表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/46

第三十五話 セウⅢ

 次の日の事だった。

 じりじりと照り付ける太陽の日差しが痛い頃。

 ナダは沼地で拾った大きな大太刀を肩に乗せて持ちながらセウの町を歩いていた。

町は活気で満ち溢れている。港町だからだろうか。だが、インフェルノと比べると肌が焼けている者が多いようにも思える。おそらくここが南に位置し、日差しが強いからだろう。また町民たちも屈強な男たちが多かった。冒険者とは言い難いが、男は誰も肩幅が広く、足もずっしりとしている。きっと船乗りや鍛冶師が多いのだろう。

セウとはそういう町だ。

港町であるがゆえに人や物が集まる。特に造船技術に関しては国内髄いつであり、鉄鋼業も盛んである。もちろん鍛冶の技術も高く、セウで作られる武具は非常に優秀だと言われている。

 そんな中、ナダは人が多い大通りから道を外れて、隅にある鍛冶場が集まった場所を訪れていた。

人の足音や笑い声は少なく、金づちの音が響く場所だ。歩いている者も屈強で上背がある大人たちが多かった。彼らの多くは鋼材や武器を持って忙しく働いていた。女性は殆どいなかった。大体が男である。

 ナダは油と鉄の臭いがするこの場所に心を躍らせながら一番小さな店に入った。

 木の扉を開けると古い気なのか木のきしむ音が鳴って、後からからんからんと扉に設置にされたベルの音が続く。


「らっしゃい――」


 不愛想な店主の声が店内に響いた。

 店主は頭が全て剃っていて、肌が浅黒い太い男だった。

 カウンターの横にある木で作られた丸い椅子に座って、新聞を広げている。客であるナダが入ったというのに新聞を置くこともなかった。

 ナダはそんな店主に大股で近づくと、カウンターの上に大太刀を置いて笑顔で言った。


「で、おっさん。この剣はいくらで売れる?」


 どこの鍛冶屋でも武器の買取りをしていることをナダは知っている。

 この武器屋にも剣槍達が無造作に入っている樽には大きく中古品と書かれてあり、その下には小さな文字で状態良好とも書かれてあった。

 冒険者は頻繁に武器を変える生き物だ。勿論気にいった武器をずっと使い続ける冒険者もいるが、多くの冒険者はそうではない。何故なら柔い人ではなく、固い怪物を殺そうとするとどれだけ頑丈な武器を用いたとしても劣化するのは早い物なのだ。


「……武器の買取りが望みかい?」


「ああ。出来るだけ高くこの剣を買ってくれ」


 ナダはカウンターを指でとんとんと叩いた。

 店主は大太刀を見てからナダへと視線を移し、大きなため息を吐いてから大太刀を手に取ると丁寧な手つきで鞘から抜いた。


「ほー、なるほど」


 店主は思わず感嘆の声を漏らした。

 それもその筈。

 ナダの見つけた剣は見事なものだった。

 鞘から少し抜いた大太刀の刃は、一つの曇りもない鏡のような刃だった。刃紋は乱れているが、それはそれで風情があって美しい。少しだけ刀身は反っており、ナダが以前に浸かっていた武器と同じか、それよりも上等なものかも知れないほどいい代物だった。


「いい剣だろう?」


 ナダは自慢するように言った。

 沼でこの剣を見つけた時は想像以上の物を手に入れたと喜んでいた。あの時は鉄として売る事しか考えていなかったが、ここまでの素晴らしい剣なら武器としても売れるかも知れないと期待できるほどの素晴らしい剣だった。


「ああ、いい剣だ。上等な“玉鋼”を使ってやがる。今では殆ど見られなくなった鋼でもある――」


「そんなにいい物なのか?」


 ナダは期待するように言った。


「鋼としては最もいい物の一つだ。今ではオリハルコンやヒヒイロカネといった特殊な金属におされているが、今でもこれ以上の切れ味の持つ武器はそうそう作れねえぞ」


「へえー」


「まあ、坊主は知らねえだろうが、これでも大昔は鋼がオリハルコンよりも上質な鋼のほうが値が張った時代があるんだよ。重く、柔軟で、強靭な鋼を全ての戦士が求めていた。これもきっとその時に作られた物だろう。玉鋼はそんなに簡単に作れる物じゃねえし、何より時間がかかる」


