北側
川の北側に移動した俺達であったが、風景がガラリと変わるわけでもなく南側と同様、出店と花火を待ち侘びる人々で、相変わらずの賑わいを見せている。
「阿佐見、北側と南側の違いは何かあるのか?」
見ただけでは分からない俺は、案内役の阿佐見に尋ねる。
「大きな変化はねえですが、土地柄もあって北側の方が少し大人向けの雰囲気が強く出てますかね」
「大人向け?」
「ええ。南側には、公共の施設や家族向けの施設が多いんですが、北側には、大人向けのバーや飲み屋が多いんでさぁ。だから普段の治安は、少し北側のが悪いって言われてるんでさぁ。だからこそ、北側に警察署が構えられてるんですがね。七加瀬さん達が晩飯を食う予定のバーも北側に構えてるんで、案内が終わったくらいに向かうのが丁度いいと良いと思うんですが、どうでさぁ?」
時計を見ると、確かに時刻は夕方と言って差し支えない時間になっていた。
このまま軽く北側を回ると確かに丁度いい時間になるだろう。
「ああ、そうさせてもらおう」
「了解でさぁ」
「さて。それじゃあオススメの屋台はあるかね?阿佐見くん」
「へへい!そう言われると思ってたでさぁ。こっちに名物があるんで、そこから案内しましょうかね。七加瀬さん達にピッタリの屋台でさぁ」
「ほほう。それは気になるな」
そうして案内された出店は、確かに大きく繁盛している様だ。
しかし、その利用客は明らかに特定の層に限定されてしまっている。
「わぁ。この出店、凄いカップルだらけですね」
そう、その出店は若いカップルだらけであった。
その若いカップル達が、出店で貰った物を手にして、テントの張られた区画の長机の上で何かを行なっている。
「アレは、一体何の出店なのですか?」
「アレは型抜きの出店でさぁ」
「型抜き?それが何であんなに人気なんだ?」
それに型抜きといえば、砂糖菓子を爪楊枝で上手く型を抜くという、どちらかというと子供向けの遊びの筈だが・・・。
「ただの型抜きじゃねえんでさぁ。アレは、ラブラブ型抜きでさぁ」
「ら、ラブラブ型抜き・・・?」
幸子が不思議そうな顔を見せる。
「ラブラブ型抜きですか」
一方、有利は興味津々の表情だ。
「何でも有りかよ」
ある程度出店の予想ができた俺は、呆れた表情で出店を眺める。
「握り拳大のハートの型をカップル二人で綺麗に抜くと、そのカップルは永遠に結ばれるって触れ込みでやってるんでさぁ」
予想通りラブラブ型抜きは、万人受けしやすい恋愛占いと、SNS映えしやすい素材を混ぜ込んだ戦略的な出店の様だ。
「で、そのラブラブ型抜きがなんで俺ら向けなんだ?」
「いやいや、有利さんの顔を見てあげてくだせえ」
そう言われて有利の方を見ると、既に有利は期待の眼差しでコチラを見ていた。
「・・・はいはい。やればいいんだろ、やれば」
「やったぁ!!」
そう言って、俺の手を引き強引に出店に向かう有利。
ハートの型抜きを渡すだけの屋台に列が出来ているのが、この屋台の盛り上がりを象徴しているのだが、その列に並ぼうとする有利を阿佐見が引き止める。
「ちょっと待っててくだせえ」
そう言って阿佐見は屋台に向かうと、我が物顔でスタッフしか入れないスペースに入っていき、何かを持ってこちらへ帰ってくる。
「はい。これがラブラブ型抜きでさぁ」
阿佐見が持っていたのは、ハート型に溝が掘られた四角い砂糖菓子と、爪楊枝だった。
「有難う御座います。コチラの代金はいくらでしたか?」
「ああ、これについては必要ねえでさぁ」
「ですが、良いのですか?今までの店は、阿佐見さんの値切りでも、最高が半額くらいだったのですが」
「アレは他人の出店だったからでさぁ」
「え?他人の?」
「この屋台は俺の運営してる屋台でさぁ。町を救う英雄にお代を取るなんて、とてもじゃねえが出来やしねえ」
お前の屋台かよ!!
