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第四十一話 ミラⅤ

 今にして思えば、ポディエは非常にスタンダードなダンジョンだった。ダンジョンと言う名にふさわしい岩に囲まれた壁や床。獣の姿をしたモンスター。火のギフトでも、雷のギフトでも平等に通じ、ありとあらゆる武器が敵への攻撃手段になる。

 だが、ミラは違う。

 まるで迷宮の外のような環境のミラでは、モンスター達は動物のように森の中に潜んでいる。冒険者を見つけたら愚直に襲ってくるポディエに比べて、ミラのモンスターは利口だ。冒険者の隙を狙い、前からだけではなく、右や左、はたまた後ろ、またモンスターによっては木の上から落ちるように狙ってくる。

 今、アメイシャを狙っているモンスターもそうだった。


「え、何? 何をするのよ!?」


 ナダは前にいるアメイシャの首の襟をつかんで、思いっきり引っ張った。

 アメイシャは抗議と共にナダへの力に抵抗するが、戦士であるナダのほうが力が強い。ナダによって簡単に動きが止められた。

 足が止まったアメイシャ。彼女が進もうとしていた場所に大きな物が落ちて来た。

 それは――蛇だった。

 二つの頭を持つ大きな蛇だ。胴体から首が二つに分かれており、大きな二つの口が頭上からアメイシャめがけて降り注いだのだ。

 ナダは既にククリナイフを抜いていた。背中にある大太刀は抜いていない。まだ満足に扱えないからだ。

 地面の上で双頭の蛇は動こうとするが、その前にナダがククリナイフを二度ほど振るって蛇の首を落とした。人を丸のみするほどの大きな蛇だが、ククリナイフのスピードの前では無防備だった。


「やりますわね――」


 その様子を振り返ってみていたニレナが言った。

 彼女はまだモンスター相手には、ギフトを使っていなかった。

 だが、もしも蛇が彼女を狙っていたとしても、またナダが双頭の蛇を倒せなかったとしても、彼女なら対処できただろう。ナダがアメイシャの首襟を引っ張った時には既にギフトを発動させており、彼女の右手はランスのような氷に包まれている。


「思った以上に厄介な迷宮だね。ポディエは洞窟で、ここは森か――」


 高い木々に囲まれた迷宮――ミラ。

 慣れていない迷宮探索に緊張しているのか、ガルカも既にシャムシールを抜いていた。


「思ったより、注意の範囲が広いな――」


「上から襲われる事はあまりないからね。その代わりにここは明るいね。随分と見やすい。ポディエは暗いから」


「そうだな」


 ガルカの意見にナダも同意する。

 周りに注意が必要な分、視界は開けている。空に輝く光がまるで太陽のように辺りを明るく照らすからだ。

 四人は森の中にいて、大きな木の陰により太陽の光は遮られているが、それでも辺りは十分見渡せる。遥か彼方には山があり、湖が、草原があり、ここは一種の箱庭の地上の様だった。


「ナダ、さっきはありがとう」


 地面に倒れていたアメイシャは、ナダの手をとって立ち上がった。


「いいさ、別に」


「でもこんなところで私のギフトを使うなら、気を付けないといけないわね」


 アメイシャのギフトは火だから、きっと木ばかりの現在の環境では使う事を己で制限しているのだろう。

 森が焼けて周りが火に包まれたら、いくらアメイシャでも制御はできない。それを危惧したのだ。


「……アメイシャさん、使っていいですわよ。あなたぐらいの炎なら、わたくしが止められますわ。むしろその破壊力はわたくしにはないもの。モンスターが現れれば、遠慮なく使ってくださいまし」


 ニレナが周りに氷の粒を生み出しながら言った。空中にきらきらと氷の粒子が舞う。まるで氷の世界にいるようだ。


「……ありがと」


「いえいえ、先輩として当然ですわ」

 

 だが、ニレナがギフトを生み出したのは、決してアメイシャに安心を与えるためのデモンストレーションではなかった。

 そこら中から獣の鳴き声が聞こえる。どれも地上にいる生物とは違い、身の毛がよだつもっと恐ろしい鳴き声だ。どんなモンスターかは分からないが、その数が一つや二つではないことは言うまでもない。


「来るぜ――」


「どうやら今の騒ぎでモンスターが集まったようだね」


「ええ、そうみたいね――」


「で、皆さん、全て蹂躙しますわよ」


 ニレナが言った。

 それからすぐに、モンスターが現れた。

 大型の熊のようなモンスターだ。それはナダがグランケアンで出会った熊と似たような大きさだ。だが、迷宮に現れるモンスターは地上の動物とは違い、より獰猛で、理性がない。

 その熊は恐ろしい雄たけびを上げながら四人に襲い掛かった。


「――火よ」


 だあ、その時には既にアメイシャは己のギフトの祝詞を唱えていた。

 いつものように一番得意なギフトを唱え、放つだけだ。


「それは誉れ高き炎である。何よりも大きく、力強く、それでいてあらゆる者共に畏れを。我は龍。誉れ高き王である。天と地をともに手に入れ、全てを焼き尽くす。我が魂に――」


アメイシャが放つは『焔龍の吐息クェアダ・シャマ』と呼ばれるギフトだ。



「無限の業を――」


 アメイシャがその祝詞を言い終えた。両手を伸ばす。右手は上に。左手は下に。するとあたかも龍のあぎとのようで、そこからどこまでも紅く煌めいた炎が熊を襲った。

 ぼん、とあっけなく、熊は爆発した。


「――すっげえな」


 思わずナダが感嘆の声を漏らすほど、アメイシャのギフトの破壊力は絶大だった。熊の形をしたモンスターを一撃で破壊した。地上では熊の毛を焦がすほどの威力しかなかったのに、迷宮だと簡単に倒せる。

