第三十話 武器
ウリャフトは宿場町だ。
戦いとは無縁の町である。近くに鉱山があるという話も聞いたことがない。有名な鍛冶屋がいるという話も聞いたことがない。
果たしてこのような町に武器が売っているのだろうか、という謎が浮かんだ。
ナダは周りを見渡してみるが、やはり観光客が多かった。先ほど駅で騒ぎがあったので、本日発車の機関車が全て運航停止となり、本来なら他の町に行くはずだった旅行者もこの町に泊るようなので、その影響で賑わっているのだろう。中には串付きの肉を頬張ったり、まんじゅうを買っている観光客もいる。
特に饅頭を買っている観光客が多いのだが、よくよく町の様子を詳しく調べてみるとどうやら甘い饅頭はこの町の名物らしい。町のいたるところにある看板には「名物饅頭」や「元祖饅頭」、「世界一の饅頭」と書かれてある。果たしてどれが一番おいしいのかは知らないが、どれも似たようなものだろうと思った。
だが、饅頭売りの者ならこの町に住んで長いだろうと考えて、そのうちの一人に道を聞くことにした。
「兄ちゃん、この饅頭はうまいだろう? 近くに取れるあずきで作った奴でな。とても濃厚で美味しいんだ。」
もちろん饅頭も買った。
ナダはお金をそれほど持っていないが、最低限の金額は持ってきている。一つぐらい甘味を買うほどの余裕はある。最初はただでこの頭に鉢巻を巻いた饅頭屋の店主から鍛冶屋の情報を手に入れようと思ったのだが、どうやら一つは買わないと教えてくれないようだ。
「いいから、鍛冶屋はどこにあるんだよ?」
「そんなに焦るなよ。それよりオレの作った饅頭の味はどうなんだ? うちはこし餡でな、しっとりとした餡にもっちりとした記事が売りなんだよ。元々はこの町で最初に、饅頭を売り始めたのがうちなんだが、それが観光客に思った以上に受けて、他の奴らも真似し始めたんだ。それでうちの売り上げも減ったんだ。どうだむかつくだろう?
店主の男はにかっと笑いながら、ナダに惜しげもなく過去を語るが、全く興味はないようにナダはもしゃもしゃと饅頭を食べていた。
確かにほくほくで美味しい。
饅頭は素手で持つとほんのりと温かく、手で簡単に千切れるほど柔らかい。白い生地自体もほんのりと甘く、中に入っている黒い餡はもっと甘いが、しつこくない甘さだった。噛み締めるごとに甘みがまし、何個でも食べる事が出来るほど美味しいとは思ったが、それ以上に店主の声がうるさかった。
「それにな、あっちを見てみろ。あそこの店は胸のでかいネーちゃんが饅頭を売っているんだ。少し年を取っているが、顔も可愛い。だから多少、饅頭が微妙でもうちの店より売れるんだ」
「知らねえよ」
ナダは呆れたように言った。
店主の話に興味すらなかった。
「なんだ、つまらねえ、ガキだな。せっかくオレが気分よく話し出したところだというのに」
「いいからよ、鍛冶屋の場所を教えてくれよ。それか武器屋か、どっちでもいいからいいところを教えてくれ」
「あれ、少年は傭兵だったのか?」
武器を手にする職業は少ない。一般人が剣や槍などを買う事も出来るが、騎士などからいい顔をされず、目を付けられることになる。
自由にそう言った物を買う職業で言えば、傭兵か冒険者が有名だった。
「冒険者だよ」
ナダはだるそうに言った。
どちらも一般市民からいい顔をされる職業ではないため、男は一瞬だけ顔をしかめる。ナダはその様子を機敏にも察したため、手持ちが少ない中でもう一つ饅頭を注文した。
「ありがとよ。で、冒険者の少年が気に入るかどうかは分からないけど、一軒ならこの町にも鍛冶屋はあるぞ。ほら、見ろよ、坊主、あっちに大きな看板があるだろう。うちが元祖なのに、本家饅頭屋と書いてあるくそったれな看板だ」
ナダは素直に男に指さされた方向を見る。
それから男の指示通りにナダは歩き始めた。どうやらあの看板の右にある小道に入ってから暫く歩いた場所に武器を持っている鍛冶屋があると、店主は言う。
どうやらこの町にも鍛冶屋はあるらしいということなので、ナダはほっと胸を撫で下ろした。この町には迷宮がないので、もしかしたら武器を売っていない可能性があると思っていたからだ
ナダは盾の看板が置かれた店に辿り着くと、すぐに扉を開けた。からんからん、と鈴の音が鳴る。
「……いらっしゃい」
奥には肩眼鏡をかけた初老の男が一人座っていた。
おそらく彼が店員だろう。
ナダは店内を見渡しながら店員へと近づいて行く。
店の中には様々な武器があった。壁に建て替えられている幾つもの包丁、鎌、さすまた、鍋、フライパン。また安そうなものは樽の中に無造作に入れられてある。男がいるカウンターの下はガラス張りになっており、中には幾つもの豪華な包丁が入ってある。柄に宝石らしき綺麗な石が嵌っているので、おそらく高価なのだろう。
「……なあ、いい武器はあるか?」
ナダはキッチン用具しか置かれていない店内を見渡してから、大きなため息を履いてから言った。
「用途はなんだい? 何を切る包丁がいいんだ? 肉か? 野菜か? 魚を下ろす包丁もあるぞ」
「……いや、モンスターを倒すような武器が欲しいんだけど」
「ねえよ、そんなものは」
店員はあっけらかんとしている。
「なんでよ!」
ナダは気落ちしたように言った。
「そうだ。きっとお前さんは冒険者なのだろう?」
