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第七話 試験開始

 その日は雲一つない晴天だった。

 まだ朝は肌寒いのだが、日が出ると温かい。特に革や金属で造られた鎧を着ている冒険者にとっては暑いぐらいだろう。これならば昨日雨がふったおかげで少しぬかるんでいる黒土もすぐに乾くかも知れない。

 だが、ナダにとってはまだ涼しかった。

 鎧を着ていないからだ。

 本来ならナダは金属で作られた上質なフルプレートアーマーを持っていた。それはとても重量があり、モンスターの牙から自分の身を守る最良の防具であり、スカサリの時も愛用していたのだが、つい四日ほど前に売った。

 もちろん生活費に困っていたこともある。

 だがそれ以上にリーチが短いククリナイフの特性を考えた場合、動きが制限されて速さが遅くなるような全身を包み込むフルプレートアーマーは不利になるのではないか、と考えるといい装備ではあったがすぐに売った。

 そのお金で新しい装備を買ったのである。

 ナダが購入したのは足首までの長さがある黒いコートだった。ゆったりとしたデザインであり、前を閉めている。防御力はフルプレートアーマーと比べると落ちるが、それなりに柔軟性と耐久性があり、動くのにも邪魔にならないので深いところまでいかなければ十分に戦える装備だった。

 コートの下は綿のシャツとズボンという防御力も全くない服装だが、全て黒い革のコートで隠れているので問題はないと判断した。

 また大切な唯一の武器であるククリナイフは、普通の剣のように左の腰にぶら下げていた。


「あー、やっぱりナダもいるのね」


 鎧やコートまたは袈裟など、思い思いの装備でグラウンドに集まる冒険者の中で、親し気にナダへと話しかける者がいた。

 アメイシャだった。

 彼女が着ているのは白い修道服だった。赤い刺繍が入っているのは、彼女が火の神に仕えているからだろう。

 ギフトは、神の力を借りる。

 ゆえにギフトを扱う者は神に仕える神官が多い。もちろんそうでないものもいるが、おそらくアメイシャは敬虔な神の使途なのだろう。


「久しぶりだな」


「ええ。久しぶり。元気にしていた?」


「それなりにな――」


 ナダは頬を引きつらせた。

 この七日間は財布と相談しながら細々と生きていたのだ。パーティーに所属していないナダにとって、収入源がないのは厳しかった。そもそも貴族出身の冒険者とは違い、実家からの支援は全くない。

 苦学生として、ナダは苦労していた。


「いろいろな冒険者がいるわね」


 アメイシャは周りを見た。


「やっぱり一年生が多いな」


「二年生もちらほらいるわよ。でも、三年生はほとんどいないわね。それもそうね――」


 自嘲するように呟いたアメイシャ。

 ナダも何も言えなかった。

 殆どの冒険者はギフトやアビリティを身に着けた二年生を半分ほど過ごした頃までに、自分に合うパーティーを見つける。スキルやアビリティには相性というのがあるのだ。

 そして所属したパーティーと共に力の使い方を身に着けて、他の仲間たちと成長していく。

 だが、たまに就職難の学生のように、三年生になってもパーティーに迷っている者がいる。それがナダとアメイシャだった。きっと学園の冒険者の中でも少数派で、同級生と比べれば冒険者としてのプロセスが遅れていると言ってもいいだろう。


「あー、でも、ちらほらと先輩たちはいるぞ」


 ナダはだんだんと人が増えていく冒険者の中に、五年生や六年生を見つけた。中にはナダが知っている冒険者もいる。

 刃に輝く闘気を乗せて、どんなモンスターであっても一刀両断する長剣の剣士。

 光の神のギフトを持ち、目くらましやレーザー、はたまた光の屈折を利用した光学迷彩など様々なギフトの精通したギフト使い。

 はたまた時の流れを少しだけ変えるという希少なアビリティを持った冒険者も中にはいた。

 そうそうたる冒険者たちが集まっている。中にはソロの冒険者として様々なパーティーに引っ張りだこな万能な者もいた。


「きっとイリス先輩の人望ね。人気なのよ。だから今のパーティーを抜けてでも入りたい人が沢山いる。私だって同じよ」


「なるほどな――」


 おそらくだが、パーティーを追い出されて他に行く場所がないから、このアギヤ選抜試験に挑むのは自分ぐらいだろう、と思った。

 隣にいるアメイシャもそうだが、この場に集まった冒険者たちは目が光っているように見えた。きっと誰もが自分が選ばれることを確信しているのだろう。優れた冒険者ほどその強い。

 ない胸をはるアメイシャも、自信に溢れていた。


「それにしても最初の試験はなにかしら?」


 ナダもアメイシャと同じように周りを見渡してみるが、残念ながらグラウンド上には何もなかった。

 冒険者が試合をするような仕切りも黒土に描かれていなければ、器具などもないもない。本当にこんな場所で冒険者を選ぶような試験を行うのか、と考えるとナダは頭に疑問符が浮かんだ。

