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第三十一話 沼

「ねえ、ナダ、私たちはどこに向かっているの?」


 現在、ナダとアメイシャは狭い馬車の中にいる。木で作られた小さな馬車だ。その中には木箱に入った食料や水など様々な荷物に挟まれた中で、酷く揺られながら旅を共にしている。

 通常の食料より荷物が多いのはきっと気のせいだろう。

 馬車を用意したのはガルカだが、荷物を用意したのはアメイシャだ。合流する時に彼女がいたずらな笑みを浮かべていたのはきっと気のせいだろうとナダは考えている。


「セウだよ――」


「嘘でしょ?」


 アメイシャは確信があるように言う。


「何故そう思うんだよ?」


「いい? セウとウリャフトは道で繋がっている。一番近い道は線路が通っているから、その横を辿れば早く着くわ。でもナダが示した道はそうじゃない。線路とは遠く離れた道よ。どこに向かっているのかあてていい?」


「分かるのか?」


 ナダは驚いたように言った。

 自分の目論見が当てられるとは思っていないから。


「ええ。私はこの近くの町に住んでいたから、この辺りの地理のことはよく知っているの。ナダがどこに向かっているのかよく分かるわ」


「へえ、じゃあどこか言ってくれよ」


「アリンシア湿地源。この辺りでは有名な古戦場。曰くつきだから地元の人間は誰も近づかないわ」


「俺もそう聞いた」


「ならどうして向かっているの?」


「武器だよ」


「あー、あそこには沢山落ちているものね。でもガラクタばかりよ。あそこが戦場だったのは随分と昔の話よ。今はもう殆どの武器は落ちていないわ」


 確かに長い年月が経てば鉄などの素材や武器その物を求めて、武器を拾いに行く者も多いだろう。


「でも沼には落ちていると聞いたぞ」


「あー、それを拾うつもりなの? 沼の中にある武器なんてきっと使い物にならないわよ」


 少し引いた様子で言うアメイシャ。

 そんなことの為にわざわざ真っすぐセウに向かうのではなく、寄り道をするのかと。


「知っているさ。でも、俺の狙いはそこじゃない」


「そう。でも、あまり期待はしない方がいいわよ――」


 目がキラキラと輝いているナダへ、アメイシャはそんな希望を潰す言葉を浴びせようかと思ったがやめた。

 もう少しでアリンシア湿地源に着くからだ。せっかく訪れるのに、わざわざ台無しにすることはないだろうと。

 そんな時、馬車が大きく揺れた。

 止まったのだ。

 ナダとアメイシャの体が前に流れて、沢山の木箱も一緒に流れて何個かが床に落ちた。ナダもそれに巻き込まれて太ももの上に小さな箱が乗った。やけに重たく感じるのはきっと気のせいではないだろう。


「――お二人さん、仲良く話しているところ悪いけど、この先を馬で進むのは無理そうだ。沼地が見える。きっと馬車の足が取られると思うんだ」


 前にある小さな窓を開けたガルカは、中にいる二人に目だけを見せてそれから外へ出るように指示する。

 アメイシャは呆れながら、だが、ナダは上に乗った木箱を急いで退けて、風のように馬車から出た。

 潮のにおいがする。

 ナダの目の前に広がっているのは、限りなく広い草原とそこを無数の穴ぼこにする沼地だった。

 沼の上には様々な鳥が泳いでおり、カエルもがーがーと鳴いている。野生のシカやキツネなどの動物が水を飲みにも来ており、久しく人が訪れていないのか馬車が近づいても彼らに逃げる様子はなかった。

 ナダは草原へと足を踏みしめた。

 土が柔らかい。

 どうやら地面はぬかるんでいるらしい。気を抜くと滑りそうな気もする。一歩歩いてみると、柔らかい草の上に、泥で汚れたブーツの足跡がついた。


「――ここがアリンシア湿地源よ。私も初めて来た。近づく者は誰もいないわ」


 いつの間にか隣にいたアメイシャがその場で飛び跳ねて、今の足場が大丈夫な事を確認する。

 「ここは大丈夫そうね」と呟くと、ガルカにこの場所で馬を一休みさせましょう、と提案をした。馬は生き物だ。四六時中走れるわけではない。そんな使い方をすればすぐに馬は“くたばる”。

