第3部 シュレトの首飾り:3 レメテック墓地
ウィルは墓地に向かう途中、マーケットで花束を買いました。レメテック墓地はロース公園をずっと先に進み、大通りを左に折れて少し行った所にあります。坂になった道を上がると、低い石垣の向こうに広がる緑の平地が、道の両脇に見えてきました。
「ここがレメテック墓地だぜ。すっごく広くて、芝生の公園みたいだろ」ニールはそう言って、歩道脇の石垣と垣根をひょいと飛び越えて中に入りました。
「え、ここから入るの?」
驚いているケイの目の前で、ウィルも石垣を飛び越えました。
「正面入口はずっと先にあるんだ。面倒だから、いつもここから中に入るんだよ」ウィルは片目をつぶって見せました。
ニールが言ったように、そこは墓地というよりも公園といった感じの場所で、木や花が多く、綺麗に整えられた花壇には蝶が飛び、のどかに小鳥のさえずりも聞こえてきます。
「この墓地は広くて、貴族から身寄りのない人まで、あらゆる階層の人々が埋葬されているんだ。階層によって、墓のある地区は分かれているけれどね」
紫色の花畑が広がり、先は小高い丘になっている所にやってきました。丘の頂上には白く細長い塔が、空に向かって立っているのが見えました。
「あれが、共同墓地だよ」ウィルが白い塔を指しました。
三人は花畑を突っ切って、小高い丘を登っていきました。白い砂利が敷き詰められた小道が、円を描きながら頂上の塔まで続いています。
「こんちは、セトじいさん。今年もまた会いに来たぜ」
ニールはウィルと一緒に、花束を白い塔の下に置きました。石で出来た白い塔には、文字も何も刻まれてはいませんでした。長い間風雨にさらされて、所々灰色や茶色にくすんでいましたが、定期的に誰かが掃除しているのか、苔や泥はついていませんでした。
この小高い丘から、墓地全体が良く見渡せました。三人が通って来た花畑の向こう側に、沢山の黒い石が立ち並んでいる場所が見えました。美しい花壇が絵のように並んでいて、まるで庭園のようです。ケイがその場所に見とれていると、ウィルが声を掛けてきました。
「あそこに見えるのが、貴族の墓がある地区だよ。豪邸の庭みたいに立派だろう。死んでからも人々は、自分の階級を誇示したいんだね。あれ、ジュニアは?」
ウィルの言葉に、ケイはその時初めて、そばにいたはずのジュニアの姿が消えていることに気付きました。
「あ、あそこだ」
ニールが指差した方向に、花畑を駆け回るジュニアの黒い姿が見えました。
「何をしているんだろう。おーい、ジュニア!」
ジュニアは走って、ジャンプして、また走ってはジャンプを繰り返しています。
「蝶々を追い掛けているんだよ。一人で遊んじゃって、しょうがない奴だなあ」
三人は丘を駆け下りて、ジュニアの所に行きました。
「ジュニア!おい、ジュニアったら!」
ジュニアはケイ達が呼ぶのも聞こえないのか、どんどんと花畑を離れ、さっきケイが丘の上から見下ろした、庭園風の貴族の墓地へ行ってしまいました。貴族の墓地に足を踏み入れた瞬間、激しい頭痛がケイを襲いましたが、痛みはすぐに引きました。
貴族の地区は、まさに庭園でした。広くとられた歩道の両脇には、美しい花で飾られた花壇と木のベンチが、規則正しく並んでいます。遠くから見たら、ただの四角い石だった墓石は、近くで見ると凝った彫刻がしてあって、美術館の作品のようでした。美しいつたの模様が彫ってあるものや、墓石自体が水がめを持つ女神の像や、あずま屋になっているものさえありました。歩道を更に進むと、広い円形の広場に着きました。ジュニアはようやくそこで立ち止まり、追ってきたケイ達を振り返ると、無邪気に尻尾を振りました。
「もう、駄目じゃあないか。勝手にどんどん行っちゃって」