 やはり、彼女のギフトは目を見張るほどの威力があった。

 彼女の隣で見ていたニレナはそんなアメイシャのギフトを見て、楽しそうに嗤っていた。


「凄い威力ですわね」


だが、ニレナも負けてはいない。

既に準備は整っている。

この場に集まったのは熊のようなモンスターだけではない。他のモンスターも集まっている。森の奥から囲むように現れたのは、オオカミの姿をしたモンスターだ。それが様々な方向から、飛び掛かってきた。

ニレナは小さく口を動かした。

それと共に、周りに浮かんだ氷の粒が大きくなり、それはまるで杭のように成長する。狼たちはニレナの生み出した氷の粒によって、突き刺された。狼たちは地面に叩きつけられた。


「さて、剣士の諸君、任せましたわよ――」


 ニレナの言葉と共に、ナダとガルカは動いた。

 ガルカのアビリティは端的に言えば、自信の力を上げるアビリティだ。戦闘においては戦い抜くのに、剣の技術が必要なのはナダと変わらない。

 だが、ガルカの用いる剣術は、冒険者達が一般的に用いるモンスター相手に磨かれた剣術――俗にラルヴァ流剣術と呼ばれるものとは大きく違っていた。

 ナダのククリナイフとは逆に、シャムシールはまるで反ったように曲がった刀身を持つ剣だ。ガルカはそれを片手で持ち、まるで踊るように狼を狩って行く。

 それは一見すると無駄な動きが多いように思えるが、その一つ一つが虚実であり、モンスターを騙す歩法だ。

最後の抵抗とばかりに動く狼たちの攻撃を避けて、自信の攻撃だけを当てていく。


 ナダの攻撃の仕方はそんなガルカとは逆だった。

 ラルヴァ学園で正当に剣術を学び、愚直な動きしか知らないナダ。だからこそニレナの攻撃によって鈍くなった狼であっても、真っ正面から叩き潰していく。飛び掛かってくる狼を全力でククリナイフを振り下ろして頭蓋を割り、横から来る狼は薙ぎ払って、狼を退けて、もう一度ククリナイフを振るって図体を両断する。ガルカのように一撃で首を刈り取るような流麗なものではないが、確実に、モンスターの息の根を止めていく。

 急造で組まれたパーティーによる初めての戦いは、お互いにできる限りの協力をしながらやがて――全てのモンスターを狩りつくした。


 それからも四人はモンスターを倒しながら迷宮を進んだ。

 アメイシャは圧倒的な火力でモンスターを狩り、ニレナは涼しい顔でモンスターの足のみを止めて、ガルカやナダが殺して行った。勿論、モンスターから得られるカルヴァオンもそれなりに集めている。

 戦果としては上々だ。

 だからか、彼らは油断していたのかもしれない。急造のパーティーが思ったよりもうまく連携し、ナダとアメイシャ、それにガルカの三人は普段の実力以上に深い迷宮のかなり奥まで潜っていたのだから。

 今の状態で、どこまで行けるのか。

 イリスの試験の事は頭にちらつきながらも、新しい迷宮で自分の力がどこまで通じるのかという好奇心が三人を止めなかった。むろん、他の冒険者の成果が分からないと言う不安からも三人の足は進んだ。

 だから――気づけなかった。

 そこは山だった。だが、グランケアンと比べると随分と低い山だ。一時間もかければ頂上に上がることが出来るだろう。おわん型の普通の山だ。

 “普段なら木が生えている筈の山肌が、岩のように剥げている”ことに。

この迷宮に潜るのは初めてだからこそ、四人とも、例え、この中で最も経験があるニレナであっても気づかなった。

山の麓に焦げた人の形をした何かがあることに。その近くには刃がなく、柄のみがある事に。

 本来なら自然に発生することが滅多にない炎が山のあちこちでちらついている事に。

 本来なら火山などないミラにおいて、四人はその山を火山だと勘違いした。


「やけに熱いな――」


 ナダは額に汗をかきながら言った。

 アメイシャ、ガルカもナダの意見に気付いた。

 その暑さで、唯一ニレナは異変に気づいた。


「っ! まずいっ!」


 迷宮において環境が変わることはそう多くない。あるとすれば、外的要因が殆どだ。

 空に大きな“太陽”が浮かんでいる。それは決して天井に浮かぶ迷宮にある光ではなく、もっと四人の頭上に近く、大きな炎の塊だった。いや、炎に包まれた“モンスター”だった。

 そんなモンスターが炎を伴って、四人に降り注いだ。


「ちっ、何だよ!」


 それに反応ができたのは二人だけだった。

 一人はこの異常事態に気付き、即座に反応したニレナだ。彼女は既に氷のギフトを発生させて、大きな炎に備える。逃げる暇はない。頭上に迫る炎の塊のスピードは速いからだ。だから氷の壁を発生させるが、あいにくと後輩の三人を守る余裕はないので、小さく舌打ちをした。

 もう一人はナダだ。ニレナの言葉を聞いた瞬間、体に緊張が入り、彼女の視線のほうを向く。既に炎の塊は四人すれすれまで近づいていた。避ける事は出来ない。撃退することもない。体に力のみが入った。

 そして――四人のいる場所が、炎と共に爆発した。


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