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WPM:能力探偵七加瀬の事件簿  作者: 空場いるか
花の咲く街
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七加瀬の戦闘法

暗い路地を軽快な足取りで歩く。


賑やかな祭りでも、この様な場所がある事に安心を覚える。


俺の様な日陰者にはピッタリだ。


有利と幸子には、既に割れている太田の仲間の持っている爆弾を解除する為に動いてもらっている。


一方の俺はというと、盗聴器対策で花火組合のトランシーバーを切り、完全に情報を遮断しながら人気のない場所を散歩している。


別に好きで散歩しているわけではない。


どちらかといえば、人気のない場所に居ることが大事だ。


何故ならば・・・。


「おい」


後ろから声をかけられる。


振り向くと、熊の様な大男と、明らかに柄の悪い筋肉質の男が立っていた。


(釣れた釣れた)


俺は内心ほくそ笑む。


そう、わざわざ盗聴器兼発信器を付けて散歩していたのはこの為だ。


エビで鯛を釣る。


もっとも俺はエビほど軟弱ではないし、釣れたのは鯛ではなく、本命の太田でもないゴロツキだった訳だが。


「何だね、君たちは」


俺は片眉を上げ、知らんぷりをする。


そんな俺に、筋肉質の男が怒りを露わにし、口調を荒げる。


「惚けんじゃねえ!お前が玉屋に依頼を受けた探偵だろ!」


「いいえ?違いますけど」


その言葉に、俺は即答する。


「そうなんだ。手間をかけて、ごめんね」


すると熊の様な大男が、直ぐに立ち去ろうとする。


えっ!帰っちゃうの?!


俺は内心驚く。


「んな訳ねえだろうが!!(かく)!テメェ写真で覚えた探偵の顔、もう忘れたのかよ!」


そんな角と呼ばれたボケボケの大男を、筋肉質の男が止める。


良かった。

此処で帰られると、それはそれで困る。


(りょう)くん、そうだったっけ?君も、嘘ついたのかい?」


角の大きな身体とは対照的なつぶらな瞳に、俺は罪悪感に包まれる。


「あ、ああ。ごめん」


俺が悪者?違うよね?


「ホラ!やっぱりそうじゃねえか!」


亮と呼ばれた男が、こちらに指差し角に怒鳴る。


それを受けて、角は悲しそうな表情を浮かべる。


「そうなんだ。じゃあ、ゴメンだけど寝てて貰うよ」


そう言うや否や、亮はこちらにズンズンと近づいてくる。


数歩先の距離に来た角は、更に大きく感じた。


実際に、身体を大きくするための努力を欠かさなかったのだろう。


耳介血腫(じかいけっしゅ)