大人しく戻ってきたジュニアの頭を撫でると、ケイは広場を見渡しました。低い垣根と花壇で縁取られた広場には、ケイ達が来た道を含めて、四本の歩道がつながっていました。ベンチが四つ、広場の中央を囲むように置いてあり、その中央には白い大理石で出来た彫像が立っていました。ケイの所からは丁度真後ろで、膝をついてしゃがみ込んでいる、髪の長い女性の像の背中が見えました。
ケイの視線がその彫像に向けられた瞬間、頭がずきんと痛み、心臓が大きく打ち始めました。彼はゆっくりと像を回り込んで、正面に向かいました。一歩一歩進む度に、頭痛がひどくなるようです。彫像の顔を覗き込んだ瞬間、ケイは大きく、ワッと叫んでしまいました。
「ケイ、どうしたんだ?」
ウィルとニールはケイの青白い顔を覗き込み、彼の目線の先にあるものを見上げました。
「どうしたんだ?この像が、どうかしたのか?」
ケイが叫んだのも無理はありませんでした。彫像の顔は目も鼻も口もない、のっぺらぼうだったのです。
「か、顔がない!」ケイは震える声で、像を指差しました。
「これは『涙の像』と言って、死者への悲しみを表現しているために表情がない。つまり、表現することも出来ないような、たとえようもない悲しみを表しているんだって。前に墓守から聞いたことがあるんだ」ウィルが言いました。
頭痛がひどくて、ケイはよろよろと近くのベンチに座り込んでしまいました。
「大丈夫か、ケイ。顔が真っ青だよ」
夢に出てきたのっぺらぼうを目の前で見て、ケイは思い出しました。四角い石の迷路に、花畑。夢に出てきた風景がここにあるではないですか。
「また、夢を見たんだ」
ケイは最近見るようになった、例の夢を二人に話しました。しかし毎回細かい部分が違っているので、彼自身、説明している内に訳が分からなくなってきました。それでもどうにか、急いで歩いているクイン通りから始まり、弓矢を持った天使の像に会い、四角い石の迷路と花畑を通って、顔のない女性に会いに行く、という流れを話しました。
「今度の夢は、随分複雑だなあ」話を聞き終わって、ニールが感想を漏らしました。
「うん。でも細かい部分は違っても、大体の筋書きは同じなんだ」
「ケイの言う通りだ」ウィルが頷きました。「大きな流れは同じだよ。まずケイはアローズ街に、誰かに会うために向かっている。その人物は、顔のない女性」
「その人は、なぜか二回目からはシュレトになっているんだ」
「シュレト?」双子は同時に叫んでしまいました。
「うん。後ろから見たら髪が長いってところは似ているんだけど、最初は顔のない女性だったのに、次からはシュレトになっていたんだよ」ケイが困ったように言いました。
「シュレトが夢に出てくるなんて。しかも一回だけではなく、何回も?」ウィルは腕を組んで考え始めます。「顔のない女性、四角い石の迷路、花畑。これはレメテック墓地を示しているといっていい。でも、ケイはアローズ街に向かっているんだろう?クイン通りを歩くっていう部分と、弓矢を持った天使はどういう意味だろう。クイン通りには、天使の像なんかなかったと思うけど」
頭痛が引いていく頭を押さえ、ケイは涙の像を見上げました。
「他に何か、気になる点はないのか?何かヒントになりそうなことは?」
「そういえば、夢に出てきた女の人は間違いなくこの像なんだけど、夢の中ではちゃんとした人間の女の人だった。髪が黒くて、黒い服を着ている生身の人間だったよ」
「おい、よせよ、顔のない生身の人間なんて、気味が悪いぜ」ニールが身を縮めました。
ウィルはじっと彫像を見つめます。「良く分からないけど、一つだけはっきりしていることがある。それは、レメテック墓地がアークに何か関係しているってことだよ」
