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3話 戸惑いが止まらない

「カルアデイド君、ここでこの水晶に向かって両手を上げてくれるかな?ちょっと眩しくなるけど、光が収まるまではそのままでね」

「え、あい」


突如目の前で叩きつけられたあからさまなファンタジーに内心パニックな俺を他所に、さくっと話を進めていく司教さんの台詞に思わず素が出た。

司教さんとウィルさんの様子を伺うが、どちらも微動だにせず微笑んでいるので、これが普通なのかもしれない。


いや、とてもじゃないが全3歳児がこれを素直に受け入れるとは思えない。


突っ込んでいいのかわからないし微妙にタイミングを逃したっぽいので聞きづらい。仕方ないので視線を彷徨わせつつもゆっくり歩み寄り、言われた通り水晶に向かってそっと両手を伸ばす。


「っ?!」

「大丈夫かい?」

「…あい…」


届かないかと思われた水晶が、勝手に手のひらに当たる位置に降りてくる。ファンタジー過ぎて声もなく固まった俺に、司教さんが声をかけてきた。


いや、先に説明しておいてくれ、と再び混乱している俺を他所に、司教さんはいつの間にか、すべてが真っ白な植物の束を手に持つと、聖句的な文言を呟き始めた。神社でいう榊的なものだろうか。それを水晶の上に翳すと、さらにその上から聖水っぽい雰囲気の水をかけていく。


――えぇ…


水は滴り落ちること無く、一滴残らず溶け込むように水晶の中へ消えていく。

水を全て取り込んだ水晶が淡く白く輝き始めた。

白い光が赤くなって点滅していたが、やがて点滅の間隔がゆっくりになって消えていった。


――えぇ…


怒涛過ぎるファンタジーな展開に、純粋な高揚感と終わりのあっけなさに若干の落胆が入り混じる。

この短時間に叩き付けられた現実と、聞かなければならないことの多さに、まだ何もしていないのに疲れを感じた。


とりあえず気持ちを落ち着けるために息を吐く。

水晶から手を離してふと司教さんを見る。なぜか痛まし気な表情でこちらを見ていた。


――え。


ウィルさんの方に視線を向ける。

同じように痛まし気な表情でこちらを見ている。


――え。


二人が視線を交わすと、何やら深刻な表情でしみじみと分かり合っている。

ちょっと子供(おれ)が置いてけぼりなんですが。語彙力も消え失せてるんですが。


"洗礼"という神聖っぽい儀式の最中に声を出して良いものかわからず、子供なのでよく分かりません、という体できょろきょろと二人に視線を向ける。

ようやく、俺の存在を思い出したのか目での会話を終えたのか、司教さんが先程の2割増し位で優しく微笑むと、水晶を挟むように俺の前にしゃがむ。そしてまた何か呟くと、水晶の下に小瓶をかざした。


「!」


目の前の水晶から水が滲み出し、さらさらと小瓶に流れ込んでいく。


「ははは、さすがにカルアデイド君もこれが何か気になるかな?」

「あい…」


さすがにってなんだ。ていうか喋って良かったのか。

もしかして水晶が浮いてることは普通に突っ込んでも良かったんだろうか。


小瓶に流れ込んでいく水は、先程の赤い光と同じような色になり、じわじわと小瓶を満たしていく。

さっきからファンタジーが過ぎて、完全に映画を見てる感覚になってきた。


中身がいっぱいになると、最後の一滴で水が透明に変わった。

おぉ…!と感動している間に司教さんが小瓶に向かって何かつぶやいた。

そして小瓶を俺に差し出す。


「はい、このお水を飲んだら洗礼は終わりだよ」

「え…」


――飲むの?これを??