 ナダはイリスの思考を予想しようとしたが、いたずらに満ちた彼女の顔を思い浮かべるとやる気がなくなった。


「さあな。知るわけない――」


「そう」


「でも、きっと、変わった試験だと思うぞ」


「ふーん、どうしてそう思うの?」


「勘だよ」


 ナダは無責任に言う。


「そろそろ試験が始まる時間ね」


 優し気に微笑んだアメイシャの言う通り、グラウンドから見える校舎の一番上に掲げられた時計の針がもう少しで十二時の場所に重なる。

 それはイリスが掲示板で指定した時間だった。

 時計の針が、重なった。

 校舎から鐘の音が聞こえる。正午を伝える音色が校庭中に響いた。

 冒険者が多数集まる中の一人が、腰にあるレイピアを抜く。真上から指す太陽の光によって、紅金色の美しい刃が輝いた。


「――皆、今日は私が新しくリーダーを務めるパーティーの選抜試験に来てくれてありがとう! まさかこんなに集まってくれるとは思わなかったわ」


 フードを外した姿で現れたのは、当然のようにその場で最も存在感を放つ冒険者であるイリスだった。

 彼女は剣と同じ色の髪をたなびかせながら黒いローブを投げてから冒険者の間をゆっくりと歩くと、全ての冒険者が示し合わせたかのように道を開けた。

 そもそもレイピアを抜いている彼女の道を遮ろうとも思わない。

 現在、学園に所属する冒険者の中で、最も強い冒険者の一人なのだから。


「綺麗――」


 ふとナダが隣を見ると、アメイシャがイリスをきらきらとした目で見つめている。

 きっと彼女にとって、イリスは憧れの先輩なのだろう。まるでアイドルでも見るようにアメイシャは心酔した表情をしていた。

 確かにイリスには魅力があった。

 光り輝く宝石のように煌びやかで、見る者全てをうっとりとさせるような輝きが彼女にはあるかのようだった。女性として魅力的なスタイル。美の化身の生き写しのような美貌。人ごみにいてもよく通る声。例え冒険者のようなどぶ臭い恰好をしていたところで、彼女という宝石はくすんだりしない。

 どんな格好をしていてもイリスはイリスだ。

 例え宝石がごみだめに落ちたとしても、その圧倒的な輝きによってすぐに見つかるように。


「……凄い人気だな」


 ナダはイリスを見ずに、周りの冒険者を見ながら言った。

 アメイシャと同じような目をしている学生たちは多い。特に二年生、一年生になるほど同じ目を向けている。僅かに微笑むイリスの持つ輝きに、陶酔しているかのようだった。

 だが、ナダはそれも仕方ないのだろうと思った。

 イリスは、決して顔だけで有名になったわけではなく、スカーレット家という国内でも有数の大貴族の親の七光りによって名が売れたわけではない。

 全ては彼女の才覚と、実力だ。

 ギフトとアビリティのどちらをも持っているという才能。それを扱いこなせる実力。決して生半可な努力では身に着かない剣技。迷宮についての深い知識。冒険者として必要なものを全て持っている。

 だからまだ最高学年ではない五年生とはいえ、既に最強の一角に名を連ねている。


「うんうん。皆、いい目をしているわね。私はね、あなたたちの実力が見られるのがとても楽しみよ! いい? 今回は是非とも全力を出し切って頂戴。そしてそれが私も羨むような実力だったら、一緒に“冒険”をしましょう」


 イリスは冒険者に囲まれた中で、大きな手を広げて演説するように言った。その姿はこなれていた。彼女の生まれ育った環境からだろうか。まるで人の上に立つことが決められた人物かのように優雅に喋っている。

 その証拠に、誰もが固唾を飲んでイリスの言葉を待っている。


「つまらないただ作業のような冒険を、辛くて挫けそうなそうな冒険を、甘く蕩けるような冒険を、様々な冒険を一緒に楽しみましょう! もちろん私が率いるからには、絶対に冒険者として大成させるわ! 入ったからには絶対に後悔はさせない! だから、頑張って! 私はあなたたちの事を期待しているわ!」


 最後の言葉の時、ナダはイリスが自分を見たような気がした。

 それは「期待している」と言った甘い言葉ではなく、含みを持たせたように口角を少しだけ上げて笑うのだ。イリスは一言も喋っていなかったが、ナダは彼女のいう事が分かるような気がした。


「――久しぶりに実力を見てあげるわ。つまらない冒険をしたら許さないから」


 それは先ほどまでの英雄のような姿ではなく、暴君のような彼女の一言。冷徹であり、非情であり、自分の目的の為なら平気で他者を蹴落とすような彼女の一面。まるで先ほどまでの明るい姿と二重人格のように思えるが、どちらも持っているのがイリスだ。

 ナダはそんな挑発的な笑みに、中指を立てて返した。


「――知るかよ、そんなこと」


 いつもの冒険をするだけ。

 何も特別なことなどしない。

 自分に出来る事を精いっぱいやる、それだけだ、とナダは強く決意した。

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