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第2部 パンドラの箱:4 ミニ劇場

 次の日、ジョーカーズは朝食の時に、アレスタから仕事の持ち場が劇場に変わると報告を受けました。それを聞いて、双子とケイは思わず顔を見合わせてしまいました。

 「ムリロが昨日言っていたこと、まさか本気だったなんてことはないだろうな?」ニールが皆に聞こえないように、二人にそっと言いました。

 食事が終わると、ジョーカーズはそろって劇場へ向かいました。裏から見たのとは随分違って見える劇場は、大きな筒を空に向けて立てたような形をしていて、クリーム色の石造りの壁には窓がいくつもあり、ガラスが日の光で輝いていました。建物を見上げていたジョーカーズが視線を戻すと、劇場の入口にムリロが立っていました。ジョーカーズは彼の所へ駆けていきました。

 「おはよう、ムリロ。僕達の仕事の持ち場が変わるって、聞いたんだけど?」ウィルが何も知らない振りをして尋ねました。

 「おはようございます。今日からジョーカーズには、劇場の手伝いをしてもらいます」

 ムリロが人形だと知った今、ケイは改めて彼を良く観察してみました。確かに顔は作り物のようでしたが、その他は人間と違うところは一つもありませんでした。

 ムリロは彼らについてくるように手で合図をすると、入口から中へ入って行きました。赤い扉をくぐると、ふかふかの絨毯が敷かれた、豪華な広いロビーが広がっていました。つたの模様が描かれている天井からは、見事なシャンデリアがぶら下がっています。

 「うわあ、すごい!」タエが天井を見上げて声を上げました。

 ムリロは立ち止まって、奥に見える扉を示してみせました。

 「あそこが一階席の入口です。左右にある階段は二階席へ通じています」

 左右から伸びる階段に挟まれるようにして、二階にはバルコニーが突き出していました。階段も壁も柱も大理石で出来ていて、美しく装飾された仮面があちこちに飾られていました。

 ムリロはジョーカーズを連れて、奥の扉を押し開けて中に入りました。

 「うわーっ、広い!」

 皆の目が、それ以上開かないという程大きく開きました。目も眩むようなまばゆい光で、豪華な舞台と、ボックス席まである客席が照らされていました。部屋全体は円形をしていて、ドーム型の天井には、大きな仮面が二つ描かれていました。

 「こんな豪華な所で、僕達は働けるの?」サムがうっとりと、ムリロを振り返りました。

 「はい。ニールが掃除好きだと言うので、ジョーカーズに劇場を頼むことにしました」

 「え?ニールが掃除好き?」全員の夢見るような眼差しが、一気に醒めてしまいました。

 タエが部屋をぐるりと見回し、青くなります。「まさか、仕事って掃除なの?」

 「きっとまた、ニールが余計なことを言ったに違いない」サムがニールを睨みました。

 「劇場では一時間半の公演が十時、十三時、十六時と、一日に三回あります。あなた達の仕事は、朝一の掃除と、それぞれの公演後の掃除と、閉館後の掃除をしてもらいます。それから、飲み物等の販売も手伝ってもらいます。公演中は特にすることがなければ、客席の後ろで舞台を観ていても構いませんよ」

 ノエラは嬉しそうにムリロを見上げました。「それ、本当?」

 「ええ。私が一日中、雑巾のようにあなた達を働かせるとでも思ったのですか?」

 それを聞いて、皆はまたはしゃぎ始めました。

 「では、それぞれの持ち場を決めましょうか。まず、サムとタエは二階席、ニールとケイは一階席をお願いします。ウィルには舞台をお願いしましょうか」ムリロは少年達の肩を一人一人叩きながら回ります。「ノエラとミミには、楽屋の手伝いをしてもらいます。分からないことは仕事人に聞いてください。さあ、仕事を始めましょう」

