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6話 常識の違い

どっちにしろ二人の中で決行することは確定していたようだが、改めて、成人してるし普通の子供とは違うから必要ない旨を伝えた。

が、ドナさんは「どちらにしても可愛い子供が可愛い孫に変わるぐらいよ。むしろ普通の子供とは違うカル君には足りない位よね」と意気揚々と主張。

ウィルさんに至っては「年の離れた弟…えぇ、弟分ですから可愛がらないといけません」とにっこり笑顔でぶっ込まれた。

2度見した。なんで言い直した。その可愛がるは不穏過ぎる。いやどっちにしろおかしい。


我に返って、俺の中の常識っていうか「挨拶」について懇々と、それはもう懇々と説いたのだが「それこそこっちの常識に合わせておかないと…!」と二人がかりで言い含めるので思わず、確かに、と頷いてしまった。

慌ててハードルが高すぎる、せめてハグだけにしてくれ、と上伸したが最終的に棄却した。せざるを得なかった。

俺の言い分が通りそうになった時、ドナさんの「早く慣れた方が馴染めるだろうしせっかくだから…」と呟いた一言にすかさず前言を撤回した。着替え後のひと悶着で身に染みてしまったために。きっと最終的に「どうせなら一緒にしましょう」とか言われるに違いない。おまけにそれに決まるに違いない。

苦渋の決断で"海外留学"だと思えば良いと無理やり自分を納得させた。

その過剰なまでのスキンシップは本当にこっちでは常識なの。


胡乱気な俺の視線をものともせずに二人が微笑む。


「うふふ、とりあえず少しずつ試してみましょう?どうしても無理そうなら別なのにするわね?」

「そうですね。カル君も案外平気かもしれませんよ?今は小さな子供ですからね」

「・・・・・・あい」


逡巡したが、これ以上抗議すれば試しに、と言われることは明白だった。

少しのハードルが随分高い。

ただドナさんの中で既に決定事項になっている「別なの」がちょっと怖くて口をつぐんだ俺は情けないんろうか。


どうあっても二人は俺を完全に子供扱いすることに決めたらしい。


え、待って。


軽い絶望感に打ちひしがれていると、ドナさんがパンと手を叩いた。


「カル君」


すっと俺の前にしゃがんでにこりと笑う。

不思議に思う間もなく"ソレ"は行われた。


「おはよう」

「!?」


――今?!


流れの変え方がひどすぎる!

ハッとなって思わずウィルさんに視線をやった。


「ではご期待に添えて」

「ちょっ?!」

「おはようございます」


添えるな!いや、添えてない、期待じゃない、制止の目だよ!

しかも逃げようとした身体は、さりげなくドナさんに抑えられていた。

連携プレーやめて。


「「はい、カル君もどうぞ」」

「?!」


どうぞじゃない。

二重音声にたじろぐ。確かに"海外留学"と思い込もうとはしたが朝と夜だけだと思ってた…!

そういえばわざわざ「おはよう」と「おやすみ」とか…!

いつの間にか目の前で二人がしゃがみ込んで俺をじっと見ている。きょろきょろと視線を彷徨わせるが、ここに俺の味方はいなかった。しかもさりげなく手を取られているため逃げられない。いや、そもそも出口は二人の後ろにしか無いのだが。

まごつく俺にウィルさんが笑顔で言い放つ。


「大丈夫ですよカル君。恥ずかしいのは最初のうちだけですからね」

「?!」


――言い方…!

しかもフォローじゃない。暗に「やれ」と崖に追い詰めるやつ。

戦慄してウィルさんへ視線を向けると、上機嫌な声でドナさんが言い放つ。


「あらあら、カル君は本当に恥ずかしがり屋さんね~。それなら別なのにしましょうか」

「え」


恥ずかしがり屋じゃない。普通です。

待って。別なの怖いです。


「別なのというとアレですか?それともあっち?」

「!?」――アレって何。あっちって何。

「そうね、アレが良いかしらね」

「いやあぇってなに?!」


不穏な会話についていけずに狼狽する俺を他所に、二人が何やら分かり合っている。


「じゃぁカル君、今日は私とお風呂に入ろうね」

「あ?」


――何言い出すのこの人!?