「・・・あ・・・そう、だったんですね・・・ハハハ」
有利がゲンナリしながらも、阿佐見に気を使い何とか苦笑いを浮かべる。
そりゃそうなる。
ラブラブ型抜きなんてメルヘンな名前と出店を、こんな巨体のムサいオッサンが作ったと思うと、誰でもゲンナリするだろう。
「ささっ!スペース作るんで、是非是非作っていってくだせえ!!」
そう言い阿佐見は、ちょうど店から出たカップルの使っていた長机のスペースを確保する。
そこに俺と有利はハートの型を置いて、型抜きを始めようとするのであったが・・・。
「昨日SNSで見た抜き方なんですが、二人同時に一番下の同じ所から抜いていって、逆回りしながら最後に一番上のお尻の谷間みたいな所で巡り合うってのが流行ってるらしいでさぁ!是非やってみてくだせえ」
自分の出店の商品だからだろう、やけにテンションの高い声を上げる阿佐見。
「分かりました!」
「あっ、ハイ」
そんな阿佐見に、俺と有利が真反対のテンションで返答を行う。
何やかんや有利は、ハート型に掘られた砂糖菓子を目の前にするとテンションが上がってきた様だ。
一方、俺はというと・・・。
『おい、あのカップル、見ろよ。あの彼女の浴衣。いくらなんでも丈が短すぎんだろ』
『彼氏の趣味かな?サイテー』
『いや、メチャクチャエロいんだが』
『分かる』
『てか横にいるデカいオッサン誰?』
『親父じゃね?』
『家族公認であの浴衣着せてんのかよ、トンデモねー彼氏だな』
周りの視線と言葉が痛くて、今にも逃げ出したい気分なのであった。
先程までは、常に移動していたので特に気にならなかったが、一つの場所に留まるとなると、だいぶキツイなこれ。
早めに終わらせよう。
「おっと、手が滑った」
俺はハートの型の入った砂糖菓子を一瞬で真っ二つに破壊する。
「いやーすまんすまん。なんか俺こういうのヘタクソみたいだわ」
「安心してくだせえ、何個でもあります」
そう言って阿佐見が、ハートの型をもう一つ取り出す。
地獄かよ。
「もー。七加瀬さん、次はちゃんと頑張って下さいね!」
乗り気の有利が恨めしい。
「ぷっふふふ。ハハハハ!」
「おい!笑うな幸子ぉ!」
「わ、笑わずにいられるか、ハハハハ」
「全く・・・」
依頼、受けなければよかったなぁ。
依頼と関係ない所で、しみじみ思う俺なのであった。
「さてと、北側も案内終わりましたし。これからバーに向かいやすかねぇ」
何とかラブラブ型抜きを成功させて、北側をぐるりと回る頃には19時になってしまっており、日も既に落ちてしまっていた。
「ああ、そうだな。ついでに案内を頼む」
北側で最後に案内してもらった、警察署を後にする俺達。
警察署は、祭り前日の町の熱気により既に臨戦体制で、近寄り難い雰囲気もあって長居はしなかった。
阿佐見曰く、この大きな警察署は普段はそんなに人員がいるわけではないが、祭りの時は県内の他の警察署からの応援で、多くの警官が集まるとの事だ。
それだけ、県からも注目されているイベントなのだろう。
「今から向かうバーは、まさか阿佐見が経営してるなんて言わないよな?」
「まさかまさか。アソコは、今年で65になるマスターがやってる店ですから、アッシは一枚もかんじゃいませんよ。アッシも結婚する前はよく行ってたでさぁ」
「お前、結婚してたのか」
「こんな良い男、この町の女がほっとく訳無いでさぁ」
「勝手に言っとけ、ムサ親父」
「ハハハハ!こりゃ手厳しい」
阿佐見を加えて駄弁りながら歩いていた俺達は、そのまま直ぐに目的のバーに着く。
花火が見える様にだろうか。