「ああ、そうだ」
「この町にはそういう武器はない。需要がないからだ。迷宮もない町で誰がそんな武器を欲しがる? もしも欲しければセウかインフェルノにでも行くんだな。この店は宿場町で働く町の皆の為のものしか作っていない」
確かに店員のいう事も最もだった。
ナダは納得したくなかったが、売れない武器を置いておく理由もない。商人としてなら正しい考えなのだろうと思った。
「……じゃあ、作っていない武器ならあるのかよ?」
ナダは店の奥の部屋で見つけた大きな刃を指差した。
あれはどう見ても調理用の包丁やナイフではない。少しだけ期待が持てるような大きな刃だった。
あまり大型の武器は使ったことはないが、ないよりはましだと思ったのだ。
「ああ、あれかい」
よっこいしょ、と店員は重たい腰を持ち上げて店の奥に消えると、ナダでも振り回すのが重そうな大きな斧を持ってきた。
店員もその斧を持ち運ぶことができないのか、引きずりながら持ってくる。常人なら両手でも持ち運べないほどの重さなのだろう。
全長がナダの身長ほどあり、刃も太く大きい。それは片刃であったが、まるでギロチンのようでもある。
そんな斧は昔にあった大戦で使われたものだろうが、冒険者であるナダでも持てるかどうかが分からない。
ただ、刃がところどころ欠けていたり、錆びているので迷宮での使用には耐えないということだろう。
「他には武器はないのかよ?」
「あるぞ。こっちへ来い」
ナダは店主に案内されるがまま、店の奥に行く。
そこには様々な武器が置かれてある。それも壁に飾られているのではない。人の背丈ほどもある大きな武器が、部屋の隅に無造作に置かれてあるのだ。
どれも今の時代では使わない年代物の武器ばかりだ。
大剣。大槍。大斧、それに大弓やハルバードなど、今の冒険者が使わない武器ばかりである。それらの武器はそのどれもが朽ちている。さびていたり、刃が欠けていたり、中にはぽっきりと刀身が折れている大剣まであった。
それはどこか、先ほど列車を襲った男たちが持っているのに似ているような気がした。
「どうしたんだよ、この武器の数々は?」
ナダは興味深い目で武器を眺めるが、きっとどれも生半可な筋力では振り回せない武器ばかりだろう。
それらの武器は学園でも殆ど見たことがない。現代冒険者がよく使う軽くて丈夫な武器ではないからだ。現代の冒険者は迷宮内で体力を温存するために極限まで重量を削る。そしてその分足りない火力をアビリティやギフトを使って、効率よくモンスターを狩るのだ。
昔の冒険者は火力のみを求めて大型武器ばかり使ったらしいが、現代の冒険者はそのような冒険はしない。
だからこそ、朽ちた武器がこれだけあるこの光景が信じられなかった。
「拾ってきたんだよ――」
店主は遠い目をして言った。
「拾った? これだけの武器をか?」
「ああ。そうだ。お前さんは知らねえだろうが、ここから南にある沼地は、かつての古戦場で、こういった物がたくさん沈んであるんだよ。結構な人も死んで、未だに遺体も転がっているような呪われた地だから、地元民は誰も近づかねえ」
ひひっと店員は嗤った。
ナダはポディエ王国の歴史に明るくはないが、戦争はそう珍しくなかった出来事だと記憶している。今では少なく成ったが、都市間の小競り合いなども昔はあったらしい。
「そんなところからどうしてこの武器を? 重たくねえのか?」
「重たいさ。でも、こいつは鉄だ」
「腐っている鉄だな」
中には緑色に腐食している武器もある。
「ああ、そうだ。きちんと手間暇をかけて鍛えないと、武器には使えないものばかりだ」
「そうだな」
ナダは鍛冶師ではないが、少しぐらいの知識は知っている。
「だがな、この町にはこんなもので十分なのさ。鉱山から掘り出されて、精製された鋼は高い。鉄の需要は年々と上がっているのを知っているか? もちろん、お宅らのような冒険者が使う武器もそうだが、それ以外にもたくさん使う」
「ああ。列車、線路、船、それに農具や食器とかだろう?」
「ああ、だから鉄器はどれも高いんだ。そこでオレはぴーんと来たわけだ」
店員は頭をとんとんと叩いた。
「呪われた地から武器だけ拝借しようと?」
「ああ、そうだ。これらも今は錆びているが、かつてはいい鋼だった。それなりに磨けば立派な包丁となって、固い鍋になる。そしてこの鉄はオレが取ってきたから元手は零だ! どうだ?いい商売だろう?」
「そうかも知れないな」
ナダはふむふむと頷いていた。
周りの武器たちを見渡す。どれも使ったことがなく、今後も使う事がない武器ばかりであるが、確かに店員の言う通り使い道はありそうだ。
「で、坊主、お前さんはこんな酷い武器を買うのか? まあ、仕方がないから鉄の重さの値段で売ってやるが……」
「いや、いらねえ」
ナダはきっぱりと言った。
どれもこれも一度や二度も振れば折れそうなのも理由の一つだが、こんな重たい武器を持ち運ぶのも嫌だった。
「まあ、そうだろうよ。で、どうだ? 万能ナイフでも買っていくか? 旅にナイフは必要だろう?」
「いや、その古戦場までの道を教えてくれよ。南って言う事は、セウに行く途中にあるんだろう?」
その時のナダは実に欲にまみれた目をしていただろう。
ナダが思いついたのは、実に浅い考えだった。