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第四十話 ミラⅣ

 勝負に負けたニックはナダに恨み言の一つでもいうのかと思いきや、何も言わず、何もせずにずっと右腕を押さえながら蹲っている。声はずっと唸っており、地面に横たわりながらナダを下から睨み上げるように見ていた。

 ナダに再戦を望む気もないのだろう。

 そもそもニックの腕はもう動かない。ナダが短い時間の間に完璧に極めたからだ。もしも盾や剣を放していれば抵抗できただろうが、ニックはそれをしなかったため簡単に腕を極められてしまったのだ。

 ニックが熟練の冒険者たちに連れられてこの場から消えてしまった。きっと救護室に向かったのだろう。高級な薬を使っても、あの腕の怪我はそうそう治るような傷ではない。靭帯の傷は長引くものだ。当分、冒険者として活動できないだろう。

 ナダは誰からも歓声がないまま、アメイシャ達の元に戻った。


「……凄いわね、ナダ」


 アメイシャは大太刀をナダに返しながら言った。

 その言葉には学園内でも熟練の冒険者であるニックに勝ったという讃称が含まれているが、冒険者としての賞賛はない。

 何故ならナダの使った関節技つまり組手甲冑術は、昔の戦争時に戦士たちの間に広まったものである。相手と零の距離においてその技術は剣や槍よりも有用だと謳われ、今でも戦士たちの間では使われている。冒険者も組手甲冑術の対処法を学園で学ぶが、熱心に学ぶ者はいない。

 モンスターに関節技は殆ど通じないからだ。

 だが、人相手に対して有用なそれをナダは使って勝った。冒険者としてではなく、戦士として。だからどの学生もナダを表立って褒めないのだ。


「そうでもねえよ」


「でも、勝ったのは事実よ。誰もほめたたえないけど、私は凄いって認めてあげるわ。まさかアビリティもギフトも持っていないのに、あのニックさんに勝つとは思わなかったわ」


「……試合には勝ったが、冒険者として上かどうかは分からねえよ」


「そうかも知れないわね。でも、この試験はあなたが突破よ。私も頑張らないと」


 アメイシャは胸元でぐっと拳を握りしめた。目に炎が宿る。次の試験に向けて、アメイシャも気が入っているのだろう。

 またガルカも同様に気合を入れていた。地面の上に胡坐をかいて座り、目を閉じて膝の上に手を置く。戦いはもう見ていない。きっとずっとこのように精神を集中しているのだろう。彼も試験に向けて、着々と準備を進めているのだ。

 それから次々と試験が行われた。

 もちろん、その中にはアメイシャとガルカの姿もある。

 二人とも試験は突破した。


 アメイシャの対戦相手はギフト使いだった。

 対戦相手のギフトは、水のギフトだ。相性だけで見れば火のギフトのアメイシャのほうが随分と不利だろう。

 だが、そんな不利をアメイシャは圧倒的な火力によって覆した。自分の周りに常に炎の壁を作り、些細な水など太陽のような熱量によってすべて蒸発させた。また攻撃の種類も多かった。火の玉から火の龍、はたまた渦のように巻くギフトなど、通常三つの種類のギフトを扱えればいいというのに、アメイシャはその数を優に越えていた。

 アメイシャは相手との戦いにおいて、一度も攻撃を受けないまま試合は終わった。


 そしてガルカも順調に試合には勝った。

 彼のアビリティは『フェリダ』と呼ばれるアビリティだ。自分が相手によって傷つけられるか、相手を傷つけるかによって身体能力を上げるアビリティだ。勿論、その上昇幅はニックよりも小さく、彼と同じほど力を上げるのにはかなりの傷が必要だ。

 得物は木刀。傷なんて殆どつかない。だが、杖のように細い木刀を用いて蛇のように相手の隙をついて、相手の喉元を狙い一撃で戦いを終わらせた。ガルカの相手のアビリティは強力な物だった。地面に剣を突き刺すことで衝撃波を出すアビリティだ。使い方は限定的で、制限も多いが、それなりに強力なアビリティだ。

 もちろんガルカはその全てを風のように躱して、最後には相手に微笑みかけて虚をついたのである。


 二人とも素晴らしい戦いを繰り広げて勝ち、他の学生たちは拍手をするほどの素晴らしい戦いだった。

 そして、今回の試験の最後の戦いが行われようとしていた。


「さて、最後の戦いをしましょうか。残っている冒険者は二人、もちろん、戦う本人は分かっているわよね。レアオン! フェデリコ!さあ、こちらまで来て!」


 イリスの声によって集まった冒険者は二人。

 一人はフェデリコと呼ばれる眼鏡をかけた冒険者だ。ブラセレッテ家という有力な商人の元に生まれて、学園でもその財力で幅をきかせる冒険者だ。

 彼の防具も高価なものだった。赤い龍の鱗の鎧であり、近くの冒険者に預けた武器も白く輝く刃をしていた。それは剣と言うよりも牙に近いだろう。

 フェデリコの武器は学園中に知れ渡っている。“金で買った”龍の武器と龍の防具だ。身に合わぬ素晴らしいものを身に着けていた。だから陰では親の七光りと言われているが、四年生の中ではトップの実力のようだ。