 ムリロの言葉を待っていたかのように、仕事人が数十人、中に入ってきました。

 「ムリロさん、おはようございます」仕事人が口々に挨拶しました。

 「おはようございます。今日から手伝いをしてくれる、ジョーカーズを紹介しましょう」

 仕事人は子供達を見下ろし、それぞれに頷きました。全員がいかつい顔をした、体の大きな男達で、黄緑色の作業ズボンに、黒いシャツを着ていました。

 「では皆さん、頑張ってください。ノエラとミミは、私と一緒に楽屋に行きましょうか」

 ムリロはノエラとミミを連れて、舞台の方へ行ってしまいました。数人の仕事人に連れられて、サムとタエは二階へ、ウィルは舞台の方に行きました。その場に残されたニールとケイに、ひと際体の大きなひげ面の仕事人が話し掛けてきました。

 「俺の名はエミニキ。劇場の仕事人の責任者だ。何でも分からないことは俺に聞け」男はにっこりと笑いました。

 劇場での仕事は楽しいものでした。そこで働いている人は皆、陽気で愉快な人達ばかりだし、広い劇場の掃除をさせられるといっても、働き者の仕事人と一緒だったので、思ったよりとても楽でした。

 「ムリロったら、まるで俺達だけで掃除するみたいに思わせて、脅かしたんだな。上品な顔して、意地が悪いんだから」ニールはほうきを握り締めて言いました。

 「立派な劇場だね。ファンフェアーの出し物とは、とても思えないよ」ケイが天井を見上げます。

 「お前ら、こんなもんで驚くんじゃあねえぞ。本物のブティーペティー劇場は、ここよりもっとずっと豪華なんだぜ」

 二人が振り向くと、そこにはエミニキが立っていました。

 「本物の劇場って?」ケイが聞き返しました。

 「このミニ劇場は、町にあるブティーペティー劇場を、ファンフェアーの見世物用として作らせた、いわばブティーペティー劇場の模型なのさ」

 「ブティーペティー劇場って、ムリロがいる劇場だよね?」ケイがニールに尋ねます。

 「うん。俺も写真でしか見たことはないけど、確かにこの劇場そっくりだったなあ。そうか、だからミニ劇場って名前なのか」ニールが納得したように頷きます。

 「模型だからそっくりに作ってあるんだ。本物はここの四倍の大きさがあって、千人近くも入れるんだ。しかし、ここだってなかなかの出来だろう?とても組み立て式には見えないしな」

 「組み立て式だって?ここが?」二人は驚いて、部屋の中を見回してしまいました。

 「そうさ。じゃあなかったら、毎年ファンフェアーの度に劇場を建てて、その度に壊さなけりゃあならないじゃあねえか。そんな厄介なことしてられるかよ」エミニキはガハハと口を開けて笑いました。「ファンフェアーが終われば、来年まで劇場はバラバラにされて、倉庫で眠っているんだ。それを組み立てるのも崩すのも、俺達仕事人の仕事なんだよ」

 ケイは改めて劇場を見渡してみました。しかしどう見ても、この建物が組み立て式だなんてとても信じられませんでした。

 「表面的には豪華に作ってあるが、内部は意外に簡単な作りになっていて、電気の配線とか空調とか、そういった部分はなるべく単純にしてある。あまり複雑にすると大変だろ。おっといけねえ、油を売っている場合じゃあねえんだ。あと十五分で開場だぜ!」

 エミニキが大声で叫ぶと、オーッという返事が劇場のいたる所から響いてきました。

 

ジョーカーズは掃除の後、今度は劇場内で売り歩く商品の準備に取り掛かりました。仕事人は販売する商品と一緒に、彼らにお金を渡しました。ケイは途端に不安になってしまいました。時々、家のパン屋を手伝っていたので、計算は苦手ではありませんでしたが、でもそれは使い慣れている日本円の場合です。こちらの世界のお金を、彼はまだちゃんと見たことがありませんでした。ケイが使っていた千円札や百円玉を、こちらの世界でも同じように使っているなんて考えられません。

 ニールはそんな彼の心を読み取ったのか、ケイにこちらのお金について教えてくれました。彼は仕事人から渡された前掛けのポケットから、透き通った硬貨をいくつか取り出しました。