「そういう訳で久々にドナさんとお風呂に入って色んな悩みを吹き飛ばしてしまいましょう」

「どういうわちぇ?!」


――何言い出すのこの人!?

吹き飛ばし方おかしい。じゃない、なんで風呂推奨?!


「あら、大丈夫よ、可愛い我が子と一緒にお風呂に入るだけだもの。なんの問題もないわ。いつもウィルとばかりでずるいと思っていたからちょうど良かったわ。挨拶は難しいみたいだし…別なのってことで良いでしょう?」


問題しかない…!良いわけがない…!ずるくもちょうど良くもない!

まじで何考えてんの?!別なのがおかしい!余計にハードル上がってるし!

見た目じゃなくて中身を見て!足して23の男に言う台詞じゃない!


言いたいことがあり過ぎて口が回らないし動けないため、とにかくぶんぶんと首を横に振る。

味方、俺の味方はどこ?!神様?!


「カル君、そんなに頭を振ってはいけませんよ。ドナさんとお風呂に入るか、僕たちへの挨拶か、どっちが良いですか?」


なんでその2択しか無いんだよ!

窘めてるけど原因そっちだからな!

二人の普段の理解力の高さがナリを潜めてるのかガン無視なのかどっちだ!

意味不明な事態に声が出ない。


「ほら、一緒に汗を流せば親交が深まると言いますし」

「どなちゃんとだけじゃん!」


――上手いこと言い包めようとするな!!


「あら、カル君ったら…そうね、三人で入れば良いわね」

「あ…?」


思考が止まる。


「なるほど一家団欒というやつですね」

「そうなの」

「ちぎゃう!!」


――なるほどってなんだよ!そうなのじゃない!

どんだけポジティブに捉えたんだ!いや思い返したら俺の言葉選びも最悪だった。っていうかウィルさん正気か?!強メンタルのせい!?


信じられないものを見るような目で二人を凝視するが、不思議そうな顔をされた。

いやおかしい!


「違いましたか?てっきりそういう提案かと…」

「そうね、カル君は恥ずかしがり屋さんだから遠回しに三人で入りたいのかと…」

「ちぎゃう!!」


ポジティブにしてもおかしい。

なんでスキンシップに関してだけ致命的に理解されないの?常識か。本気でここでの常識が邪魔をしてるのか。


「それに、これならドナさんの希望もカル君の希望も叶えられますよ?」

「えぇ「きゃなえてない!!」


どこをどう解釈したらそうなるんだよ。

何で急に話が通じなくなるんだよ。


「カル君、そんなに私とお風呂は嫌?」

「あぢわいをもって!!」――悲しそうな顔してもダメです!


俺の必死な様子に二人が視線を交わす。

待って、なんでお互いに頷いたの。

目を合わせただけで何に納得したの。

ぽふっとドナさんの手が頭に乗ると、宥めるように動いた。


え、何。


「カル君は今、子供よね?」

「…みためわ」――だから何だと言うんだ。


言い聞かせようとするのやめて。

断固拒否の意を示すように首を横に振る。

今度はウィルさんの手が頭に。

俺の頭は押しボタンですか?


「見た目は…ということは、…大人として対応して欲しい、ということですか?」

「あい」


――今さら何の確認?


しっかりと目を合わせて聞かれたのでこちらもしっかりと頷く。

わざわざ聞くのだから、今後の対応に関わるのだろうと。


だが、俺の詰めの甘さはとてもじゃないが大人と言えたものじゃなかった。

いや大人でも絶対わかんない。


「では、今後は大人である僕たちがしている挨拶を、カル君にもやって貰いましょうか」

「…え?」

「良いわね!」

「え?」


何やら含みを持たせて、というかどこか挑戦的ににっこり笑うウィルさんに戸惑っているうちに、ドナさんがとても上機嫌になった。

なんだろう、頷いてはいけない気がする。とてもする。

ドナさんが上機嫌な時は俺にとって良い案ではない。絶対。


とりあえず詳細を確認しようと恐る恐る口を開く。


「なにぎゃ、ちぎゃうの…?」

「では、実演しますからお好きな方で返してください」

「まって!」――お好きな方って何?!


