降って湧いた
「困った・・・此処は何処だ?」
周りに見えるのは大きな川と、その川に沿って並ぶ倉庫だ。
先程の駅と違い、人通りはない。
駅から飛び出た私は、出来るだけ遠くに走った。
後ろからきっと七加瀬と有利がついてきているだろうと思っていたが、見当たらないところを見るに、どうやらはぐれてしまった様だ。
「別に迷ってはいないけどな。迷うはずがない」
そんなに広い町じゃないんだ。
それに、携帯電話の地図アプリを開けば現在地点は直ぐに分かる。
そう思い、ズボンの尻ポケットに手をやる。
「あれ?」
しかし、そこにあるはずの感触がない。
尻ポケットだけでなく他のポケット、そしてバッグとギターケースも確認する。
しかし・・・何処にも探し求めた携帯電話はなかった。
「どうしよう・・・」
ため息がでる。
頭の中で、携帯電話を無くしてしまった事と道が分からなくなってしまった事がクルクル回る。
「落ち着け、落ち着くんだ私」
そう自分に言い聞かせる。
こういった時は、深呼吸だ。
深呼吸は副交感神経を刺激して、体にリラックス効果をもたらす。
慌てている時はコレに限る。
と、ゲームでRTAを行っていた七加瀬が言っていた。
「スゥ・・・フゥ」
・・・確かに心なしか落ち着いた気がする。
落ち着き、やっと自分の状態に気づいたのか、走った反動から来る喉の渇きに気づく。
行きの電車で、不思議な少年から貰ったミネラルウォーターをバッグから取り出して、ゴクゴクと飲む。
「フゥ」
喉が渇いていると、ただの水さえも旨く感じる。
周りを見ると自販機も無いので、頭の中で再度あの少年に感謝した。
「さて、確か目的の旅館の名前は光玉館だったか。・・・こんな場所じゃ、人に道を聞く事も出来ないな。それにしても、これは無くしてなくてよかった・・・」
ズボンの左ポケットを探ると、そこにはしっかりとマーダーライセンスが入っている。
コレを無くしてしまっていたら、洒落になっていなかっただろう。
ポケットの奥深くに差し込んでおいた甲斐があったというものだ。
「さて。人を見つけて道を聞こう」
私は歩き出す。
来た道を引き返していくが、中々倉庫が並ぶ場所から抜けない。
一体どれだけ無我夢中で走ってきたんだと、自分が恐ろしくなる。
「にしても、倉庫だらけだな。一体何が入っているんだろう」
気になるが、倉庫の様子を見るにかなり古臭く、あまり手入れもされていないところを見るに、特に何も入っていないだろうと結論付ける。
どっちにしろ、無人の倉庫に鍵が掛かっていない筈もない。
そう思っていたが、突然歓声の様な物が聞こえてくる。
とても大きな歓声で、人が数十人は居そうだ。
なんて幸運だ。
こんな所で人と巡り合えるなんて。
そう思い、声のした倉庫に向かう私。
「おっ、此処か」
目的の倉庫は、意外と近かった。
入り口が少し開いているので、中で仕事をしていたら勝手に入るのも悪いと思い、その隙間から中の様子を覗く。
中の様子は、思っていた風景とは180度違った。
コンテナの上に男性が立っており、それを数十人で囲んでいる。
・・・暴走族?いや、宗教?
そんな印象を受ける。
流石に道を教えてくれる様な雰囲気では無いので、私は直ぐにその場から立ち去ろうとする。
しかし、次に私に飛び込んできた言葉は、予想外のものであった。
「俺は必ず、今年の花火を破壊する。これは、俺の成し遂げるべき・・・信念だ」
「えええ!」
予想外の発言に、つい声を出してしまうが、周りの歓声に消されてどうやら聞こえていなかった様だ。
コチラに気づく者は居ない。
どうしよう、犯人・・・見つけちゃった。
でも、此処で乗り込んでも証拠も何もないし・・・あぁ、どうすれば!
突然の降って湧いてきた幸運に、どう対処して良いか分からない。
頭を抱えていると、コンテナの上に座っていたリーダーであろう人物が、コンテナから降りる。
そして、
「それじゃお前ら、準備に取り掛かるぞ」
そう言って、入り口であるコチラに近づいてくる。
ヤバイヤバイ!
急いでその場から動き、隠れる私。
そんな私に気づく事もなく、彼らは倉庫から出て街の方へと歩いていく。
全員の姿が見えなくなると、別の倉庫の影から私はヒョッコリと顔を出す。
「止めた方が良かったのだろうか・・・。いや、どうしようもないか」
そう言い、本日何度目かのため息を吐く。
「はぁ・・・どうしよう・・・」
そんな事を言いながらも、本日は情けない言葉しか発していないような気がする、私なのであった。




