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第3部 シュレトの首飾り:4 シュレト

 レメテック墓地は一先ず置いておくことにして、ジョーカーズはシュレトに探りを入れることに決めました。彼について調べるために、ベニに会いに行くという理由で、ケイがシュレトの住む二〇一Aを訪ねることになりました。この方法が、ジョーカーズがシュレト達のグループに会いに行く、一番自然な理由になると皆が考えたからでした。

 ケイはいつものごとく、ジュニアを従えて出掛けていきました。シュレトとベニに会いに行くのは嫌ではなく、むしろ楽しみに思えましたが、探りを入れに行く口実にベニを使うのは、少し後ろめたい気持ちでした。しかし、夢の謎を解くためには仕方がないと自分に言い聞かせ、二〇一Aの部屋の前で、一度深く息を吸って気持ちを整えると、ケイはドアをノックしました。少しして、ドアを開けてくれたのはシュレトでした。

 「ケイじゃあないか。どうしたんだ?ああ、そうか、ベニか」シュレトはすぐに分かったというように、にやりと笑いました。「ベニに、会いに来たんだな?」

 「まあね。彼女はいる?」ケイは顔が赤くなるのを感じながら、何気なく尋ねました。

 「生憎だったな。ベニはアレスタの所に行っちまっているんだ」

 「え、出掛けた?そう…」

 ベニがいないとは考えていなかったので、予想外の展開にどうしようと思案するケイに、シュレトが意外にも、こう言ってくれました。

 「あいつがいつ帰ってくるのか知らないが、良かったら待っていろよ」

 結局、ケイはベニを口実に使わなくても、シュレトと話が出来ることになりました。ジュニアはシュレトに気を許しているらしく、嬉しそうに尻尾を振って入っていきました。

 「静かだね。皆、いないの?」

 「外を走り回っているんだろう。休暇中は大抵そうさ」

 シュレトはケイを居間に通して、水色の液体が入ったグラスを差し出しました。

 「あれ、これペッカーじゃあないの?」ケイが驚いてグラスを手に取りました。

 「そうさ。焦げたオーブンで飲んだやつと同じさ。アルコールは入っていない」

 「お酒をアローズ街で飲むのは、規則違反だと思っていたけど?」

 心配そうに尋ねるケイに、シュレトは笑って手を振ります。「そりゃあ、お前は駄目だぜ。でも俺は十八才以上だから平気なのさ。心配するな、アルコールをまだ混ぜる前のものだし、アレスタには内緒にしとくからさ」

 それを聞いて、ケイはちょっと安心してペッカーに口をつけました。

 「アレスタの前の責任者は、規則にあまり関心のない奴だったな。そのために喧嘩や争いが絶えなくて、ここもひどく荒れた時期があったんだ。だからアレスタは規則に関しては、特に厳しくしているのさ」

 「前の責任者?ということは、アレスタの前に、誰か違う責任者がいたの?」

 「当たり前だろう。アレスタ一人だけが、ずーっとここの責任者だと思っていたのか?アローズ街が出来て、もう七年だぜ?当時、奴はまだ十六才かそこらだぞ。大抵、その時一番年上でしっかりした奴が、責任者になる。一番初めの責任者は、確かラルフートっていう赤毛の大男だったっけ。皆、ある程度の年齢になったら、仕事を見つけてここから出て行くのさ。ラルフートも責任者になってから一年半後に、隣町で住み込みの仕事を見つけて、ここから出て行った。元々ここは、爆発事故で親を失った孤児のために建てられた施設なんだ。だから皆、独立出来るようになると、自由と新しい世界を求めて出て行くんだよ」シュレトは一口ペッカーを飲み、また話し始めました。「最初、ここには今の倍くらいの孤児が、押し込められるように住んでいたんだ。人数は多いし、事故の後で気持ちがささくれ立っていて、喧嘩と盗みと病気がはびこる、最低の場所だったんだ。それが段々と人数が減り、皆が団結するようになって、ようやく落ちついたんだ。アレスタはあの頃のひどい環境に戻らないように、規則には人一倍厳しくしているのさ。しっかりした責任者だと思うぜ」

