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第四話 戦闘授業

「鎧をつけるのか?」


 侮蔑する教師の声。

 蔑んだ目線に慣れているが、どうにも腹の中に積もるものがある。


「怪我をすると危ないだろう。先生はしないのか?」


 ナダは地面に雑に置かれた防具の中から自分の体に合う防具を探す。

 ひときわ体が大きいナダにとって、自分にあう防具を選びながら至極当然の事を言った。

 それからナダは鎧を丁寧につけている。胸当てや胴を守る鎧をしっかりとつけ、籠手の緒は決してほどけないように縛る。兜も被り足甲もつけてから立ち上がり、体の動かし方を確認する。授業用の鎧を付けるのは久しぶりだった。

 以前まで使っていた防具と比べると重たいように考えるが、授業で使う防具は安く防御力は強い素材でできている。だから迷宮に潜る専用の防具と比べると、重たいのは仕方がない。


「必要ない。きっと、ナダの攻撃は当たらないからな――」


 教官は自信満々に言う。


「すげえ」


「先生はやっぱり強いんだ!」


「熟練の冒険者だもんな」


 そんな教官の様子を一年生たちが輝いた目で見る。

 ナダはずっと冷めた目で見つめている。

 何故、自分がピエロにならなければならないのか、その理由が分からない。どうにもこうにも腹に積もるものがある。


「先生、それでも防具はつけて欲しい。流石の俺も生身相手に全力で木刀を振れない。戦う意味がない――」


 ナダは一向に防具を付ける気のない教官に向かって、強めに言った。

 これは安全のためだ。

 そもそも学園の模擬戦闘訓練、並びに組手などにおいて防具を付けることが義務付けられている。怪我をしないように、だ。鎧を着ていても事故はあるので、校則には例えどんな理由があろうとも剣を持つときには防具を着るべし、との一文が書かれてある。

 さらに晴れて一年生になった時に別の教官から口を酸っぱく教えられるのだ。

 ナダの再三にわたる要求に教官は不機嫌そうに舌打ちをした。


「負けた時にオレが防具をつけていないから、と言い訳をされたら困る。オレは教官として、ナダ、三年生になるお前にも未熟な点を教えなくてはいけないからな」


 大人としての余裕を見せる教官だが、口調は明らかに苛立っており、手つきも雑だった。

 ナダはそんな教官の様子を見ながら、ずっと冷たい目をしていた。気を抜けば教官に舌打ちをしてしまいそうで。

只でさえ心証が悪いのにこれ以上機嫌を悪くされ、単位がもらえなくなったら困ると思ったナダは、小さな堪忍袋で必死に耐えていた。


それから時間がナダよりもかかった状態で、教官は防具を付け終えた。

時間がかかったのは腹が出ている教官に会う防具がなく、一年生に命令し倉庫まで取りに行かせていたからだ。また現役時代から遠く離れていることもあって、手つきがナダよりも遅い。

だが、それでも金属の鎧を着た教官は様になっていた。

体を少し動かして、鎧を付けた状態での可動範囲を確かめる。普段の状態よりも動きにくいはずなのに、その木刀の振りは鋭い。教師が持っているのは普通の木刀だった。長さは70センチほど。もしもそれを金属の剣にしたのならブロードソードと言う名前になるだろうか。


「それで、先生、本当に戦うのか?」


 準備の出来た教官を前にして、ナダはもう一度確認する。

 できれば戦いたくない。

 戦う理由がない。

 そもそもナダは模擬試合をしたいとはあまり思わない。確かに対人戦闘の役立つモンスターもいるが、深く潜れば潜るほど、人を相手にしているように戦っていては通じなくなる。

 だからナダは人の身では抗うのも難しいモンスターに勝つために、必死に木刀を振って剣が少しでも鋭く、少しでも重くなるように頑張っていたのだ。

 それにナダは怪我もしたくなかった。

 貯金もあまりない状態で怪我をしたら迷宮に潜れなくなる。さらにイリスから誘われたパーティーに入る時に怪我をしている場合ではない。きっと彼女なら「練習の時に怪我をする冒険者は二流、そんな人は私のパーティーにいらない――」と言い出すかも知れない。

 基本的にイリスは優しいが、冒険に対してはシビアである。

 情は挟まず、公私混同をしない。

 ナダは様々なリスクを考えると、やっぱりこの戦いには意味がない。


「何を言っているんだ? そもそも光栄に思いたまえ。今ではすっかりと老いてしまったが、私は優れた冒険者だ。そんな冒険者と戦えるんだ。胸を借りるつもりで精いっぱい頑張ればいいだろう?」