 「これが、こっちの世界のコインだ」

 「これが、お金?まるでおもちゃみたいだね」

 それはガラスのような不思議な素材で出来ていて、色も形も様々でした。ある物は赤くて星の形をしていて、ある物は青くて滴の形をしていました。

 「こっちの金の単位は、ネユとエネスだ。一エネスが百で一ネユになる。コインは大きく分けて二種類あって、色も形も派手なコインが、全部エネスコイン」

 ニールは硬貨を一列に並べて説明します。色と形の違うものが六個並べられました。

 「右から順に、一、二、五、十、二十、五十エネスコインだ。数字が刻んであるだろう?こっちの金属枠の付いているコインが、一ネユと二ネユコインだ」

 ニールは次に、金属の丸い硬貨を示しました。その二枚はドーナツのように中央がくり貫かれていて、そこにエネスコインのような、透明な素材が埋め込まれていました。

 「金色に赤い石がはまっているのが二ネユ。銀色に青い石の方が一ネユコインだ。コインはこの八枚で全種類。あとは紙の紙幣が五、十、二十、五十ネユとなる」

 ケイは試しにエネスコインを一つ手に取ります。意外に金属のような重みがありました。

 「さあ、コインをポケットに戻して仕事に行かなくちゃあ。俺達が売るのはお菓子袋で、一袋が二ネユ五十エネスと決まっているから、例えば、五ネユ札を渡されたら、お釣りが二ネユ五十エネス。三ネユなら五十エネスのお釣り。一ネユが百エネスだと忘れるなよ」

 二人は準備を整えて、すでにほぼ満員状態の客席へ入って行きました。

 ケイ達が売り歩く品物は、端から飛ぶように良く売れていきました。心配していたお金の計算はすぐに慣れて、お釣りを間違えることもありませんでした。十時五分前になると、ショウの始まりを告げるベルの音が鳴り響いたので、二人は裏に戻って、品物と売上金が入った前掛けを外し、仕事人に渡しました。

 「ご苦労だったな。公演の中休みに、また品物を売りに行ってくれ。それまでは休憩だ」

 「ショウを観ていても良いのか?さっきムリロがそう言っていたんだけど」

 ニールが聞くと、仕事人は頷きました。「構わないぜ、ムリロさんがそう言ったんなら。客席の後ろの隅っこに座席案内の奴がいるから、そいつの側にでも座って観ればいい」

 二人はウィルと合流して、言われた通りに客席の後ろにいる案内係の所に行きました。

 「うまい具合に劇場の仕事が回ってきて、幸運だったな。箱に近づくチャンスが増えたってことだぜ」ニールが舞台を見つめて言いました。

 「近づく方法は後で考えるとして、まず、パンドラの箱がどんな物なのか、じっくり観察しよう。きっとこれからショウに登場するはずだ」ウィルが嬉しそうに手を擦り合わせました。

 劇場の明かりがゆっくりと暗くなり、騒がしい客席が次第に静かになっていきました。不意にパッと客席の最後部にスポットライトが当たって、一人の男が照らし出されました。腹の膨らんだ小太りの男で、少しきつめの燕尾服を着ています。赤い花柄の派手な大きな蝶ネクタイを着け、七部丈のズボンと、左右色の違う派手な柄の靴下を履いていました。頭に紳士帽を被っていて、毛糸のような黄色い毛が、もじゃもじゃと飛び出ています。醜い意地悪そうな白塗りの顔には、大きな赤い道化の鼻をつけていました。

 道化は客席の後ろから通路を走って、幕の下りている舞台の上によじ登り始めました。しかし舞台は高さがあるので、うまくいきません。その必死でよじ登ろうとするさまが可笑しくて、客は笑い始めました。登るのを諦めた道化が手を上げて合図すると、ライトが消されました。次にドタバタと道化の走り回る音が聞こえてから、再びライトがつくと、小さな梯子を使って舞台に登っている道化を照らしました。大きな笑い声が沸き起こりました。