「それは間違いなさそうだな。クイン通りやシュレトのことは別として、他の部分はこの墓地を示しているんだろうからな」ニールもようやく納得したように頷きます。「アークを捜すためのヒントが、この墓地にあるんだ。あ、そうか、分かったぞ。つまり涙の像に何か秘密があるんだ」ニールはベンチから立ち上がると、彫像に近づいていきました。
「お前、単純に考えすぎだぞ。涙の像はいいとして、他の部分はどう解釈するつもりだ?」
ウィルは一人で勝手に彫像を調べ始めたニールに、呆れた視線を送ります。
「いいじゃんか。もしこの像から何か見つかったら、他の訳の分からない部分については、考えなくても済むんだしさ」
「そういう問題じゃあないと思うよ。今回の夢はパンドラの箱の時みたいに、単純にはいかないような気がする。ちゃんと一つ一つ解き明かしていくべきだと思うんだ」
しかし、ウィルの言葉などお構いなしに、ニールは彫像を叩いたり、擦ったりして調べ続けています。ウィルはそんな弟を放っておくことにして、また考え始めました。
「この墓地が重要なのは分かったとしても、どうしてクイン通りとアローズ街が出てくるのかな。レメテック墓地と、クイン通りと、アローズ街。この三つの場所は散らばっていて、一つの線では結べないよ。例えば、クイン通りからアローズ街へ行くとすると、レメテック墓地を通ることはない。レメテック墓地からアローズ街への道も、クイン通りを通ることはない。全然違う方向だったはずだよ。仮に、クイン通りからレメテック墓地を通って、アローズ街に帰るとすると、出来なくはないけど長い道のりだし、すごい大回りをすることになるから不自然だ。どういうことなんだろうなあ」
ケイもますます訳が分からなくなって、涙の像と、その周りを一人で調べるニールを見つめていました。全身大理石の白い彫像は、ケイの夢では黒い服を着た女性でした。ケイは夢で見たシュレトと、顔のない女性を思い浮かべました。二人の人物の姿を、何度も何度も、交互に頭の中で思い描きました。
黒い服の女性。アローズ街に立っているシュレト。
明るい光の中に浮かび上がる顔のない女性。暗いアローズ街に立っているシュレト。
「あっ!時間だ。時間が違っていた!」
突然声を上げたケイに驚いて、ニールはベンチに駆け戻ってきました。
「夢の中の時間が違っていた。シュレトがいるアローズ街は暗くて夜なんだ。だけど、女性の時は辺りが明るかった。昼間だったんだよ。それで思い出したよ。僕はいつも暗いクイン通りを歩いているけれど、花畑と石の迷路は明るいんだ。それもいつも同じだった。つまり、今回は二つの夢が混ざり合っているから、複雑に見えるんじゃあないのかな?」
「二つの夢?そうか、昼と夜か」ニールが手を叩きました。
「そうだ。そう考えて、もう一度夢を整理してみよう。昼の場所と、夜の場所とで」ウィルはケイに向かって頷いて見せました。
「分かった」ケイも頷いて、また夢を思い起こしました。「まず僕は、夜のクイン通りを歩いて、アローズ街に向かっている。そして夜道に立っているシュレトに会う。これが一つの話なんだ。もう一つは、昼間の花畑と石の迷路を通って、黒い服の女性に会う」
「なるほど。二つの夢を昼と夜で分けて、一つに見せているのか。ややっこしいはずだな。でもさ、これがどうしてアーク捜しのヒントになるのか、俺にはさっぱり分からない」ニールは頭を掻きました。
「とにかく、ケイの夢の通りに、実際に歩いてみたらどうだろう?」
ウィルの提案に従って、三人はジュニアを連れて涙の像を後にしました。
「夢の通りっていうと、行くべき場所はまず花畑か、石の迷路か。石の迷路は涙の像から考えても、貴族の地区を表しているんだろうな」ウィルが辺りを見回しました。
「アークは貴族なんだろ?だから貴族の墓にヒントがあるんだ。違いないぜ」