「……」


「それにナダ、たまには役に立ちたまえ。後輩の見本になる。これも冒険者としての誉れだろう?」


「……」


 ナダは一言も発さない。

 どうしようもない諦観のみが体を支配する。

 やる気が出ない。


「さあ、始めよう。かかってきたまえ」


 教官は口元を緩めながら木刀を持っていないほうの手でナダを挑発した。

 馬鹿にされているのは分かる。

そもそも教官の態度が変わったのは二年生の時だった。

まだアビリティが目覚めていないのか、という呆れた目で見られるのだ。三年生の時にはそれが侮蔑に変わった。下に見られているのが分かる。

 だが、ナダにはどうにもすることが出来ない。

 アビリティを持っていないことは事実で、ギフトも目覚めていない。強敵と戦っている最中に目覚めることもあるらしいが、その期待は薄い。

 もしもアビリティが目覚めるのなら喜んで戦うのに。


「じゃあ、行くぜ――」


 ナダはため息を吐いてから、正眼に構えた。

 長い木刀を。

 それはロングソードと呼ぶに相応しいだろう。

 ただ、普通のロングソードよりも刀身が長く一メートルほどもある。また太く、重たい木刀だった。

 普通に考えて戦う木刀ではなく、練習用の木刀だ。

 だが、ナダは得物を変えるつもりはなかった。もう変えるのすら面倒だった。


「胸を借りるつもりで精いっぱい頑張りたまえ――」


 教官は構えすらしなかった。

 その理由がナダにはよく分かっている。

 アビリティがないというだけで、ギフトがないというだけで、下に見られているのだ。腹の中につもるものがある。重たい石のようにごろごろとたまって、自分を重たくするような。どうしようもないものが溜まる。

 だが、ナダは息を深く吐いて、精神を落ち着かせる。

 にやつく教官は構えを変えようともしない。

 ナダはそんな教官に小細工も何もせずに、単純に近づいて振り下ろした。ただの袈裟切りだ。だが、ナダの優れた体格と重すぎる木刀から放たれる斬撃は、一年生が放つそれの非ではない。

 咄嗟に教官が両手で剣を握って、それをまともに受け止める。膝でクッションを作り、ナダの攻撃を受け止めたのだ。

 ナダは全力ではないとはいえ、一年生たちならきっと受け止められない一撃。それを受け止めるのだから教官も“昔”は優れた冒険者だったのだろう、とナダは自覚した。

 ナダは全力では振るわなかった。

振るえないからだ。

 自分を鍛える為に最近変えた重たい木刀。その木刀にナダ自身まだ慣れていない。少しでも強くなるために最近行った努力だった。


「しっ――」


 ナダは木刀を右から左に振るい、左から右に振るう。

 持っている木刀が大きすぎて、普段使っている長剣と扱いが違うのだ。振り上げなど使えるわけがなく、一振りするだけで腕が吊りそうなほど木刀が重たい。人相手にまともに振るえるわけなどなく、振り下ろし、薙ぎ払いぐらいしかできない。切り上げなどは先が地面に引っかかるし、何より重量を利用しない木刀の振りは遅く、捌かれやすい。

 ナダの一撃一撃は、どれも必殺だった。

 教官は冷や汗をかきながらも、それを一つ一つ捌いていく。ナダの一撃は確かに重たいが、どの振りも単純で、しっかりと筋力を固めれば受けきれないものではなかった。

 ナダは一方的に攻めているが、その理由は簡単だった。

 攻撃を受けて、ケガをすると嫌だった。

 だからどこかで妥協点を見つけようと思っている。


「皆さん、これが戦いというものです。モンスターを相手にする冒険者は常に冷静沈着でいなくてはならない。そもそもほぼすべてのモンスターが、君たちよりも身体能力が上だと思っていい!」


 俺はモンスターかよ、とナダは小さくつぶやいたが、その声は誰にも聞こえなかった。

 一年生たちが行うおままごととは違い、ナダと教官は形とはいえ戦闘だった。どちらも迷宮で長く過ごしている戦士だ。

 この程度の攻撃は出来る。

 その姿に学生たちは歓声を上げたり、息をとめて戦いを見守っている。その目はうぶすぎるほどキラキラする者が多い。

 そして、戦いの果てに先にナダの息が切れた。

 重たい木刀をずっと振り回しているからだ。

 振りが少し遅くなる。

 教師がそこを付け狙い、ナダの籠手をついた。

 その時、教師が勝ちを確信して嗤っていたが、同じ時にナダもふっと表情を緩ました。

 ナダは咄嗟に教官の木刀が当たる前に得物を手放し、後ろに引く。

 宙に浮いた木刀に、教官の木刀が当たった。

 甲高い音が鳴る。

 ナダの木刀が弾かれて宙に舞った。


「うぉぉおおおおお!!」


「すげえ!」


「教官!」


 ナダの木刀が地面に落ちて、からんからんと鳴った時に皆が教官の勝ちだと分かった。

 ナダに勝った教官は誇らしげに言った。


「どうだ? これが戦いというものだ。本来迷宮の中ならこんな戦いにアビリティやギフトが加わる。もっと戦いに幅が生まれるぞ」


 一年生たちは勝った教官の周りに集まっていた。

 そして熱く語る教官にきらきらとした目を向けて、うんうんと頷きながら聞いていた。

 ナダはその間に重たい木刀を拾い、一年生たちに囲まれてにやついている教官を見て舌打ちをした。

 もう授業は終わっている。

 ここには単位しか用がない。一年生とは違って、ナダには教官から習うことなどもう殆どないだろう。そもそもあんな目を向けてくる教官を信じてなどいない。

 ナダは次の授業に出るため、グラウンドを去った。

 グラウンドの中心では、今も一年生たちと教官が楽し気に話している。

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