いわゆる、柔道耳などと呼ばれる身体的特徴が彼にはあった。


柔道だけではなく、レスリングなどの種目でもそういった耳になったりするのだが、どちらにしろ彼にとって、この大きな身体は武器なのであろう。



角は非常に滑らかな動きで、こちらのジャケットの袖と襟をそれぞれの手で掴む。


どうやら、行っている格闘技は柔道の様だ。


直ぐさま、当て身技と呼ばれる打撃を打って来なかった所を見るに、競技性のあるスポーツとしての柔道を昔から行ってきたのであろう。


ならば、対策は容易だ。


角はそのまま、掴んだジャケットや脚を使って俺を投げようと試みる。


しかし、全く俺は倒れない。何なら、微動だにしない。



そんな俺達の状態を見て、少し離れた場所から見ていた亮が声を上げる。


「角!なに遊んでんだ!さっさとしろよ!次もあるんだ!」


焦れたのであろう、イライラした声を上げるが、それに対する角の返答は、焦燥に満ちたものであった。


「ち、違うんだ!動かないんだ!こ、こんなの、初めてだ!」


「は?」


亮から見たら、確かに遊んでいる様にも見えるだろう。


俺もそこそこ体格が良い方ではあるが、角ほどでは無い。

この体格差ならば、通常は直ぐに俺が投げ飛ばされて終わりだろう。


しかし、そうはならない。


「なぁ。柔道に対するカウンターって知ってるか?」


角は焦りからか、俺の言葉が届いていない。


しかし、彼にとって自分の行なっている競技の弱点など、今まで考えた事も無いだろう。


「絶対に、身体の重心を相手に揺さぶられない様にすることだ」


だって、そんな弱点は、あり得ない事なのだから。


柔道とは、相手の重心を揺さぶり、そして重心を戻そうとする力を利用して投げたり、重心を崩したまま押さえつける。いうならば身体の重心を捉えるスポーツだ。


つまり柔道のカウンターとは、極論を言ってしまうと、重心を相手に崩されないこと。


本来ならば、そんな理論は机上の空論であるのだが、俺はそれを可能にしている。


勿論その手法は色々あるのだが、今回俺が行っているのは、ただの力押しだ。


「さて。そろそろ満足したな」


「?」


角は至近距離で放たれた俺の言葉に、焦りながらも不思議そうな表情を浮かべる。


俺はそんな角の、腕と服の襟を掴む。

そして柔道の様な技も無く、力任せに角を投げようとする。


勿論、角もその力に抵抗しようとする。

本来ならば、来るとわかっている投げを防ぐのは容易である。


それが、()()()()()()()()()()()()()


俺は、角の抵抗すら無視して、巨体を投げ飛ばした。

投げ飛ばされた角は、呆然とする。


痛みと投げ飛ばされた際のフラつきはあるだろうが、一番はやはり、素人に投げられたショックでだろう。

彼の動きは止まる。


その隙に、俺はベルトに挟んでいた爆弾解除君を彼に押し当てて、グリップのボタンを押す。


すると爆弾解除君から電流が流れて、昨日有利が言っていた通り、角は意識を失う。


そのままピクリとも動かない角。


これ、死んで無いよな?


一応、脈を確認すると正常であったので、俺は安心する。



そして勝ち誇った様に、俺は亮へと声をかける。


「鍛え方が違うのだよ。鍛え方が」


「・・・てめえ、なにモンだ」


「探偵だって言っているじゃないか」


「普通の探偵がそんな馬鹿みてえな力を持ってるかよ」


「筋トレは欠かしていないからな」


「まあいいぜ!力なんて、俺には関係ないからな」


そういうと、亮は身体を軽く上下させる様にステップを取り始める。


コイツも格闘技経験者か。


コイツら二人をぶつけてくるって、もしかして俺、風呂場でアイツの地雷でも踏んだか?


亮はそのステップのまま両手を前で構え、途轍もない速さで突っ込んでくる。


そしてそのスピードを載せたままパンチを放つ。


顔へと向かってくるパンチを、俺は紙一重で躱す。


速いな。この速さ、ボクサーか。


ボクサーのパンチの速度は、プロで一般的に時速40kmと言われている。

数字上では遅く感じるが、それが至近距離からほぼノーモーションで繰り出されるのだ。

余程の反応速度がなければ、避ける事は不可能だ。



初撃を避けられると思っていなかった亮が、驚きながらも、二手目を放つ。

同じく顔面狙いのパンチ。


それを、またもや俺は躱す。


しかもコイツのパンチ、明らかにプロのパンチより速い。

その道で有名になっていない事がビックリな程だ。



二撃目も外れた事から、亮はたまたま外れたわけではないと悟り、顔面狙いのパンチから、当たりやすいボディ狙いのパンチへと切り替える。


鳩尾へと狙いを定めたパンチ。


それを俺は、拳が俺に到達する前に左手で掴んだ。


「はぁ?」


一瞬訳が分からずに、掴まれた拳を引こうとした亮。


しかし、強い力で捕らえられた拳はピクリとも動かせない。


そして隙が出来た亮の鳩尾に、逆に右の拳を叩き込む。



軽く後ろへ吹っ飛ぶ亮。


しかし、意識は失われていない。

何ならピンピンしている。


「・・・テメェ、どういうつもりだ」


「拳を掴んだだけだが?」


至極当たり前のことの様に話す俺に、亮は更に声を荒げる。


「そうじゃねえ!テメェ、何で殴るタイミングで、俺の拳を離したんだよ!!そのまま手前に引いてたら、鳩尾への大ダメージで終わってた筈だろうが!!」


そうだ。実際に俺は亮の言った様に、わざと殴るタイミングで、亮の右拳を解放した。

何なら少し拳を押す込む形で、ダメージを相殺する様にした。


「何でか、分かるか?」


俺は亮に問いかける。


「知る訳ねぇだろうが!」


立ち上がる亮。もう一度、俺へと向かう為に軽くステップを踏み始める。

そんな挫けない亮に、俺は笑顔で話した。


「俺は目が良いんだ。だから、大概の格闘技には後出しで有利が取れるんだが、初見殺しには弱いんだよ」


話している俺を無視して、もう一度離れた場所からスピードを載せたパンチを放つ亮。


それをまたもや俺は掴む。


「ボクサーと戦うのは初めてでな。出来るだけ全部見せてから倒れてくれよ?」


俺の不敵な笑みに、今迄怒りの表情が強かった亮の顔に、初めて恐怖が浮かんだ。

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