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第三十四話 セウⅡ

 複雑な模様が施された金の扉を開けて屋敷に入ると、三人を出迎えたのは数多くの女中と執事が頭を下げながら三人を出迎えている。

またそんな中で一人だけ頭を上げているのがイリスだった。

 大貴族のお嬢様、とは言い難い服装をしている。庶民が着るジーパンにシャツといった彼女が好むラフな格好だった。決してドレスなどを着ているわけではない。

 大きなシャンデリアと赤いじゅうたんの間でイリスは堂々と立っている。


「来たのね、どうしたの? せっかくチケットを用意したのに、わざわざ列車を降りたって言うの?」


 イリスは三人の真ん中にいるナダへ向かって、意地悪な事を言った。


「ああ、あんたの決めたレール以外を走りたくなったんだ。なかなか、馬車の旅って言うのも悪くなかったぜ」


「そう、よかったじゃない――」


「で、どうなんだ? 俺たちは試験を続けられるのか?」


「ええ、勿論、だって私は言ったもの。ここで待つって。だから暫くは待つつもりだったわ」


 嘘を言わないイリス。

 例えその言葉が自分の意図していたことではなかったとしても、自分の言ったことに責任を持ち、決して言い訳をせずに守ろうとする高貴な姿勢には好感が持てる。

 だから学園において彼女には人気があるのだというのがよく分かった。・


「なら、よかった――」


 ナダの言葉と共に、隣にいるガルカとアメイシャがほっと胸を撫で下ろした。

 どうやら二人はイリスの事を信じていたが、まだ不安はあったようだ。それが消えたためか、アメイシャは安堵のあまり目に涙を浮かべていた。


「――でも、そのわりには遅かったわね。列車を乗らなかった人たちで、私のパーティーに入るのをあきらめなかった人たちはもっと早くにここに着いたわ。皆、焦っていたようだから。でも、あなたたちは違う。まるで“寄り道”したみたいな日数よ」


「少し観光がしたくなったんだよ。馬車の観光と言うのも、中々よかったんだ。たまには不自由に旅をするのもいい――」


「そうかもしれないわね。でも、あなたたちの旅路が素晴らしいもので良かったわ。きっとあなた達も当然ながらこの屋敷に部屋を用意しているの。ゆっくりと休んでね。私はもう少しこの屋敷で他の冒険者が来るのを待つから、それまではゆっくりと休むといいわ。“もっと厳しい試験”を考えてから――」


 イリスは厳しく笑いながら言った。

 ナダはそんな彼女をまともに相手にはせずに、後ろ手にひらひらと手を振りながら用意された部屋へと案内する女中へと着いて行く。



 ◆◆◆



 部屋でゆっくりと休んでいるナダを執事の一人が呼び出したのは、その日の深夜の事だった。既にナダは船をこいでおり、ベッドの上で今にも眠りにつきそうな頃だった。

 執事曰く、どうやら試験が始まるらしい。

 ナダは眠気によってまだ視界がぼやけている中で、必死に目をこすりながら執事の案内の元、複雑な細工が施された大きな扉の前まで歩いた。

 ナダの泊まっていた客室の扉は片開きで簡素なのに、この扉は両開きだった。さらには扉の前に武装した二人のメイドが立っており、簡素な鎧と細く鋭いレイピアを腰に差している。彼女たち二人の足は見るからに太く、それなりの戦士であることが伺えた。

 そんな厳重な警備から、ナダはすぐにこの部屋に誰がいるのか分かった。

 ナダが止まっているこの屋敷――スカーレット家で、自分に用のある者など一人しかいない。

 イリスだ。おそらくこの先は彼女の自室なのだろう。

 ナダが扉の前に着くと、二人の武装したメイドは待っていたかのように扉を二人であけた。


「ナダ、来たわね――」


 ナダを呼び出したイリスは白いネグリジェに身を包みながらキングサイズの大きなベッドへと上品に座っていた。膝の上に置かれた古い本をベッドの脇に置き、化粧など一切していないが頬がほんのりと赤く染まっていて、髪を頭の上でまとめている彼女は、冒険者と言うよりも歴とした貴族の令嬢の一人だった。


「で、何の用だよ?」


 ナダは部屋の一角にある大きな鏡のついた化粧台と共にある白い椅子を自分の手で持ってイリスの前に移動させると、そのまま背もたれに肘をかけるようにして座った。


「何の様って、試験に決まっているじゃない」


「これが試験なのか? 何もいねえぞ――」


 ナダは部屋を見渡した。

 ここはただの部屋だった。

 イリスの自室だ。大きなベッド。豪華な化粧台。それに簡単な食事ならとれるテーブルとイスや部屋のように大きいクローゼットなど、冒険者らしい物は何一つなく、モンスターなど一匹もいないような只の部屋だ。


「ええ。だって、私と喋ることが試験だもの。そうおかしくはないでしょ? 他のパーティーだって新しいメンバーを募集する時は面接はどこでもするでしょ。私も同じことをするだけよ」


「他の奴は終わったのか?」


「ええ。アメイシャちゃんとガルカ君に対しては日中に終わらせたわ。他の冒険者は前々に終わらせていたり、今日にした冒険者もいるわ。現在、この屋敷にいる冒険者の中で、面接をしていないのはナダだけよ」


