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第四十二話 ミラⅥ

 モンスターの中には“はぐれ”と呼ばれるものがいる。

 通常、モンスターは迷宮においてどこの場所に何が出現するか、ある程度決まっている。冒険者はその情報を共有し、冒険を円滑に進めるのだ。

 だが、モンスターの中にはそういったものとは外れたものがいる。

 通常のモンスターが得られない特殊な力を持ったもの、またあるいは通常の個体より著しく変化したもの、また本来なら深層にしか存在しないモンスターが浅層に現れたものなどいろいろなはぐれが存在するが、冒険者の共通認識として、そういった個体は他のモンスターと比べて“強い”と言われている。


 ミラに置いて、現在確認されている “はぐれ”は何種類かあるが、その中でも最も特殊な個体とされているモンスターがいた。

 名前はないが、そのモンスターと出会った者達は彼の事をこういう

 ――太陽ソルと。

 太陽のようなモンスターと呼ばれる。

 人のように四肢を持つモンスターだ。だが、人から並外れた

 そのモンスターは四人を狙って爆発したあと、すぐに爆発と伴って飛んで、山の大きな雄たけびと共に吠えている。その声は地上の動物とも全く違い、まるで骨を叩き割るような音を、喉の奥から絞り出しているような。

 それはミラの迷宮中に響き渡った。

 だが、すぐにその声は止まる。

 先ほど襲った四人の中から立つ人影が“二つ”もあったからだ。


「はあはあ、何とか致命傷は避けましたけど、何と言う威力ですか――」


 ニレナも息を切らしながら言う。

 彼女の法衣はぼろぼろだった。特にギフトを発動させる為に前にだした右腕は服が全て燃えていた。まだ体のあちこちも燃えて、ところどころ肌があらわになっている。


「何なのよ、一体、これは――」


 もう一人立っていたのはアメイシャだった。

 彼女は火のギフトを持っているので、火の耐性が他の冒険者よりも特段高い。だからただの炎であれば、ダメージを食らう事はあまりない。だが、あくまで彼女も火の耐性があるのは彼女の体自身だ。服にそこまでの耐性はなく、ほとんどのローブが灰になって、素肌があらわになっていた。

 倒れているのはナダとガルカの二人だった。

 二人はギフトを持たず、またアビリティも自身を守る物ではない。だからまともに太陽の攻撃を浴びてしまった。爆発に伴う衝撃と熱風は、二人を倒れさすまでに凄まじかった。

 だが、その攻撃を予測していたナダと、全く気付いていなかったガルカでは意識が違う。

 ナダの指が微かに動く。

 ナダはその攻撃を避けたり、防ぐことはできなかったが、もモンスターの攻撃を耐えると言う覚悟を決める少しの猶予がナダにはあった。だから鍛えた冒険者であるガルカであっても、一撃で“のす”攻撃を受けても立ち上がることが出来た。


「……ちっ、くそ! なんだ、あいつは――」


 既にコートはぼろぼろで満身創痍であるナダだが、膝に手をつきながら必死に立ち上がる。寝ていてはモンスターの攻撃の的になるだけだ。

 死にたくない。

 その感情のみがナダを支配していた。だから腰にあるククリナイフを抜くことも出来た。


「――で、どうしますの?」


 ニレナが立ち上がった二人に向かって言った。


「あ、撤退の一手じゃねえのか? あいつから逃げられるんならな」


 ナダは山の上にいる太陽を見据えながら言った。

 そのモンスターはまるで穴が開いたような眼窩をナダ達に向けている。その表情がナダには不満げのように見えた。

 思わず右手で持つククリナイフに力が入る。

 だが、ナダは太陽から目を離さずとも、少しずつ後ろへ下がっている。


「何を言っているの? あいつは私たちを逃がす気はないのよ。あいつを狩るしか勝つ方法はないわ――」


 そんなナダの隣にいるアメイシャは彼よりも前に出て、勇猛果敢にも薄ら笑いを浮かべながら言った。

 両手には特大の炎の弾を生み出している。

 そして前に出て、太陽に向かって二つの炎の弾を投げつけた。


「あの、馬鹿!」


「まったく、若いというのは無鉄砲で向こう見ずですわね――」


 そんなアメイシャにナダは悪態をつき、ニレナは大きなため息を吐いた。


「ニレナさん、ここは任せるぞ。アメイシャを連れて帰る」


「……そうですわね。流石にガルカさんを一人でここにいさすわけにはいけませんわ。まあ、最も、こちらから行く気はあまり意味がないと思いますが」


 ニレナの言う通り、太陽自身がこちらに向かってくる。

 両手を後ろに回し、炎を噴出する。それによって推進力を得て、空中でも動くことが出来た。太陽は空中に浮き、炎を噴出しながらアメイシャに襲い掛かる。


「いけっ! いけっ!」


 アメイシャはそんな太陽に向かって、炎を出す。先ほどの特大の炎の龍から、小さな火の玉まで持てるギフトを総動員して太陽に攻撃するが、太陽から悲鳴が上がることはなく、その勢いが止まることもない。


