裏
「ウェップ」
いかんいかん。吐きそうになった。
「ヒヒヒ。にぃやん、調子悪そうだな。さては祭りだからって食い過ぎたな」
「全くもってその通り。まあ、祭りで食ったわけではないんだが」
時刻は25時を回り、子供は完全に寝ついている時間。
本来ならば町も夜の闇に包まれるべきだが、祭り期間だけはこの時間でも出店が営業している関係で、日中程とはいかずとも人通りが多い。
「日中より人が少なくて、むしろ遊びやすいかもな」
俺は思った事を癖で口に出す。
「コレで少ないのか。そしたら日中は俺には無理だなぁ」
「人間嫌いキャラだったか?」
「いんや。暑苦しいのが無理なだけ」
「クール系キャラだったか」
「キャラ付けにこだわり過ぎだぜ、にぃやん」
俺と取り留めない話を行うのは、斑井幸子・・・ではなく、そのもう一つの人格である裏井だ。
昨日の夜は早く寝た為に遊んであげられなかったから、代わりに今日に時間をとって一緒に祭りを楽しむことにした次第である。
それにしても見た目は幸子だが、言動が全くもって違う裏井に関して、未だに頭がバグりそうになる。
「おい、にぃやん! 見てくれよ!」
普段の幸子ならこんな大声も出さない。
新鮮な限りだ。
「あの姐ちゃん、白い毛玉を買ってるぞ! どんな詐欺が横行すれば、あの白い毛玉を200円で買うんだ!?」
出店で綿飴を買う女性を指差し、大声で叫ぶ裏井。
「人に指差すのをやめるザマス!!」
俺は裏井の指をすぐに下げさせる。
指差された女性は、異様な物を見た様にコチラを一瞥し、すぐに連れ添いの男性と共に逃げていく。
確かに、そうなるよなぁ。
「お前・・・まさかそこまでとは・・・」
正直言って祭りに初めてくる少年レベルの反応を期待していたのだが、彼のオーバーリアクションはそれを凌駕した。
というより、世間知らずすぎる。
こんなのじゃ、教育ママになっちゃうよ。
「いや・・・そんなに頭抱えるなよ、にぃやん。ごめんって」
すぐさま俺に対して謝る裏井。
・・・こういう素直な所は、似てるんだよな。
「いいや、謝る必要はない。俺が悪かった。好きに遊んでくれ。気になる物は全部買ってやる。・・・取り敢えずは、あの毛玉から買ってやろう」
「マジかよ! 正直要らんけど、ありがとぉな!」
「お前、食ったら絶対ビックリするぞ」
「食い物なのかよ!? 喉で絡まって窒息しそうな見た目してるけど?!」
深夜で道を歩く者の年齢層は高く、綿飴を食べている人が居ない事もあり、食べてるイメージが想像出来ないのだろう。
俺も腹一杯だが買うか?
んーーーー。まあ、初めに一口食べてやるだけで良いか。
有利がいたら間接キスなんて発狂するかもしれないが、彼女は既に部屋で寝ている。
今なら特に問題ない。
俺は綿飴の出店で二百円払い、袋に入った裏井曰く白い毛玉を買う。
その毛玉の塊に、俺はかぶりつく。
口の中に広がる砂糖の甘み。
ソレほどのクオリティでは無かったが、晩飯は塩味の辛いものしか食べていなかったので、これもギャップで美味い。
「喉詰まらないかぁ?死なないかぁ?」
口を動かす俺を、裏井は目を輝かせて興味津々に見上げる。
・・・本当に可愛い奴だ。
「うっ、グフッ!!」
俺は、喉を詰まらせるフリをする。
「うぇぇ!! 大丈夫かよ!にぃやん!! 死ぬのか!?」
大声を出す裏井。
その声に、周りの視線を集めてしまう。
悪ふざけが過ぎた様だ。
「冗談だよ。美味い。お前も食べてみろ」
そう言って、俺は綿飴の袋を裏井に渡す。
「うへぇ。本当に大丈夫かよぉ」
裏井は危険な物を扱うかの様にその綿飴を人差し指と親指で摘まむと、ほんの少しだけ千切って口に運ぶ。
その瞬間、裏井は目を見開く。
「ぅんめぇ〜〜!なんだこれ!!」
「綿飴だ」
「屋台の名前マンマかよ!!」
「多分、どこもそんなもんだ」
「はぇ〜。世の中って怖ぇなぁ〜。こんなもんがまだゴロゴロありそうだ」
「お前、屋台を回り終わる頃には恐怖で心臓が止まってるかもな」
「そんな、まさか!」
・・・そうして、一時間後。
「にぃやん。俺の事は見捨てて、旅館に帰ってくれ・・・」
裏井は、俺の腕の中で少しずつ意識を失いつつあった。
「死ぬなーー!裏井ーーー!」
「すまねえ、にぃやん。この・・・三郎と五郎を、頼む」
そうして、俺に金魚掬いで拾い上げた2匹の金魚を渡してくる裏井。
ソレを受け取ると、裏井は静かに息を引き取った・・・訳ではなく、眠っただけだ。
そう、別に心臓が止まったわけではない。
遊び疲れただけだ。
裏井の稼働時間は、実はそこまで長くはない。
特に自分を幸子のもう一つの人格と完全に意識してからは、そこまで長くは入れ替わらないようになった。
それは幸子の体力の問題なのか、ソレとも自分の存在を理解してしまったせいで、少しずつ裏井が消滅へと向かっていっているのか。
どちらかなんて分かりっこ無いのだが、もし後者ならば、少し寂しいと思った。
だからこそ、彼に出来るだけこの世界を楽しんで貰いたいと思うのだ。
「お疲れ、裏井。それと・・・幸子」
本日の依頼に対する成果を思い出すと、自然と笑みが溢れる。
「・・・もうコイツら無しじゃ、やって行けないかもな」
知らぬ間に彼と彼女とのコレからを想像していた自分に、ため息が溢れる。
そして、浮かぶ月を目上げる。
「愛着なんて、とうの昔に捨てた筈だったのにな・・・」
俺の呟きは、祭りの喧騒に消えていった。




