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2話 叩き付けられる現実

「凄いわカル君、1人でお着替えできたわね」

「ぅ、うん…」


たどたどしい動きながらも着替えを終えるとドナさんにすかさず褒められた。


「ふふ、えぇ本当に。やっぱりカル君は器用で賢いですね」

「ぅぅっ…」


同じくウィルさんにも褒められた。


このすかさず頭を撫でて褒められる体制が未だに慣れない。どうにも照れくさいというか、内心やめてくれと悶える俺の理性と、素直にそれらを喜ぶ子供の身体がせめぎ合っている。

大変居心地が悪い。

おまけにそんな俺の葛藤を知ってか知らずか、「照れてる」とか「可愛い」とか言ってくるので余計にいたたまれない。


――中身は子供じゃないです。言えないが。

当時、唯一覚えていた"成人して死んだこと"を足掛かりに前世について色々と探っていたが、結局思い出せないままだった。妙に印象的なあの夢以降、それらしい夢をまるで見ないから、多分あれがこちらに来て初めて思い出したことなのだろう。

対して意味もない所か、どこか他人事のようだし。むしろ"成人していた"という事実に余計に羞恥を煽ってくる。あれだけ騒がせておいて唯一自覚したのがソレ。精神的に来るものがあった。


思考が飛んだが、どうにもウィルさんが含んだ言い回しをしている。

この年頃の子供が1人で着替えは早かったんだろうか。


「…だめ?」


ふわっとしたニュアンスで聞いてみた。


「うふふ、ダメじゃないわ、むしろ凄いことよ?カル君はとっても賢いのね。ただ、早いとか遅いとか、そんなことは気にしなくて良いのよ?」

「そうですよ?そう心配しなくても、4歳までには完ぺきに出来る子が多いですから」

「・・・あい」


――ねぇそれ、やっぱり早いやつでは…?

実は中身が大人なのをごまかせてない疑惑が浮上しているが、それならさすがにあんなあからさまな子供扱いはしないだろう。多分他に比べる子が居ないので不安に思っていると思われている、と良いな…

じゃなきゃ、わざわざ一般的な幼児との違いを軽く説明してくれる意味がわからない。

俺としてはありがたい。ありがたいんだが、まず俺に試させるスタンスを取って来るのは何なの。

一体2人は俺をどう認識しているのか…

色々と聞きたいが、この辺りをうっかり突っ込めばやぶ蛇になりそうで…


「カル君。今日は少し冷えますから、温かくしましょうね」


俺の思考を断ち切るようなタイミングで声が掛けられた。

厚手の上着、 ――いや外套がしっくり来るな。―― を着せてもらう。ここは着せてくれるのか、と内心突っ込みながらも素直に身を任せ…


ぴたりと身体が固まる。


――いや待って、季節、あったの?


四六時中どこもかしこも快適温度だったから、そういう気候なのかと。

夜は蝋燭の灯りだったから時代か地域的に電気が通って無いのかと。

何、実は部屋の気温は空調で庭は温室で?いや、それなら明かりが電気じゃ無いのはおかしい。

まさかの魔法的なファンタジー…?

ちょっと待て、その辺の常識というか作法を知らない。何となく記憶の片隅にはあるけど、主人公がなんか知らんけど無双してハーレム作ってたことしか知らない…!!


「…っぇ、ぁの、しゃむいって…?」

「うふふ、ごめんね、帰ってきたらお話ししてあげるからね」


混乱しながらもあんなに色々と聞く訳にはいかないので、ふわっと尋ねてみるがさらっと返された。


――気温が秘密って何なの。

そもそも教会とは建物内で繋がってそうなイメージがあったんだが、外へ出るっぽい。いや元々の俺の仮説が違うのかもしれない。なんせ判断材料が3つしかない訳だし。

子供が思いつくような話なのか分からないから黙ってはいるが。


「ふふ、今まで教えてあげられなかった理由もお話しますから、もう少しだけ待っていてくださいね」

「!」


――そうだ…!ここで謎を深めてもしょうがない。

"洗礼"さえ終わってしまえば、長年の謎がようやく解明されるんだ、とついテンションが上がり、思わず目の前に居たウィルさんの服を引っ張った。


「あやきゅいきまちょう!」

「そうですね」

「うふふ、そうね。行きましょうか」


そう言って、ドナさんとウィルさんが自然に俺の手を取って立ち上がる。


――え、待って。手を繋いで行くんですか?