「そうかよ――」


「ナダ、あんたとはまあ百歩譲って親しい間柄だから、順番を一番後に回して、私の自室まで招待してい上げたの。数多くの男たちはこの私の部屋に、土足で入りたいものらしいわよ。どう? 嬉しい? 」


 意地悪な笑みを浮かべるイリス。

 そんな彼女にナダは別に嬉しくもなさそうに、呆れながら返した。


「既に見た顔に、見覚えがあるような部屋。それに何度も見た色気もない格好だ。今更どんな顔して会うって言うんだよ」


「それもそうね――」


「で、俺の何を知りたいんだよ?」


 ナダは簡潔に答えを求めた。

 もしも冒険者としての能力の事を聞くのなら、イリスは自分の事をよく知っている筈だ。それこそ、もしかしたらナダの知っている自分よりも詳しいかも知れない。

 イリスの酔狂で冒険者として鍛えられたこともある。それは学園で冒険者としてのいろはを教え込まれる前であり、効率的な武器の振り方を教わるよりも先にモンスターの殺し方を教わった事があるのだ。あの頃は無我夢中で武器を振るい、自分よりも小さなネズミを相手に四苦八苦で殺していたという苦い記憶が蘇った。


 そんな繋がりがあるからこそ、イリスとはたまに二人で潜った事がある。

 彼女は自分の実力もほぼ全て知っていて、もちろんアビリティやギフトを持っていないことも知っていて、これまでにどんな武器を使っていることも知っているのだ。

 これ以上、何を聞くと言うのか、ナダには想像すらつかない。


「そうね。ナダのこれまでの冒険や、戦闘記録。それに得意な戦い方かしら」


「昔と特に変わってねえよ」


「でも、武器は変わったでしょ?」


「……そうだな」


 スカサリから脱退するまでのナダの武器はロングソードだった。

 何の特徴もない武器だ。切れ味がよく、重量が軽く、それでいて丈夫で、何の変哲もない上質な武器だった。今はもう自分で折ったので、手元にはないが。


「私のあげたククリナイフ。あれの使い心地はどう?」


代わりにイリスから借りた武器がククリナイフである。

彼女の愛用の武器の一つだ。


「……まだモンスターに使ったことがねえからなんとも言えねえよ。悪くはないと思う。刃が厚くて、重量に慣れれば固いモンスターでも断ち切れるだろうな」


「そうね。私もそれなりのモンスターをあれで狩ったわ」


「だけど、あれは癖が強いと思う。刃の形も、重量のバランスも。あれに慣れたら他の件も使いにくいと思うぞ」


「ええ。だからナダに渡した武器はあくまで繋ぎよ。次の武器に続くための試金石。あれはね、重さと使い方に慣れたら普通の剣を振るうよりも簡単にモンスターを倒せるわ。いい経験になると思うのよねー」


「俺の新しい武器を考える時にか?」


「ええ。そうね」


「……色々と考えてくれてありがとよ」


「そうね。感謝しなさい。さて、そろそろ本題に入りましょうか。ナダ、あれからアビリティやギフトには目覚めたの?」


 意地悪な笑みを浮かべてイリスは言った。

 彼女は当然のようにナダが無能な事を知っている。


「残念ながら全く変わらねえよ 図体が大きくなって、知識が増しただけだ。成長はしたが、進化はしてねえよ」


 ナダは今の自分を再確認するように言った。

 それは自分の才能がない只人という事を自覚するように。


「そう。昔と変わっていないの?」


「ああ、変わってねえよ」


 それからナダは詳しくこれまでの冒険のことを聞かれた。

 どんなパーティーに所属していて、どういうパーティーメンバーがいたのか。その中でどういう役割を演じ、パーティーメンバーの一人としてどのようにして冒険をしていたか。まるでこれまでの学園生活をなぞるかのようにナダは言った。

 そしてイリスからひとしきり質問を受けると、彼女からナダは最後の質問を受けた。


「じゃあ、最後に一つだけ聞くわ。ナダはどんな人とパーティーを組みたくない?」


 ナダはそれを聞いて組みたくない、と思ったパーティーメンバーで頭をよぎったのはかつての仲間だった。

 追い出されるのはいい。アビリティとギフトがないという理由で他の者よりも下に見られても構わない。そんな使える能力がないから荷物持ちをされても何も思わない。

 だが、自分を冒険者として見ない者と仲間になるのは嫌だった。


「決まってやがる。俺が仲間を組みたくない奴は、アビリティやギフトだけで判断する奴は嫌だ。ちゃんと能力で判断してくれる仲間がいい――」


 ナダの話を聞くと、イリスは腕を組みながらうんうんと頷いていた。


「そう。分かったわ。あんたの話はよく分かった。今日は自分の部屋に帰っていいわよ。それとも、私と一緒に寝たい?」


 イリスはベッドに上に横になり、自分の隣をぽんぽんと優しく叩いた。

 まるでナダを誘っているかのように。

 だが、彼はそんな彼女の誘いにナダは乗ることがなく、大きなため息を吐くとすぐに部屋を出ていく。この町を治めている貴族の子女と一夜を共にする気など無かった。次の日には何が待っているか分からない。

 ナダは彼女の提案に頷いた未来を創造すると、悪寒を感じたため早々に部屋を出ることにした。


「次の試験は三日後よ。それまでしっかりと準備しなさいよ」


 イリスの言葉が部屋を出るナダの背中にかかる。

 ナダはひらひらと手を振って自分の部屋へと戻った。


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