ニールがそこまで言った時です。三人の目の前に大きな影が現れました。びっくりして見上げると、白髪混じりのもじゃもじゃの髪と、無精ひげを生やした年齢不詳の男性が立っていました。
「やばい、墓守だ!」
ニールが慌てて引き返そうとしましたが、墓守は三人の前に立ちはだかりました。
「ここは貴族様の地区だぞ。アローズ街のお前達が、何をしているんだ?」
墓守は掛けている眼鏡をぐいっと持ち上げ、小さく固まる三人を見下ろしてきました。
「お前達が用があるのは、共同墓地だろうが。この辺りをうろついて荒らして、わしの仕事を増やさんでくれ。さあ、行った、行った」墓守は猫を追い払うように、手をしっしっと払いました。
「何だよ、人をゴミみたいに。ちょっと天気がいいから、散歩していただけだろ」
ニールが膨れて言うと、墓守はじろりと彼を見下ろして、
「散歩をしていた?墓場をか?随分な物好きもいたものだ」そう言って笑いました。「散歩なら公園に行くんだな。墓地は遊び場ではないんだぞ。用が済んだらとっとと帰るんだ。おい、何処へ行くんだ?」墓守は、帰ろうと歩き出した三人を呼び止めました。
「何処へ行くって、帰るんだよ。あんたが俺達に、帰れって言ったんじゃあないか」
「馬鹿者。出入口は反対方向だぞ。ん…?そうか、お前達はまた性懲りもなく、正面からではなく垣根を飛び越えて出て行くつもりだったんだな!この大馬鹿者が!」
「うわーっ、ごめんなさーい!」
三人は正面出入口へと向かって、逃げるように走り出しました。三人は墓守に追いつかれる心配のない所まで来ると、ようやく立ち止まり、ぜいぜいと大きく息をつきました。
「運が悪いなあ。せっかく墓地を見て回ろうと思ったのに」ウィルが舌を打ちました。
「墓守のおっさん、おっかないんだぜ。前に一度、俺が間違って花壇を踏み壊した時も、ほうきを振り回して追い掛けてきたんだ」ニールがくすくす笑います。
三人は仕方なく正面の出入口へ向かいました。背の高い生垣にトンネルのように穴が開いている所から抜け出ると、石畳の広場に出て、重々しい鉄の門の正面出入口がありました。ここにも花壇とベンチが置いてあり、ほぼ中央に大きな彫像が立っていました。ブロンズで出来ている、弓矢を持った天使の像でした。
「これ、夢に出てくる天使だよ!」ケイが彫像を指差して叫びました。
彫像は背中に大きな羽を生やし、入って来る者を威圧するように弓矢を構えていました。
「この像だったのか。ケイの夢に出てきたのは」ウィルは彫像を見上げました。
「俺達、いつも正面からじゃあなくて、石垣を越えて墓地に出入りしていたから、この像のことをすっかり忘れていたんだ。正面から墓地に入ってきたら、まずこの天使の像があって、花畑を通り、石の迷路に入って、涙の像へ行く道順になるぜ」ニールはちょっと悔しそうに言いました。
「これで夢の昼の部分が、レメテック墓地を示しているってことは確実だね。でもまた墓守に見つかったら怖いから、日を改めて来よう。このままついでにクイン通りに行って、夢の夜の部分を追ってみることにしようか」ウィルが提案しました。
三人がアローズ街に戻ったのは、すでに日が落ちて辺りが真っ暗になってからでした。夕食を食べながら、ケイは皆に夢の話と、レメテック墓地での出来事を話しました。
「ケイが見た夢に、またアーク捜しのヒントが隠されているっていうのね」ノエラがわくわくした声で言いました。
「でも、夢の意味が良く分からないよね」サムは首を傾げます。「レメテック墓地がアーク捜しのヒント?天使、花畑、石の迷路、顔のない女性?」
「もう一つの夜の部分はどうなの?アローズ街とシュレトについては?」
タエが尋ねると、ニールが答えました。「その部分が何を意味するのか探るために、クイン通りとアローズ街の間を歩いてみたけど、何も分からなかった。とにかく長い道のりで、疲れて足が痛くなっただけだったぜ」
