食料泥棒 ①
「今井さん〜これもー」
支給された帽子をつけながら、熱い日差しの中足を進める。声の聞こえた方へと歩き、重そうに持つダンボール箱を受け取った。ダンボールの上にダンボール。同じ大きさだから上下どちらにしても持つことができる。
僕は受け取ったダンボール箱を運んでいたダンボール箱の上に載せると、両手いっぱいに力を込めて立ち上がる
「よっと」
思わず声が出て役所の人に大丈夫か尋ねられるが僕はそれを大丈夫ですと答えた。
体力にだけは自信がある。
地面に張り付いた太い木の根を、器用な足さばきで交わしてゆく。転ばないよう細心の注意を払いながら、ゆっくりとだ。
幼い時からボルダリングを習っていた僕はこういった地形は得意のようだ。実際山に登ったことはあまりなかったけれど、練習で鍛えた体幹と感覚が今の僕を動きやすくしてくれている。
警官が来た時もとっさに木に登ることができたのはそれだ。
農道からしばらく登ると、急な登り坂が現れた。下りの時は気にもしなかった場所だが、こうしてよくみると強い印象を受ける。
帽子を上にあげ、その全貌がよく見えるように顔もあげた。生い茂る木々の隙間から、白い光が漏れ差している。普段は濃い緑色の葉も、太陽に照らされ黄緑色へと変貌を遂げている。
登り坂道は丸太を綺麗に加工した階段で作られ、その両端には鎮座した木々達がこれでもかと言わんばかりに強調をしている。
蝉の鳴き声が聞こえてきそうな情景に、僕は耳をすませてみるが時期的にはまだ早いようだ。
そんな大自然を満喫しながら足取りを進めると、数分して開けた場所が目に入る。葉の横際から、雲ひとつない青空が見える。それと同時にかなんだか足取りが軽くなったように感じた。ようやく着いたという喜びと同時に、僕は少しだけアップテンポで登った。
「配給の時間でーす。順番にお並びください〜。」
「今井さんお疲れ様。ここからは僕達が引き受けるよ。」
避難所に着くと既に配給は始まっていた。
僕は2段重ねにしていたダンボール箱を地面に下ろすと、そのまま近くのベンチへと腰を下ろす。
太陽に熱せられ温かみのある感覚が、お尻全体に広がっていく。
(あつい…)
額から出る汗が、そのままポタポタと地面へと滴り落ちる。これなら日陰の方が良かったかな…
前方を見渡すと、数十メートル先には1本の大きな木が見える。その下には広々とした木陰が広がり、見るだけで涼しくなりそうだ。
僕は遠目でそれを見つめながら、自分にまだ歩くだけの体力があるかを問いかけてみる。
「…。」
答えはノーみたいだ。
「はい。」
僕がベンチで立ち込めている頃合。穏やかで優しげのある声が僕のすぐ隣から聞こえてきた。
落ち着いた人。そんな印象を僕はまず受けた。半袖のワイシャツに黒の長ズボン。歳は僕と比べるとかなり離れているように見えるが前髪は短く整えられ、爽やかな顔立ちだ。
暑さでモヤモヤとしていた頭の中をフル稼働させると、僕になぜ話しかけてきたのか。その事由をまだ理解していないことに気づく。
よく見ると僕に何かを差し出してくれているかのようで、視線を落とせばその意義が理解出来た。
「ありがとうございます」
僕はゆっくりとそれを片手で受け取ると、カラカラになった喉を通過するよう勢いよく飲み込んだ。
冷たい液体が体全体に染み渡る。空を見上げると同時にその流れも勢いを増す。この炎天下を一時的にだが忘れさせてくれる。そんな喜びを感じながら、今の態勢を保つ。
「ははは。」
それを見てか、飲み物を持ってきてくれた男性は少し嬉しそうな表情を見せていた。
「助かった〜…」
僕が嬉しそうな表情をこぼすと、それに続いて
「今日は気温高いから、水分補給はしっかりととらないとね。」
そんなどこか言い慣れたかのような優しい口調で、また笑みを浮かべていた。
「いやーもう本当に暑くて参っちゃいますよ…」
そんなおじさんのような口調を漏らしてしまったが、男の人はそれに気にすることなく続けて話をした。
「首のこの部分を冷やすと体が楽になるよ。」
そういうと首の後ろあたりに水の入ったペットボトルを当てる。僕もそれを真似するかのように当ててみた。
「すごい変わりますね」
「でしょ。これ先生考案なの。」
その不意に出た単語に僕は少しだけ驚きを感じたが、話はそれることなく続いていった。
「やっぱり休憩は必要ですよね。」
僕はそういうと、自分の持つペットボトルを見つめる。それから遠方のテントを見て、せかせかと休みなく働く役所の人たちの方を向いた。
「僕もそれが気になっていたところなんだ。あんなやり方を続けていたら体は持たない。」
彼も僕と同じでそれに気付いているようだった。ここ数日間でも、役所の人達がしっかりと休息をとだているところを見たことがない。
深深と頭を悩ませるような素振りを見せると、今度本部の人に折り合ってみるよ。優しくそう答えていた。
僕はそれを聞き、曇らせていた目を開き、無意識に笑みを浮かべた。
初日から今日までの4日間。ずっとだ。人手が足りていないというのは分かるけれど、それでも休憩をとらない理由にはならない気がするのだ。
「高木先生〜。交代の時間でーす。」
「わかったー今行くよー。」
大きく手を振ると、先生と呼ばれた男の人はテントの方へと行ってしまった。
「君も、体調管理には気をつけてね。」
最後にそう一言。年を押されて言うと、僕はまた自身を見つめ、気をつけようとそう感じた。
歩いている後ろ姿を見ても、その優しさが溢れ出ているように感じられた。最初の印象通りか、とてもいい人であった。
僕は残った飲料水を飲み干すと、列の短くなった配給場所へと足を運んだ。
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それは避難所の中心にある、役所のテント内から聞こえていた。
「うそっ?!」
驚いたような口調で、大きな声を上げる。
「ないって、しっかりと運んできたんでしょ」
「それも、4ケースも、全部ないって、本当なの?」
なくなったのは食料を詰め込んだダンボール箱のようだった。
まだ信じられないと言わんばかりのニュアンスで、質問を重ねる。だがそれを否定するものは誰一人としていないようだ。そして、それがどこへ消えてしまったのか、それを知るものもまた、居ないようだった。
「確認はしたの?」
強い口調で一人の女性が声を上げた。
「情報の食い違いは無いのか、本部とも連絡を取り合ったのか。」
だが皆、それには強く頷いていた。だとすると。皆の顔色は疑問を浮かべるものとなっていた。
「盗まれたの…?」
誰も信じたくないような結論が出始める。
もしそうだとしたなら、誰が何のために。