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皆さん


「皆さん!」



力強く、音のたもった声が、ここあたり一面に響いていた。



「落ち着いてください!」



女子高生の叫びと共に皆の動きが止まり始める。一人が止まると、また一人。気づけばその大半がそれまでにしていた行動を止めている。あたりで話しているものは確認できない。皆の視線の先が、不思議と中心に立つ女子高生へと向けられていた。


女子高生はそう言ってから、また一呼吸置き、そして話した。



「私のお父さんは、市役所に勤めています」


自信に満ち満ちて、ハキハキとした声で。大きな声で。先程までに聞こえていた怒鳴る声とは違うのが聞いていてわかる。



「私は、役職の皆さんが私たちのことの、私たち以上に常に大切に考えてくれていることを知っています。」


「津波が起きた時、いち早く避難所への誘導をしてくれたのは役所の方達でした。道を開け、瓦礫をどかし、一人でも早く救助できるようにと、みんなを助けられるようにと。津波が迫っている中でも、私達市民の身を守ろうと、命を張ってこられたんです」



役所の人と揉めあっていった片方の手がゆっくりと降りていくのが、遠目に確認できた。


話を聞いていくごとに、皆の顔色が変わっていく。お互いの顔を見合わせ、自身の行動を悔いているような表情になる。だけれどそれは全員というわけではなかった。



「そんなん信用できるか。」


一人の男性が肩をまくりながら、納得のいかない顔をして前に出てくる。


「俺、知ってるで。役所の大半の人は安全な市街地から指令出しとるだけって、聞いたんやで」


「嘘や嘘。ほんとは俺らのことなんか後回しなんや。経済被害だとか、名声だとか、そういうことばっかでワイらの命のことなんか二の次なんや。」



男が話していたのは避難所の一部で噂だっていた話のようだ。初日、2日目ともに話題に上がってので覚えている。その話が本当なのかは多分誰一人として知らないのだろう。詳しく説明している者がいないことから簡単に予想がつく。


「役所の人大勢いたらしいけど今は数えられるくらいやそうやないか。結局みんな逃げてしまったんや。俺らを置き去りにして。」


「みんなもいい加減気づきーや。今危ない最前線に出てるのは誰なのか。武器や防具を持った特殊部隊を除いたら次は無防備な状態でここにいるワイらやで。そういうことなんや。騙されてるんや」



どこを向くというわけでなく、だだっ広い空に向かって、男はそう怒号を挙げた。



「やっぱ、そうなのかな」


震えてそれに賛同するような声が聞こえる。


「もしかしたら、騙されてるのかも」


それに続くように次々に賛同の声が上がる。


「そやそや、みんなで言ったらええねん!」


後ろからも前からも。怒号と賛同の声が増えつつあった。


まただ。


嫌な空気、ぶつかり合う空気。みんなの感情がバラバラに放散している雰囲気。僕はこれには賛同することはできない。だけれどいち早くここから逃げ出したいという点では同じ気持ちであるのかもしれないけれど。



「私は知っています。」



反乱が飛び交う中でだった。最初に声を上げた女子高生はそれに怯むことなく、また同じ音程でそう話した。僕らと顔を合わせてそれから、今度はスーツ姿の役所の方を見つめる。




泥がつき、傷がつき、よく見ると左手には包帯がぐるぐる巻になっている。


役所の人は怪我を負いながらも、僕らのことを優先してくれていたのだ。



「皆さん」



それ以上。女子高生が続けて話すことはなかった。最後に挙げられた言葉は最初に挙げられた言葉と同じものだった。



同じ音程、同じくらいの大きさ。だけれどみんなの心の中には何かが響いたように感じられた。変わったように感じられた。



頭の中で有象無象に動き回っていた負の感情が抑えられるだけでなく、より強い、だがそれはいままでとは違うものへと変わっていくのが感じられた。



皆我を忘れたかのように戻り出す。



「私の同僚は救助に行くと言って、いまだ戻ってきていません。」



「ただこれだけは言わせてください。私の責務は皆さんの安全を守ることです。」



その言葉に先程まで叫喚をも上げていた数人が顔を下に下げた。



役所の人はそういうと、運び途中だった食料をまた持ち上げ、避難所の奥へと歩みを進めていった。



それにつられるように、僕らもそのあとを追う。足取りは遅い。自分らがしてしまった行為を恥じらい、悔いているようだった。それぞれが考えを巡らせそれが一点に集中するのを確認しながら歩みを進めているようだった。



最初に声を上げた男性はなんだか残念そうな、力が抜けた表情をして、まだそこに立ったままだ。結果に納得いかなかったというよりは、自分は何をしていたんだろうと自身をも悔いているように見えた。



3日目が終わる。



あれから時間は経ち、日は落ち始めていた。


現状に対し、強い文句を言うものはそれからはいない。笑顔を見せる人達が増え、役所の人へ感謝を伝えるものが多くなった。


会話には明るい話題が上がるようになり、心の余裕できるようになっていた。


もちろん、全員というわけではない。まだ納得のいっていない人も本当は数多くいるのだろう。


僕はというと、どうなのだろう。先程までは暗いことばかり考えていたが、今はそうではない。周囲に感染してというのもあるのかもしれないが、自身自らに気持ちを切り替えているつもりだ。


そして行動すべきことも決まった。


今は食料の運送や配給を先導して行なっている。誰にでもできることかもしれないけれど、今の僕がしたいと思ったこと。僕は重たい段ボールを持ち上げ、急な泥道をゆっくりと歩いた。



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