壁
『爆弾・・・解除、出来ないんです』
トランシーバーから聞こえる有利ちゃんの声は、絶望とは行かないまでも普段の有利ちゃんならば出さない様な、曇った声だった。
それだけで分かる。
その爆弾は、普通の手順では解除出来ない。
私の頭の中に依頼失敗の四文字が浮かび上がり、急激に体温が下がっていく感覚を覚える。
そんな、失敗に過剰に怯えている自分。
そうなってしまう理由など、知れていた。
かつて美術島から何の成果もなく逃げ帰ってきた時に感じた恐怖のフラッシュバックと、何も出来ない自分への自己嫌悪。
その二つが私の両手を震わせ、呼吸を乱す。
そんな今にも破裂しそうな私を落ち着かせたのは、やはり頼れる探偵。
上下する私の肩に、七加瀬は軽く手を置く。
「落ち着け。まだ問題も確認してないし、何も試していない。探偵たるもの、立ち塞がる壁などはブチ壊して進むべし、だ」
ヒョウキンに笑う彼の掌から伝わる熱は、私の失われた体温を引き戻す。
「あ、有難う、七加瀬。も、もう大丈夫だ」
本当にこの男は・・・。彼ならばどんな絶体絶命の状況でも、笑って何とかしてしまいそうだ。
私は、ただその探偵を信じて胸を借りればいい。
そう。迷惑を掛けていいと、言われたのだから。
そんな彼は、トランシーバーに向けて話し出す。
「有利。爆弾のある場所とその状況、そして何故その爆弾は解除出来ないのか。端的に話してくれ」
そんな全ての必要な情報を一文にまとめた言葉を受け取り、トランシーバーから有利の声が聞こえてくる。
『了解しました。爆弾のある場所は、真ん中の灯台の屋上。そこから伸びる柱の、投光器部分よりも更に上部の柱部分です。タイマーは、先程は丁度祭りの時間と言いましたが、少しズレていて祭りの30秒程前に爆発する仕様になってます。そして爆弾解除が出来ない理由は、単純に対象が高度な場所にある事によって、爆弾解除くんを押し当てることが出来ないからです』
「了解だ。華さん。投光器の柱を登る方法はあるのか?」
続けてトランシーバーに向けて話す七加瀬。
その言葉に、トランシーバーの会話を追っていたであろう玉屋華から返答が返ってくる。
『あるにはあるが・・・今は無理だね。そもそも投光器の柱には年に一回のメンテナンスの為に登る程度で、その為の工具は旅館には有るが、今からではとてもじゃ無いが間に合わないよ・・・』
玉屋も、半ば諦めた様な声を出す。
しかし、確かにどうしようもない。
投光器のある位置は屋上から二十メートル近くの高さで途中で落ちれば命の危険もあり、ソレに加えて屋上から伸びるのっぺらとした柱は、正直に言って何も無しに登るのは不可能だ。
「登って解除するのは不可能か。なら有利、爆弾が柱に何で接着されているか分かるか?」
『はい。どうやら10センチ大の強力な磁石によって柱にくっついてる様です。ちょっとやそっとの衝撃では取れそうにありません』
「爆弾解除君を放り投げて解除するのは?」
『・・・すいません。ボタンを押さないと作動しない設定にしているので、投げて解除は不可能です』
聞けば聞くほど無理だ。
解除不能な爆弾。
結局こっちに見つかった爆弾は、タダの囮だった様だ。
もはや爆弾の爆発は防げそうにもない。
人的被害が出ない場所だったことは救いだが、コレでは爆弾の存在が観衆にバレることはもはや避けることはできないだろう。
そして、バレてしまってはテロリズムに敏感なこの世界では、当然の様に祭りの中止の声が上がる。
それでは・・・太田焔の勝ちだ。
「了解だ」
七加瀬は有利ちゃんと玉屋の返事に難しい顔を浮かべる。
「な、七加瀬。と、取り敢えず、有利ちゃんと組合の人にはその場から離れてもらって・・・」
「そうだな。組合員には離れておいてもらおう。ただ、有利はその場で待機だ。だってまだ仕事が残ってるからな」
「え?そ、ソレって・・・」
困惑した表情を浮かべる私に向けて七加瀬は笑みを浮かべ、自信満々に言い放った。
「さて、ピースは揃った。それじゃあぶち壊そうぜ。爆弾解除っていう、難関の壁を」