そもそも実演しなきゃいけないとか何それ、こわい。

俺の言いたいことが伝わったのか、ウィルさんが徐に口を開く。


「子供への挨拶で返すか、大人同士の挨拶で返すか選んでくださいね?」

「…どうちても…?」――ただの2択が究極の選択みたいになってるんだけど。

「どうしてもです」――神妙な顔して頷くのやめてください。


俺とウィルさんの間で何故か緊迫した空気が流れていると、ドナさんがくすくすと笑いながら助け舟を出してくれた。


「もうウィルったら、カル君が怖がってるじゃない」

「!どなしゃん…!」


一縷の希望を見出したが、助けに来た舟は泥船でした。


「一緒にお風呂に入ればいいじゃない。三人で」

「いやでしゅ」――倒置法するんじゃありません。

「えぇ?!」


何で驚くの。

一周回って来ただけじゃない。泥船で一周しただけじゃない。

だめだ、振出しに戻った。


「ちなみにですが、大人の挨拶は子供への挨拶の比ではありませんよ?」

「え゛…」


ボソッと声を落とすウィルさんの顔を見る。

ドナさんが何やらうんうん考えているが、おい"別なの"を考えてるんじゃ無いだろうな。


ウィルさんの俺を気遣う目の奥に、諦めにも似た色が…え、待って。何があったの。


「ちなみに大人同士で挨拶する際は、場所の決まりはありません」

「え」

「あと1回では終わらず複数回しますね(ドナさんは)」

「え」

「カル君は見た目が子供なので、ドナさんがうっかり…いえ、多分大丈夫だと思いますが…」

「うっちゃいなに?!」


情報の小出しやめてください。

慈愛に満ちた目を向けないでください。

待って、これ最終的に選択肢1個しかないやつ…!!


「で、どうしますか?」

「…」


どうもこうも答えは1個しかない…っていうか大人同士…え、ウィルさん…?

顔を見ても笑顔が微妙に怖くて聞けない。やぶ蛇案件だ、スルーしよう。

そんな争いを他所に、ドナさんがとてもいい笑顔で何かを思いついた顔をした。


「じゃぁ私の膝の上でご飯「いたいで」

「おや」「え?」


碌なもんじゃなかった。やっぱり別なの考えてた。

食事は一人で食べたい派です。いやそうじゃない。

どう考えてもおかしい。

全部言わせたくなかったので言葉を遮った。が、後悔はしてる。

というか確実に俺の性格や考え方を把握した上で逃げ道やら選択肢やらを誘導されている気が…


くそ…


やっと気づいた事実に俺はうなだれた。


「子供の挨拶で良いんですか?」

「・・・・・あい、おできょにちましゅ…」――良いっていうかそれしか選択肢が無い…

「そう?お膝で「いやだおできょ」――とりあえずドナさん案は却下で。

「むしろお風呂の方が気楽では?」

「おでちょ!」


やめろ、風呂を推すな、蒸し返すな。

どう考えても気楽じゃないだろ。


「カル君がそこまで言うなら…」と何故か俺が額にキスしたいみたいに言われたが絶対おかしい。いや、三人でお風呂とか膝の上でご飯とかよりは全然マシだと思い、やさぐれた気持ちで目の前の額に素早く口付けた。


・・・・・。

意外と…?


