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WPM:能力探偵七加瀬の事件簿  作者: 空場いるか
花の咲く街
83/97

作戦

時刻は19:45。

爆弾爆発まで、約15分。


あまりにも残された時間は少ない。


そんな限られた時間の中で、七加瀬は爆弾解除を成功させると話す。

不可能を可能にすると豪語する様なものだが、彼の事だ。実際に何とかする方法があるのだろう。


組合員には、真ん中と西の両灯台から離れる様に指示を出し、彼らの避難が完了した後に、七加瀬は神妙に語り出した。


「さて、作戦を話すぞ。・・・まず、幸子」


まさかの、初めに呼ばれた名前は・・・私だ。


「な、何だ?」

驚きながらも返答する。

この状況、私に出来ることがあるのだろうか?

「・・・スナイパーライフル、持ってきてるか?」

「あ、ああ、持ってきているが・・・ま、まさか!?」

「その、まさかだ」

「む、無理だ!で、出来ないぞ!“3km近く離れた10cmの的への狙撃”なんて、出来っこない!!」


七加瀬の提案した作戦は、不可能なモノであった。

西の灯台と真ん中の灯台の距離は、3km弱も離れている。

しかも弾丸はいくら葉連特製の特殊素材とはいえ、殺傷力の低いモノだ。

空気抵抗でそんな距離は弾がまともに飛びやしない。

そもそも本物の狙撃銃と専用の弾丸を使って尚2kmの狙撃が限界の私では、とてもでは無いが3kmの狙撃は無理だ。


「それに関しては問題ない。能力を使う」


「わ、私の能力は確かに、弾丸を曲げることができる。だ、だが、期待してもらったところ悪いのだが、前に見せた様に軌道を曲げて少ししたら弾丸は消えてしまうんだ。その場の運がとんでもなく良くなければ、まずそんな近くに着弾しないぞ」


「そうだな。だから・・・・・・俺も能力を使う」


「?な、七加瀬の能力?」


初めて会った時、七加瀬は確か私の能力について羨ましがっていた。

その反応から、七加瀬は能力を持っていないと思っていたのだが・・・。


『・・・七加瀬さん、良いんですか?』


「幸子も、もう事務所の一員だ。だから、良い」


トランシーバー越しに行われているのは、時々に起こる私をそっちのけで行われる有利と七加瀬の会話。

置いてきぼりにされている感も有るが、例え七加瀬がどんな能力を持っていたとしても、ソレは不可能を可能にする程の成果を出せる様には思えない。

だって能力は世界に認められておらず、高火力も出せなければ、現実で実現不可能な力も発現できないのだから。


そんな事を考えていると、七加瀬は先ほど浮かべていた難しい顔をした後に、トランシーバーの電源を一度切る。


そして明らかな嫌悪の表情を浮かべ、目線を逸らしながら彼の特異な能力について語り出した。


「あまり好きではないんだが俺は、俺の視認する相手たった一人のみ無条件で能力が使える様になる力を持っている。持っていると言っても・・・まあ、初めから持っていたわけじゃないんだが・・・何にせよ、そんな能力を持っているんだ」


その言葉を、私は七加瀬のいつもの冗談の類かと思ったが、続く言葉の無い事に、真偽は別として七加瀬は嘘をついている訳ではない事が分かった。


しかし、その能力は信じられない。

だって、そんな能力が存在したら能力の・・・いや、この世界のバランスが崩れかねない。


例を挙げるならば、仮に核爆発を起こせる能力を持っている者が居たとしても、核爆発の火力に近い兵器を現実的に用意できず、火力は凄まじくとも能力の使用自体が不可能というのが世界のバランスを保っている要因だ。

そんなバランスという名の枷を七加瀬はたった一人で取り払えるのだから、その力は世界を壊せるほどに強大な能力だ。


「試しにやってみるぞ」


そういうと、七加瀬は逸らしていた瞳を私へと向ける。


相変わらず難しそうな表情であったが、その中でも一際目立つ彼の瞳は、これまでの彼のソレよりも更に濁って、暗く見えた。


「・・・俺が認めた。お前は世界から外れて、自由になれる」


七加瀬がまるで呪文の様にそう唱えるや否や、直ぐに感じる違和感。

能力持ち特有の、常に何者かに監視されている感覚が身体から抜け落ちた様に消えていく。


「能力、使ってみろ」


七加瀬はポケットから百円玉を取り出し、私に放り投げる。


私はその百円玉を宙で掴むと、頭の中で円を描く軌道を思い描き、その百円玉を空へと放り投げた。



すると思い描いた様に、宙で円を描く百円玉。

そして、その百円玉は当然の様に・・・私の掌に帰ってきて、白く発光し消滅することは無かった。


「す、凄い・・・」


私はあまりの驚きに、百円玉を凝視する。


「これならイケそうか?」

「い、いける・・・イケるぞ!」


コレならば3kmの超距離を、能力による速度保持と起動修正によって弾丸の威力を落とさずに狙撃可能だ!


