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第三十八話 ミラⅢ

「ニック、一つ聞きたいんだけど、それは使うつもりなの?」


 先ほどまでベゾウロとコトヴィアが戦った場所に、木剣を持って現れたニックにイリスは厳しい声を投げかけた。

 その目は彼が左手に持っている盾に向けられていた。

 “金属製”の盾だ。


「何か問題あるのか?」


 ニックは大きく口を開いて嗤いながら言った。


「私、言ったわよね? 武器は木製の物を使うって」


「ああ、武器はちゃんと持っているだろう」


 ニックは木剣を掲げながら言った。

 確かにその手に持っているのは木製の武器である。


「私が言っているのはその盾よ。鎧はいいって言ったけど、武器は認めていないわ」


「何を言っている、イリス。盾は防具だろう? だからオレがこれを持っていても何の問題もねえよ――」


 ニックとイリスは暫くの間睨みあったが、ナダが長い長い木刀を持ちながらニックの前に立つと、イリスが大きなため息を吐いて顔を伏せた。

 それは諦めの吐息だった。


「……まあ、いいわ。別に盾を使っても。ね、ナダ――」


 ニックの眼光に怯える事無く、ナダへとイリスは嗤いかけた。


「……別になんだっていいさ。勝てばいい話だろう?」


「そうね――」


 イリスはナダの言葉に頷いた。

 ナダ自身も、ニックが盾を使うことに不満などない。使いたければ使えばいい。そもそも迷宮内においてはその程度の理不尽はあって当然だ。こちらは武器を一つか二つしか持てないのに、モンスターは爪、牙、角など多くの武器を持つ。刃のない盾など武器などとナダは思わなかった。


「で、オレと戦うのはお前か?」


 ニックはナダを木製のグラディウスで指しながら言った。


「ああ、俺の相手はおっさんかよ――」


 二年も上の先輩であるニックに向かってナダは敬語を使う事もなく、失礼な物言いをしていた。


「なんだ、お前――」


 兜の奥できっとニックは口を歪ませているのだろう。

 声にいら立ちが見える。

 きっと名も知らないような後輩が偉そうな言葉を発しているのが気に喰わないのだろう。


「……さて、それじゃあ、まずは自己紹介からしましょうか。お互いに――」


 イリスの言葉に従い、ニックは小さく舌打ちをしてから自分の事を述べる。


「知っているとは思うが、オレの名前はニック。アビリティは『剛腕フォルサ』で、効果は筋力の向上。それ以外には何にもねえし、特殊な効果すらねえ――」


 ニックは野太い声で言った。

 筋力の向上、というアビリティ自体はとても有名なものだ。似たような物を持っている冒険者も多い。だが、その種類は同じ筋力を上げるといっても様々であり、人によって大きく違う。

 例えば体の一部分だけの力をあげる者、短時間だけ他のアビリティよりも強力な力を上げる者、はたまた特定の武器を持つことで力を上げる者、など様々だ。一般的には条件が厳しくなればなるほど大きく力が上がると言われている。


「ああ、あんたのアビリティは知っているぞ。有名なんだってな」


 ナダはニックを大太刀で指しながら言った。


「お前のようなガキでも知っていたか」


「ああ――」


 ナダの知る限り、ニックのアビリティに縛りはない。

 彼のアビリティはシンプルなものだ。

 全身の筋力を上げる。

 ただ、それだけだ。

 それなのに何故か他の多くの冒険者よりも力の上げ幅が大きく、元々大きな体躯と相まって学園でも一番の力持ちだと言われている。


「で、お前は?」


「俺の名前はナダだ。アビリティはねえ。ギフトもねえ。ただのナダだ――」


 ナダは大胆にも自分の事を言う。

 アビリティも、ギフトもないということは本来なら冒険者の中でも遠ざけられて虐げられる存在だ。それなのにナダはまるで自分が無能だと宣言するように、堂々としながら言う。