 「ふーん。じゃあ、アレスタもいつかここを出て行って、他の人が責任者になるんだね」

 「俺は責任者なんて、真っ平御免だ。恐らく、クレイあたりに決まるんじゃあないか?でも、アレスタはいずれここを、学校付きの正式な孤児院にしたいような話をしていたなあ。もっとも、そんな話は、資金の面で最初から無理な夢だけど」

 ケイは話を聞きながら、どうやって首飾りに話を持っていこうか、密かに頭をめぐらせていました。いきなり首飾りのことを尋ねるのもどうかと思いましたし、下手に探りを入れようとすれば、鋭そうなシュレトに感付かれてしまいそうで、なかなか言い出せません。それでもシュレトがグラスを持ち上げた時、思い切って口を開きました。

 「その腕についている飾り、重そうだね」

 シュレトはちらりと飾りを見ると、肩をすくめて答えました。「別に。長年着けているから、もう慣れた。首にもあるし、ここにもあるぜ」そう言うと髪をよけて、飾りを沢山提げている首と、ピアスがいくつもついている両耳を見せました。

 「すごい数だね。首にしているのは何?」ケイは段々核心に近づいていきます。

 「これは俺の宝物さ。子供だった頃は、親父に金目の物は勝手に奪い取られていた。だから大切な物をいつも身に着けて守ることを学んだんだ。今でも大切な物は、首から提げることにしている」

 ケイはシュレトの首に掛かっている数本の紐や鎖を見ましたが、サムとタエが見た鏡のかけらが入っている肝心の袋は、服の下に隠れて、見ることは出来ませんでした。隠れている飾りをどうにか見せてもらおうと、ケイが頭を絞っていると、玄関のドアが開いて誰か帰ってきた音がしました。

 「誰か戻ってきたみたいだな。おい、誰だ?誰が帰ってきたんだ?」

 シュレトが大声を上げると、居間のドアが開いてベニが顔を覗かせました。

 「うるさいわね。何よ、シュレト。そんな所から誰だなんて大声を出さないでよ。どうして普通に、おかえりって言えないの?」そしてベニは、はっと目を見開きました。

 「やあ、ベニ」ケイはにっこりと笑いました。

 「ケイ!」途端にベニの頬が赤くなります。「やだ、どうして?ケイ、遊びに来ていたの?」

 「ケイはお前を訪ねてきたんだ。代わりに俺が相手をして、足止めしてやっていたんだぜ」

 シュレトがそう言って、ペッカーのグラスに手を伸ばしました。

 「それ、ペッカーじゃあないの。ケイにも出したの?一体どういうつもり?いけないって知っているのに。兄さんに怒られるから」

 ベニはケイの前に置かれている、水色の液体が入ったグラスを指差し、眉を吊り上げました。しかしシュレトは涼しい顔です。

 「アレスタにばれやしないさ。お前が言わない限りな。それに、俺とケイがペッカーを飲み合うのは、これで二度目なんだ。うらやましいだろうが、男の付き合いに口を出すなよ」

 ベニはじろりとシュレトを睨みました。「何が男の付き合いよ。別にうらやましくなんてないわよ。…本当なの?」うらやましくないと言いながら、ベニはケイにそっと尋ねます。

 「うん。前に一度、焦げたオーブンでね」

 「焦げたオーブン?それって、中心街の料理屋じゃあないの。どうしてそんな所で?」

 「だから、男の付き合いって言っただろう。俺はケイと中心街に行って、焦げたオーブンで昼食を食べたのさ」

 ベニが信じられないという顔で、ケイを振り返りました。「本当なの、ケイ?どうして、いつ?いつ一緒に中心街に行ったのよ?」明らかにベニは悔しそうです。

 「いつだったかなあ。もう俺達、何度も一緒に中心街に行っているからなあ」

 ベニが言葉を失うと、シュレトは笑いながら立ち上がりました。

 「さてと。それじゃあ、お邪魔虫はこれで失礼するか。クレイ達とカードをする約束があるから。じゃあな、ケイ」

 せっかく飾りのことを聞き出す機会を得たと思ったのに、呆気なくシュレトは部屋を出て行ってしまいました。

 「本当に、シュレトと何度も中心街に行っているの?」

 複雑な表情で尋ねてくるベニに、ケイは首を振りました。「シュレトはからかって言っただけだよ。ほら、前にクレイが、僕とウィルとニールを中心街に連れて行ってくれたって話したでしょう?その時に、シュレトも一緒にお昼を食べただけだよ」