抗議する間もなく歩き出されたが、出がけにひと悶着して時間を消費するのもなんだし、と内心の葛藤を捨て置き、静かに、大人しく、2人に連れられて扉の前へ。

ここを開ければいよいよ外か、となぜか緊張してきた。


「あらあら、それじゃあウィル、カル君をよろしくね」

「はい、気を付けます」

「っ…ぇ…どなしゃん、きょないの?」


緊張しているのを悟られたのか、宥めるように俺の頭を撫でたドナさんから、ウィルさんに後を託すような発言が。


「えぇ、そうなの。カル君は、人見知りで、特に女性がみんな怖い設定で伝えてあるから。私は一緒には行けないけれど、ウィルが居るから安心してね」

「なゆおど…」


――そういう設定…いや待った、安心ってどういう意味。まさか、俺がドナさんが居ないのを不安に思ってる、的なニュアンスですか?

疑いの眼差しをドナさんに向けるがただ頭を撫でられるだけで終わった。


――違う、それを催促したわけじゃ無い。

いつもやたらと鋭い割にスキンシップに関しては俺の願いを毎度外してくるのはわざとなのか?


「ふふ、いつもこの時間に洗礼に来る人は居ないとのことなので、カル君には頑張ってこの時間に起きてもらったんですよ。ただ外には既に活動している人も居ますから、歩く時は念のため、僕にしがみついていてくださいね」

「…あい。あいぎゃとう…」


――特に頑張りもせずに起きたので微妙に居心地が悪い。


おまけに"しがみつく"という行為に躊躇いはあるが、最近2人としか会っていないので、俺自身どうなるかわからない。特に克服するような行動もしていないので、悪化している可能性も確かにある。気を遣ってくれたことに、ためらいながらもお礼を伝える。

改めて俺の面倒くさい体質について、全員の認識のすり合わせも完了したのでいざ出発。


ウィルさんが扉に手をかける。

ついに外への扉が開いた。

まだ日が昇っていない為に薄暗く、外の様子はわからないが、確かに冷えた空気が肌を撫でたことに、改めてこの建物内どうなってんだという疑問が湧いたが、それ以上に外の世界への期待が高まる。

ウィルさんに手を引かれ、外に出てはたと気付いた。


――待て。"設定"とか3歳児に説明することじゃないんじゃ…?

――普通に納得してしまったが絶対おかしい。


思わずドナさんを振り返ったが、笑顔で「いってらっしゃい」と手を振り送り出された。

「行ってきます」と答えるウィルさんが扉を閉めて行くのを見て、いやそんなこと突っ込むのもおかしいかと、誤魔化すように手を振り返して、いってきます、と返した。


庭以外に ――いや、庭が温室だという可能性も捨てきれ無い…!―― 今世外へ出るのは初めてになるので若干緊張しつつ、ウィルさんの手を握りしめ、視線だけを動かしながら歩く。ちょっと冷えると言っていたが痛いほどではないから冬の初めとか秋の終わり位だろうか?まだまだ雪が降るような段階では無さそうだ。


――雪…?

あ。庭が温室って可能性を直前まで考えてはいたけど、よく考えたら雨の日は部屋に居た…

やはり魔法(ファンタジー)なのか…?


