光玉館
結局バス代すらケチった俺と有利は銀行から歩きで光玉館へ向かうと、既に依頼人と待ち合わせの時間である17時頃になってしまっていた。
「コレが光玉館か」
「そうですね。事前に見ておいた写真通りで、かなり風情がありますね」
「確かに。旅館といえばコレだよな」
光玉館は何度か改装した跡はあるが、町に合わせて少し古めかしいデザインをそのままに残してある。
この旅館自体、花火と同じく数百年の歴史がある物らしいので、当然といえば当然ではあるが。
「それにしても・・・」
俺は出来るだけ視線を向けない様にしていた、横に立つ有利に目をやる。
「祭りを満喫しすぎだろ!!」
有利は左手に水提灯と金魚、右手に巨大な綿飴。
頭にはよく分からないキャラクターの仮面をつけている。
ケチったバス代は、既に有利の出店での出費によって何倍も超過していた。
「フッ。道に出店があるとも知らずに・・・歩いて来たのが仇になりましたね」
「悪役っぽいセリフの所悪いが、ただただお前が欲望に負けただけだろ」
「悪党は欲望と快楽に弱いのである」
「まるきり有利さんそのものだな」
「小悪魔美人浴衣少女ですってぇ!それほどでもぉ」
「祭りで浮かれて幻聴まで聞こえ始めたか。となると、俺はその部下って訳だ」
「あ、あの〜。すいませんお客様」
光玉館の入り口付近でいつも通り二人ではしゃいでいると、流石に目立ったのか後ろから声をかけられる。
「あっ。入り口付近で立ち止まってしまって、すいません」
俺と有利は声の方向に振り向くと、光玉館の職員の証であろう法被を着た、優しそうな小柄な男性が立っていた。
「いえいえ。こちらこそ会話を途切れさせてしまい、申し訳ございません。お二人は本日ご宿泊予定のお客様ですか?」
「ああ。その予定だ」
「了解致しました。では、館内へご案内します」
「有難う」
「有難う御座います」
そうしてその男性は、光玉館の入り口の自動ドアを体で開けると、フロントの方へ、一般客もいる中で大声で叫んだ。
「小悪魔美人浴衣少女さんと、その部下さん。ご来店です!!」
「「ヤメてぇ!!!!!」」
入り口でふざけた事を心底後悔する二人であった。
フロントで入室の手続きを行い、先程の男性に案内された部屋は、3階建ての旅館の一番良い部屋であり、調度品も含め和風の高級品が揃っていた。
「この部屋借りれるって、葉連爺さん相当稼いでんな」
「この旅館自体、かなり歴史があって人気らしいですからね。流石葉連さんです。それにしても幸子ちゃん、居ませんでしたね・・・」
結局旅館に幸子は見当たらなかった。
銀行に寄った時間もあるので、先に旅館に着いていても、おかしくは無かったが・・・。
「まあ流石に今日中には辿り着けるだろう。多分。きっと。恐らく」
「ドンドンと不安になっていっているのが口ぶりだけで分かりますね」
「何たって幸子だからな。道に迷うのだけはプロ顔負けだ」
「道に迷うプロなんて、この世に存在しないですけどね」
「んじゃあ幸子は世界で初の、道に迷うプロだな」
「ほう、プロフェッショナルですか。免許皆伝ですね」
「Professional。イェア」
「オゥイェ」
二人は謎の盛り上がりを見せるが、場所が普段の事務所ではない事によって我に帰る。
「・・・今度から幸子にはGPSでも持たせるか」
「それか、首から携帯を下げる様に言っておきましょう」
「携帯の件については、有利くんは反省しなさい」
「サーセン」
「全く反省の色が見えねえ!」
「でも、幸子ちゃん可愛かったでしょう?」
「否めない事もない事も無きにしも非ず」
「誤魔化し方が下手で回りくどい!」
そんな事を話していると、部屋の入り口がノックされる。
「おっ。話をすれば何とやらってやつか?」
そう思い入り口の扉を開けると、そこには幸子ではなく、浴衣を着た色気タップリの女性が佇んでいた。
年齢は三十位であろうか?
その女性は、俺達に深く頭を下げる。
「この旅館の女将をしております、玉屋 華と申します。旅館に滞在中何かありましたら、何なりとお申し付け下さい」
「有難う」
「有難う御座います」
俺と有利は、釣られて軽く頭を下げる。
「さて、定例行事はコレくらいにしようか」
「「え?」」
玉屋と名乗った女性は、突然丁寧であった言葉を崩す。
「何だい、察しが悪いね。そんなんで今回の依頼、何とかなるのかい?」
「ま、待ってください。という事は・・・」
「そうさ。光玉館の女将・・・兼、布連通町花火大会の花火組合全責任者、玉屋華が今回の依頼人さ。葉連爺から話は聞いてるよ。セカセカ働いてもらうから覚悟しな」