 そして、金髪の男――レアオンも立ってフェデリコの前に出た。

 レアオンは女性のような顔をしているが、コートの下の肉体は細いように見えるがしっかりと引き締まっている。それは女の体つきと言うよりも戦士の肉体だろう。

 彼はオーソドックスな剣を持ったまま、優雅に言った。


「ああ、最初に僕から挨拶をしよう。僕の名前はレアオン。アークデッドのレアオンだ。あそこにいる冒険者と同じく、アビリティとギフトは持っていない。でも、お互いに正々堂々と戦おうじゃないか」


 レアオンは直剣でナダを差しながら言った。

 ナダはこの試験の場に自分のほかに唯一いる“無能”の冒険者を見つめた。学園内でも何度か会ったような気がするが、自分と同じ“無能”とこうしてちゃんと出会ったのは初めてだった。

 もちろん、それはレアオンだって一緒だ。

 お互いに自分以外にアビリティもギフトも持っていない冒険者がこの場に残っている事に、強く意識していた。

 これがナダとレアオンの出会いだった。

 お互いに敵だと認識する。

 ナダの胸に熱いものが込み上げた。

 ああ、分かっている。この感情はきっと――同族嫌悪だ。

 そして――レアオンは一撃でフェデリコを倒した。



 ◆◆◆



 あの試験から既に一日が経った。

 ナダは最後の試験へと参加していた。

 最後の試験は簡単だった。パーティーによる迷宮探索によって、冒険者の特性の判断だ。それによって冒険者としての資質を見極めるという試験だった。

 ナダのパーティーはアメイシャ、ガルカ、そして――


「あら、皆さま初めてですわね。ではお見知りおきを。わたくしの名前は――ニレナと申しますわ。家名は長いので覚えなくて結構ですわ。前の試験でわたくしのギフトは氷のギフト、そちらの彼女とは相性が悪いようですが、お互いにカバーしあえば問題ないでしょう?」


 ニレナだった。

 綺麗なウェーブがかかった金髪が特徴的な女性で、身長は百六十ほどと平均的。長いまつ毛。大きな目。小さな鼻。薄い唇。まるで氷の彫刻のように彼女は美しく、そして冷たい笑顔はこの場にいるどんな冒険者よりも存在感があった。

 服装はアメイシャと同じく白いローブで、水色の刺繍が入っているが、彼女の着ているスカートはフレア状に広がっている。布ではおかしな形に広がっているのは、おそらく針金が入っているからだろう。もちろん、彼女の服の一つ一つに防御力を上げるための技巧が施されているのだろう。


 何故なら彼女は六年生だ

 この場にいる誰よりも迷宮に潜り、モンスターを殺し、のし上がってきた冒険者だ。

 またニレナの名前も、優秀な冒険者として有名だ。


「ああ、よろしく」


 ナダは先輩であるニレナに対しても、イリスと変わらずにぶっきらぼうな態度で挨拶をする。


「に、ニレナさん! よろしくお願いします!!」


 アメイシャはギフト使いの先輩であるニレナに対して、何度も頭を下げながら丁寧にお辞儀していた。

 きっと憧れの気持ちもあるのだろう。

 今の学園で最も優秀なギフト使いと言えば、ニレナだからだ。


「よろしくお願いします」


 ガルカは丁寧にお辞儀をしながら言った。

 その姿は好青年であるが、ニレナの凍った表情が解ける事はなかった。


「ええ。三人とも、短い間と思いますが、よろしくお願いいたしますわ」


 こうしてイリスの試験によって、即席のパーティーが組まれた。

 四人は簡単にブリーフィングを行ってから、ミラに潜っている。

 ブリーフィングの内容は各々の能力の確認と、試験の確認。イリスは最後の試験について、冒険者としての実力を示せ、と言ったが、その解釈についてのすり合わせだった。

 四人の試験についての共通認識は、モンスターの討伐だった。数も、強さも、他の組よりも上になったら試験に合格だという事だった。

 それから四人は初めて組むパーティーで、初めて潜る迷宮へと潜る。

 先頭はガルカだった。それからニレナ、アメイシャ、最後尾をナダが務める。このフォーメーションに文句を言う者はおらず、簡単に決まり、さっそくミラと言う迷宮に潜ることになった。

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