「いいことを聞いた。で、単刀直入に聞きたい。この剣はいくらで売れる?」


 ナダはキラキラと目で言った。


「――残念ながら坊主、この剣は買い取れない」


 だが、返ってきた言葉はナダの望む者ではなかった。


「え?」


「坊主も知っているだろうが、今じゃあこの大きさの武器の需要はなくてよ……」


 ナダの持ってきた大太刀は、全長が百二十センチほどもある大型の武器だ。

 その武器は重く、太く、学園の中でも力のあるナダであっても片手で持つことなど到底できないほどの武器だ。それなりに振る事ならできるが、満足に振るにはまだまだ力が足りないだろう。


「それは知っている。でも、この剣はいい鉄だろう?」


「ああ。いい“鋼”だ。もしも売りに出すとするなら高値を付ける。が、そんなのは今の冒険者は買わない。値段のついた玉鋼を買うぐらいなら、オリハルコンやヒヒイロカネなんかと鉄の合金を買うだろう。そっちのほうが軽いからな。丈夫さは一緒でも、やっぱり軽い物を選ぶ」


「そうだろうな。俺だってそうする」


 今の世界では重たい武器なんか冒険者は使いたがらない。

 運ぶのに楽で、扱いやすい軽量武器ばかりを使うのだ。


「ああ、だろう? それでいてこの大きさだ。今の冒険者たちはこんな大きな物を迷宮で振り回せるのを嫌う。それに重たいからあまち持ちたがらない。過去の戦士だって、地上でこういう武器を使う時は下っ端に持たせていた、って話だ」


「……」


「この大きさで、玉鋼を大量に使って拵えたこの剣はいい物だ。売れるならオレも高値で買っただろう。だが、残念だな。こんな化石、今ではコレクターぐらいしか買い取らねえし、オレの知り合いにそんなコレクターはいない」


 店主はナダに容赦なく言った。

 ナダはこれまで見た剣の中で一番美しいともいえる大太刀の刃を見つめて、自分の顔が鈍く光るのを見てから大きなため息を吐いて当初の予定通りの提案をすることにした。


「じゃあ――この剣を鉄として売りたい。いくらで買ってくれるんだ?」


 ナダの問いに店主は大きなため息を吐いてから首を横に振った。


「残念ながら買い取れねえ――」


「どういうことだよ!?」


 ナダは大きな声で言った。


「お前さんは知らないだろうが、この都市に鉄は溢れかえっていて、値段が安い。近くに鉱山があるからな。だからわざわざ武器に使われた鋼を、また溶かすような鍛冶師は少ないんだ」


「鉄は鉄だろう? 鉱山の鉄と何が違うんだよ?」


「……それは玉鋼だ。鉄を職人の技術によって鍛え上げた上等な武器だ。だが、お前さんも冒険者なら知っているだろう? 今の武器は多少なりともオリハルコンが使われている。ヒヒイロカネも使う。純粋な鋼は使わねえ。それをいちいち溶かして、新しい鋼を作るのが面倒なんだよ――」


「つまり?」


「お前さんの武器は、いい武器だが買い取れない。残念だったな」


 店主は大太刀を鞘にしまって、ナダの元に返した。


「まじかよ」


 それからナダは肩を大きく落として大太刀を鞘と共に握る。先ほどまでお金に変わると思えば、この重量感も気にはならなかったが今となってはやけに重たいように思えた。持つのすら億劫だった。このまま店に置いて行けば、ただで引き取ってくれないか、とも考える。


「まあ、こういうのもあれだが、お前の持ってきた大太刀はいい武器だ。職人のかけた手間。使っている鉄、今では値段にならないような物だが、切れ味と耐久度は確かだ。金を出したら買えるような代物じゃねえ。大切に使うんだな」


 温かい言葉をかける店主。

 だが、ナダのカウンターに肘をつきながらぽかーんと間抜けに口を開けていた。言葉が出ないのだ。本当ならこの大太刀を売って多少なりともお金を作り、武器を買うつもりだった。

 だが、その目論見は外れてしまった。


「お前さん、客にこういうのもオレも気分が悪いが、そんな辛気臭い顔をされると入る客も入らないってもんだ。そろそろ帰ってくれねえか?」


 ナダは店主の指示のもと、何も言わずに大人しく店から出て行った。

 手に持っている大太刀は使う気もない。

 武器は、ある。

 ククリナイフは手元に戻ってきた。列車の中に置かれてあった荷物は全てイリスが責任をもって預かってくれていたのだ。

 だが、ククリナイフだけで迷宮に潜るのは、折れた時の事を考えると不安だった。だからサブの武器が欲しかったのだが、ナダの浅い考えは通用しなかった。

 長く、重たい大太刀を両手で持って見つめる。

 こんな重い物を振るうなんて、昔の人はどんな筋力だったのだろうか。

 これを自由自在に振るう未来がナダは想像できない。

 だが、他に武器はない。

 ナダは諦めたように大太刀を強く握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