 それに反応したように周りの冒険者たちもざわめき出した。


「お前、無能、って本当か?」


 ニックは嘲笑いながら言った。

 ざわめき出した冒険者たちも同じようにナダの事を嘲笑したように言う。

 その中には心無い物も多い。

 「無能」、「落ちこぼれ」、「役立たず」、「お前のような人間がどうしてこんな場に」、など様々な声がナダの耳に入ってくる。

 既にグラウンドの空気はニックの味方であり、ナダの味方など数少ない。


「ああ」


 だが、ナダはそれらを跳ねのけるように言う。

 今更、そんな言葉に動揺するナダではない。

 既に数多く言われた言葉だからだ。


「お前、降参しろよ――」


「あ?」


「そんな無能でよくオレの前に立ったな。今なら許してやる。怪我をさせる気もねえ。頭を下げて降参すれば、明日も迷宮の端っこで冒険者を続けることが出来るぞ?」


 ニックはナダを見下しながら言った。


「……イリス、そろそろ始めようぜ。戯言はうんざりだ。俺は戦いに来たんだ――」


 ナダは慣れている目線で見られたため、相手から見下されても特に何も思わなかった


「そうね。じゃあ始めましょうか」


「はあ、仕方ねえ。たまには弱い者苛めでもするか――」


 ナダとニックは互いに相手の動向を確かめ合った。

 それから互いに武器を構えあう。

 ナダはとても長く、取り回しづらい大太刀のような木刀を正眼に構えて、刃と相手を一直線上にし、いつでも振り上げて振り落とせる大勢を作る。

 ニックは盾で体全体を隠すように半身になり、グラディウスの形をした木剣すらも隠した。ナダから見えるのは足が膝から下の足と、首から上の頭だけだった。

 どちらも戦う姿勢が取れた。

 それを確認して、周りの熟練の冒険者とも頷きで合図をしてから高らかに宣言する。


「では、これより、ニックとナダの戦いを始めるわ。二人とも、正々堂々と戦うのよ。それにとどめは刺さない。また鎧の上とはいえ、急所に木刀が当たったらその時点で負けとするわ。いいわね?」


 二人とも頷くのを確認してから、イリスは声たかだかに言った。


「――初めっ!」


 最初に動いたのはナダだった。



 ◆◆◆



「はあっ!」


 ナダは高く振り上げた木刀を真っすぐ相手の頭へと振り下ろす。木刀はニックの持つ盾によって簡単に防がれた。

 すぐにニックは木剣を伸ばして反撃しようとするが、ナダの持っている木刀のほうがリーチが長いので後ろに下がることで簡単に避ける事ができた。

 それからもナダは必死に木刀を振っていく。

 唐竹割り。上から下に相手の頭を狙って振り下ろす斬撃だ。ニックの盾に防がれる。

 二撃目は袈裟切り。相手の右肩から左脇腹にかけて振り下ろす斬撃だ。空気を切り裂くような音が木刀から聞こえるが、当然のようにニックの盾に防がれる。

 ならばと逆袈裟。相手の右肩から左脇腹へと狙う袈裟切りとは左右が真逆の軌道。もちろんニックの盾に防がれる。

 次は右薙ぎ。右から左へ水平の太刀筋。遠心力を利用した見事な剣も、ニックの金属の盾の前には通じもしない。彼の足が後ろに下がることすらなかった。

 続けざまに左薙ぎ。左から右へ、右薙ぎを防がれた反動を利用して、体を独楽のように回転させて木刀で相手を狙うが、ニックは素早く左手を動かして盾で止める。

 今度は左切り上げ。ナダは一歩体を引くと、すぐに地面を蹴って相手へと近づいた。左脇腹から右肩にかけて剣を跳ね上げたのだ。だが、それも当然のように防がれる。

 次に狙ったのは右切り上げ。右脇腹から左肩にかけてあがるそれは、剣なら受ければ折れるかもしれないような速さだったが、盾の前には関係がないように防がれた。

 諦めずに逆風。股下から上へ天に上るような剣だ。だが、それは盾で防がれるわけでもなく、後ろに一歩引いて避けられた。

 最後にナダが選んだのは刺突だった。喉仏、鳩尾、肩の付け根、腹部、など様々なところを狙うが、全て盾に防がれた

 それも当然だ。フェイントが全くないナダの単純な攻撃は、ニックにとっては読めやすいのだ。防ぐだけならなんでもない。


「おいおい、こんなもんかよ! 無能の戦いはよお!」


 大声でナダを貶すニック。

 だが、それでもナダは表情を変えずに攻めを続けた。

 袈裟切りからの左切り上げ。逆袈裟からの右切り上げ。唐竹割りからの逆風。どれも教科書に書いてあるような基本的な攻めだ。この程度の攻めなら簡単に受ける事ができる。どれも低学年時代にニックが習ったことだった。

 それからもナダの攻めは単調だった。

 袈裟切りからの一歩踏み込んで突き、それからまた踏み込んでからの突き。お手本のような攻め。それを淡々と続けていく。

 だが、ナダのは表情も変えずに、息も切らさずに教科書をなぞる様に丁寧に一つずつ繋げていく。袈裟切りからの逆袈裟、それからまた袈裟切り。五連続の唐竹割り。その姿はニックにはとても不気味に見えた。

 だが、確実にナダの体力は減っている。有利なのは自分だとニックは言い聞かせながらナダの単純で重たい攻撃を受け続けた。

 ナダの攻撃はひたすら続く。

 剣を振るい続ける無酸素運動をもう五分も続けていた。そして少し息が切れた頃にナダの攻撃は一旦止まり、ニックへと大きく距離を取った。


「……何のつもりだ?」


 少しだけ息の切れたニック。

 彼にはナダの意図が分からなかった。


「新しい武器を使うための練習だよ――」


 ナダはニックから一瞬目を外し、アメイシャに預けた大太刀を見た。

 他に武器がないのであれを使うと決めた時、どこかで練習しないといけないと持っていた。屋敷に滞在している間は大太刀を振った。だが、それだけでは足りない。だから力もあるニックを仮想モンスターに仕立て上げて、練習しようと思ったのだ。


