗るつもりはなさそうだ。
足を組んで椅子に座り、黙り込んでいる。
「ここは私の工房で、普段はここで主にアクセサリーを作っています。大体は他のお店に卸しているのですが、たまにお店を開いて、自分でもアクセサリーを売っているのです。昨日も、自分でお店を開いているときに、こちらの女性に来ていただいたのです。」
「で、この鎖は?どうやって手に入れたの?」
「はい、すみません。実は、その鎖は、私が作ったものではないんです。」
「まぁそうでしょうね。それで?」
「実は、ほかのお客様からもらったのです。私のアクセサリーを買ってくれたお客様が、もしよかったら、この鎖をここで売ってくれないかと頼まれたのです。売れてもお金はいらない、ただ、試しにこの鎖を作ってみたから、売れるかどうか試したいと。」
「それでロピさんのお店で売った、と?」
「そうです。最初は私も断ったんです。だって、私が作ったものではないですし、それを私のお店で売るのも、そして売れてもお金はいらないというのも、なんだか申し訳ない気がしたので……。」
「どんなやつだったの?この鎖を持ってきたのは?」
「……女性でした。でも、ローブを深く被っていたので、顔は見えませんでした。」
「他に何か特徴や、気づいた点はありませんでしたか?」
「すみません。特に何も……。」
「役に立たないわね。」
「神様、そんな言い方はないですよ。」
「だって……。」
「いいんです。でも、なんというか……。」
「なんでもいいから、気がついたことがあれば言ってください。」
「鎖は、なんというか、素敵な作りでした。私もアクセサリーを作成する者として、その物の作りがどれだけ凝っているか、素材はどんなものを使っているのか、見たら大体の検討はつきます。でもそれは、今まで全く見たことがない物でした。ただの鎖なんですけど、ただの鎖には見えなかったというか……。」
「ほぅ。」
神様が小さくうなった。
神様の瞳が密かに、そして怪しく輝くのを僕は見逃さなかった。
「ねぇねぇ、ちょっと相談なんだけど。」
「はい、何でしょう?」
「アクセサリー作りや販売で、何か困っていることはないかしら?」
「そうですねぇ。特に困っていることはないですが……。」
「何でもいいから言いなさいよ。」
「えっと、私は物を売るのが苦手で……。ご覧の通りでも小さくて子供っぽいので、強く値切られたりすると、うまく断れないんです。」
「確かに、まるで子供が店番してるみたいに思われそうね。」
「……私、こう見えてももう成人です!」
流石に神様の無礼な言動に、カッときたのか、少し強い口調で言った。
「ちょっと、神様。」
「何よ、まぁいいわ。それじゃあ、私たちが販売の手伝いをするわよ。私だったら、うまく高値で売ってあげられるし、私の美貌でお客も引き寄せてみせるわ。その代わり、しばらくここに泊めてもらえないかしら?」
「ここでですか?」
「そうそう。」
「ここは工房なので、お客さん用のベッドとかもないですけど……。」
「いいのよ。とりあえず屋根があって、横になれればいいわ。私たち、今日の宿代もないの。だから、ここで住み込みで働かせてもらえない?ってこと。」
「はぁ、……。」
「とりあえず給料とかいらないから、ね?」
「私は別にいいですけど。」
「じゃあ決まりね!よろしく、ロピ。ってことになったけどいいわよね?」
「まぁいいですよ。」僕は成り行きに任せて頷いた。
そんなわけで、僕らはロピの工房でお世話になることとなった。
しかし、この工房で起こる恐怖の一晩の後、僕はこの日、成り行きに任せてしまったことを後悔するのだった。
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