今後について
時刻は午後三時四十五分になった。
マゴリ警部が号令を掛ける。
「さあ茶話は終わりだ。仕事するぞ!」
「了解っす」
「承知しました」
スマホ刑事とミケネコ刑事が、それぞれ答えた。
一番にやるべきことはK氏への返信。留美子が今日当選した懸賞の名称「真っ白ピカピカドッキリ懸賞」と、母方の祖父の職業「イチゴ農家」を書いたメールが送られた。
この時点で、既に、午後三時にきたメールの本文に沿って質問事項が用意されている。これは茶話の間に、厄介事捜査二係が連携して作ったもの。
その質問リストを使って留美子の聴取が行われた。まるで、竹筒を流れるソーメンのように、スイスイと事務的に進められた。先の聴取と一部重複する項目もいくつかあった。
スマホ刑事が質問を続ける。
「三つ編みは、いつ頃からしてたっすか?」
「小さい頃なので、記憶がないです。幼稚園の頃には、もうしてました」
「今もすることがあるっすか?」
「今は全くしてません」
「では、最後はいつ頃っすか?」
「十年前の八月十八日です」
「え、よくそこまで正確に覚えてるっすね!?」
「私が中学二年だった年の、お爺ちゃんの誕生日なんです。それでお祝いに行った日です。その日に私、三つ編みを卒業したんです」
「そうっすか。中学生の頃、どれくらいの頻度でしてたっすか?」
「中学に入ってからは、滅多にしてませんでした」
「その頃の三つ編み姿の写真は、残ってるっすか?」
「三つ編み卒業の時に、お爺ちゃんと一緒に撮ったのがあります。他にも、あったかな? うーん、ほとんどないと思います……」
午後四時を少し過ぎた頃、再び、K氏からメールがきた。
件名が「留美子さんへ」で、本文は「期待しています」だけだった。送信元のメールアドレスは、今回も変わっている。
これに対し、マゴリ警部が悪態をつく。
「チッ、バカ野郎め! 俺が捕まえてやる。期待してろ、クソがっ!」
この後、マゴリ警部から今後について話があった。
それをまとめると、次のようになる。
バカ野郎のKというボケナスが、留美子に、ネット動画の配信を要求しているが、そんなものは無視して構わない。つまり、警察は犯人の要求に一切従わないという方針を貫く。クソ野郎のKは、マゴリ警部たちが必ず逮捕する。
それから今のところは、Kが留美子に対して物理的危害を加えてくる可能性は低いと思われる。しかし念のために、当面は、留美子の周りの見張りを二十四時間体勢で徹底させる。留美子や緑葉家の人間の生活には支障のないように、鎌倉署の警察官が警備するので、なにも心配せず普段通りにしていればよい。例えば、不完全性定理の勉強をするもよし。ネット動画を作って配信するもよし。全て留美子の自由である。
マゴリ警部、スマホ刑事、留美子、この三人が白いセダンに乗り、鎌倉市の緑葉家へ向けて出発した。
車内では、事件と関係のない話題が出ている。
「あの私、動画を作って、投稿サイト《チョキちゃんねる》で配信してみようかと思います。タイトルは《K市爆破予告犯K氏を屈服させるための動画を作ってみた》です。もしも私の住む街、K市が爆破予告されたらっていう設定なんです」
「おう。そいつは面白ぇじゃねえか。で、どんな内容にするんだ?」
「数学基礎論の不完全性定理を、面白おかしく解説するという内容です。爆破予告犯K氏が数学マニアだという設定だから」
「そうか。あ、そういや、俺の知り合いにテレビ局のやつがいる。ドキュメンタリー番組かなんかで紹介して貰うよう頼んでやるぞ。刑事の仕事とは一切無関係になあ。がはは!」
「ホントですかマゴリ警部さん、よろしくお願いします!」
「自分も、知り合いのアーティスト、麦斗玄米に頼んで、その動画のBGMを作って貰うっす。動画配信の告知も、玄ちゃんに、大々的にやって貰えば、かなり効果的すよ?」
「わあ、ありがとうございます、スマホ刑事さん。是非お願いします!」
こうして、今後の方針が定まった。
今、留美子はやる気を起こしている。ダメ元だろうと、無理ゲーだろうと、やるしかない。どこであれ、K市という街を守らなければならないから。
しかし、数学が苦手だということを、すっかり忘れている。勢いというのは怖いもの。苦手な分野に向かって無謀な挑戦をすれば、きっと後で後悔するハメになるはず。