 道化は急いで梯子を駆け上がり、舞台に上がると、袖に梯子を投げ捨てました。そして服を整え、偉そうな姿勢で舞台の真ん中に立つと、客席に向かって醜い顔でにっこりと笑って見せました。そのまましばらく笑顔を作って立っていましたが、段々といらついてきてキョロキョロし始め、ちらちらと腕時計を見始めました。どうやら何かを待っている様子です。突然、あっと振り仰いで道化は怒り出しました。舞台の幕が閉まったままなのに気付いたのです。

 ようやく幕がするすると上がって舞台が明るくなり、音楽が鳴り始めました。道化は慌てて不恰好な踊りを始めます。しかし出遅れてしまったので、音楽と踊りがずれています。音楽が終わる時、道化はずれた分の踊りを誤魔化して、最後だけはどうにか決めようと、無理矢理ポーズを取ろうとして足をもつれさせて、その場にばたりと倒れてしまいました。客は大喜びで拍手をし、ケイ達も客席の後ろで腹を抱えて大笑いです。道化は素早く起き上がると、やけくそになってお辞儀をしました。その拍子に帽子が脱げてしまい、真っ白いつるっ禿げの頭が丸見えになってしまいました。もじゃもじゃの髪の毛は、帽子に付いていた偽物だったようです。慌てて帽子を被る道化に、また笑いの嵐が巻き起こりました。

 道化は気を取り直して、指をパチンと鳴らしました。舞台の上から細長い垂れ幕が下がってきました。そこには大きな字で『一、案内役紹介』と書かれていました。道化は自分を指して、客に大きなお辞儀を何度も繰り返しました。どうやら彼が案内役のようです。客席から大きな拍手と笑い声が起こりました。

 道化が垂れ幕を一枚破ると、『二、動物ショウ』とありました。彼はポケットからおもちゃの動物を沢山取り出して、床に放り出しました。おもちゃはねじで動くようになっていて、ジージーと音を立てながら、舞台の袖に向かって歩き始めました。道化はおもちゃの周りをスキップして、誤って一つを踏みつけると、すってんと転んでしまいました。

 次は『三、音楽演奏』でした。道化はポケットから小さなラッパを取り出して吹きましたが、うまく音が出ません。彼は怒ってラッパを舞台の袖に投げてしまいました。

 また一枚紙を破り捨てると、『四、パンドラの箱』でした。ケイはドキリとしましたが、すぐに道化の仕草で笑い始めてしまいました。道化はダイヤの形に切った緑の紙を取り出して、太ったお腹にペタリと貼り付けました。そしてシャツのボタンの間から、赤や青のスカーフを取り出し始めます。まるで手品でした。彼は次々とシャツの中から花束、紙吹雪とあらゆる物を取り出します。しかし途中で顔をしかめてうずくまってしまいました。取り出す物がつきて、お腹の肉をつまんでしまったようです。

 痛みに苦しみながら、道化は次の垂れ幕を破り捨て、疲れたように横になりました。今度の垂れ幕には、『前半終了。十五分間の中休み』とありました。客は、起きろ、起きろとはやし立てます。すると紙が勝手に落ちてきて、次に、『五、手品』と出てきました。道化は慌てて立ち上がると、トランプを取り出して、子供騙しの手品を始めました。

 また紙がハラリと落ちてきました。なぜ紙が勝手に落ちてくるのかといらいらしながら、道化はトランプを投げ捨てて、指人形になっている手袋を取り出して手にはめ、両手を高く振り始めました。垂れ幕には、『六、操り人形ダンス』とあります。すぐに紙がまた落ちてきて、『七、ジャグリング・アクロバット』と出てきました。いらついた道化の怒りは爆発して、彼は怒って飛び跳ね始めました。それでもアクロバットをしようと、不様に逆立ちをしたり、でんぐり返しをしたりして一生懸命です。最後に道化は三回続けてでんぐり返しをすると、舞台の上から転げ落ちてしまい、最後の垂れ幕、『案内終了』の文字が出てきて、幕が下がってしまいました。

 客達は大喜びで立ち上がって拍手をしました。しばらくは笑い声と拍手が鳴り終わりませんでした。ケイ達も自分達が客でないことも忘れて立ち上がり、大きな拍手をしました。案内役の道化のお陰で、本当のショウはまだ始まっていないというのに、すでに客席は大きな興奮に包まれていました。