 「何だ。もうやだ、シュレトったら意地が悪いんだから」

 ベニはシュレトの言葉を本気にしたのを照れるように笑いましたが、冗談だと分かって心底ほっとしているようでした。

 「そうだわ、私に会いに来てくれたんですって?ごめんなさいね、兄さんの所に行っていたの」

 「アレスタの所って、また一緒に中心街に行っていたの?」

 「ううん、兄さんの収集物の整理を手伝っていただけ。兄さんが子供の時から集めている本や新聞の束が、今まで捨てられずにずっと積んであったんだけど、それをいい加減に整理することに決めたらしいの。だって、集会に使っている空き部屋にまで、兄さんの物を置いているくらいなのよ。それを綺麗に片付けるって言い出して」

 ケイは一回だけ行った集会の部屋に置いてあった、沢山の紙の束を思い出しました。

 「もう大変なのよ。新聞の束なんて、埃がすごくて嫌になっちゃう。いらない物をまとめたら、知り合いの清掃屋に頼んで、持っていってもらうんですって」ベニはせいせいしたように言いました。「兄さんて、ああ見えて結構センチメンタルなところがあって、いらない物でも、思い出があると捨てられないのよ。まるでシュレトの飾りみたいでしょう。私がこんなこと言ったなんて、兄さんには内緒よ。きっと機嫌が悪くなって、すごく怒るから」

 「シュレトがいつも首に着けている、あの沢山の飾り」ケイはシュレトの名前が出たので、つい聞いてしまいました。「彼が、あの飾りを外す時はあるのかな?」

 「私も気になって、一度聞いてみたことがあるけど、寝る時少しは外しているって言っていたわ。そして枕の下に入れて寝るそうよ。誰かに取られるっていう不安が、今でも消えないんですって」ベニは少しだけ悲しい顔をしました。そして、黙ってしまいました。

 ケイはベニの悲しそうな表情から、彼女が単にシュレトに同情しているのではなく、自分自身の過去を思い出しているのだと分かりました。ベニとアレスタがアローズ街に住んでいるということは、彼らの家族も工場の寮で暮らしていたということになります。シュレトの話からも想像出来るように、恵まれた平和な日本に住んでいたケイには経験がないような、ひどい生活環境だったに違いありません。

 ケイはベニを慰めようと、思わず彼女の肩に触れました。はっとベニが顔を上げました。ケイはベニの頬が赤くなっていくのを見て、慌てて手を離しました。自分の顔もベニのように赤くなるのが分かり、耳までかっと熱くなります。ケイは目をそらしてしまいましたが、ベニはじっと彼の顔を見つめてきました。ケイはますます自分の顔が熱く火照っていくのが分かりました。

 ベニの手が伸びて、ケイの手に触れようとしたその時です。ガチャリと勢い良く玄関のドアが開いたと思ったら、シュレトの声が聞こえてきました。

 「おい、ベニ」シュレトは居間のドアを開けて、中に入ってきました。「アレスタが今…。おい、何やっているんだ、お前達?」

 シュレトは少し目を丸くして、居間の入口に突っ立ちました。居間では、ケイとベニが互いにそっぽを向くようにして、離れて座っていました。

 「お前達、喧嘩でもしたのか?」

 ケイとベニは互いに違う方向を向いたまま、何も答えませんし、シュレトに背中を向けているので、二人の表情は見えませんでした。

 「な、何よ、シュレト。いきなり戻ってきて…」ベニがやっとそれだけ言いました。

 「いきなりって、何だよ。あ、もしかして俺、何か邪魔したみたいだな」シュレトは状況を把握したのか、にやりと笑いました。「邪魔して悪かったけど、アレスタにお前を呼んできてくれって頼まれたからさ」