ちらりとウィルさんを伺うが、優しい笑みで軽く頷くだけだった。身体に害があるものなら何か言ってくれるだろう、と小瓶を受け取り、男は度胸、と一気に飲んだ。


「ぅま…っ」


あまりにも予想外な水の美味しさに素が出た。出てばかりだがもう今更だ。

幸い二人には聞こえて…ないよな?表情が微笑みから微動だにしないので全く分からない。


「ははは、美味しかったかな?」


問われてこくこくとうなずく。

乾いた地面に染み込むように、水を飲んだ途端に身体の隅々までスーッと広がっていき、やがて全身に広がると、一瞬淡く身体が光った。


「うん、良かった。無事に神様からの御加護を頂けたようだね」

「!」

「良かったね、カル君」


身体が淡く光ったのは見間違いではなかったらしい。おまけに全員貰えるようだ。

この世界の神様は大盤振る舞いしてくれるらしい。優しい。


「やはり説明は帰ってからされますか?」

「えぇ、ご説明したように、特に女性に対して恐怖心がありますので…」

「わかりました。では念のため、部屋の外で見送りましょう」


ウィルさんが沈痛な表情で女性に対するうんぬんを説明していたが、事前に話を通しておいてくれたようだ。最初に会った時の台詞はそういうことかと一人納得していたが、手間をかけさせてしまったことに気づいた。

申し訳なさに若干落ち込んでいると、頭に手が乗った。見上げればウィルさんが微笑んでいて、手が宥めるように動く。慰められているような動きにいたたまれなくなり顔を伏せた。


小部屋を出ると、祭壇の後ろのステンドグラスが僅かに明るい。

日が昇って来たのだろう。

丸い大きなステンドグラスから、僅かに差し込む光が優しく祭壇を照らし、林立していた白い柱に光が反射して美しい。


「ジョズ司教、ありがとうございました。…カル君」


祭壇の前の幻想的な光景に思わず見入っていると、いつの間にか取られた手を揺さぶられ、名前を呼ばれたことで我に返った。


「あ、あいぎゃとう、ぎょぢゃいまちた」

「ははは、また会えるのを楽しみにしているよ」


慌ててお礼を伝えると、微笑ましく笑われて挨拶された。


「はい、それではまた」

「ばいば…また?」


居心地の悪さに視線を逸らしながら、ウィルさんの後に続くように子供らしく別れを告げようとして、さらっと、また会おう発言されたことに疑問を覚える。

そんな俺の様子に、何か教えてくれるつもりなのか、司教さんが屈んだ。そちらに意識を向けたのと、ウィルさんが俺を呼びながら軽く手を引いたのが同時だった。


「カル君…!」「まあぁ嫌だ!なんで犯罪者が居るのよ?!早く消えてちょうだい!」


あ。


やばい。


「う゛っえ゛…っ」

「カル君!」「カルアデイド君?!」


突如叩きつけられたキンキンとした女の声に慌てて耳を塞ぐと、ウィルさんが俺の頭を抱え込むように抱き締め背中を撫でてくれた。朝食前で吐くもの無くて良かった、と冷静な頭で思うが吐き気がやばい。気持ち悪い。

ウィルさんのおかげで音は遠ざかったものの、久々に感じた吐き気と、若干気持ちにゆとりが出来たことが相まって、いやお前が消えろ、とつい心の中で悪態が飛び出る。色んな気持ちを抑えようと深呼吸をしようと試みるが、ずんずんと近付いて来るヒステリックな女の声が漏れ聞こえるせいで、中々思うように呼吸ができない。ムカムカが収まらない。


昔は吐くものが無ければ泣き叫んでいたが、さすがに今はそんなことにはならないようだ。もしかしたら若干耐えられるように…いや、今庇われてるから微妙か…?でも泣くほどじゃないから…


赤ん坊時代との違いを思い返していると、しばらく何かを言い合っていた、というか女の声だけが所々聞こえていたが、司教さんが女を小部屋に連行、もとい連れて行ってくれた様子が足元から伺えた。