 次に幕が上がった時は、色々な道具で舞台は埋め尽くされていました。二人の女性と一人の男性と、可愛らしいウサギやリス、小型犬が一列に並んで舞台に登場してきました。動物はとても良くなついていて、女性達の号令に従って飛んだり跳ねたり、輪をくぐったり、中には宙返りをするものもいます。途中、三匹の猿が小さな汽車を運転して出てきました。三匹の猿は器用に舞台の上を走り回り、人間顔負けのアクロバットを披露しました。途中で案内役の道化が出てきて舞台を引っ掻き回して、お客は大喜びでした。

 音楽演奏は、色々な形のラッパと、弦楽器を持った五人の男女の美しい演奏会でした。曲は静かなもの、明るく楽しいもの、悲しいものと色々でした。

 演奏の後、幕が下りてからアナウンスが聞こえてきました。

 「皆様、次は本来なら火使いのケビが、あっと驚く炎の技を披露するはずだったのでございますが、先日ある不都合により、ケビが舞台に立てなくなりました関係で、代わりに世にも不思議な奇術をお見せ致します。かの有名な大奇術師パンドラの、摩訶不思議な芸術作品、パンドラの箱の登場でございます」

 客席の後ろですっかり音楽に聞き惚れていたケイ達は、びくっと体を震わせました。小太鼓の音が鳴り響き、二本のスポットライトが幕の上を上下左右に照らしました。

 「さあ、ではお見せ致しましょう。この世に二つとない、摩訶不思議なパンドラの箱です」

 幕が開いて、スポットライトが舞台の真ん中を照らしました。そこにはパンドラの箱が、黒い艶のある体を光らせて置かれていました。箱の横には案内役の道化が立っていて、得意げに客にお辞儀をしました。強そうな大柄の男が二人、網と鞭を持って出てくると、箱を挟むように立ちました。

 「あれがモーティシーの言っていたガードだぜ、きっと」ニールが小声で囁きました。

 道化がパチンと指を鳴らすと、明るい音楽が流れてきました。道化は大げさな仕草で、パンドラの箱を客席に示して笑顔を作ります。それから箱の蓋に手を掛けました。

 「いよいよ、あの箱が開くぞ」

 ケイ達は何事も見逃すまいと、目を精一杯に見開きました。道化は体を箱から離して、目一杯腕を伸ばすと、勢い良く箱の蓋を開けました。ゴーッという凄まじい音がして、客の悲鳴が辺りに響き渡りました。

 「何だ、ありゃ!」ケイ達は口を開けて、後ろの壁に張り付いてしまいました。

 なんと箱の中から、真っ赤な炎が噴き出したのです。幸い、炎は悲鳴を上げた客席ではなく、天井目掛けて噴き出したので、誰も黒焦げにならずに済みました。目玉が飛び出るほど大きく目を見開いた道化が、急いで箱の蓋を閉めました。

 「もし倉庫で箱を開けていたら、僕達は灰になっていたかもね」ケイが震える声で言いました。

 道化は再び体を離して、箱に手を掛けました。そして勢い良く蓋を開けると、すぐに床にふせって耳を塞ぎました。客も道化につられて耳を塞ぎましたが、箱からは小さな物が一つだけポンと飛び出したかと思うと、床にうずくまっている道化の背中に落ちました。

 「ギャーッ!」道化は驚いて叫び、飛び上がって大暴れを始めました。

 彼は自分の上に落ちてきた物を見つけて、拾い上げました。それはさっき、彼がポケットから取り出したような、ねじで動くおもちゃでした。道化は怒って、それを踏みつけてめちゃめちゃに壊してしまいました。

 「あっ!」ケイが突然叫んで、舞台を指差しました。

 舞台には、怒っておもちゃを壊している道化と、開けたままになっているパンドラの箱がありました。それを見た双子も、あっと声を上げました。今まで道化にばかり目がいって気付かなかったのですが、開いた箱の蓋の裏側には、外側と同じように、ダイヤが一つはめ込まれていたのです。そしてそのダイヤは、真っ赤な色をしていたのでした。