うーんと、皆は夕食を食べるのも忘れて、考え込んでしまいました。
「シュレトがアローズ街にいることが、どうアークに関係しているんだろうね?」
サムが何気なく言った言葉に、ケイはあることを思い出して顔を上げました。
「そういえば、シュレトが裏の工場跡に一人で立っているのを見掛けたことがあった。もしかしたら、それでシュレトの夢を見たのかもしれない」
ファンフェアーが終わった次の日、朝早くジュニアと公園に行く前に見掛けたシュレトの姿が、ケイの頭によみがえりました。
「シュレトが工場跡に?それなら僕も知っているよ。シュレトがよく一人で工場跡に行っているのは、皆が知っている。有名だからね。彼が何をしているのか分からず、誰もが気味悪がっているんだ。立入禁止になっている工場跡なんかで、ぼーっとしているから。一時は、事故で死んだ死者達の霊にとらわれてしまった、なんて噂が立った時もあったくらいだよ。彼に尋ねても何も答えてはくれないし、怖がって彼に近寄らなくなった子供達もいるんだよ」サムが言いました。
「死者達の霊にとらわれてしまったって?」ケイは驚いて聞き返しました。
「それはただの噂だろうけれどね。アレスタも見て見ぬ振りをしているみたいだし、今はもう、誰もシュレトが工場跡にいても驚きもしなくなって、噂も途絶えた。でも彼は相変わらず工場跡に行っているらしいんだ」
「私は嫌よ。あんな所、行くのも見るのも。あんな恐ろしい事故のあった場所なんて」
ノエラは青い顔でそう言って、黙ってしまいました。全員、途端に無言になって、それぞれ何か嫌な過去を思い出したように、うつむいてしまいました。
「シュレトが工場跡に行くのは、サムとタエみたいに、宝があるって探しているからかもしれないぜ」ニールが暗くなった場の雰囲気を盛り返すために、明るい声で言いました。
「そんなはずはないよ。シュレトはただぼーっと立っているだけなんだろう?中に入って色々探したりはしていないじゃあないか」サムが反論します。
「お前達は、まだあそこで探検をしているのか?」ウィルが呆れてしまいます。
「ケイの夢だけど」ノエラは話題をケイの夢に戻しました。「シュレトが工場跡に立っているのを一度見たからって、夢に出るっていうのは違うと思うわ」
ウィルも頷いてケイを見ました。「そうだよ。もっと深い意味があるはずだよ」
「何の用で、ケイはシュレトに会いに行くんですか?」ミミが尋ねました。
「それが分からないんだ。アローズ街に着くと、そこにシュレトが立っている。そこでいつも目が覚めてしまうんだ」
「ねえ、明日皆で一緒に墓地に行ってみましょうよ。人数が多ければ、いい考えが浮かぶかもしれないし、皆で行ったら、何か見つかるかもしれないわよ」
ノエラが提案すると、全員賛成しました。それから皆は、すっかり冷めてしまった夕食の野菜スープを再び飲み始めました。
次の日、ジョーカーズはそろってレメテック墓地へ向かいました。天使の像を見るために、その日は石垣を飛び越える近道を使わずに、大回りでも、きちんと正面から入って行きました。天使の像の横を抜けて、花畑を通り、貴族の墓へと夢の順番通りに進んで、涙の像にやってきました。
ケイは、珍しそうに涙の像の周りに群がるサム達を、そばのベンチに腰掛けて見守っていました。夢での印象が良くなかったのか、彼はあまり像に近づきたくはありませんでした。少しして、像を調べていた皆がケイの所にやってきました。
「あの像は、アークとどういう関係があるのかなあ。色々調べてみたけど、何かを隠したりする所もなさそうだし、仕掛けがある訳でもないし」サムはケイの隣に、どさりと崩れ落ちるように座りました。