「なんでっ! どうしてっ!」


 アメイシャは目に涙を浮かべながら言った。

 だが、空中でもう一度腕を爆発させて太陽は加速しながらアメイシャに降り注いだ。


「私の……炎が……!?」


 アメイシャは自分の攻撃が通じないと思ったのか、迫りくる太陽に対してすぐに防護壁として、ドーム状の炎の壁を築いた。

 だが、太陽の動きは変わらない。

 空中でさらに加速する。右腕を大きく振り上げて、全力でアメイシャが築いた壁へと正面から突っ込んだ。

 太陽は轟音と共にアメイシャの壁を――破壊した。


「――ああ、もうっ!」


あたりに炎が散る。全て太陽が破壊したアメイシャの炎だった。それはあたりに飛び散って、やがて霧散する。

 そんな炎を受けて肌が焼けながらも、ナダはアメイシャと太陽の元に急ぎ、彼女の腹の上に足を置いて右腕を振り下ろそうとしている太陽に向けてククリナイフを振るう。すぐに太陽はアメイシャから飛びのいた。

 ナダはアメイシャの前に立ち、ククリナイフを構える。そして太陽を山の中腹でこちらを伺っている太陽を睨んでいると、後ろから氷の槍が太陽に飛んだ。太陽はまた大きく距離を取った。


「大丈夫ですの?」


 焦るニレナの声。彼女はアメイシャの事を心配していた。近くには倒れているガルカがいるため動けないのだ。

 ニレナの声に従い、ナダは一瞬だけ太陽から目を離し、アメイシャに目をやった。


「なんで、どうして、私のギフトが、どうして……」


 アメイシャはへこんだ地面に横たわっていた。

 意識はある。目も見開いている。服はぼろぼろだが、どうやら炎による火傷はほとんど見受けられず、体のあちこちが青くなっているだけだ。きっと彼女が受けたダメージは衝撃だけなのだろう。おそらく彼女の手も動くようだが、涙を浮かべながら必死に呻いている。

 アメイシャは既に動く気がなかった。もしかしたら動けないのかも知れないが、その場から移動する気はなく、顔をくしゃくしゃにして泣いているだけだ。

 ナダはそんなアメイシャに腹が立った。


「ああ、もう! めんどくせえ! さっさと立ち上がれっ!」


 ナダは迫りくる太陽になけなしの抵抗とばかりにククリナイフを振るうと、太陽はその刃を恐れたのか、動きを大きく変えて後ろへと大きく下がった。

 どうやら火を無効化するモンスターであっても、金属で造られた剣は恐ろしいらしい。


「無理よ……意味がないわ……だって、あいつに、私のギフトは通用しないもの……」


 アメイシャは腕で目を覆いながら泣いている。

 ナダはそんなアメイシャを見て、やはり腹が立った。勝てないのなら早く逃げればいいのに、そんな大口が叩けるのならこの場から一刻も早く離れてほしかった。

 だが、アメイシャに動く様子はない。どうやら心が折れてしまったらしい。口から漏れるのは弱音ばかりだ。

 ナダにそんな彼女をすぐに立ち直らせる方法はなかった。太陽から目を離さずにアメイシャの襟元を掴んで、ニレナの元まで全力で投げた。

 そして、ニレナに向かって叫んだ。


「ガルカとアメイシャを連れて逃げろ! こいつは俺が押さえる!」


「そんな本気ですの!?」


 ニレナも驚いた表情でいうが、ナダに引く気はない。


「氷のギフトのあんたが、このモンスターの足止めは無理だ! だからと言って、ただ逃げてもこいつに追いつかれる。だからさっさとそいつらを安全圏まで連れて、誰か呼んで、俺を助けてくれ!」


 ただ逃げても死ぬだけだ。

 ナダはそれをよく知っている。モンスターは背中を見せる冒険者がない。きっと自分の方が強いと判断するからだろう。どんな状況においても、背中を向けて逃げ出すのは愚の骨頂だ。それで死んだ冒険者も見た事がある。

 だからと言って、この場をニレナに任せて逃げる気もなかった。先輩だから彼女は引き受けるだろうが、氷のギフトは炎の獣には効果が薄い。の抵抗はできるが、すぐに殺されると思う。それは寝覚めが悪い。だからこの場の最善は、自分があの獣を引き受ける事だと思った。

 だからナダはククリナイフを強く握って、相手を迎え撃つだけだ。


「…………分かりましたわ。それではご武運を。すぐに戻りますわ」


 ニレナはナダの選択が最善な事を分かったからその案を飲んで、すぐにアメイシャとガルカを抱えてこの場から去った。足元に氷を生み出して、滑りながら行ったのでもしかしたら生きている間にニレナが助けに来るかも知れない。ナダはそんな淡い希望を抱えながら太陽を迎え撃った。