 「やっぱり、パンドラの箱には何かあるんだ」ウィルとニールもダイヤを見つめました。

 道化はやけくそになって、立て続けに蓋を開け閉めし始めたので、箱は大きな音と共に、次から次へと果物、花束、鳩の集団を客席目掛けて吐き出しました。客は立つは叫ぶはの大騒ぎで、大興奮の渦に巻き込まれました。箱が最後に火花を散らすと、終わりを告げるように道化がバタンと音を立てて蓋を閉め、大きくお辞儀をして見せました。客は全員総立ちで大拍手。幕が下りて前半が終了しました。十五分間の中休みに入ったのです。

 三人は急いで立ち上がると、仕事に戻っていきました。ケイ達は品物を売り歩き、ウィルは仕事人と一緒に、パンドラの箱から飛び出したごみを拾って、掃除に大忙しです。中休みが終わり、三人が再び客席の後ろに座ると、明かりが暗くなり、後半が始まりました。

 最初の出し物は手品でした。ハンサムな青年手品師アユザーネが、客席から一人の女の子を舞台に連れてきて、彼女の要求に合わせて、高価な家具を出したり、ドレスに変身させたりして、素晴らしい手品を披露しました。ここでも道化が出てきて舞台を荒らしました。

 次に幕が上がった時、ケイ達三人は、思わずあっと声を上げそうになりました。舞台に二つの大きなおもちゃ箱が置かれていて、箱の一つに木の人形モーティシーが座っていたのです。音楽が鳴り、おもちゃ箱が開いて、様々な大きさの人形が沢山飛び出してきました。小さい物で親指位の、大きい物で二メートル程の沢山の人形が、モーティシーの振り回す腕の動きに合わせて踊ります。中には踊りを間違えて、気まずそうに頭をかく人形もいます。生きているように動く人形達は、全部ハフレンだろうとケイ思いましたが、そんな彼にウィルがそっと耳打ちしました。

 「まるで生きているように見えるけど、あの人形達はハフレンではないよ。人形達は皆、彼女が糸で操っているんだ」

 ケイは驚いて、舞台で踊っている人形達を見つめました。「糸で操っているって?何処にも糸なんて見えないじゃあない?」

 「人形遣いは、見えない糸で人形を操るんだ。でもあんなに沢山の人形を一度に操るなんて、普通出来るものじゃあないよ。モーティシーはすごいんだな」ウィルは感心しています。

 ケイは操り人間の館での出来事を思い出しました。あそこで会った赤鼻の道化師ダークウェイが、見えない糸のことを言っていましたっけ。ケイが空中に浮き上がってしまったのも、見えない糸で吊られていたのでした。

 モーティシーの人形ダンスが最高潮に達した時、客席が明るくなって、客が全員あっと天井を仰ぎ見ました。いつの間にか、天井から大きなマネキンのような人形が四体、吊り下げられていたのです。音に合わせて踊る四体の人形は、客席の上をブランコのように揺れながら、下に落ちる振りをして客を驚かせました。段々と糸が伸びてきて、人形達は下に降りてきました。床に着地すると、いつすり替わったのか、四体の人形は生身の人間に変わっていました。

 手を振りながら退場するモーティシーと人形の一団を、大きな拍手が送った後、天井から降りてきた四人は舞台の上に身軽に飛び乗ると、おもちゃ箱から剣やボールを取り出して、ジャグリングを始めました。そしてジャグリングをしたままアクロバットを始め、最後には舞台の上が、物と人間四人がポンポンと飛び交う場と化し、大いに盛り上がりました。

