留美子の事情聴取
ここは留美子がパートで勤務しているスーパー。あと数分で正午を迎える暑い時間帯だけれど、店内は冷房がガンガンに効いていて、薄着だと寒いくらい。
レジにいる留美子のところに店長がやってきた。四十代後半で、やや太り気味の女性。彼女は耳元へ近づき、小声で話し掛けてくる。
「ちょっと緑葉さん、警察の人が裏にきてるわよ、二人で」
「えっ!?」
「緑葉さんに聞きたいことがあるみたいなの。ここは代わるから、行ってきて」
「はい、分かりました」
スーパーやコンビニなどには、売り場とは別に、いわゆる「バックヤード」というスペースがあり、そこで事務的な業務をしたり、店員たちの休憩場所として使われたりしている。留美子は真っすぐそこへ向かった。
店長の言った「警察の人」、「二人で」という言葉で、てっきりマゴリ警部とスマホ刑事がきているのだろうと思ったけれど、実際は違っていた。知らない男女が並んで立っている。どちらも私服姿で、三十代くらいに見える。
二人に近づくと、女性が尋ねてくる。
「緑葉留美子さんですね?」
「はいそうです」
「昨日発生した事件に関することで、お伺いしたいことがあります」
女性が身分証を見せた。鎌倉警察署の人なのだ。
「えっと私、今は仕事中なんですけど、その……」
「ええ承知しております。店長さんには、先ほどお願いしました。捜査にご協力頂くということで、勤務中の扱いにして下さるそうですよ」
「あ、そうなんですか。分かりました」
近くにある休憩用のパイプ椅子に座って貰うことにした。
留美子は二人の対面に椅子を設置して座る。
いきなり、人名リストの書かれた紙を見せられた。それは以下の通り。
(神奈川県川崎市)ジェファーソン望、四十四歳。
(同)ジェファーソン愛香、十九歳。
(同)長谷川圭子、二十六歳。
(同)美田智夜、三十四歳。
(栃木県鹿沼市)河本香子、享年三十三。
(同)河本菊雄、二十一歳。
(同)小畑豊作、七十七歳。
(岡山県倉敷市)内山洋太、二十歳。
(岡山県笠岡市)大木加代、二十三歳。
「この中に、お知り合いはいますか?」
女性警察官からの質問に、留美子は、紙面を指差しがら答える。
「この長谷川さんと、それからこちらも知ってます。この小畑豊作というのは、私の祖父なんです」
「ええそうでしたね。鹿沼でイチゴ農家をされているとか?」
「はい」
「では、長谷川さんとは、どういうご関係ですか?」
この質問に対し、留美子はありのままに話した。
まとめると次のようになる。
圭子は、真っ白ピカピカクリーニング、鎌倉中央店の店長をしていた人。二年くらい前に、知り合いの星野数男から紹介された。クリーニング店の会員になって欲しいと頼まれ、渋々入会した。
そのお店は二回だけ利用したことがある。そのうちの一回は、圭子がクリーニングの受付をした。その際に挨拶の言葉を交わしただけ。店外で圭子を見掛けたことはあるけれど、一度も話したことがない。同じ中学校の出身だったということを、数男から聞いたことがある。それは初耳だったし、中学時代の圭子のことについては、なにも知らない。
「ところで、長谷川さんは星野さんと交際中なのでしょうか?」
「へ?」
「ご存知ありませんか?」
「えっと、それは……」
それは、留美子も知りたいことである。昨夜、数男に尋ねようとして、口まで出掛けたけれど、やめてしまった。
「二人は、今も交際を続けているのでしょうか?」
「あの、私は知らないです」
「緑葉さんは昨日も、星野さんと会われていたのですよね?」
「はい」
「そういう話はありませんでしたか?」
「ありません」
「それでは、あなたと長谷川さんが、星野さんを巡って、三角関係というような交際上のトラブルなどはありますか? あるいは、過去に一度でもあったりしませんでしたか?」
「えっ??」
三角関係など思ったこともない。交際上のトラブルだって、あり得ない。
そもそも留美子と数男は、そういった状況に陥ってしまうような段階へは、一歩も進んでいなかったのだから。
「どうしましたか?」
「……私はカズくん、あいえ、星野くんとは、そこまで深い男女関係ではありませんでした。大学生になって、二人とも色々と忙しく、というか特に星野くんの方が忙しくなって、だから会う回数も減ってしまい、自然に別れるようなことになりました。えっとそれから、一年以上が過ぎて、星野くんが長谷川さんと交際しているというのを、私も知りました。今の星野くんたちが、どうなっているのかは知りません。ただそれだけです。だから私、別に長谷川さんのこと、変に思うなんて、ありませんから」
「よく分かりました。失礼なこと、お聞きして済みませんでした」
「いいえ、私は別に……」
もう少しだけ話があって、それで警察官たちは帰っていった。
既に、留美子に割り当てられた休憩時間になっている。それで店長に伝え、引き続きバックヤードで過ごすことにした。いつもと違って、昼食が、うまく喉を通らなかった。