 「兄さんが?用があるんだったら、自分で呼びにくればいいのに」ベニがつぶやきます。

 「アレスタに男と二人きりのところを見つかっても、よかったのか?だから俺がわざわざ気を利かせて、来てやったのに」

 ベニの表情が途端に硬くなりました。「気を利かせてくれて、どうもありがとう。一応、お礼を言っておくわ」

 「別に、礼なんていいさ。俺はアレスタに見つかったケイの方を心配して、来たんだからな。俺の友人が面倒に巻き込まれるのは、嫌だから」

 「嫌なシュレト」ベニはシュレトを思いっ切り睨みつけました。「でも、どうして兄さんが私を呼ぶのかしら。カードをやっているものとばかり思っていたのに」

 「いや、一度来たんだけど、帰ったぜ。だから今、奴の代わりを誰か探しているんだ」シュレトはちらりとケイを見て、眉を上げました。「カードをするのに、一人足りないんだ」

 「駄目よっ!」前触れもなく、突然ベニが大声で叫びました。

 「おい、何だよ。いきなり大声を出すな。びっくりするじゃあないか」シュレトはベニの剣幕に驚いて、後ずさってしまいました。

 「駄目、絶対に駄目よ!ケイに賭け事なんて教えないで。そんないかがわしい遊びにケイを誘うなんて、駄目よ」

 「来るか来ないかは、ケイが自分で決めるだろう」シュレトは腕を組んでむっとします。

 「カードって、何?」ケイが二人に尋ねました。

 「トランプを使った、賭け事だよ。大丈夫、ルールは簡単だからすぐに覚えられるぜ」

 「駄目よ。ケイ、行かないで。カードなんて駄目よ。お願い」

 「ははーん、分かった」シュレトは目を細めました。「お前、ケイを俺に取られるみたいで嫌なんだろう。そうだな?」シュレトは呆れたように首を振りました。「俺は女じゃあないんだぜ。ケイと親しくしたって、恋敵って目で見るのは勘弁してくれよ」

 「そんなんじゃあないけど。だって、シュレトばっかりケイと一緒に中心街に行ったりするし、ずるいわよ」

 子供のようにすねるベニを見て、シュレトは笑い出しました。「ははは、冗談だって。ケイをカードに誘ったのは冗談だ。ただお前の反応を見て、からかってやろうと思っただけさ。だけど、まさかこんなにもむきになるなんて、思わなかったぜ」

 「シュレト、ひどい!」ベニはまた真っ赤になりました。

 ケイは呆気にとられて、普段とは打って変わって、子供みたいにむきになって怒るベニを、珍しそうに見つめてしまいました。

 それから三人とジュニアは、一緒に玄関に向かいました。

 「じゃあ、俺はカードをやりに戻るぜ。今度はこいつがいない時に、誘ってやるからさ」シュレトが親指でベニを指差し、ケイに言いました。

 「シュレト!」

 「冗談だよ。おい、お前、ちゃんとアレスタの所に行けよ。分かったな」

 シュレトは先に階段を駆け下りて行ってしまいました。二人きりになってから、ベニはケイに言いました。

 「ごめんね。さっきはあんなにむきになったりして。普段はあんなこと言わないのよ。だって、シュレトったら…」

 ベニはケイに嫌われてしまったのかと、心配そうにうつむいてしまいました。ケイはそんなベニに優しく笑うと、言いました。

 「今度、僕と一緒に中心街に行かない?ベニは中心街を良く知っているんでしょう?」

 途端にベニの顔が、輝くような笑顔になりました。「ええ、知っているわ。一緒に行きましょう。私が中心街のどんな所にでも案内してあげるわ!」

 二人は一緒に中心街に行く約束をした後、ベニはアレスタの所へ、ケイはジョーカーズの待つ三〇二Bへ帰っていきました。

 

「お帰り、ケイ。どうだった?」

 ケイは居間に入ると、皆にシュレトとの会話を話して聞かせました。

 「分かったのは、シュレトが体に着けている飾りは、彼の大切な物だっていうことくらいかな。それから、彼はいつでも飾りを身に着けていて、外すのは寝る時だけだって言うんだ。おまけに寝ている時も、外した飾りは枕の下に入れるんだって」