ジョーカーズはそれからしばらくベンチに腰掛けて、夢について話し合いました。話し合いに疲れると、墓地の中を歩くことにしました。貴族の墓を抜け、共同墓地、花畑と歩き回りましたが、結局、夢に関係ありそうなものを見つけることは出来ませんでした。
その後も毎日、ジョーカーズはレメテック墓地や、クイン通りからアローズ街への道を辛抱強く歩き回っては、何か発見がないかと頑張ってみました。しかし、残念ながら何一つアークにつながるヒントを見つけることは出来なかったのです。いい加減、何日も発見がないので、段々と皆の期待が薄れていき、サムとタエは探検に戻ってしまい、ノエラとミミもやることがあると、部屋に閉じこもるようになりました。ウィルとニールとケイの三人だけは、辛抱強く墓地へ出掛けて行きましたが、それでも何も分からないまま、日々だけが過ぎていきました。
数日後、いつものように何も見つけられないまま、歩き回って棒のようになった足を引きずり、ケイ達三人がアローズ街へ帰ってきました。ウィルが玄関の扉を開けると、すぐに中からサムが飛び出してきました。
「大変だ!すごいことがあったんだよ!」
サムは、ノエラ達が集まっている台所に三人を引っ張っていきました。
「皆、深刻な顔をして、一体どうしたっていうの?」
サムは、三人がテーブルに座るのを待ってから言いました。「大変なことがあったんだよ」
「そうなんだ。大変なんだよ」タエも真剣な顔をして言いました。
「おい、さっきから大変、大変って。何が大変なのかさっぱり分からないじゃあないか」
ニールが言うと、サムは一呼吸置いてから、話し始めました。
「今日、僕とタエは、また工場跡に探検に行ったんだけどさ」
サムは他の探検仲間のグループと、工場跡に行った時の出来事を話しました。サムとタエの二人はその日、焼け焦げた跡やガラスの破片が散らばる、ひどく汚れた大きな部屋を探検場所に決めていました。サムはめぼしい物がないかと、部屋の中を見回して、ふと足を止めました。部屋の割れた窓ガラスを通して、外に一つの影が近づいてくるのが見えたのです。影は、二人が部屋の中から見ていることに気付いていない様子で、どんどんこちらに近づいてきました。遠くからでも分かる特徴のある影。長い髪に、膝まである青い上着。シュレトでした。二人は割れた窓ガラスの隅に体を隠して、シュレトを観察しました。見られていることも知らず、シュレトは立ち止まって工場跡を見回すように顔を上げました。その表情は暗く、ひどく落ち込んでいるようでした。
「シュレトは、まだここに来ているんだね」タエはそっとサムに耳打ちしました。
「何をしにきたのかな。噂みたいに、霊に呼ばれたんじゃあないだろうなあ」サムは気味悪そうに眉を寄せました。
シュレトがおもむろに、首から提げている飾りの一つを、服の中から取り出しました。それは小さな袋でした。彼は袋を開けて中の物を取り出します。キラリと光が反射して、二人は途端に興味をそそられて目を見開きました。タエは首からいつも提げている望遠鏡を覗き込みました。
「綺麗だなあ、キラキラ光っている。一体何だろう?」
「何が見えるんだよ。僕にも見せてよ」
サムが言い終わらない内に、タエは無言で望遠鏡を突き付けてきました。その表情はまるで幽霊でも見たみたいでした。怪訝そうにサムはタエの手から望遠鏡を取り上げて、シュレトの手元を覗き込みました。そして小さく叫んでしまいました。
「シュレトが鏡のかけらを持っていた、だって?」
サムの話に、双子とケイは同時に仲良く叫んでしまいました。
「はっきりとルーナンの鏡だって分かった訳じゃあないよ。でもとても良く似ていたんだ。ケイの持っているかけらと同じようだったよ」サムの眼差しは真剣でした。
ウィルは腕を組んで考え込みました。「シュレトがかけらを、首から提げているだって?」
「確かなんだろうな?」ニールが半信半疑で尋ねます。
