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最終話 ミラⅦ

「来たのはイリスさんだけではありませんわよ」


 ナダの助けに現れたのは、イリスだけではなかった。

 大きな氷のかべでナダを守ったニレナもいる。彼女は多少の汗をかいているが、一度も太陽からダメージを追っておらず万全の状態だった。

 またそんなニレナの他にも二人の冒険者がいた。


「随分とぼろぼろじゃあないか。それでも生きているようだね――」 


 一人は――レアオンだった。

 彼は薄ら嗤いながら白銀の直剣を抜いている。だが、その余裕そうな表情に反して、服装はぼろぼろだった。白いコートが赤い血と黒い土によって汚れている。きっと多数のモンスターと戦ったのだろう。


「……随分と散々な姿だ。だが、生きているとは運がいい――」


 最後にここに辿り着いたのは、シズネという名前の女性だ。

 長い黒髪をポニーテールに纏めている。表情はよくみえない。口元を黒い布で覆っている。また全身も黒装束で纏めており、手甲、足甲などの防具と少しだけ開いている胸元からは鎖帷子が少しだけ見えた。

 また胸元や太ももには小さなポーチがついており、そこには苦無くないや手裏剣と呼ばれる東洋の投げナイフが入っており、ナダの持っている大太刀とよく似た直刀を背中にさしていた。


「運がいいね、よく言うぜ。勘違いするな。俺だから耐えられたんだ――」


 戦えた、とはナダは言わなかった。

 相手の攻撃をいなしていたとも言い難い。ただ長い時間、彼らが来るのを耐えただけだ。あともう少しで死んでいたかもしれない命だ。


「ナダさん、あの二人は他の冒険者に任せましたわ。そこで彼らと合流したのです。そして付いて来られる者だけ、ここに辿り着きましたわ」


 どうやら彼らが他に組んでいた冒険者は、彼らの迷宮を移動するスピードに付いて来られなかったようだ。

 モンスターがはびこる迷宮内で、モンスターを倒しながらここに辿り着いたのだろう。イリス、ニレナ、シズネの三人は服装に傷一つないので、ここの迷宮を突破するのは簡単だったのだろうが、きっとレアオンは必死に食らいついたのだろう。彼の服装がそれを物語っている。


「で、ナダ、どうするの? 私たちはあんたを助けに来たのもあるけど、あいつを倒しに来た。あんたは、そこで寝とく?」


 挑発するようなイリスの声。

 彼女の事だ。きっとここで寝ていてもあのモンスターは倒すのだろうと思う。そう確信している。

 だが、ここまで戦って寝て終わると言うのも癪だった。


「誰が、寝て終わるって? 戦うに決まっているだろうが――」


 ナダは必死になって立ち上がる。

 全身は大火傷だ。防具もない。ククリナイフも失った。

 だが、それでもまだ“牙”は残っている。

 ナダは必死になって立ちながら、背中にある大太刀を抜いた。先ほどの戦いでは抜く暇がなかった大太刀だ。それは未だ折れずに、燃えずに、依然として変わらずにナダの背中にあったものだ。

 鞘の中から美しい刃が現れる。

 それはイリスが持っているレイピアとそう輝きは変わりはしない。


「――使えるの、それ?」


 シズネが冷たい声で言った。


「関係ねえよ。使うんだよ」


 ナダは火傷が酷い両手で大太刀を握った。

 苦痛に顔を歪めていると、ニレナが深いため息をつきながらナダの体を氷で冷やす。火傷の痛みがすっと引いた。


「分かっているとは思いますが、これは治療ではありません。ただ痛みを痺れさせたただけです」


「ああ、分かっているよ――」


 それでも苦痛もなく、大太刀を握れるとすれば、それだけで十分だった。


「さ、あいつもそろそろ来るわよ。作戦はないわ。皆、“冒険者らしく”協力して戦うわよ――」


 イリスの言葉に従うように、他の四人は頷いた。

 その時、ニレナの築いた氷の壁にみしみしときしむ音が鳴る。氷の壁に阻まれた太陽が、巨大な炎を出して、氷の壁を破壊しようとしているのだ。

 そして――その時が訪れた。

 氷の壁が溶かされ、脆くなり、大きな氷の塊となって崩れる。その先にいる太陽は、氷の塊の中で赤く輝く。まるでそれは青空に浮かぶ太陽のごとく猛々しい輝きであり、後ろに回した腕がジェットのような噴出となって、ナダ達の前に現れた。