「・・・良かった」


そういうと、七加瀬はトランシーバーの電源を付けた。


「3km狙撃、可能だ」


その言葉を待っていましたと言わんばかりに、七加瀬の持つトランシーバーから有利の声が聞こえてくる。


『了解しました!では、私は降ってくる爆弾が屋上の地面に到着する前に、爆弾解除君を押し当てれば良いですね!』


「そうなるな」


『了解しました!やりましょう!爆弾解除!!』


解除の目処が立って色めき立つ声がトランシーバーからも聞こえてくるが、その声を無視した、冷たい玉屋華の声も同じくトランシーバーから聞こえてくる。


『待ちな。確かに3kmの狙撃が可能だとしても、落ちてきた爆弾を処理するのは交月だろ?それに、落下中に解除出来なければ、落下の衝撃で起爆することもあるんじゃないかい?一番危険なのは、交月だ。・・・本当にアンタはソレで良いのかい?死ぬかもしれないんだよ?私が言うのもなんだけど、花火大会の為に、命を落とす価値はあるのかい?』


玉屋は有利に問いかける。

その問いかけは、人が死ぬくらいならば大会が無くなっても良いとも取れる内容で、依頼人としては優しすぎる言葉だ。



『私は七加瀬さんと幸子ちゃんを信じています。だから問題ありません。必ず成功します。だから玉屋さんも、私を信じて下さい』


そんな玉屋に相対する有利の言葉は、私達はおろか、部外者ですら口出しできない、あまりに純粋な私達への信頼であった。


『・・・分かった。信じるよ』


「話も纏まったな。ソレじゃあ、初めようか」



玉屋の観念した様な声と共に始まる爆弾解除作戦。

私はその言葉を聞き直ぐに持ってきていた大きなケースを開けて、長距離ライフルを組み立て始める。


時間は19:50分を過ぎていた。

もう、時間がない。


有利の心強い言葉もあり、焦る事なく手早くライフルを組み立てた私。


背後から感じる七加瀬の視線を受けながら、私は高倍率スコープに目を通す。


スコープに初めに映るのは、一際目に付く真ん中の灯台の投光器。

そしてその上部には、やはり有利の言葉通りに時を刻む時限爆弾らしきものがあった。


(見つけた。後は・・・)


少しずつスコープの倍率を下げていき、周りの風景を目に刻みながら、能力による弾丸の軌道を頭に思い描いていく。


思い描いていこうとするのだが・・・。


「・・・ま、まずい、七加瀬。コレじゃ、曲げられない・・・」


「・・・なに?」


「ま、曲げられない!というより、想像出来ないんだ・・・!灯台と灯台の間に暗闇しか無くて、きょ、距離が測れない!!」


そう。

スコープに映るのは深い暗闇と、真反対に強い光を放つ投光器のみ。

コレでは空間把握が出来ずに、上手く空想上で弾丸の軌道を修正できない。


「どうすれば出来そうだ?」


「せ、せめてもう少し明るければ・・・」


「有利。爆弾の周りに当てている懐中電灯の光量を上げる事はできるか?」


『すいません。これがMAXパワーです・・・』


「クソっ。仕方ない。時間もない。さっさと何度か試して、無理そうなら有利には逃げて貰うしかない」


何とかなりそうだった雰囲気が、一気に落ちていく。

また、私のせいだ。

私の力が及ばない事によって、依頼が失敗する。


そう思い、銃を握る手が震える。

既に時は55分に近い。

チャンスは少ないのに、コレではもっと成功率が下がる。


手の震え、収まってくれ・・・!頼む!神様・・・!


そう思い、祈る様に再度スコープを覗く私。

少ないチャンスの回数を増やす為に、兎に角一発目を撃とうと声を出そうとする私の耳に、玉屋華の声が響く。

『・・・明るけりゃ、良いんだね?』


その声に、私は無謀な狙撃を取りやめて、大声で叫ぶ。


「西の灯台と、真ん中の灯台の間の空間だけでも!たったソレだけでも明るければ!!」


『了解。一分待ちな。・・・ヤロウどもぉ!!!第15001番砲ぉ!!準備しなぁ!!!!』


その声に、トランシーバーより幾つもの困惑の声が響く。


『待ってくれ女将!!15001っつったら、初日の大トリじゃねえか!!!』


『こんな時に上げちまったら、今日の締めはどうするんで?!』


そんな複数上がる声を、玉屋華が一喝する。


『うるせぇ!!!!命賭けて貰ってんだよ!!私らに出来るのは何だ?!鼻ほじって成功するかどうか待ってろってのかい?!?!違うだろ!!私達も、賭けれるモン全部賭けるんだよ!!!反対する奴は、今直ぐ家に帰んな!!!心配するんじゃねえ!責任は、全部ワタシが取るよ!』