「カル君、寒さは大丈夫そうですか?」

「っうん、えいち」

「それなら良かったです」

「…うん…」


考え事に没頭しそうになったところで、心配そうに尋ねられた。

急いで問題ないことを伝えれば、安心したような声で、流れるように頭を撫でられたことに腑に落ちなさを感じつつ、気を取り直して辺りに意識を向ける。


朝早いせいなのか裏通りなのか知らないが、人通りが全然無かった。

ただ寂れたような感じは無く、静謐な空気が満ちている。

時々美味しそうな匂いがしてたりするので、朝食を作っている所もあるんだろう。全体的に木造家屋に見えるが火事とか大丈夫なんだろうか…


つらつらと周囲を観察していると、不意にウィルさんが立ち止まった。


「?」

「さて、この先は人通りが増えますから、抱っこにしましょう」

「…あ?」


――なんでだ。

思わずぽかんとしてしまった。

立ち止まったことを尋ねるより早く理由が告げられ、”抱っこ”という単語にうっかり素が出て、は?が、あ?になったのは仕方ない。向こうもそれは理解して…


――いやおかしくない?


「おや、一般的に子供は抱っこを喜ぶんですが「…ワァーイ」ふふふ、できるだけ顔は伏せていてくださいね。この時間には既に働いている女性もいますから」

「…うん…」


おまけに「一般的に子供は」と説いてきた。

絶対おかしい。おかしいが、今更なのでもうスルーで行こう。突っ込んだらだめだ。自分の首を絞めそう。

第一、この年頃の子供が何を好むとか知らないので、この先も怪しまれないよう子供らしく過ごすためには素直に聞くしかないしな。俺の棒読みというかやっつけ感溢れる喜び方もスルーしてくれている訳だから。いや、笑われてはいたけど…


いよいよ俺に対する認識が気になってくるが、ここで聞くわけにもいかない。うっかり中身が大人だとばれて今放り出されても困る。さすがにこの状態で一人では生きていける自信がない。いやドナさんもウィルさんも子供(おれ)に優しいというか甘すぎる感じが、日々の過ごし方で溢れ出ているので、外見幼児な俺を放り出すようなことはしないだろう…多分。しないと良いな…


若干自分の考えに落ち込んでいると、ふわりと抱き上げられる。

毎度軽々と抱き上げられることに居心地の悪さやら羞恥やらを感じはするが、身体は子供なせいか、嫌悪感的なものを感じないどころか喜んでいる感じがして、未だに感覚の違いに戸惑う。

最初は俺の理性やら精神やらが羞恥に耐えきれずもがいていたが、下手に暴れると「危ないから」と過剰に抱き締…大変な目に遭うことは学習したので、今はされるがままで、意識だけを遠くに置くことを覚えた。眠る直前のような状態にするのがコツだ。そうすると抱っこされても無になれる。いつか試してみてくれ。


大人しくウィルさんの肩口に顔を埋めて目を閉じ、両手で耳を塞ぐ。

俺の背中を支えるように添えられた手が、宥めるようにぽんぽんと動いた。


「大丈夫そうですか?」

「うん」


先ほどの静寂とは打って変わって、小さなざわめきが聞こえて来た。時々元気なおばちゃんっぽい声も聞こえるが、今の所問題は無さそうだ。周りを見てみたい誘惑に駆られたが、せめて洗礼が終わるまでは身綺麗なままでいたいので、ここは我慢だとぐっと堪える。

あ、でもご飯がまだだしちょっと位なら…

いやいや万が一が…


「さぁ、着きましたよ」

「おぉ…!」


そんな葛藤を続けている間に到着していた。


教会の正面で降ろされたが、建物が大き過ぎて全貌を見ることはできなかった。

薄暗くて分かりにくいが、外側は全体的に白くパルテノン的な柱が等間隔に並んでいる。正面の大きな白い門扉は外に向けて開け放たれているが、上から花やら草やらの植物が垂れ下がっていて中はよく見えない。扉を近くで見ると、細かい彫刻がされているらしく、ドアノブのある場所にも重厚な雰囲気を感じる彫り物が見えた。


植物をかき分けて中へ入ると、色とりどりの淡く優しい光が、部屋全体を幻想的に照らしているのが見えた。床も壁も柱も白いせいか、その光を更に淡く反射していて、まるで別世界に来たようだ。内部は仕切りや柱が一切無いせいか、尋常じゃないほど広く感じる。整列しているとはいえ、結構な数の白いベンチが並んでいるというのに。