「来たわね!」


 その太陽の前に出たのは、他の誰でもなくイリスだった。

 彼女は早すぎる太陽のスピードに追い付いていた。太陽が右手をイリスに振りかぶった。イリスはそれを横に避ける。裂けた右手から爆発したように炎が広がった。多少の炎がイリスに当たるが、そんな中でも彼女の笑みは変わらずにレイピアを突き立てた。

 簡単に太陽の体に刺さる。

 すぐに太陽の体にまとっている炎が膨れあがるのを見て、後ろに大きく下がると太陽は大きな炎によって爆発した。

 それから元の姿に太陽は戻るが、先ほどイリスがレイピアによって開けた穴は見当たらない。


「……ダメージはないようね。この程度の攻撃は駄目ね」


 それからも多数の炎がイリスを襲うが、どれも彼女にとっては大味だった。どれも簡単に避けていく。

 そんな滅多打ちの太陽に対して、左後ろ、最も警戒が薄い場所から地を這うようにレアオンが動いていた。太陽の左足。アキレス腱を狙って切りつける。血が飛び出て、それがレアオンの顔に当たる。

 すぐに太陽の左足から炎が膨れ上がる。


「はあ、まだまだ青いですわね」


 それがレアオンを狙っているのが分かっているからこそ、ニレナは自身から広がる氷を槍のように伸ばして太陽の左足を狙った。すぐに太陽は左足の炎の方向を変えて、逃げる事に使った。後ろに大きく飛んだのだ。


「……私のアビリティは駄目ね。あいつは光が強すぎる」


 そんな一方で、シズネは自身のアビリティを使えずにいた。

 太陽が生み出す炎が満ちるこの戦場は、彼女にとって相性が悪い。

 彼女のアビリティは、影を生み出す事だ。太陽の生み出す光が、彼女から多くの影を奪っていた。だから彼女は自身の小さい影をちろちろと操ることしか出来ない。

 だが、彼女は優秀な冒険者だった。

 そんな状況においても、冷静さを失うことはなく、太陽と一定の距離を保ちながら手裏剣、苦無などを投げていく。太陽はそのうちの殆どを避けていたが、段々と避けられなくなっていく。

 ニレナの氷が襲うからだ。

 それだけではない。

 太陽の意識がシズネの飛び道具やニレナの氷のギフトに意識されると、その隙を狙ってイリスのレイピアが刺さり、太陽の意識がイリスに向かう。

 それからはずっと、イリスは常に太陽の正面に立ち続けた。太陽の視線を奪うためだ。自身の攻撃は通用しない。それは分かっている。それでもイリスは太陽の正面に立ち、炎を避けて、相手にレイピアを突き続けた。確かにダメージはあまりなかった。すぐに傷は焼かれ、血はすぐに流れなくなる。

 だが、一回の突きが通じなくても、二回なら、三回なら、もっと多くの攻撃ならいつか太陽が力尽きるかも知れない。そういう考えもイリスの中にはあるが、相手の注目を奪うのには理由がある。

 イリスが目線を奪う事によって、“他の仲間”が輝くからだ。

 レアオンはずっと相手の隙を狙っている。きっと周辺視野が高いのだろう。太陽の目線から常に己の体を外して、相手へと剣を突き立てる。ダメージはあまりない。だが、イリスと同様に確かにダメージは与えていた。

 シズネの手裏剣も徐々に徐々に当たってきている。ニレナの氷が当たるのと同様に。

 太陽の動きが徐々に鈍ってきている。

 そんな中――ナダは未だに動けずにいた。

 自身の体の状態がよく分かっているからだ。

 痛みは引いたとはいえ、そんなに動ける時間は長くない。大太刀を構えて、遠くから太陽を睨んでいるだけだ。


「――あなたは動きませんの?」


 そんなナダを見て、ニレナが挑発するように言った。


「俺が動けるのはどう頑張っても、あと一回ぐらいだ。それであいつを殺す。その為の隙を俺は探しているんだよ――」


「へえ、いい心がけですわね。確かにあなたの剣なら――」


 ニレナはナダの長すぎる剣を見た。

 確かに――その刃なら太陽の命に届くかもしれないと。


「なるほど――」


 そんなナダとニレナの会話を、イリスは当然のように聞いていた。それに応えるようにイリスはレイピアを突きつける方向を変えた。これまでは太陽を殺そうと正中線からなる弱点に近い部分が多かったのに対して、少しずつそれが外側へ動き、腕や足など体の先端へと、相手の動きを阻害する方に変わっていく。