「ふふ、思ったよりは気にならなかったでしょう?」

「うふふ、カル君は考え過ぎちゃうのよね~」

「…」


大変楽しそうに笑う2人の愉快犯にただジト目を送る。

送っているのだが、愉快犯たちは「よくできました」だの「頑張ったわね~」だのと頭を撫でて褒めてくる。

やめてください。

誉められても1ミリも嬉しくない。荒れた内心を持て余している俺に、ウィルさんが再び2択を投げかけた。


ねぇ、なんでまた2択なの。


「ふふ、きちんと挨拶もできましたし、庭にでも行きますか?それとも、水晶の色が変わったことについて聞きたいですか?」

「あ…!」


そうだ、その話を後で説明してくれると言われていた。ただ正直、庭を駆け回ってもろもろの感情を発散したい俺も居る。


「ちなみに、今の時間なら庭に人は居ないはずだけれど、先に説明すると他の子と時間が重なるかも

「にわで」


食い気味で即答した俺に二人が頭を撫でて来た。やめてください。どういう流れだ。


いやどうしても子供と遊べる気がしない。多分同じテンションにはなれない。

かといって一人で遊べもしないのだが。


最初に言われた時なんか固まった。

結局、「難しく考えずに子供のうちに体力を」のアドバイスにより、庭をぐるぐる歩いたり走ったり、見かねたウィルさんが木登りの補助をしてくれたりという非常に残念な感じだった。

たまにドナさんの一声で鬼ごっこを開催する事もあったがウィルさんが容赦ない。

大人げないのでは?という言葉を送ったら、「カル君のためになりますし、獲も…足には自身がありますから」とがっつり含みを持たせてきたので聞かなかったことにした。いや狩猟的な奴だったのかもしれない。そうに違いない。

ドナさんはそんな俺たちを微笑ましく見守っていた。

なんでだ。


手を捕獲、じゃなかった。手を取られ三人並んで庭に向かう。

そう言えば、今まで庭に行く時も、庭にも人を見かけなかった。俺のあれそれで今まで時間をずらしてくれていたんだろうか…

さっきドナさんが「今の時間なら」と言っていたからきっとそうなんだろう。ちらちらと二人に目を向けると微笑みを返される。お礼を言おうと口を開きかけたが、突然言うのはおかしいかと口を閉じる。

ぽんぽんと頭を撫でられる。

いつもの如く、俺の心を読んだかのようなタイミングに何も言えなくなって視線を下げた。


そうこうしているうちに庭に着く。

とりあえずいつものようにぐるぐると庭を歩いて走り出す。感情の発散、というより無心になりたかったのも知れない。

走り疲れて足を緩め、そのまま息が整うまで庭を歩く。


この先もこれだけで時間を潰そうとするのはかなりしんどい。何か他に…あ、縄跳び。3歳で扱えるかは分からないが後で縄があるか聞いてみよう。

なんとなく思い至ってストレッチを始める。今までしたこと無いから突然変わった動きをしたように思われるだろうが、何やら別の記憶があっても普通に受け入れられたのでもういいか。と若干投げやりな気持ちを挟みつつ、ついでにとラジオ体操を始めた。

結構覚えているもんだな、と思い深呼吸をして終了。


いつもの一人遊びと言うか運動が終わったので二人の元へ。

何やらじっと見られている。


「カル君、さっきの不思議な動きはなぁに?」

「え、たいしょう?」――不思議な動き…

「たいそうですか?所々体を解すような動きではありましたが…」

「しょえ!」――こっちにもストレッチみたいなのはあるのか。

「あら、体を解す運動なのね。運動の後にするの?」

「おんとはまえにも」


なぜか突然体操談義に花が咲き、色々と話し合っているうちに、身体に良さそうだからという理由で他の子へ教えることになった。もちろん俺の名前は出さないように。

ちゃんとした流れを教えた方が良いだろう、と改めて動きを実践すると、なぜかウィルさんは動きを完璧に把握して真似ていた。さっき見ただけで覚えたことに驚いていると「昔は色々な動きを取り入れていたので」と何かを匂わせる発言をされたが、そうなんだ、とスルーした。

ドナさんも「ウィルは記憶力も良いものね」と何やら訳知り顔だったが、すごいね、とスルーした。

俺はやぶの蛇を不用意につついたりしない主義です。






お読みいただきありがとうございます。

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