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遭遇

それは僕が高校に入学した年のことだった。いつもの通学路を歩いていると、それに出会った。

最初に目にしたのは


穴…?


路地道路の真ん中あたり。舗装された道路よりも黒い色をしていて、違和感を覚える。まるで不自然なその光景は、水溜りなどには見えなかった。


近づいてみて分かった。崩れていると思った地面はそこにはあり、僕がそこに立つと同時に黒い形が変形をした。これは穴ではなく影だ。


丸い影。楕円形とか不均等とかそういう形ではなく、均等で綺麗な円形。


僕は好奇心と、もはや反射とも言える速度で頭上を見上げた。


白い物体。


空の上空、縦横均等な長さをしており、形は円球であった。よく見るとそれは、ヌルヌルとした感触を思い立たせるような外装をしており、表面に僅かな粘膜のようなものが確認できる。




最初は目にゴミでも入ったのかと思った。思い立ったからには目を何度も擦り、それからこれでもかと言わんばかりに目を見開いた。


「あ」


ある。そこには確かに。空には確かに。水色の空に不自然に白い物体。大きさにして3メートルはありそうだ。雲ではない。



「宇宙…人?」



僕が次に発した言葉だ。宇宙人だったら面白いな。そんなことを思いながら。



次の瞬間だった。



黒い斑点が1つ。下からでちゃんと見ることが出来なかったが、上から下に移動してきたように見えた。あまりに早く、僕はもう一度自分の目を疑う。


それからキョロキョロと、素早くその円球の表面上を上下左右に移動している。大きさは円球の4分の1程度のもので、その素早い動きが段々とおさまりつつある。



その光景から連想されるものはただ1つ。



「目…」



言葉を発したのは僕ではなかった。いやもしかしたら僕も同時に発していたのかもしれない。



同じ道路内にいたお爺さんが、眼鏡を何度も掛け直しながら直視していた。


カシャ。


カシャカシャカシャ。


聞き馴染みのある電子音とともに時たま光。


「まじやべぇ〜。」


「それ、トレンド入り間違いない」


今風の服を着た二人。大学生だろうか。興味深そうに写真におさめている。



空に不自然な球体が1つあり、それが目のように蠢いているとなれば、


「なにこれ?」

「あっちょっと押さないで」

「なんか可愛くない?」


それから後を追うように声が周囲から聞こえ始めた。

いつのまにかあたりは賑やかになっている。

すでに周りには沢山の人だかりができ、僕はいつのまにかその枠の外に追い出されてしまっていた。



「ちぇっ俺が最初に見てたのに。」



少しだけ不貞腐れながら、興味の的である物体を今度は遠くから観察することにした少年僕



まじまじと見ても、ボーっと見つめても、やっぱり目。この景観には少々違和感が大きすぎる目だ。どういう原理なのか、物理なのか、検討のけの字もつきそうにない。重力とかそういう力なのだろうか。それとまはたまた上から糸で吊るされてでもいるのだろうか。結論の出ないことを頭の中でぐるぐるさせてみたが、もとより結論なんて出ないことは分かっていた。



とにかく今は、その目の前の情景を目に焼けつけようと、必死に顔を前に突き出して観察するしかなかった。そうしたかった。



あれから10分ぐらいたってからだっただろうか。



近所の公共スピーカーからサイレンが鳴りだしたのは。



初めて聞くその電子音に、皆耳を傾けた。たちまち自動車の排気音が聞こえ始め、あたりは封鎖。警察と黒いスーツを着た人たちとでその場は仕切られてしまった。当然と言えば当然だ。むしろ僕達はこの場にこれ以上いたら危なかったのだから、この人たちには礼を言わなくてはならないことになるのだ。


映画やドラマでしか見たことのないような、黄色と黒のテープが赤コーンから赤コーンへと貼られ、僕はその光景を見るたび、また面白いものを見てしまったと少し気持ちが昂った。


