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WPM:能力探偵七加瀬の事件簿  作者: 空場いるか
花の咲く街
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女風呂

人で溢れて何とも疲れる会食も永遠に続くかと思いきや、明日の準備もあるとの事で日を跨ぐかといった時間でようやく解散となった。

そのまま部屋に戻る私と有利と七加瀬。


食い過ぎで気絶するも同然に部屋で大の字に寝だした七加瀬を放置し、私と有利は光玉館の温泉へと向かう。


女と書かれた暖簾を越えると脱衣所があり、それすらも越えると昨日と同じ様に広大な風呂場が眼前に広がる。

深夜ということもあり、人っ子一人居ない風呂場は私たち二人ではとてもではないが扱いきれない。


軽く身体を湯で流すと、私と有利は示し合わせた訳でもなく風呂場の露天へ繋がる扉を開けて、二人で少し小さめの露天風呂に身を沈めた。


「あぁ〜。今日の疲れに染み渡りますねぇ〜」


「そ、そうだね。ほ、本当に疲れた」


動く爆弾も勿論だが、動かない爆弾を解除する時は本当に肝が冷えた。


「ゆ、有利ちゃんが屋上から飛び降りた時は、本当にもうどうにかなっちゃいそうだった」


「あれは七加瀬さんの助けがあるって分かってましたからね。心配無用ですよ。七加瀬さんの能力があれば、大概のことは何とかなっちゃいます」


「そ、そうだな。ほ、本当にすごい能力だ。でもあの能力を、七加瀬はどんな代償を払って使っているんだ?」


「それは・・・まあ、言ってもいいですかね。ノーリスクです。能力持ち特有の代償を、七加瀬さんは何も支払ってません」


「そ、そんな事、あり得るのか?」


「はい。・・・何故なら七加瀬さんの能力は、ある忌まわしい事件が発端として目覚めた、特殊な物だからです」


「じ、事件って・・・例えば今回みたいな?」


「いいえ。その事件は事務所を開くより遥か昔、七加瀬さんが成人前に巻き込まれた事件です。そしてその事件も、今や詳細を知る者は限られています。私が知る限りでは七加瀬さんと私と蕗さんと、そして後数名」


「ゆ、有利ちゃんと迫間は、昔から七加瀬と知り合いだったんだな」


「そりゃあもう。幼馴染なんて物では表せない関係です」


「そ、そうなんだな。で、でも一体どんな事が起これば、あんな能力に目覚めるんだ?」


「それは・・・すいません。私、そして蕗さんも、この事件の詳細を幸子ちゃんへお話しする事は出来ません。だって私と蕗さんは互いに、七加瀬さんへの加害者であり、罪人なのですから」



出来るだけ感情を表に出さない様に淡々と話す有利の発言は、私にとって予想外の物だ。

しかし、思い出した事もある

確か美術島での初日の晩に、迫間も同じ事を話していた。

確か迫間は、“七加瀬の人生を壊したのは私だ”と言っていた。

ソレはきっと有利が話す、この事件のことを言っているのだろう。


しかし彼女らが悪事を働くとは、私には到底思えないのだが、二人にそこまで言わしめる事件とは一体・・・?


「・・・隠し事が多くて、すいません」


「そ、そんな!謝らないでくれ!そ、そもそも私はたまたま事務所に転がり込んできた、赤の他人じゃないか!包み隠さずに全て曝け出すなんて、出来るはずもない!」


「え!?赤の他人だなんて!私はそう思ってないのに、幸子ちゃん酷い!」


「え、えええ!そ、そういう意味ではなくてだな!」



沈んでいた筈の有利の、突然の豹変。

でも、確かに赤の他人は言い方が悪かったかもしれない。

今は、そう。職場の同僚?友達?

少なくとも、彼女等との関係は良い方向に進行している・・・筈だ。

筈だよな?


「あははは!勿論冗談ですよ!私達に気を使わないでください。ソレに事件の事は、ちゃんと七加瀬さんが直々に幸子ちゃんに話してくれます。だって幸子ちゃんは、事務所の一員ですから!今日の爆弾だって、幸子ちゃんがいなかったら解除出来ませんでしたよ!」


「そ、そうだな。そうだと、いいな・・・」


事務所の一員。

まだまだ見習いの私には、とても重い言葉だ。

爆弾の解除にしても、花火を上げてくれた組合のお陰で狙撃できた様な物だし、私が弾の威力を想定していなかったせいで、有利の命を危険に晒してしまった。


反省点が、多すぎる。


「そういえば、幸子ちゃん」


一人頭の中で反省会を開いていたせいで虚だった私は、有利ちゃんの問い掛けで目を覚ます。


「ん?ど、どうしたんだ?」


「アレ、どうでした?」


そういうと有利は右手で銃のポーズを取って、少し興奮気味に尋ねてくる。


恐らく、葉連に作成してもらった銃の事を聞きたいのだろう。

本日私が使った2種類の銃。

それはハイパーマシンオタクである有利にとって、これ以上ない程に知的好奇心がくすぐられるものに違いない。

感想が聞きたくて堪らない様で、鼻息が荒い。



「しょ、正直に言って・・・・・・最高だった」


そんな有利に触発されて、私も興奮気味に銃の所感を素直に答えた。

実際の所、実戦での使用によって、試し撃ちでは実感できなかったものが見えてきた。


ソレは、咄嗟の取り回しに対する銃弾の精度。


ライフル銃に関しては能力を使用したので何ともいえないが、DE拳銃タイプの弾丸の精度は目を見張るものがあった。

それは拳銃本体のとても重たい重量によって再現されたものなのか、ソレとも精度を追求したせいでこの重量になったのかは分からないが、とてもゴム弾で再現できるものではないと思える程だ。