トランシーバーに響く咆哮。

一瞬、トランシーバーからの音が完全に静止する。


彼らの話は、素人の私でも分かる。

つまりは、こんな誰も花火が上がると予想していないタイミングで、揚げようとしているのだ。

本日のトリの、巨大花火を。


その行為が一体どれほどの反発を町内、スポンサー、そして観光客に産むかは、想像に容易い。


簡単には決められない事だろう。

時間もない。

やはり、有利には灯台から離れて貰うしか・・・


『『『15001番、準備ぃーーーーー!』』』


トランシーバーから鳴り響く爆音。

ソレは、熟練の花火師達の統制が取れた掛け声だ。


『・・・アンタら、有難うよ』


女将も、簡単に受け入れられると思っていなかったのだろう。

その声には、昼に垣間見えた彼女の弱さが少しだけ滲んでいた。


『女将だけの責任には出来ねえよ!!』

『どうせ無理っつっても、ここまで走って来て女将が自分で打ち上げちまうだろうからなぁ!!結果は変わんねぇ!!』


『そうでさぁ!!何度も言うが、責任なんてもんは、女将だけには背負わせねえでさぁ!!』


『『『じゃあ!責任は阿佐見が取れよ!』』』


『えええ!!』


『はははっ!!アンタら!最高だよ!!じゃあ・・・見てな、探偵ども。コレがアンタ達に、花火組合である私達が賭けれるモンだ!!西の灯台と、真ん中の灯台の間の空間だけなんて生温い!!この町は、この一瞬だけ夜が昼に返り咲く!!15001番!五・・・四・・・三・・・二・・・一・・・打てぇ!!!!』



町の北側で上がる轟音。


その轟音と共に打ち上がるは、一筋の光。


その光は通常の花火よりもっと、もっと上昇していき・・・空すらも超えてしまう様に思えたタイミングで・・・・・・ハジけた。


世界が割れたかの様な巨大な音の爆ぜた天空に広がるは、通常の青き空では無く・・・異端の翠。


異世界を思わせるその空は、まるで暗黒に支配されていたかの様な灯台の上空を、幻想的に翡翠に照らした。


「コレなら・・・イケる!!!!」


私はスコープを覗く。

今なら分かる。

灯台間の距離、空間の隙間と隙間。

空想を膨らませるには、充分だ!


私は知らぬ間に震えの収まっていた人差し指で、ライフルの引き金を引いた。


そして吐き出される葉連特製弾。

その弾は能力によって空気の抵抗を受けずに一直線に対象へと向かっていく。


そして数秒後には大きく曲がり、強力な磁石を横側から強く弾き飛ばし、爆弾を落下させる。


「有利ちゃーーーーーーーーん!!!!!」



私はトランシーバーに向かって大声で叫ぶ。

その大声の終わり際。確かにスコープで覗く先で爆弾が弾け飛ぶ。


『あいあいさーーーーーー!!!』


元気よく帰ってくる有利の声。


しかし、完璧な狙撃は予想外の結果を産んだ。

そう・・・弾き飛ばし過ぎたのだ。


上空から撃ち落とされた爆弾は、屋上のフチを超えて飛んでいこうとする。

そして飛んでいく先は・・・真ん中の灯台の真横に位置する、橋だ。


マズイ!!!



爆弾の行方をスコープ越しに見守る私。


吹き飛ばされた爆弾が、屋上の高さを通り抜けようとしたその時、高速で走る有利が屋上の柵を蹴り、空へと飛び出した。


そして伸ばされる右手。


その手で宙空の爆弾を素早くキャッチし、左手で爆弾解除君を押し当てる。


爆弾は解除した。だがアレでは、両手の塞がったまま落下する有利は助からない!!


「誰か!!橋にマット!!!」


無理も承知でトランシーバーに大声を出す私。

そんな焦りで周りが見えていない私に対して、後ろから声が掛かる。


「大丈夫だ」


そんな言葉を発すると直ぐに、七加瀬は私からライフルを取り上げてそのスコープを眺め、トランシーバーに向けて話し出す。


「有利、助けは要るか?」


『ええ!?あると思ってたんですけど!?』


「冗談だ。俺が見てる。俺が認めた。だから、本気を出せ、有利」


『あいっあいっさーーー!』


その言葉と共に、スコープの無くなって米粒しか見えなくなってしまった真ん中の橋の周囲で、稲光が走る。

その光は花火に気を取られている観衆では気が付かず、もし仮に気が付いたとしても、理解できないものだろう。


しかし、私には分かる。

アレが、有利の本当の能力の解放である事を。


「どうだ、有利」


何やかんや心配なのだろう。

真っ先に声をかける七加瀬。


その声に・・・トランシーバーから、相変わらず元気な有利の声が聞こえてきた。


『はい!爆弾解除成功です!!』

花火大会初日の大一番終了です。

よろしければ感想、評価お願いします。



ソレと、二作目書き始めました。同一世界、同一時期の話です。

キリのいいところまでは更新早いので、是非見て頂ければ

→https://ncode.syosetu.com/n9744il/

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