 「つまり、いつどんな時でも、飾りを手放さないんだな。とてもこっそり手に入れるなんて、出来そうにないなあ。奴が大切な物を身に着けておこうと考えたのは、もとはといえば、大切な物を誰にも取られないようにするためなんだろ?」ニールです。

 「だったら、こっそり手に入れようなんて、最初から無理ってことよ。だって、シュレトは大切な物が取られることを、一番警戒しているんでしょう?」ノエラがニールの後に続けて言いました。

 「僕にも分かるよ。大事な物を誰かに勝手に奪い取られちゃう悔しさ。だから僕も、いつもこれを首から提げているんだ」タエは首に掛かっている小さな望遠鏡を、手に取りました。

 「シュレトもそうして、大切な物を守り続けてきたのか。余っ程大事な物なんだ、彼が身に着けているのは。と言うことは、サム達が見た鏡のかけらも、彼にとって大切な物だってことになるよね。すごく気になるなあ」ウィルがうーんと唸りました。

 「何とかして、彼のかけらを調べてみたいけど、また厄介な事態になりそうだね」ケイが困ったように言って、首に掛かっているクローバーをいじりました。

 「綺麗だから見せてって、お願いしたらどうですか?」ミミが自信なさそうに言います。

 「それはまずいよ。どうして僕達が、首に提げている袋の中身を知っているんだ、ってことになるじゃあないか」タエが首を振ります。

 「正直に言ったらどうだ?たまたま中に入っている物を見ちゃって、それが綺麗だったからちょっと見せてくれないか、って言ったらさ?」

 ニールが言うと、タエがまた首を振りました。「駄目だよ。何処で見たんだなんて聞かれたら、何て答えるのさ。立入禁止の工場跡で探検していたのがばれちゃうもの」

 「それは、確かにまずいか。シュレトを通してアレスタに知られたら、俺達は殺される」

 「たとえそうやって、シュレトからうまくかけらを見せてもらえたとしても」ウィルが口を挟みました。「それがルーナンの鏡だったら、どうするんだ?それをケイの持っているかけらと合わせてみる必要があるんだぞ。もしシュレトのかけらがアークのヒントだったら、他のかけらと合わさるはずだ。それを確かめるのに、シュレトの目の前で他のかけらを取り出す、何てことは出来ないだろう?」

 「出来ないわよね。肝心なことを忘れていたわ」ノエラがため息をつきます。「すると、またウィルの悪知恵の出番ってことね。停電事件みたいに、何か良い方法はないの?」

 気がつくと、全員がウィルに期待するような眼差しを送っていました。

 「ちょっと待ってよ。頼りにされても困るな」ウィルは困った顔で笑いました。

 全員が渋い顔で、じっと考え込んでしまいました。タエは首に掛かっている望遠鏡を何気なくいじります。それを見て、ケイはふと思いました。

 「ねえ、タエもいつも望遠鏡を首から掛けているけど、外す時はあるの?」

 「寝る時と、お風呂に入る時くらいかな。後はいつも提げているよ」

 「それだ!」

 突然ウィルが大声を上げたので、皆びっくりして飛び上がりました。

 「それだよ。きっとシュレトもお風呂に入る時は、飾りを外すだろう」

 「でも、シュレトが風呂に入っている時に、風呂場に忍び込むなんて無理だよ。鍵だってかけているだろうし」サムが言いました。

 「そこを何とかするのさ。今度もきっと手はあるはずだ」ウィルが言いました。

 「手はあるって、風呂場の窓から忍び込むとか?あそこは一階だから、やろうと思えば難しくはないだろうけど。いや、窓の鍵が開いているとは限らないし、ちょっと危険だぜ」

 「お風呂場の窓は建物の正面側にあるのよ。忍び込もうとすれば、誰かに見られない方がおかしいと思うわ。それにばれた時、何て言い訳するつもり?正直にシュレトの飾りを狙っていたなんて、誰が信じると思うの。下手をすれば泥棒扱いされて、大事になるわ」

 「どうするんだよ。今回もまた絶対に不可能なことを、やらなくちゃあならないってことか?」ニールはごろりと床に横になりました。「ショウの真最中に、舞台の上にある箱をこっそりと調べることに比べれば、簡単な気もするけど、シュレトがいる風呂場に忍び込むのだって、十分大変だぜ。第一、風呂場にいるシュレトに真っ先に見つかるだろ、絶対」