 ガルカもそろそろ休憩が必要だと思っているのか、快くアメイシャの提案を受け入れて馬に水を飲んで飲むようにゆっくりと移動させる。


「ここはいい場所だね。のどかだ」


 のんびりとしているガルカもアメイシャとナダの隣に立った。だが、その目は三頭の馬へと向けられていた。

 馬は透き通っている沼の水を飲み、生えている草を食べている。


「いいえ、ここは恐ろしい場所よ。私は死者の魂なんか信じないけど、ここはかつての戦場。数多くの人がここで殺されて、死んだわ。だからこの地には無数の戦士の魂が眠っている。ある程度はここから持ち帰ったらしいけど、未だにこの地には無数の人が眠っていると聞くわ」


「……思った以上に大変な場所なんだね」


 やれやれとガルカは言った。

 だが、怯える様子はない。

 死人が多く眠る地など、冒険者にとっては故郷に等しいからだ。

 迷宮ではどれだけ多くの人が死んだだろうか。過去に最初のひとが 訪れてから今まで、きっと数えきれないほどの多くの人が死んでいる。きっとここで死んだ以上に多くの人が。

 冒険者にとって死は隣人だからこそ、ガルカは薄ら嗤っていた。


「ええ。でも恐ろしいのはそこじゃあない。ナダ、この沼はね、目に見えてある沼だけじゃないの。草原と思える場所の下にも沼地があるのよ。天然の罠と言っていいかしら。もちろんそれで数多くの兵士が死んだわ。だからこの沼地に兵士たちが眠っている。もちろん、武器も――」


「いい話じゃねえか――」


「ナダ、あんたが何をかんがえているのか知れないけど、武器は戦士の魂よ。勝手に持ち出されて、利用されていいものじゃないわ」


「その魂だって、きっと使われることを夢見ている筈だ。もしも俺がその魂に選ばれるのなら、きっと武器が俺を見つけてくれるさ」


「ロマンチストね。まさかナダがそんな人だとは思わなかったわ」


「……知るかよ。とにかく俺は武器を探す。あの町には何もなかったからな。休憩にはちょうどいい時間だろう?」


 ナダは二人に手を振って沼地の先へと進んだ。


「いいよ。ただ、あまりにも遅いと置いて先にセウに向かうから気を付けてね」


「ナダ、沼地に足を取られても知らないからね!」


「ああ、精々気を付けるさ――」


 ナダが後ろを振り返ると、二人は仲良く昼食の準備を始めていた。

 それに少しだけ気がひかれもしてが、初志貫徹を目指して一つの沼へと顔を除いた。透き通った水面がナダの顔を映す。

 冴えない顔だった。

 傷の多い顔だ。目立つような大きな傷は殆どないものの、モンスターと戦いすぎたせいか小さな傷がたくさんある。どれも自分の力が足りなかった証だ。

 ナダは手で水を掬い、顔を洗って気分をすっきりとさせてから水の底を除いた。暗い底には岩が沢山沈んである。オタマジャクシも元気そうに泳いでいる。日の光が水中で光り、中の様子まで見渡せるが残念ながら金属の類は見えない。人の死体も、一つも見当たらなかった。


「まあ、こんな所にはねえわな――」


 この場所はまだ浅い。

 ウリャフトからこの沼地について、一番近くにある沼だ。きっとこの沼地にあった武器はあの鍛冶屋が拾ったか、前に襲ってきた男たちが拾ったか、この場所にあったのはきっともう持ち帰られたのだろう。

 ナダは空を見上げた。

 太陽は高く昇っている。

 あとどれぐらい時間があるのか分からない。

 沼地はこの場所に無数もある。

 近くにある沼はきっと駄目だろうと思った。ナダは遠くの沼地を目指して走り出す。


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[一言] ガチャをしに沼へいくのは笑う
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