始まりはいつも、空を見上げて
「おーい、幸子ーーー!」
「幸子ちゃーーーーん!」
駅構内から出た俺と有利は、逃げ出した幸子を追いかけるも、時すでに遅し。
全く姿が見えない。
「忘れてた。幸子は直ぐに道に迷うんだった」
俺は頭を抱える。
「あんまり外で単独行動させないんで、忘れてましたね・・・」
ため息を吐く有利。
直接の原因を作った奴がどの口を、と思ったが此処でまた人員分裂の原因を作る訳にはいかない。
ぐっと堪える俺。
偉い。
独り言が我慢できるなんて、調子が良い日だ。
「しゃあない、幸子の携帯に電話するか」
俺は自分の携帯を取り出し、連絡先の一覧から斑井幸子と示された電話番号を呼び出す。
「えーーっと、ですね」
有利は、苦笑いをしながら頬を掻く。
そんな挙動不審な有利を無視して幸子に電話をかける俺。
そして俺の携帯電話の耳元のコール音と共に、有利の持っているバッグから電話のコール音が聞こえてくる。
「「・・・」」
有利はバッグから携帯電話を取り出し、そのコール音に出る。
「「はい、七加瀬さんの有利です♡」」
耳元と目の前から同時に同じ声が聞こえてくる。
「スゥゥゥッ」
俺は大きく息を吸い込み、そして
「バカやろおおおおおおおおおおおお!!!!!」
今日一番の大きな叫び声をあげる。
「「ギョええええええええ」」
耳元の携帯電話を直ぐに離す有利。
有利の手に持っている携帯電話は、間違いなく幸子の物であった。
「な・ん・で・お・ま・え・が・もっ・て・る・ん・だ!」
「いやー。コスプレに着替える時に、トイレで幸子ちゃんが落としちゃったみたいで・・・」
ペコペコ頭を下げる有利。
・・・頭が痛くなってきた。
有利のコスプレの件と言い、幸子の迷子癖といい、どうやら今回の依頼は前途多難のようだ。
「・・・まあ集合地点の旅館は既に伝えているから、そこに向かえば落ちあえるだろう」
俺は大きくため息を吐く。
「そうですよ!幸子ちゃんも子供じゃないんですから〜。心配し過ぎですよ」
「原因を作ったお前がいうな」
「すいませんでした」
有利は頭を下げる。
それを見下す俺。
ザワザワ。ザワザワ。
やばい。有利の衣装でやたらと目立っている様だ。
周りが騒がしくなってきた。
「取り敢えず移動するぞ」
「あいあいさー。で、どこへ?」
「別に直ぐに旅館に行っても良いが、まだ予定の時間より早いんだよな」
「だったら、銀行に行きませんか?」
「ん?現金持ってないのか?」
「あるにはあるんですけど、既にそこらに並んでいる屋台を見るに、もっと持っておきたいです」
確かに駅前から伸びている道には、既に祭りの屋台が並んでいる。
タコ焼きやリンゴ飴、焼きそばなどの食べ物の屋台が並ぶ他にも、射的などの遊戯系の屋台も存在する様だ。
そして、その風景とマッチする様に、周りの建物もわざとらしくレトロで風流にしている。
これは町で統一感を出すためだ。
このイベントが長年続き、そして成功している裏には、こういった町ぐるみの工夫がなされているからだろう。
「・・・そうだな。銀行に行くか」
屋台をみたら、確かに少し小腹が空いてきてしまった。
「取り敢えず、リンゴ飴でも買いましょう」
「それ、採用」
「やたー!」
そう言ってリンゴ飴の屋台に走っていく有利。
その間に、町の大きな銀行の位置を調べる。
今の時間は、そこらへんのATMだと手数料が取られるので、出来るだけ避けたい。
体を使って少しでも金が浮くならば、そうするべきだと思う。
何故なら、今回の依頼はタダ働きだからだ。
「ん?」
スマホで銀行の位置を調べると、どうやらこの街に大きな銀行は一つしかない様だ。
あとは、小規模の地方銀行ばかり。
俺の金を預けている全国でも有名な銀行は、その大きな銀行しか無いので、どうやらそこまでいくしかない様だ。
「まあ、駅から近いから良いか」
俺達の今いる、町で一番大きな駅の布連通駅は川の南部に存在し、向かう銀行は歩いて大体30分程の同じく南部に位置する様だ。
「七加瀬さーーん!見てください!おっきいですよー!」
そんな声に顔を上げると、両手にリンゴ飴を持って、有利がコチラに走ってくる。
微笑ましい姿に、つい笑みが溢れる。
そして、祭りを祝福するかの様に晴天の空を見上げながらつぶやく。
「バットエンドが大好きな世界には悪いが・・・人員も増えたんだ。今回の依頼も、完全試合でやらせてもらうぜ」