耐震どうなってるんだろう。と、無粋なことを思いつつ、降り注ぐ光を上に辿ると、天井全体に植物のような彫刻と、真ん中に大きく女神様なのか聖母的な方なのか知らないが、神秘的な雰囲気の女性の全体像が立体的に彫刻されていた。全体的に透かし彫りになっていて、本来空洞になっているであろう場所にはステンドグラスがはめられており、上からの光を優しく広げている。後光が差しているように見える。

壁際は外と同じように柱が並んでいるが、半分壁に埋まっていて、天井近くの柱と柱の間、欄間的な感じで色々な種類のレリーフの彫刻がされている。こちらも透かし彫りっぽいが遠くてよくわからない。

とにかくすごい。たいして持っていない語彙力ではとてもじゃないが表現しきれない。


「凄いですよね。僕も初めて目にした時には圧倒されました」

「うん…しゅぎょい…」

「ふふ、そろそろ奥へ進みましょう。…良いですか?」

「ぁ…!あいっ」


いつも部屋と庭の往復だけで全く気にしていなかったが、予想外に立派な教会の様子に圧倒され、入ってすぐに思わず足が止まっていたようだ。ウィルさんに声をかけられて今日の目的を思い出し、返事を返すと手を取られた。自然と手を繋がれたうえに自然と受け入れてしまった自分に衝撃やら戸惑いを感じながらも祭壇の前まで進む。


祭壇近辺はやたら白くて細い柱が林立しているせいか薄暗く感じた。上の方には申し訳程度に、蝋燭のようなオレンジ色っぽい灯りが小さく灯っている。なんとなく、千本鳥居をくぐっているような雰囲気がある。祭壇の奥の壁は、大きく丸いステンドグラスが嵌められていて、黒い円の中いっぱいの大樹が。その中には多分、白い花と、深めの赤と濃い青に見える2つの果実だけが模されていた。


――こっちは日が当たっていればさぞきれいだったろうな…

…そういえばまだ夜明け前だった。さっきの頭上からの光は何の光…


「おはようございます。本日の洗礼を担当します、司教のジョズと申します。お名前をお聞かせください」


巨大なステンドグラスに見惚れ、先ほどの謎の光源に思考を割いていると、落ち着いた男性の声が届く。俺が答えて良いのか迷い、人見知り設定があるからとウィルさんのズボンに隠れるようにしてみると、頭を撫でられた。いつも褒める時のような撫で方だったので問題無さそう。


「おはようございます、ジョズ司教。私はウィルと申します。この子はカルアデイドです」

「なるほど、その子が…」

「?」


初めて会う司教さんが、何やら俺を知っている様子に疑問に思う。

――初対面の筈だよな?

人見知り設定なので積極的に質問する訳にもいかずそのまま待機。しゃがみ込んだウィルさんが軽く背中を押したので一歩前に出ると、挨拶を促される。


「カル君、挨拶できる?」

「うん。ち、きゃぅあでいどえ、でちゅ、ぁ…おあよう…ましゅ…」

「ははは、おはよう、カルアデイド君。きちんと挨拶出来て偉いね」


自分の名前が一番の敵だったことに慄いた。おまけに挨拶より先に名前を伝えたことに焦り噛んだ。

いたたまれなくなって結局挨拶を端折ってしまった。滑舌もさることながら、挨拶すらまともに出来なかったというあまりの残念さに、思わず手で顔を覆い俯いたが、何の問題も無い所か、司教に頭を撫でられ褒められる始末。


――ますますいたたまれない…


「それでは早速こちらの部屋へ」

「はい。カル君、行こうか」

「うん」


内心の落ち込みや恥ずかしさを発散する間もなく部屋へと案内される。

柱で分かりにくかったが、どうやら通路があるようで、手前の小部屋に通された。


中へ入ると、部屋のど真ん中に大人の頭程の大きさの水晶球が鎮座していた。


嘘です。浮いてます。


えぇ…






片手を額に当ててがっくりと項垂れる3歳児。

主人公は周りにどう見られてるか気づいてません。


お読みいただきありがとうございます。

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