道路に面した部分の大半がガラス張りのバーは、バーという名前に合った落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「めっちゃいい雰囲気じゃないか」
「こういう落ち着いた雰囲気の所、凄く良いですね。事務所の周りはうるさい飲み屋しかありませんからね」
俺と有利は普段行かないバーに憧れの声を上げるも、自分達との雰囲気の違いに二の足を踏むが、阿佐見は全く気にせずにズカズカとバーに向けて進んでいく。
「良い店でしょう?さぁさぁ、入りやしょう」
そう言って、阿佐見を先頭にバーに入る俺達四人。
「マスター!やってるかい!」
そんな、バーに入ったとは思えない様な挨拶をする阿佐見に、バーのマスターは呆れた顔を浮かべる。
「阿佐見。貴方は相変わらず声が大きいですね」
「そんな褒めなくてもいいでさぁ!」
「褒めてませんよ。で、そちらの方々は新しい友達ですか?」
「ええ!町で意気投合して、このままバーで飲もうって話でさぁ!構わねえかい、マスター!」
「ええ、勿論。来るものを拒まないのが、良いマスターと自負しておりますので」
阿佐見が、バーのカウンターの一番隅っこの席に座る。
俺達はその横に並んで座った。
「アッシは図体がデカくて営業妨害になるから、いつもの入り口から陰になる所に座るんでさぁ。店思いだろう?なぁ!マスター!」
「店に入ってから驚かれる方もいるので、どっこいどっこいですね」
「また思っても無い事を!」
二人は気心の知れた仲なのだろう。
そんな二人の談笑の後に、俺は話し出す。
「阿佐見、俺達と意気投合したってのは分かるが本題はそれじゃ無いだろ」
「そうでしたそうでした。確かここで情報を集めるって話でしたでさぁ」
「情報を集める?何か知りたい事でもあるのですか?」
マスターは阿佐見の言葉を受けて、俺達に不思議そうな目を向ける。
「ああ。と、その前に。この手紙を玉屋さんから預かって来たんだ」
俺はカウンター越しにマスターに玉屋から預かった封筒を渡した。
「玉屋さんからですか。拝見します」
マスターが封筒を開けると、そこには手紙が入っていた。
どうやら玉屋からマスターに向けた物の様だ。
マスターはその手紙をたっぷりと時間をかけて吟味する。
そして5分程時が流れた時に、マスターは阿佐見に向けて話し出す。
「大体の事情はわかりました。しかし・・・阿佐見。貴方は玉屋さんから、このバーでの七加瀬さん達との同席は頼まれましたか?」
「いいや。頼まれてねえでさぁ」
「なら、今すぐに貴方はこのバーから出た方がいい」
「へ?何ででさあ?」
阿佐見が不思議そうな声を上げる。
しかし、そう尋ねる阿佐見を無視してマスターは、視点をガラス越しの外へと移し、ため息を吐く。
「はぁ。間に合いませんでしたか」
そんなマスターの言葉と同時に、バーの扉が開いた。
「マスター。いつものくれ」
そう言ってバーに一人の男が入ってくる。
年齢は恐らく50過ぎくらいだろうか?
その男は阿佐見ほどでは無いが大きな身体と、ヤケにイカつい顔をしており、顔面だけ見ればヤクザと間違えられそうである。
そんな男に、阿佐見が驚いた声を上げる。
「あ、朝陽さん?!何処にいるかと思ったらこんなところにいたんですかい!!」
「あぁん?・・・ゲ!阿佐見じゃねえか!マスター、注文は無しだ。じゃあな!」
朝陽と呼ばれたその男は、踵を返してバーから一目散に逃げていく。
あまりの逃げ足の速さに、阿佐見は呆然と立ち尽くしたままだ。
「おい阿佐見。さっきのオッサンは知り合いなのか?」
「・・・ええ。さっきのあの人は、鍵矢朝陽。元、川北花火組合責任者で・・・太田焔の、実の父親でさぁ」




