長い長い一日の終わり
カケルが男の人と話をしている時、私はふと、近くの出店できらりと光る何かを見つけたの。
知らない物ばかりの中に、ひとつだけ見覚えがある物があったら、ふと視界に入ったら気づくとか、そういうのってあるじゃない?
それで、ふと、何となく気になって、その出店に近寄ったの。
それは、この鎖だったわ。
この鎖が売られていたの。
この鎖は、ただの鎖じゃないのよ。
さっき言ったと思うけど、この鎖は神の力を封印する力を持っているの。
神界の中でも、特に厳重に取り扱いされているのよ。
だって、神様の力を奪う物。
つまりは罪を犯した神に使う物なんだから。
簡単にいうと監獄の鎖ね。
それがここにあることの意味を考えながら、私は鎖を取ったわ。
そして、あっさり罠にかかったの。
鎖には、触れた者の手を縛る魔法がかけられていたの。
私は両手を縛られて……。
「ちょっといいですか?」
「何よ、今いいところなのに。」
「ちょろすぎでしょ。なんかシリアスな感じで語っているけど、ようは、お店に気になるものがあって、手に取ったら縛られました。しかもそれがどういう物か知っていながら。そういうことですよね?」
「まぁ簡潔に言うとね。」
「はぁ。まぁいいです。続けて下さい。」
おほん。
とにかく、私は鎖で両手を縛られてしまったわ。
すると、背後から何者かに襲われて、連れ去られてしまったの。
もちろん私は叫ぼうとしたけど、口も塞がれていたし、両手は鎖で縛られているし、どうしようもなかったわ。
何者かは私を引きずって街のはずれまで移動したの。
しばらくすると、空からあの怪物が降りてきて、私を鎖で吊るして飛び上がったの。
何者かは怪物の体に飛び乗ったわ。
ずるいわよね、自分だけ。そいつは、マントで全身を覆っていたから姿は見えなかった。
マント……。まさか、さっきの女神ではないだろうか?
しかし、仮にそうだとすると、僕を助けたことと矛盾が生じるし、そもそも怪物の上にいたというのだから、街で僕に声をかけることは不可能だ。
「まさかエグザを疑っているの?」
神様は表情から、僕の疑問を読み取ったようだ。
「それはないわよ。」
「……そうですよね。そもそも、街で僕と会っているんだから、怪物に乗っていたそいつとは別人ですよね。」
「まぁその点で言えば、エグザにできないかと言えば、やろうと思えばできるんだけど。でも、エグザはこんなことしないわ。それが一番の理由ね。」
「はぁ。」
「まぁとにかく、私は怪物に鎖で吊り下げられて、空を舞っていたところを、カケルに助けられたってわけ。誰が何のためにこんなことをしたのかは分からないけど、もしかしたらラグナロクと関係があるのかもしれない。」
「さっきも言っていましたけど、ラグナロクって一体なんなんですか?」
「一言で言うと、神様のお祭り騒ぎね。普段は、私達は神界にいたり、人間界に赴くとしても、影響を及ぼさないようにするの。私が人間界にいる時は、猫に変身するみたいに。ようはあまり過度に干渉したり、力を加えちゃいけないのよ。そういうルールにしよう、ってずいぶん昔に決めたの。古代の神々の間でね。この世界を作ったのは我々神だけど、この世界は神のものではない、ということ。ということで、神の存在をあまり強く主張したり、その存在をおおっぴらにすることはやめよう、ということね。でも、人間界に大きな厄災や危機が訪れた時には、神様が赴き力を貸してもいいの。そしてその期間は、神様の名をおおっぴらに語ってもいいし、その存在を主張するも力を振るうも自由、自分のやりたいようにしてもいい。それがラグナロク。」
「ということは、今が人間にとって大きな厄災が来ている、ということですか?」
「厳密に言うと、人間というよりは、この世界にとって、と言うべきね。私達は、人間だけ助けるわけじゃないし、人間にだけ力を貸しているわけでもない。神の中でも、色々な考えを持った神がいる。中には人間にとって悪い考えを持つ者もいるわ。でも、共通しているのは、あくまでこの世界の維持が目的なの。だって、この世界がなくなってしまったら、私たち神も退屈して困るもの。だから、それがどういう状況であれ、世界が存在し続けることが目的、と言えるかしら。それも神々にとって俯瞰していて愉快で好ましい状況でね。」
「はぁ。」
「で、たまに開催されるラグナロクで、自分の考えで、自分のやりたいように世界に干渉できるってわけ。だから、神にとっては、まさにお祭り騒ぎなのよ。」
「はぁ。」
さっきから実感のない話ばかりだ。神様の話を飲み込むので精一杯だった。
「でも、そんなに深く考えることはないわ。カケルにとって、今が何が一番大事か、何をしたいのかを考えればいいのよ。神様のお祭り騒ぎとか関係なくね。一番大事なのは、あなたがどうしたいかよ。」
「僕がどうしたいか……。」
「そう。そして私はそれをサポートするから。と言っても、今は神の力も封じられているし、できることなんて限られているけど。」
「…………。」
「別に今すぐ決める必要はないわ。今日は色々あったし、疲れているから、もう寝ましょう。じゃあおやすみなさーい。」
ランプの灯を消すと、僕らは寝床についた。
外は真っ暗で、ランプの灯を消すと、部屋の中は真っ暗で何も見えなくなった。
この世界には電気もないのか。
一体、なぜ1000年後の世界には電気がなくなっているのだろうか?
1000年の間に何があったのか?
神様のお祭り騒ぎというラグナロクと関係があるのだろうか?
僕には分からないことだらけだ。
分かっていることと言えば、僕が1000年後の世界にワープしたこと。
神様の力が封印されてしまったこと。
1000年前の元の世界に戻れなくなってしまったこと。
えーっと、後は何かあるだろうか?
そうだ、僕に神様の力が備わったこと。
このくらいしかなかった。
でも、こんな状況で僕がやりたいこと、するべきこと……。
「神様。」
「なーに?」
「僕、やっぱり元の世界に戻りたいです。」
「うん。そうだよね。」
「そして、神様の力を取り戻してあげたいです。」
「私の力?」
「そうすれば、元の世界に戻れるんでしょ?」
「まぁ、そうね。」
「神様の力を取り戻して、元の世界に戻る。これが僕のしたいことです。」
「……ねぇ、こうなってしまったこと、怒ってない?」
「怒ってない?……僕が?」
「うん。だって、私の力のせいでこの世界に来てしまったわけだし、私の力が封印されたせいで、元の世界に戻れなくなっちゃったわけだし……。」
「……さっき、神様が連れ去られて僕の前から姿を消したと聞いて、正直安心しました。だって、最初は僕を見捨ててどこかへ行ったとか、僕を騙していたと思ったから。」
「そう思われても仕方がないわよね。」
「でも、そうじゃなくて、誰かに連れ去られたと聞いて、安心したんです。こんな言い方したら不謹慎だけど。そして、神様が必死に抵抗しようとしている姿を見て、助けなきゃって思った。自分のためってのもあるけど、なんていうか……。」
「うん、ありがとう。」
「もう寝ます。」
「うん。おやすみ。」
再び静寂が僕らを包み込んだ。そして、僕はあっという間に深い眠りに落ちた。
ほんの少しだけ、今のいいムードのまま眠ってしまうことを、少しだけ後悔した。
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