「なぜシュレトが鏡のかけらを持っているのか、理由は分からないけど、彼がケイの夢に出てきたことを考えると、偶然とは思えない」
「確かにシュレトは夢に出てきているけれど、でもなあ」ニールは納得出来ないように、首を傾げます。「シュレトがルーナンの鏡のかけらを持っているって、そんなことあり得ると思うか?そもそも、どうシュレトがアークに関わってくるっていうんだよ?」
「普通に考えたら、絶対にサムとタエの見間違いってことになるわよね」
「普通ならね。でも、ケイの夢がある」ウィルが真剣な顔で言いました。「それを考えると、シュレトが何らかのかたちでアークに関係している可能性が、ないとはいえないよ」
皆は頭を抱えて考え込んでしまいました。ケイは夢の中に出てきたシュレトの姿を思い浮かべました。アローズ街に立っているシュレト。夢が示す通りに、彼はアークに関係しているのでしょうか。
「夢の中で、僕はいつもシュレトにアローズ街で会うんだ。サムとタエが今日彼を見たのも、アローズ街の工場跡でしょう?そのことも何か意味があるのかな?」
「アローズ街とシュレト。この二つがキーワードってことか?」
「ケイが夢で見るシュレトは、アローズ街と工場跡のどちらに立っているのですか?」
ミミの思いがけない質問に、ケイは思わず考えてしまいました。
「そうか。ミミに聞かれて気付いたけど、夢で見るアローズ街は、実際のと全然景色が違うぞ。アローズ街だってことは間違いないんだけど、違う場所みたいだな。変だよね?」
「アローズ街じゃあないのに、アローズ街なのか?」ニールは頭を抱えます。
「シュレトとアローズ街か。そうだ、彼はよく一人で工場跡に行っては、何かをしている。それがもし、今日サムとタエが偶然見たように、首に掛けているかけらを見ることだとしたら?」ウィルが手を叩きました。「シュレトとアローズ街。こう考えると、ケイの夢とぴったり合うよ。夢は、工場跡でかけらを眺めるシュレトを示しているんだ」
「それでも、シュレトがルーナンのかけらを持っているっていう証拠にはならないぜ」
「確かめてみればいいんだよ。本当にシュレトが持っているのが、ルーナンのかけらかどうかをね。残念ながら、レメテック墓地の夢については先に進まないときているし、それならシュレトの方を当たってみようよ」ウィルが言いました。
「でも、簡単にシュレトのかけらを調べるって言うけど、どうやって?首に提げている物を見せてくれ、なんて言えないよ?」
サムが言うと、タエも頷きました。「そんなこと言ったら、僕達がこっそり盗み見ていたってことも、立入禁止の工場跡に入っていたこともばれちゃう。それはまずいよ」
「さて、どうするかな。考えないとならないな」ウィルは天井を見上げました。
「もし万が一にも、シュレトのかけらが本当にルーナンのかけらだとしたら、その後はどうするつもり?私達がルーナンのかけらを探していること自体、シュレトにばれたらまずいんじゃあない?」
「ということは、シュレトにばれないようにかけらを手に入れて、それがルーナンのかけらだったら、こっそりともらっちゃうってこと?」タエが尋ねます。
「つまり、盗むってことか?それはさすがに、気が引けるぜ」ニールが顔をしかめました。
「でもそうしないと、シュレトに全部話さないとならなくなるわよ。それはそれで、まずいんじゃあないかしら?」ノエラは心配そうにケイを見ました。
「シュレトに全てを話す訳にはいかないけど、盗むのは嫌だなあ。他に方法はないかな」
ケイは一生懸命考えましたが、何も良い考えは浮かびませんでした。
「焦らないで計画を練ってみよう。パンドラの箱の時、停電事件まで成功させたジョーカーズだよ。今回もきっと良い方法が見つかるさ」ウィルが皆を励ますように言いました。