 ショウが終わり、最後に一度幕が上がって、出演者一同が一列に並んでお辞儀をした時は、耳をつんざくような大歓声と、花束の嵐でした。

 ショウの後、掃除を終えたジョーカーズは、劇場の裏手の日の当たるベンチに腰掛けて、全員で仲良くお昼ご飯を食べました。

 「二階席の後ろから、僕とサムもショウを観ていたんだよ。すごく面白かった」タエがショウの興奮を思い出して、頬を赤くしていました。

 「私とミミは、舞台の袖から見ていたわ」ノエラです。

 「楽屋での仕事って、ノエラ達は何をしていたの?」サムが豆を頬張りながら聞きました。

 「簡単な荷物運びとか、衣装運びの手伝いよ。それより見て、このバラ。舞台が終わった後、手品師アユザーネがくれたの。もう彼、本当に素敵」ノエラがうっとりとしました。

 「ウィルは舞台で何をしていたのですか?」ミミが尋ねました。

 「僕は舞台の掃除や、設備の調整の手伝いをしていたよ」ウィルが答えました。

 ショウは三回とも大成功で終わり、ジョーカーズは劇場での一日を終えると、ムリロに別れを告げてファンフェアーを後にしました。


帰り道、ケイと双子の三人は、皆と離れて少し後ろを歩き、小声で話をしていました。

 「ねえ、ケイ。僕、考えたんだけど」ウィルはいつになく真剣な顔で言いました。「アーク捜しを、他の皆にも手伝ってもらったらどうかと思うんだ。パンドラの箱を調べてみる必要があるけど、僕達だけじゃあ、どう考えても無理そうだ。だから皆に協力してもらうんだよ」

 「俺達は出来る限りのことはするつもりだけど、いくら頑張っても、三人で出来ることは限られている。それにこれからだって、俺達だけでこそこそとやっていたら、絶対に怪しむ奴が出てくるだろう。特にサムはそういうことには鼻が利くんだ。今の内に全部を話して、手を貸してもらった方がいいと思うんだ」ニールも頷いて言いました。

 「大丈夫だよ。皆喜んで手を貸してくれるって。サムは普段おちゃらけていて、やんちゃ坊主だけど、根は結構しっかり者だよ。ノエラは口では色々言うけど、ニールなんかより余っ程しっかりしているし、本当は優しいんだ。タエは気が小さいけど、何事に対しても一生懸命だし、本人はいつだって真剣だ。ミミもまだ八才だけど、とても良く周りを観察していて、他の誰もが気付かないような、小さなことにも気付くんだ。それに何より、全員口は堅い。秘密は絶対に守るよ」

 ケイはしばらく考えてから、口を開きました。「ウィルの言う通りかもしれない。皆に手伝ってもらえるなら、僕も心強いよ」

 実は彼も、皆にずっと秘密を話さずに黙っているなんて、騙しているようで嫌だったのでした。もし皆に全てを話して協力してもらえるのなら、それは願ってもないことでした。

 「それじゃあ今夜、早速、皆に話そう」

 ケイがサム達に話したいことがあると告げると、アローズ街に帰ってから、全員で居間に集まって話を聞くことになりました。

 「ケイが話したいことって、一体何なの?」サムが床に腰を下ろしました。

 「実は、皆に頼みたいことがあって」ケイは一度ウィルを見てから、ためらいがちに言いました。「僕は、ある人を捜しているんだ」

 「捜しているって、誰を?もしかして、ケイの家族?」タエが尋ねました。

 「違う。アークという人なんだ。名前以外何も知らないし、誰なのかも分からない」

 「ケイは、僕とニールに手を貸して欲しいと、以前に話してくれていたんだ。でも、僕達だけじゃあどうにもならなくて、皆にも協力してもらおうと決めたんだよ」ウィルが言いました。

 「ウィルとニールは、もう知っているの?ケイが頼みたいことって、人捜し?」ノエラです。

 ケイは全ての始まりである綱渡り師ストライザとの出会いから、彼からの頼み事と奇妙な夢のことまで、全てを話しました。もちろん、鏡の向こうの世界で起きた出来事だとは、秘密のままです。部屋にいる全員が、口を開けてケイの話に聞き入っていました。