正味の所この拳銃ならば、銃弾の軌道に関してはどんな悪環境でも実銃レベルの精度が担保されていると言っても過言ではない。



「えーーーーーー!いいなーーーーーー!葉連さんにお願いして、私の分も作ってもらおうかな・・・!」


温泉の湯をバチャバチャ飛ばして駄々を捏ねた後に、欲望に目が眩んだ様に空の星を眺める有利。

しかし、ソレは難しい。

だって、


「ば、馬鹿高いよ。・・・い、依頼一個分だよ」


私の正論を聞き、空を眺めていた有利が急に現実に引き戻されて、遠い目で己の浸かる温泉を眺める。


「・・・やっぱり、やめときましょうか」


「う、うん。つ、使いたい時は貸すよ」


「有難う、幸子ちゃん。やっぱり、持つべき物は友達だね」


「う、うん」


美しき友情に乾杯。

私は幸子ちゃんの差し伸ばして来た握り拳へ、同じく握り拳を合わせて返した。


こういった友情っぽいストーリーをしていると、私には全く無かった青春を感じて、少しむず痒くなる。

そんな一人恥じらう私に向けて、有利は満開の笑顔を咲かせて、私に質問を・・・いや、爆弾を投げかけてくる。


「ちなみに話は変わるんですけど。幸子ちゃんは七加瀬さんの事、どう思ってますか?」


「そ、ソレって、上司として?」


「は?性的対象としてに決まってますよね?」


満開の笑顔の有利の目は笑っていない。


「もしかして幸子ちゃん。前回の事件に引き続き、今回も助けられたからって、惚れてませんよね?」


・・・友情とは、儚い物だ。

男女の友情は成立しないとは言うが、やはり性愛が絡むと例え同性同士であったとしても、そんな神聖な物はこの世に在りもしない物に思えてくる。


私は世の中の諸行無常さを嘆きながらも、露天風呂を後にするのであった。

















「いやいや。自分の世界に入って誤魔化そうとしても、無駄ですよ」


露天風呂から立ち上がろうとした私の肩を、有利が抑える。

誤魔化すのは失敗したみたいだ。



「ど、どうしても、言わないとダメ?」


「え?言わないで退場できると思ってるの、多分貴方だけですよ?」


「い、いや!こ、この場には私と幸子ちゃんしか居ないよ!?」


「いや、世界が見てますから」


「い、意味がわからないよ・・・。で、でも言わなきゃ有利ちゃんが絶対に引っ込まないから、言うよ」


「よっ!待ってました!」


「わ、私は、七加瀬の事を・・・」


「七加瀬さんの事を・・・!?」


「・・・や、やっぱり言わないとダメ?」


私の根性の無さに、温泉で転げる有利。


「この期に及んで、ですよ!」


「わ、分かった、分かった。私は七加瀬の事を・・・いや・・・そうだな、七加瀬に惹かれているのは、確かだ」


「ギルティ」


猛虎のポーズをとる有利。

そのまま振り翳された両手を、私も両手を使って受け止める。


「ま、ま、ま、待ってくれ!た、確かに、惹かれているが、そ、それは好きっていう感情とは違うんだ!」


「一緒でしょ?」


「いや、違うんだ!私は、七加瀬という男をもっと良く知りたいんだ!」


「そうして知り尽くした上で、美味しく頂くんでしょう!!」


「だーかーらー!好きってなる程に、七加瀬という男を理解できていないんだ!そ、そう!ゆ、“有利ちゃん程にね!!”」







「・・・まぁ、確かに私程に七加瀬さんに詳しい人はいませんからね」


チョロっ!


「そ、そうそう!き、きっと迫間よりも、もっと、もーーーっと七加瀬の事を知ってる有利ちゃんは、七加瀬を愛する資格があるかもしれないけど、私にはまだまだそんな所まで行っていないから、分からないんだ!」


「そうですか。なら仕方ないですね。しかし、これからは私の事は師匠と呼ぶ様に」


「わ、分かった、師匠」


有利の振り上げられた拳は、鞘に収められた。

なんとか修羅場は乗り越えられた様だ。


しかし、私の言っていることは本当の事だ。

私は、七加瀬の事を知らなすぎる。


例えば、今日の爆弾解除が成功して有利の安全も分かった後。

私が七加瀬の能力を誉め称えた後の、彼の何とも言えない苦しそうな表情が、数時間たった今でも頭から離れない。


その表情の感情は、彼の過去を知らない私には推し量れない。

しかしそんな表情すら七加瀬という男のプラス要因に考えてしまう今の私は、七加瀬の良い部分を見つめすぎていて、本質を捉えられていない気がする。

そう何となく、考えてしまうのだ。



「・・・抜け駆けは厳禁ですよ?」


「い、イェッサーーー!」


「イエス、師匠だろーーー!」


「い、イエス、師匠ーーー!」


そんな七加瀬の事はさておき、とんでもなく面倒くさい師匠が出来てしまった。


軍部仕込みの敬礼を師匠である有利に行いながら、これからの事務所での立ち振る舞いには気をつけようと考える私なのであった。

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