 ケイも困ってしまって、再び考え込んでしまいます。「シュレトに直接頼むのは無理。彼が寝ている間に枕の下から盗み出すのも、やっぱり不可能だよね」

 「可能性があるのは、シュレトがお風呂に入っている時か。でも、お風呂場に忍び込めないのなら無理だよ」サムがケイの言葉をついで言いました。

 「じゃあ、最初から風呂場に隠れるっていうのはどう?」

 「どうやって、他人の家のお風呂場に忍び込むのよ。それに隠れる所なんて、何処にもないじゃあない」ノエラが呆れてタエを振り返りました。

 同じアローズ街にあるのですから、シュレトの部屋の風呂場は、ジョーカーズの所と同じ造りになっています。洗面台と、シャワー付きの小さな浴槽があるだけのタイル張りの部屋で、脱衣所も一緒になっています。使う時は、扉を閉めて鍵をかけるので、忍び込むことは出来ません。先に中に入ったとしても、ノエラの言う通りに、何処にも隠れる所なんてありません。

 「シュレトがお風呂に入っている時、背中を洗い流してあげようとか言って、中に入れてもらう」

 「それ、すっごく不自然だぜ。奴が素直に頼むよとか言って、入れてくれると思うか?」

 ニールが大笑いをすると、タエは膨れます。「他に何か良い考えでもあるの、ニール?」

 「ない」ニールはきっぱりと答えました。「窓から忍び込むしかないんじゃあないか?」

 「一つだけ、シュレトの風呂場に忍び込まなくてもいい方法があるよ」

 全員が一斉に期待の眼差しを向けると、ウィルは不思議な笑いを浮かべました。

 「それって、どんな方法?」タエはウィルの笑いに少し不安そうです。

 「僕達が行くんじゃあなくて、反対にシュレトに来てもらえばいいんだよ。ここにね」

 「どういうことだ?」ニールは起き上がって、きちんと座り直しました。

 「今、タエが言っただろう?背中を流すとか言って、中に入れてもらう方法を」

 「まさか、その方法を使うつもりなのか?」

 「背中を洗い流すとは言わないよ。でも何か口実をつけて、風呂場に入ることは出来る」

 「どういう口実?どう言ったって不自然に聞こえると思うけど?」ケイが聞きました。

 「それはシュレトが自分の風呂場にいるからで、もし僕達の風呂場にいるのだったら?彼が僕達の風呂場を使っている時なら、口実をつけて中に入るのは、そう変なことではないと思うんだ。彼にここの風呂場を使わせる方法は後で考えるとして、どう思う?自分の所の風呂場なら、中に入るのは変じゃあないし、僕達が彼の風呂場に忍び込む危険を冒す必要もなくなるんだ」

 「確かにウィルの言う通りだわ。もし彼をうちに連れてこられれば、何とか口実はつきそうね」ノエラは頷きました。

 「またウィルの、不可能を可能にする作戦ですね?」ミミが嬉しそうに、にんまり笑います。

 「でも、待ってよ。たとえ僕が、望遠鏡をお風呂場に持っていかないとしても、シュレトも同じようにするとは限らないんじゃあない?」

 タエの言葉に、サムがケイを振り返りました。「ということは、明日もケイに、シュレトの所に行ってもらわないとね。彼がお風呂に入る時、飾りを外すのか探りを入れてみてよ」

 「もし良かったら、ミミが行きます」ミミがお行儀良く手を挙げました。「ミミがシュレトに会いに行きますよ。ミミならシュレトも気を許して、色々話してくれると思います」

 「それは名案だよ。さすがミミだ」ウィルがにっこりと微笑みました。

 「ミミの言うことは当たっているわ。どんなことを聞いても、ミミならシュレトも怪しまないでしょうよ」ノエラも感心して、ミミの頭を撫でました。

 「じゃあ、明日、ミミがシュレトの所に行ってきます。ジュニア、一緒についてきてくれますよね?」

 ジュニアはミミに答えるように、ワンと鳴いて尻尾を振りました。


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