司教さんも頑張ってくれたようです。ありがとうございます。


一転静かになると、ウィルさんがそっと離れて頭を撫でてくる。


「カル君、よく頑張りましたね。もう我慢しなくて良いですよ」

「なにあえいみうめいきもちわゆい」


酷い事を言われてたっぽいが、俺を優先してくれたウィルさんに、大丈夫と伝えようとしたら開口一番に先程の女への思いの丈がポロっと出てきた。

いかん、ホッとしたせいか口元が緩んだ。


「気持ち悪さはどれ位でしょう、吐きそうですか?」

「えいち、だいぢょうぶ」


そっちの意味では無かったが、心配そうに尋ねられたので改めて問題ない事を伝える。

まだ多少の気持ち悪さは残っているが吐く程では無いし、女が居た時に比べれば吐き気は治まっているので問題無い。


「…それなら良かったです」


若干の間を置いて答えたウィルさんが背中を撫でて来た。

あ、顔色が悪かったのかな…

吐き気を宥めるように撫でられて身体から力が抜けたのがわかった。

ウィルさんがすっと俺を抱き抱えて歩き出した。


――え、ちょっと待って。


「そうだ、もし今後、不快な思いをした時なんかに、相手の悪口や陰口を言ってしまうと、その言葉がカル君に返ってきてしまいますから、本人に”助言”をするか、我慢出来ない場合は『今のは無し』と言ってからにしましょうね」

「…なんで?」


その助言って、要は面と向かって本人に言えってことですよね?


突然の事態に反応が遅れたが、あまりにも自然に俺を抱き上げ、流れるように背中を撫でるウィルさんの話しが気になって大人しく聞く。いや暴れた所で意味が無いどころか悪化するのでそうするしか無いのだが。


返ってくるとか、今の無しとか、色々考えてみたが理由がわからない。言ったから何だというんだ。とうっかり続きを促したが、内容的に3歳児に話すことじゃない気がする。


「神様のため、と言われています」

「…きゃみしゃまのため…?」


神様か…そりゃわかるわけないな。

俺の背中を撫で続けるウィルさんの言動と行動が一致していない気がするが、ここで話の腰を折るのも憚られる。


「えぇ、神様は日々、大勢の人の願い事を一つ一つ掬い上げてくださっていますが、人々の多種多様な願い事は神様の言葉に翻訳してから叶えてくださるためにとても忙しく、時間がかかってしまうんだそうです。それに、叶えてくだる願い事は、すべて願い事をした持ち主に返って来ると言われていますから、悪意ある言葉や感情については『今のは違う』と伝えておくと、神様もその言葉や想いは叶えなくても良いのだと、少しだけお仕事が楽になりますし、自分にも返って来なくなるんですよ」

「…おんやきゅ…」


どうもこの世界では、神様がめちゃくちゃ仕事してるらしい。加護もくれるし忙しすぎないか。

翻訳してるとか、校閲担当の神様とかも居るんだろうか。

一瞬締め切りに追われて怒号を上げる神様のイメージが浮かんだ。


「神様が住まわれる世界では、主語も否定語も存在しないと言われていて、第三者の名前が入っていたり、否定語が入っていると、まずその文章を翻訳することから始めるらしいんです」

「…たとえば…?」

「そうですね…例えば『あいつから全て奪ってくれ』という願いは、『自分から全て奪ってくれ』と言ってるようなもので、ころ…『見捨てないでくれ』という願いは、『見捨ててくれ』と言っているようなものらしいんです。なので『今のは無し』と伝えておかないと、いつか神様が叶えてしまうみたいですね」

「…おんとにきゃみしゃまのためなの…?」


むしろ自分の為な気がする。

しかも例えがちょっと不穏では…?ていうか途中の「ころ」って何だったんだろう…急に犬猫の名前を言うわけ無いだろうし…殺……だめだ、深く考えるのやめよう。


理解はできたが、もっと他に例えは無かったものか…

絶対俺を3歳児だと思ってないよな、と思いながらも、気にはなるので会話は続ける。


「ふふ、教会ではそう教えているようですね。それに、神様は僕たちが幸せに生きることを願ってくださっているそうですから、簡単に出来ることは積極的に協力していきましょう」

「…あい」


――協力…?


