File✳︎Finale
「お、遅くなって済まない!!」
私は待ち合わせよりも大幅に遅刻して倉庫に飛び込んだ。
実は少し前に倉庫の前には到着していたのだが、倉庫内の彼らの話を聴くために、銅一郎と共に入り口前で待機していた次第である。
「・・・もう良いんじゃ、朝陽。儂が全て悪かった」
私に続いて倉庫に入る銅一郎とお手伝いさん。
車椅子に乗る彼の表情は、サングラスをしていても分かるほどに後悔が滲んでいた。
それはそうだろう。
息子と孫のイザコザなど、親として、そして祖父として見ていられない上に、その原因の一端を自身が担ってしまっているのだから。
「お、親父!?帰ってきたのか!?」
倉庫に突然に登場した銅一郎を見て、直ぐに目を見開く朝陽。
その声に、銅一郎は朝陽の方へと顔を向ける。
「毎年、この三日間だけは近くに来ていたんじゃ。大浜山道の公園、お前は子どもだったから忘れてしまっているかもしれないが、毎年ソコで花火の音だけは聴きに来ていたんじゃ。自分の愚かさを忘れない為に」
銅一郎の言葉に、朝陽は何も話せなくなる。
だって、鍵矢の失墜の理由を知る者がもう一人現れたのだ。
先程まで話していた嘘など、最早つける筈もない。
「朝陽。お前はあの時もそんな顔をしていた。お前を追い詰めすぎた儂が悪かったんじゃ。今更じゃが、許してくれ。そして、花火組合の方々。儂が出来る事なら何でもしよう。だから、どうかこの二人を許してくれんだろうか」
銅一郎は朝陽に、そして周りの私達にも向けて、頭を下げる。
「親父!頭を上げてくれ!そもそも・・・俺が悪かったんだ!そうだよ・・・俺が、鍵矢の家を潰しちまったんだ!」
親である銅一郎の登場に狼狽する朝陽。
彼は己の代わりに頭を下げる銅一郎の態度に心変わりをしたのか、意を決して過去の出来事を語り始めた。
「17年前、俺は親父に認められたい一心で花火を作っていた。でも俺には才能がなかったんだ。親父に教えられた通りに作っているのに、何故か親父と違うものが出来る。なら揚げ方が悪いんじゃないかと自分自身で揚げた花火が・・・暴発した。300年間一度も無かった暴発事故だ。町の歴史に、泥を塗っちまった。ソレで馬鹿を見るのが俺なら良かったが・・・ソレで怪我したのは町民だった。花火を作ったのは俺だ。打ち揚げたのも俺。それなのに、結果的に親父が泥を被っちまった」
「儂は組合の責任者じゃ。責任を取るなら、勿論それは儂じゃ」
「だからって、町から出て行く事は無いだろう!そうしたら、誰が・・・花火を揚げるんだよ!俺は、もう揚げられない、作れない・・・。怖いんだ。あれ以来この時期になると、酒を飲まねえと手の震えが止まらねぇ」
震える手で頭を抱える朝陽。
真実を話したことにより先程とは打って変わって弱気な彼に対して、地に膝をつく焔が枯れた声を絞り出す。
「やっぱり、嘘・・・だったんだな」
「すまねえ、焔。でも親父に・・・こんな俺の無様な話を語らせる訳にはいかなかったんだ」
先程の話からも伝わってきたが、どうやら朝陽は父である銅一郎の事を家族としてではなく、一人の人間として尊敬しているのだろう。
家族でのすれ違い。
誰もが互いを尊重し合い、尊敬し合っているのに、どうして此処まですれ違ってしまうのだろうか?
