留美子の事情聴取
美恵が提案を出して、神奈川県警の刑事二人を家の中へ迎え入れることに決まった。屋外だと、あまりにも暑過ぎるから。
刑事たちは、和室の客間に通され、麦茶のサービスを受けた。マゴリ警部は、それを一気に飲み干した。
四角い座卓を挟んで対面している留美子と美恵の内心は、ドキドキである。
早速、マゴリ警部とK氏が電話で会話した時の録音を聞かされ、K氏の声に聞き覚えがあるか尋ねられる。その声は遠く曇っていて、ボソボソした話し方なので分かりにくい。
留美子は少し考えて、「聞き覚えはないです」と答えた。電話で話したことがなければ、相手が知人だったとしても、電話での声は違って聞こえるもの。
その後、留美子の職業や勤務地のような基本情報の確認が行われた。会員になっているサービスやお店などの個人情報が流失したという通知を受けたことがあるかどうかも聞かれた。そんな経験は記憶にない。
スマホ刑事が続けて尋ねる。
「内山洋太という人を知っていますか?」
「えっ、知らないです……」
留美子はキョトンとした顔を見せる。まるで「その人、どこの誰ですか」とでも言わんばかり。
「では、岡山県倉敷市か兵庫県神戸市に、内山という知り合いがいますか?」
「いいえ、そういう人もいません」
「電話やSNSなどを使って、不審な連絡があったり、外で不審な人物につけられたり、といったことはありますか。過去のことでも、どんなに些細なことでも、なにかあれば教えて下さい」
「えっと、関係ないかもしれませんけど……」
留美子はそう言って、懸賞当選の電話について話した。
「電話機に、その通話記録が残っていますか?」
「はい、残ってると思います」
「それを確認させて下さい」
留美子が刑事二人を、電話の親機が置いてある廊下へ案内する。
スマホ刑事が、ディスプレイを見ながら、スマホにメッセージを打ち込み、メールを送信した。
それと同時に、マゴリ警部が、携帯電話で県警本部に連絡して、部下にいくつか指示を出す。ドッキリ懸賞企画とカワモトキョウコについて、厄介事捜査二係が連携して調べるのだ。
留美子とスマホ刑事は先に客間へ戻り、聴取が続く。
「その電話の相手は、どんな印象の声と話し方をしていましたか?」
「セールスのお仕事をしている人という感じで、ハキハキした話し方でした。声がとても綺麗で、少しスマホ刑事さんの声に似てる気がします」
「そうですか。年齢は、大体どのくらいに感じましたか?」
「二十代くらいだと思います」
「周囲の物音は、なにか聞こえましたか?」
「特には……なにも、聞こえてなかったです」
「その電話の他に、不審なことはありますか?」
「えっと、もうないです」
ここにマゴリ警部が戻ってきて、黙ったままドシリと座った。
スマホ刑事は質問を続けている。
「では、氏名またはニックネームのイニシャルがアルファベットの《K》になるような人で、留美子さんに対して、少しでも特別な感情を抱いているかもしれないような人はいますか?」
「え、イニシャルがK?」
「はい、イニシャルKの人物です」
「あ、それなら、さっき帰った人が数男と言います。名字はKじゃないですけど」
「あの人以外には?」
「うーん、すぐに思い浮かぶような人はいません」
ここに、今まで黙って聞いていた美恵が割って入る。
「留美子、大切な人を忘れているわ」
「え、誰?」
「お爺ちゃんよ」
「あっ、そうそう、忘れてた! 私の、祖父の名字がイニシャルKです。小さな畑と書いて、《こばた》って読むんです」
「その方は、どこに住まれていますか?」
「栃木県の鹿沼市です」
「そうですか。他には?」
「えっと、もういないと思います……」
「誰か思い出したら、教えて下さい」
「はい、分かりました」
ここでスマホ刑事が、上着の内ポケットから、折り畳まれた紙を取り出す。
それが座卓の上で開かれる。K県K市の一覧だ。
「ここに書かれている街に関わる人で、留美子さんを特別に意識していそうな人物がいれば教えて下さい」
留美子はK市のリストを順番に見て少し考える。隣りで美恵も一緒になって、紙面を覗き込んでいる。
「いないと思います」
「では、親戚は、これらの街にありますか?」
「どうだったかな、お母さん」
「親戚はないわね」
「鎌倉市以外で、これらの街に、友人や、過去の同級生、先輩や後輩など、誰か知り合いはいますか?」
「えっと、いないと思います。あ、川崎市くらいだったら、大学時代の知り合いはいるのかも。今思い出せる中にはいないですけど」
留美子の出身大学は鎌倉市内にあるのだ。周辺の市や他県からきた学友も沢山いたことだろう。
「分かる範囲で構いませんよ。その紙の裏に、自分と警察本部の電話番号、電子メールアドレスが書いてあります。今後は、なんでも不審なことがあれば、すぐに連絡を下さい」
「はい」
「それと今日、横浜にある警察本部まで一緒にきて貰えますか?」
「え!?」
「実はですねえ、ここまで持ってこられない案件が一つありまして、警察本部内でその案件を、留美子さん自身で直接確認して貰いたいのです」
「は??」
ここにマゴリ警部が割り込んでくる。
「おいスマホ、それだと意味不明だろ。この際ストレートに言え」
「は、了解っす」
スマホ刑事は一度マゴリ警部の顔を見て、再び留美子に視線を向ける。
「済みませんね。言い直しますよ。自らを、アルファベットの《K》と名乗っている人物がいます。おそらく三十歳以下の男性と思われるのですが、その人から留美子さんに、なにか伝えたいことがあるそうです。午後三時に警察本部に連絡が入ることになっています。捜査に協力して貰えますか?」
「え、どうしよ。お母さん」
「協力してあげなさい。こんなに素敵な人が頭を下げてるのよ」
これを聞いて、スマホ刑事は慌てて頭を下げる。
「お母さんもきて」
「一人でできるでしょう」
スマホ刑事が頭を上げて言う。
「もちろん、お母さんと一緒でも構いませんよ」
「いえ、この子はもう独り立ちさせないといけませんから」
「そうですか。留美子さん、お願いできますか?」
「はい、分かりました……」
留美子は少し不満げだ。不安そうでもある。その顔は「普通の母親だったら、娘を心配して一緒にきてくれるでしょ」とでも言わんばかり。
ここでスマホ刑事のスマホに着信があった。通話はすぐに終わる。
「留美子さん、懸賞企画もカワモトキョウコもウソだと判明しました」
「え!?」
「まあ、留美子の心配が当たったのね。ガッカリだわ……」
「もしも賞品と偽って、なにか届け物がきても、触らずに先ほどの連絡先へ知らせて下さい。事件性がありますので、警察で調べることになります」
「はい、分かりました」
これで事情聴取は終わった。
二人の刑事は車に戻る。一時半に、留美子を迎えにくるそうだ。
白いセダンは発車したけれど、少し移動して停止する。セダンの後ろにいたパトカーは遠くへ走り去った。太陽光線が眩し過ぎる。