「ただ一番良いのは、先程のように大きな独り言を言う人の言葉は聞き流す事です。あぁ言った言葉をわざわざ受け止めてあげる必要はありませんから、もしも、うっかり、カル君の耳に入ってしまった場合は、大きな独り言だなぁ、と聞き流すようにしましょうね?」

「…あい」


――聞き流す…?


「それでも、もし受け止めてしまって、カル君がそう思ってしまった場合でも、すぐに『今のは無し』と言えば問題ありませんから心配しなくても大丈夫ですよ」

「…あい」


ウィルさんが次々に放つ、けして3歳児向けの内容とは思えない話を、内心突っ込みながらも大人しく聞いていたが色々どうでも良くなってきた。

わざわざ強調までして、でかい独り言は聞き流せ、と一笑に付したアドバイスに思う。


全然気にした素振りもないですね。

気にしてるの俺だけですかね。

どんなメンタルしてるんですかね。


「まぁ全部、ドナさんの受け売りなんですが」

「え」


でかい独り言うんぬんってドナさん発信?!

いや、もっとやんわり伝えてるはずだ…!多分。


「さて、嫌な気持ちはさっさとばいばいしてお家に帰りましょうか」

「あ、あい。えと、いまの?しゃっきの?なち」

「ふふ、よくできました」


俺の混乱を他所に、強メンタルなウィルさんはさっさと意識を切り替えたのか、つい先ほどの出来事をスパンと切り捨てた。

俺は思わず頷き先程のアドバイスを素直に実行。

流れるように頭を撫でられ褒められた。若干遠い目になった。


「それはそうとカル君、嫌な思いをさせてしまい、すみませんでした」

「?」


明るくなっていくステンドグラスの光景に思いを馳せながら、子供扱いはいつまでなのか、むしろ気にしないように俺のメンタルを鍛えるべきかと考えが飛びそうになった所に突然の謝罪。


――なぜ謝罪?


意味が分からずウィルさんに視線を向ける。流れるように手が頭に伸びてぽんぽんと撫でられた。

俺の頭になんかスイッチでもあるんですかね。


「今回の洗礼の担当者がジョズ司教に決まった時点で、もう少し考慮すべきだったようです…」

「え、なんで?」


――あの司教さん何かあるのか…?


「女性に人気の方で、ジョズ司教が説教をする際に早い時間に詰めかける方は一定数居るのですが、まだ眠っている子を連れてまでこの時間に来るとは考えが至りませんでした…」

「あぁ…」


首を振りながら後悔の表情を見せるウィルさんには若干申し訳ないが非常に納得した。

こんな夜明け前、いや、夜明けにわざわざ来るとは思わないよね、普通。しかも寝ている子供を抱えてたらしい。余計ヤバい。それはもう考えても仕方ないというか、非常識な人間の思考回路なんてわかるわけが無いし。正直、俺的にはあんなのが一人だけで良かったというか。他にも居たらここで生きて行けるかが非常に不安になる所だった。


だいたい女なんて自分が良ければ……


良ければ…?


何でこんな感想が出てきたのか記憶を追いかけようとしたが、確実にこの世界で感じた事ではない。寝落ちの危険性が出てきそうなのでやめた。最近試して無いからわからないが。

とりあえずお互い煤けた感じになったので、ウィルさんの背中を叩いておいた。背中って言うか肩甲骨だなここ。


「おや、ありがとうございます」

「うぃうしゃんも、しゃっきわあいぎゃとう」

「ふふ、どういたしまして」


そういえば庇ってくれたお礼が言えて無かったと改めてお礼を伝えたが、どういたしまして、で頭を撫でるのはなんか違うと思います。


アクシデントのせいかは知らないが、加速する子供扱いに若干遠い目にりながら、幻想的な光景が広がる教会を後にした。






お読み頂きありがとうございます。

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