玉屋と鍵矢
「マジかよ」
幸子が話した内容は、衝撃的なものであった。
それが真実ならば、俺達の様な探偵が雇われている事も、人海戦術を仕掛ける事も全て筒抜けであるという事だ。
「という事は、組合員にスパイが潜んでるって事ですね?幸子ちゃん、その人はどんな顔でしたか?」
「え、えーと・・・」
幸子が、その顔を思い出そうと目を漂わせる。
しかし、その幸子よりも早く声を上げる者がいた。
「・・・最後に、七加瀬と交月に話しかけてた男だろ?」
それは、玉屋であった。
その言葉に、俺と有利は驚きを隠せない。
何故なら玉屋の言葉が本当ならば、玉屋はこの事件の犯人を知りつつも、組合から追い出さずに泳がしている事になるからだ。
「幸子ちゃん、本当にそうなんですか?」
「あ、ああ。さっき部屋から出て行く前に、有利ちゃんと七加瀬に話しかけてた小柄な男だ。あ、あまりにも倉庫で見た時と雰囲気が違ったが、間違いない。あの男がリーダーだ」
「確か名前は太田だったか?分かりつつも何で放置してるんだ?いや、そもそも何で犯人と分かっているんだ?」
俺の質問に、玉屋は少し目をつぶり考え込んだ後に、話し出す。
「あの男は、太田焔。旧姓は、鍵矢焔。二十年程前まで、この町の花火の北半分を担当してた家系の男さ」
「北半分という事は・・・昔は川の北側と南側で、それぞれ担当して花火を上げていたという事ですか?」
有利が素朴な疑問を話す。
確かに事前に調べた情報では、そんな事は記載されていなかった。
「そうさ。南側は玉屋の家系が、北側が鍵矢の家系が、それぞれの花火で競い合っていたのさ。それが何故か、今は全域を玉屋が花火を上げるなんて事になっちまってるがね」
「それじゃあ今回の脅迫は、鍵矢の家系の腹いせって事になるのか?」
「そうなるのかねぇ。鍵矢が花火を辞めちまった真実を知ってる両親も、今や他界して居ないし真実は闇の中だね。今回の脅迫で、わざわざ旧姓を隠して組合に入ってきた太田が犯人だろうと思っていたのは、それが理由さ」
「では、今からでも警察に話して捕まえて貰えば良いのでは?」
「さっきも言っただろ?警察に捕まえて貰っても、太田にしらばっくれられたり、爆弾の位置を吐かなかったりすると、どっちみち花火大会は中止になる。それじゃあ本末転倒だよ」
「待て待て。その前に聞いとかなきゃいけない事がある。何で玉屋さんは、太田の旧姓なんて知ってるんだ?」
先程は花火大会の昔話で流されてしまったが、結局のところ何故玉屋はそんな事を知っているのかが明らかにされていない。
分からない以上、信用問題にも関わる。
しかしそんな俺の疑問に玉屋は、はぐらかさずに答えた。
「そりゃ知っているさ。太田は幼すぎて覚えてないだろうが、鍵矢が廃業する前は玉屋と鍵矢は仲良くやってたのさ。それこそ祭りが終われば、宴会を開いて飲み合う程度にね。その時、赤ん坊だった焔を小学生なりに頑張って面倒見てたのを、未だに覚えているよ」
そう話す玉屋は、遠い昔を慈しむ様に優しい目をしていた。
「・・・それじゃあ、その話も踏まえて、もう一度聞いとくか。今回の本当の依頼内容は?」
「太田を止めてほしい。私がどう手を加えても恐らく良い方向には向かないだろうし、その場しのぎで禍根は残してしまうだろうしね」
「よし。有利、幸子」
俺は両サイドに座る、有利と幸子に目線を送る。
「今回の依頼は、太田による祭りの爆破阻止。そして、玉屋と鍵矢の因縁の解決だ。どうだ?抜かりなく出来そうか?」
「はい!ばっちりです!」
「あ、ああ。勿論だ」
有利は拳を掲げ、幸子も小さく拳を握る。
この上なく頼りになる二人に、思わず笑みが溢れる。
そして、気合を入れ直すべく大きく深呼吸し、声を張り上げる。
「それじゃ、気合い入れてやりますか!!!」
「「おーーー!!!」」
「他の客に迷惑だよ!!静かにしな!!!」
「「「はい、すいません」」」