「ふざけてんのか、無能がよ!」


「ふざけてなんかいねえさ。あんた、弱くはないが強くもないな。いい踏み台になるよ――」


 ナダは木刀を中段に構えながら言った。

 剣と剣で戦うと、それほど強くはない。

 それが正直なニックの印象だった。

 確かに盾は厄介だ。あれの前にはどんな攻撃も通じないだろう。きっとニックの剣を受ければ自分の剣はたやすく折れて、そのまま押し潰されるだろう。

 それほどまでに圧倒的な筋力の差を感じる。両腕で振るう大太刀の攻撃が全て防がれるのも理由の一つだ。

 剣の腕で言えば、それほど厄介とは思わなかった。ナダの猛攻を受けきるだけで反撃がないからだ。強い武芸者ならお手本のようなあの攻めを受けるだけではなく、どこかで一太刀の反撃を仕掛けてくるだろう。

 だが、ニックにはそれがない。

 怖さがないのだ。

 しかし、そう簡単に勝てない相手であるのも確かだった。

 相手は防御が非常に高い。あれを崩すのは容易ではない。


「あ? 雑魚が生意気な口をきいてやがる!」


「俺が雑魚かどうかは剣で決めようぜ。そっちのほうが簡単だろう?」


「一丁前に雑魚が挑発してんじゃねえ!!」


 ニックはそう言ってナダへと駆け出し、剣を伸ばそうとするが、それよりも早くナダが木刀を真上から正面に振り下ろした。

 それだけでニックは盾を上に出し、ナダの攻めを受け耐える。足が止まる。近づかない。近づけない。


「へっ――」


 そんなニックを見てナダは距離を取り、口元を緩めながら嗤った。

 この木刀が、リーチのある大太刀に似た木刀がとてもいい武器だと思ったのだ。

 狭い迷宮において大型武器は取り回しづらく、重量があるので持ち運びしにくいという理由で現代ではあまり使われていない。

 だが、使ってみると非常にいい武器だと思った。

 そのリーチは相手から離れて攻撃することができ、得物の長さは遠心力が働いて動きが遅い分大きな力を振るうことが出来る。だから一方的に攻めてるナダに対して、ニックは防戦一方だ。

 だが、ニックは堅実な戦い方をしている。必要以上に攻めず、こちらの機会をうかがっている。

 そろそろ“これの”使い方も分かってきたナダは、表情がより一層厳しくなった。構えは変わらない。

 中段だ。


「しっ――」


 それからのナダの猛攻は見事なものだった。上段からの兜割り、それを防いだ反動で横に回って右に木刀を薙ぎ払う。それも防がれたので、体を一回転させて今度は左からの水平切り。

 それも防がれた。

 ナダは手首を引いた。それよりも早くニックがナダから離れる。ナダは体を前に流した。突きだ。だが、ニックの逃げは完ぺきだった。ナダの突きが届かないことを知っている。ナダもそれを当然のように知っていた。

 だから――右半身を前に出す。右手を精いっぱい伸ばす。左手は既に木刀から放して、上半身を横にしてわずかな距離を稼ごうとしたのだ。切っ先は確かにニックの左肩に当たる。だが、それは致命傷ではない。ナダの勝利には繋がらない。


「雑魚が――」


 ニックは冷たく言った。

 ナダの体勢は崩れている。そこを直剣で狙おうとしたのだ。剣を横に振るう。ナダはもう一歩前へと駆け出して、ニックの剣をくぐるようにして何とか躱した。だが、前のめりになり、左手を地面につく。体勢が前へと崩れる。

 ニックはナダとは逆に重心が安定していた。ここが好機だと見て、ナダへと渾身の一撃で剣を振り下ろす。

 ナダは膝が崩れた状態でなんとかその剣を視認でき、自分の木刀で上から迫りくる木剣に対抗することができた。

 轟音が、広場に鳴り響く。


「ちっ――」


 ニックが舌打ちをする。

 木剣がナダに当たることはなかった。

 ニックの剣は地面へと当たり、少しだけ地面を抉っていたのだ。

 だが、先ほどの音はニックの剣が地面を抉った音ではない。ナダの木刀を折った音だったのだ。ニックの剣はナダの剣を折った衝撃で軌道がそれて、体に当たることはなく地面へと激突した。

 剣を振り上げてもう一度剣を振り下ろそうとするニックを見て、ナダが転がるように距離をとり、短くなった木刀を構える。

 ナダは中ほどでぽっきりと折れてしまった木刀越しにニックを見た。

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