 ◆◆◆



 太陽とナダの戦いは一方的なものだった。

 太陽はナダの武器が恐ろしいのか、決して近づくことはなかった。繰り出したのは無数の炎だった。

 それを自分の周りに生み出して、ナダ目がけて幾つも放つ。それは地面に当たると爆発し、例え避けたとしても、飛び散った地面がナダの体力を削る。ナダはコートが焼け切れており、防具は殆どないに等しい。上半身に至っては胸が見えているほどだ。

 一撃でも食らったら死ぬからこそ、ナダは全力でその炎を避け続ける。

 息を落ち着く暇もない。炎の弾の熱風がナダの肌を焦がす。あとどれだけ耐えられるかは分からない。

 ナダが肩で息をし始めた頃に、太陽の動きが変わった。体勢が低くなる。腕を後ろに回した。あの姿勢は先ほどから何度か見た攻撃態勢だった。

 来る、とナダが思った瞬間には、太陽は目の前に迫っていた。太陽の足が振るわれる、ナダはスウェーで避けた。避けたとしても、鼻先に炎がちらつく。熱かったが、その程度で叫んでいる余裕はない。太陽は手から勢いよく炎を出して、自らの方向を変えた。今度は足を上から振り落とす。ナダはそれもククリナイフで防いだ。


 それからも曲芸のような太陽の行動が続く。

 地面に足をつかずにナダへの連撃。手から噴出する炎で体の向きを変えて、蹴り、かかと落とし、また時には右手や左腕でナダを殴るようなフェイントを入れていく。その手数はナダの攻撃以上であり、その全てを避ける事など出来ない。

 ナダは生身で炎にまとった手刀を左手で受け止め、相手の蹴りを腹で止めた。

 肌が灼ける。

 痛みで頭が飛びそうだ。

 それでもナダは耐えるしかない。

 確かに相手の攻撃は素早く強力だが、絶対的なまでの力の差を感じないことが僥倖だった。相手の攻撃で骨まで熔ける事はなく、どれだけ炎を噴出しても力負けをすることはない。

 また相手は空中で曲芸師のように回った。ハイキックだ。頭を狙っている。ナダは左腕を上げて、腰を下げて、絶叫しながら相手の攻撃を耐える。

 そのまま炎をまとう相手の足を掴んだ。手の平が灼ける。


「捕まえたぜ――」


 ナダは右手に持っているククリナイフを全力で相手に振るった。太陽の胸を浅く切り裂く。

 ナダは顔が緩みそうになるが、その程度の怪我では太陽は倒せない。裂けた胸元から溢れ出した血が炎で蒸発し、胸の傷もすぐに塞がった。

 ナダも左手で耐えきれなくなったのか、思わず相手の足から手を放してしまった。

 自分の攻撃が相手に通用しないという事で、体が痛みに耐えきれなくなったのだろう。

 そんなナダの隙を太陽は狙った。

 太陽がナダの右手首を掴む。ナダの右腕が炎に包まれた。


「ああああああああああああああああっ!!」


 思わずククリナイフを手放してしまったが、右腕を強く振り落として太陽を地面に激突させようとするが、それよりも前に太陽が手を離す。

一瞬、太陽の動きが止まった。

彼の炎がより一層、赤く輝いた。

ナダは異変を感じた。

急いでその場から離れる。

ナダの予感通り、太陽が膨れ上がり――爆発した。

ナダはその爆発に直撃は避けられたが、“余波のみ”で体が浮いた。地面に転がる。あまりの衝撃にすぐには立ち上がれない。ナダは地面に横たわったまま、太陽を見つめた。


「死んで……たまるかっ――」


 だが、口から漏れたのは只の威勢である。

 太陽がいた場所の地面は熔けて、少しだけ地面が抉れている。その場に立たまま、太陽は空に大きな火の玉を浮かべた。

 ――避けなければ。

 そう思うも、体は動かない。度重なる衝撃と、火傷によって、ナダの意思に反して体は動かなくなっていた。

 ――こんなところで死ぬのか。

 その考えが頭に浮かぶも、ナダは決してあきらめる事はなく、右手へと必死に力を入れてこの場から逃れようとしている。

 だが、無常にも体は動かない。

 太陽から炎が放たれた。

 ちりちりと肌が灼ける。

 ナダは迫りくる火の玉を睨んで、必死に歯を食い占めた。


 そして――ナダの前に大きな氷の壁が突如として現れた。


「楽しそうな事をしているじゃないの、ナダ――」


 火の玉と氷の壁が当たった衝撃音と共に聞きなれた女の声が耳に入った。


「遅えよ」


「これでも急いだのよ、ナダ――」


 氷の粒が散る中で、ナダの前に現れたのはイリスだった。

 彼女はレイピアを持ったまま楽しそうに太陽を見ている。

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