「……ちっ、仕方ない」


 レアオンもそんなイリスの動きを感じてか、大太刀を上段に掲げるナダへと視線を向けて舌打ちをしてからイリスと同じように太陽の動きを阻害する方向に剣が変わっていった。攻撃力ではなく、手数を。イリスに集まる注目を、自分にも向けて複雑な動きで太陽を翻弄していく。


「あんたの名前を私は知らないけど、決めなければ殺すから――」


 これまで苦無や手裏剣などを距離を取って投げていたシズネが、ナダの耳元まで近づいて氷のように冷たい声で言う。


「決めるさ。必ずな――」


「いい返事――」


 ナダの返事が聞けると、シズネは遠距離で放っていた苦無や手裏剣を中距離にかえて、イリスやレアオンと同じく太陽の動きを翻弄する方に移動した。


「どいつも、こいつも――」


 ナダはそんなアシスタントを受けて、口角を少しだけ上げてから上段に構えたまま真っすぐ太陽に向かって走り出した。

 太陽の注意はナダへと向いていない。

 だからナダは太陽に近づいて、全力で大太刀を振るうだけだ。


「くそっ、この戦いはくれてやる――」


 そんなナダの動きを最初に感じたのは、レアオンだった。

 彼の攻撃が変わる。これまで先端だけを切りつけた動きから、太陽の攻撃を避けて足の甲を地面まで突き刺した。その瞬間、レアオンの体を大きな炎が襲う。それでもレアオンは必死に太陽の足を差し続ける。足止めの為だ。


「いいわね、それ――」


 そんな動きを見て、イリスも同じ動きをした。

 レイピアを太陽の足元に突き刺す。レアオンとは逆の足だ。だが、彼女は太陽の炎が自分に向けられると、すぐにレイピアを捨ててその場から離れる。そして炎が止まってから今度は足で踏むようにしてレイピアをより深く突き刺した。


「決めなさい――」


 ニレナは氷の槍で突き刺して太陽の動きを止めようとするが、太陽は自身の命を狙う氷の槍を溶かすことを最優先する。

 ナダはそんな太陽へ近づいた。


「終わりだ!」


 そして――ナダは大太刀で、太陽を切りつけた。

 上から下へ、単純な一撃。

 だが、ナダの渾身の一撃。

太陽は刃を溶かそうとするが、純度の高い熱はその程度では溶かされたりなどしない。大太刀の長く分厚い刃は、太陽を真っ二つに両断する。

それだけで太陽の炎は、止んだ。

それと同時にナダは前のめりに倒れ、炎にあぶられているレアオンももう耐えられなくなったのか同じように地面へと倒れた。二人とももう意識を手放しているだろう。

そんな二人を見ながらイリスは笑いながらニレナとシズネに言った。


「ねえ、いいと思わない?」


「何がですの?」


「この五人でパーティー。あの二人は未熟だけど、鍛えればきっといい冒険者になる。どうかしら?」


「本気?」


「ええ。初陣としてはいできでしょ? “弱い”とはいえ、強いモンスターを倒せた。私はいいと思うわ。決めたわ。私のパーティーメンバー。私、ニレナ、シズネ、レアオン、ナダ、これでアギヤを組む。文句は言わせない。いいわね?」


 イリスの言葉に不肖ながらもニレナとシズネは頷いた。二人ともイリスと付き合いが長いので、彼女が一度決めた事は突き通すことを知っているからだ。

 こうして、イリスが作るアギヤのパーティーメンバーが決まる。

 後にラルヴァ学園において、数ある歴史の中でも類まれな成績を誇るパーティー。そのパーティーメンバーが決まった瞬間だった。

 こうして、ナダはアギヤに所属することになる。優秀な三人の冒険者に磨かれながら、冒険者と成長することになるのだ。

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