ただあいにく、僕はそれを遠くからでなく、真上から見ていたのだが…。



よく見えるように近くにあったアパートの階段から、隣のイチョウの木によじ登っていたのだ。



運が良かったのか悪かったのか。多少の罪悪感に苛まれるものそれはすぐに好奇心にへと移り変わっていった。


「こちら異常なし。」「了解」



下で警察の人たちが何やら無線通話しているのが聞こえる。




退学とかにならないよね。木に登り、姿勢を維持するのが大変になってきたのに気づいたころ、僕は自身の置かれている状況を再度考え始めた。入学したばかりの高校のことがふと頭をよぎる。


そんな時だった。


「ジジジジジッ」


何かが擦れ合うような音が聞こえ始め、それが勢いを増すように大きくなっていく。


見ると音の正体は隣のアパートで、窓ガラスがガタガタと揺れそれが奇妙な音を発していたのだ。


揺れている。


大地がグラグラと揺れ始め、周囲でぶつかり合う音がし始めた。揺れは縦方向に揺れ、物が小さく浮かびそれから地面に叩きつけられている。それが何度も繰り返されている。



木々の葉が視界を遮るように落ちてゆく。太めの枝に両手で掴まり、脚に力を入れて踏ん張るので精一杯だ。そしてそれは数分続いた。



揺れが収まる頃にはあたりは一変し、まるで何事もなかったかなように静寂の世界になっていた。

散乱した破片を踏まないようにみな掻き分けている。



僕も恐る恐る地面に降りた。地には枯れた葉がより一層つもり、これなら落ちても大丈夫だったかも、なんて思った。



警察の人に見つからないよう、上手いことバリケードを抜け、そこから数十メートル離れた同じ道路に僕は立たずさんでいた。これからどうしようと。



僕はまた空を観察する。


ある。


この状況下でも何事もなかったかのよう。空中に固定されたかなように。浮遊している。位置が移動しているようには見えないし、何かが変化しているようにも見えない。



今の地震。偶然的に起きたという線も考えられるがどう考えても規則的で違和感のある揺れだった。それだけでなくとも、こんな物理的な法則を無視したような物体を目にしていて、それと結びつかない方が難しい気がする。



僕はこの状況と空に浮かぶ球体を結びつけると、一歩、後ろに後退りをした。身の危険さを覚え、恐怖心が取り戻されてきた頃合いだった。



「キィィィィィィィィィィィ」



ありえないくらいの高音と雑音が混じったような音があたり一面に鳴り響いた。窓ガラスが割れる音がし始め、僕はとっさに身を固めた。


先のサイレン音とは一目瞭然。甲高く、聞きたくない音。悲鳴かのようで、鳴き声にも聞こえる。



それと同時にあたりの風景を変えてしまったのが、波だった。どこから現れたのか球体のちょうど真下あたりからは勢いよく水が波のように押し迫っていた。狭い路地を、壁同士にぶつかり合いより一層その勢いを高めていく。



僕は走った。とっさに走った。いやもう、甲高い音が聞こえた時から逃げるように走っていた。



とんでもないものに出くわしてしまったと。とんでもない目に遭ってしまったと。自分の行動を後悔しながら必死に前を向いて全力で走った。



「津波警報。津波警報。」


「西本田街に津波発生。近隣の住民は、直ちに高い建物かーーー」



津波警報…?ここは海に面していない内陸県だぞ…っ。そんなあたかも自分は被害にまだあっていない第三者目線をして、そこからハッと気づく。

とにかく走るんだ。





ーーーーーーーーーーーー






「はぁ、はぁ」。



着いた…。



制服の汗を絞りながら、そのまま地面に勢いよく座り込んだ。



「大変だったね」


「…大丈夫かい?」


僕の姿を見て、話しかけてくれたお婆さんは、深刻な顔をして言葉を変えた。


「ありがとうございます、いえ、これは、汗で…



言葉を最後まで言い切れず、僕は次の呼吸を深く吸いこんだ。



ぼんやりと情景。遠くの見たことのある球体からは、水のような液体が勢いを止めることなく流れ落ちていた。蛇口をひねったかのように自分で止まる気配のないそれを、僕らはただひたすらこの山から眺めることしか出来なかった。




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