 「じゃあ、劇場のショウに出ていたパンドラの箱に、何か秘密があるってことなの?」

 ケイの話が終わった後、サムが口を開きました。

 「綱渡り師から預かったっていう鏡のかけら、ちょっと見せてください」

 ミミはケイから革袋を受け取ると、中を覗き込みました。

 「うわーっ、綺麗です!」

 キラキラと宝石のように光るかけらが出てきて、皆驚いて身を乗り出しました。

 「ケイ、君も水臭いんだから。どうしてウィル達にだけ言って、僕達に隠していたのさ。もっと早く話してくれたら良かったのに」サムがかけらを取り上げて、光にかざしてみます。

 「ごめん。綱渡り師に、誰にも知られないようにしないと、もしかしたら危険なことになるかもしれないって、言われたものだから」ケイはすまなそうに言いました。

 それを聞いて、タエが目を丸くしました。「知られると危険だって、どういうこと?」

 「分からない。でも綱渡り師は、秘密裏に捜しているって言っていた」ケイは答えます。

 「捜すのを秘密にしないといけないような、怪しい人物だってことになるんじゃあない?そのアークって人が」ノエラが不安そうに言いました。

 「それか、アークを他にも捜している人がいて、知られると危険って意味かもしれないよ」

 「サムもノエラも、ケイを脅かすようなことを言うなよ。今のところ僕達だけしか知らないんだから、僕達が黙っていれば危険はないはずだよ」ウィルが皆を見回して言いました。

 「私達は絶対に誰にも言わないわ。安心して、ケイ」ノエラが微笑みます。

 「ジョーカーズの秘密だ、何があっても守るよ」サムがドンと胸を叩きます。

 「ミミは、口が裂けても言いません」ミミは手で口を押さえて、首を振ります。

 「危険な事になるなんて聞いたら、頼まれたって秘密は喋らないよ」タエが青い顔で言います。

 「でもさ、綱渡り師から預かった物を取り返しに、誰かがケイの家に来たんだろ?その人もアークを捜していてかけらを狙っていた、ってことはないの?だったら、秘密を知っているのは僕達だけとは言えないんじゃあない?」サムがかけらをケイに返しながら尋ねました。

 「いや、それはただ、かけらを宝石と勘違いしていた、サーカスの人だったと思う。だからアークを捜していた訳じゃあないと思うよ」ケイは答えました。

 「サーカスには昔から、特殊な力を持っている人がいるって話を、聞いたことがあるよ。ハフレンを作れる人とか、すごい手品をする人とか。きっと、ケイの会った綱渡り師も特殊な力を持っていたんだ。それで、夢を見る力を与えたのかもしれないよ」サムが言いました。

 「ケイの見た不思議な夢で、パンドラの箱を調べてみる必要が出てきたって言うのね?」

 「そうなんだ。秘密にしていたくせに、今更手伝って欲しいなんて頼むなんて、自分勝手だと思う。でも、皆の助けが必要なんだよ。協力してくれないかな」

 申し訳なさそうに言うケイを見て、皆笑い出してしまいました。

 「私達で良かったら、何でも協力するわよ。秘密にしろって言われたのなら、黙っていて当たり前よ。謝ることなんてないわ」

 「パンドラの箱は、怪我をした芸人の代わりに舞台に出ているんだ。芸人が戻ってきて、倉庫にしまわれっ放しになったら手が出せなくなる」ニールが言いました。

 「それまでに、何とかしようって訳か」サムが目をキラキラさせてつぶやきました。どうやら彼の冒険心に火が点いたようです。

 「でも、難しそうよ。楽屋で働いているから分かるけど、舞台裏はすごい人の出入りがあって、とても箱を調べるなんて出来ないわよ。すぐに誰かに見つかって怪しまれるわ」

 ノエラがそう言うと、ミミもその通りだと頷きました。

 「いや、必ず方法はある。明日から全員、周りの動きに注意しながら仕事をするんだ」

 ウィルが言うと、タエは首を傾げました。「周りを注意するって、どういう意味?」

 「仕事人や芸人の動きを、良く観察するんだ。それと、劇場の造りや仕組みも。ああいう所は大抵、毎日全員が同じように動く。本番何分前に誰が何処にいて、道具は何処に置かれるかとか、きちんと決まっているはずだ。それらを観察するんだ、いいね?」

 ジョーカーズはウィルの言葉に、力強く頷きました。


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