頭を垂れて地を見つめる鍵矢の家系三人。
この事態にどの様に収拾を付けるのか。
ソレを決定できるのは、この場ではただ一人だけだった。
「お前達・・・」
これまで沈黙を貫いてきた玉屋華が口を開く。
「・・・罪は、償ってもらうよ」
三人を睨む玉屋の瞳は鋭い。
「何でも言ってくれ。老い先短い儂は、命すら惜しくない」
焔と朝陽が無言で俯く中、銅一郎だけは玉屋の瞳に真っ向から言葉を返す。
きっと玉屋華には怒りや憎しみの感情が湧き上がっていると、彼は考えているのだろう。
しかし、 ソレは彼女の事を少しでも知っている私からしたら、あり得ない話だ。
だってその瞳は、決して負の感情などには染まっていないのだから。
「ソレじゃ、これから死ぬまで・・・お前達三人には北側花火組合として、花火製作のために尽力してもらうよ!!」
倉庫に響く玉屋の声に、鍵矢の三人は言葉を飲み込みきれなかったのか、呆けた様に口を広げる。
「なんだい?この条件も飲めないって言うんじゃないだろうね?もしかして人数の事を言っているのかい?ソレなら安心しな。ウチのを貸してやるよ」
「い、いや・・・そうじゃない。ソレじゃ、罰として緩すぎるんじゃ・・・?」
「死ぬ覚悟が出来てる奴を殺すなんて、勿体無いだろう?ソレなら死ぬまで働いてもらった方が、得が大きいって話さ」
「でも儂はこんな老体じゃ。もう手伝えることなんて・・・」
「動けずども、知識はある。ソレを使いな」
玉屋と問答を繰り返す銅一郎。
彼は、この罰に満足できないのだろう。
だって、毎年の様に足を運ぶ程に花火に対して未練が残っている彼には、ソレは罰ではなく、褒美とも取れるものなのだから。
「待ってくれ!俺ももう手が震えて花火なんかとても・・・」
「じゃあお前は死ぬまで酒は抜きだ。気合い入れて働け」
「いや、そんな!コレは精神によるもので・・・」
「嘘付くんじゃないよ。私がガキの頃に見たアンタは、酒に馬鹿みたいに弱い奴だった。そんな奴が酒に浸るから手が震えてんのさ。仮に精神的なモノだとしても、気合いで治しな」
「そんな無茶な!」
「罰なんだから当たり前だろ!アンタは本当に馬鹿だね!そんなんだから嫁にも逃げられるんだよ!」
「ぐぅ!痛いところを!」
銅一郎と朝陽を順に論破していく玉屋。
順当に玉屋の思い描く結果になっていく中、最後の壁は、口を開かない彼だけだった。
「・・・焔」
彼を見つめる玉屋にあるのは深い親愛。
彼女らは血が繋がってなどはいないが、ソレを見せる彼女はまるで、私には存在もしない母親という存在を連想させた。
「腐るのは構わない。でも、やりたい事の意味も無くなったんだ。だから少しくらい、人のやりたい事を手伝っても良いんじゃないかい?」
そんな優し過ぎる玉屋の言葉に、ポツポツと焔は話しだす。
「・・・別にやりたい事なんかじゃ無かった。復讐は使命で、既に腐っていた俺には必要な、生きる熱だったんだ」
静まり返る倉庫内。
結局は鍵矢の家の騒動で、一番に振り回されたのは彼だったのかもしれない。
誰もが復讐という言葉の重さに押し黙る中、今まで一言も話さなかった有利が唯一、彼に言葉を返した。
「復讐なんて、虚しいだけですよ。過去は変わりません。無くしたものも、戻ってこない。だから、少しでも虚しさが晴れる様に、いい未来を過ごせる様に、頑張るしかないんです」
その言葉を放つ有利の視線は焔へと向いているが、言葉の方向に関しては更に向こうの、誰かへと向いている様な、そんな気がした。
「いい未来を過ごせる様に・・・か。ソレも、そうかもしれないな。いいさ。朝陽もじじいも満足に動けないなら、俺と仲間達で手伝ってやる」
そんな観念した焔の言葉を聞いた玉屋は嬉しそうに微笑み、手を叩く。
「コレにて一件落着、だね!」




