第二十九話 乱闘Ⅲ
レアオンとは結局自己紹介もせずに別れたナダ。セウまでの道のりを一緒にすることもなかったが、ナダと同様にだからナダはレアオンの名前すらまだ知らなかった。
ナダの印象としては、学園のどこかで見たことがある強い男だった。
「ナダ、一体、これからどこに行くのよ」
アメイシャが隣にいるナダに言った
アメイシャとガルカと合流したナダは既に駅の構内を出て、町の中を歩いている。
あれからすぐに列車に乗っていた冒険者たちは解散した。
――騎士が来たからだ。
国により任命された国家の実力組織であり、権力行使及び実力行使が正式に認められている団体だ。彼らは唯一、国内で公共の場での抜刀を許されているのだ。
ナダや乗客たちは彼らから簡単な尋問を受けて、その場で解放された。確かに伸びている悪漢を倒したのはナダであるが、彼らが武器を持っていてナダが素手だった事から正当防衛が認められたのだ。相手が多人数だったというのも理由の一つだが、ナダが襲ってきた男たちから乗客を守ってくれた事を特にアメイシャが懇切丁寧に騎士へと説明したのだ。
一目だけ見ると、美少女であるアメイシャ。そんな彼女が瞳を潤ませて言っても騎士たちは信じなかったが、アメイシャの言葉に動かされた他の乗客たちがナダの無実を訴えるから、騎士たちは信じるしかなかった。
本来なら例え無罪であっても取り調べを受けるのだが、ナダは乗客と騎士が話している途中に駅構内から姿を消した。黙って取り調べを受ける時間などない。すぐに町を出て、イリス達のいるセウに向かわなければいけないのだ。そんなナダをアメイシャとガルカも姿を消すように追う。
騎士たちはナダ達を追いかけようとするが、この場には列車を襲った悪党たちが大勢いる。現場まで駆けつけた騎士たちは少なく、悪党たちを逃がすのも騎士たちは望まなかったのでナダ達の事は逃げた時にはもう追うのを諦めていた。
だから三人は人ごみに紛れながら街中を素早く進んでいる。
既に日は殆ど落ちている。今日はこの町の宿に泊るとしても、町を出るとしても、時間は少ない。すぐに決めて行動しなければ、野宿は必須だった。
ナダは一直線に自分の目的地へと急ぎながら、アメイシャへと簡単に返す。
「決まっているだろう。まずは、武器だ。俺たちは冒険者だ。例えセウに武器が行っているとしても、無事かどうかは分からない。それにセウまでの道のりを電車以外で超えるとなれば、武器は必要だからな」
地上にモンスターがいないとしても、熊のような野生動物や強欲な野党はそのあたりによくいる。彼らに抵抗するためにも、旅人は武器が必須だった。例え人を殺すのに向かない短刀であっても、持っているのと持っていないのとでは生存率が大きく変わるとナダは聞いたことがあった。
「そうね。ナダには必要かも知れないわね。でも、私は別にいらないわよ」
「短刀ぐらいは持っていた方がいいんじゃないか?」
例えギフト使いでもあっても、非常用の武器は持っていた方がいいと思うのがナダだった。
地上ではギフトの威力が落ち、迷宮ではギフトが使えなくなった時に最後に頼れるのはやはり自分の腕だ。
「短刀ならもう持っているわよ、ほら」
アメイシャは車内に持ち込んだ小さな手提げ鞄の中にナイフを入れていた。
果物ナイフほどの大きさしかないが、地上でもあれほど強力なギフトを操るのだ。熊には効いていなかったとはいえ、人相手ならばこの程度で大丈夫なのだろう。特に人は火を本能的に恐れる。戦いへの抑止力なら十分だ。
「アメイシャには武器があったとしても、ガルカは何も持っていないだろう?」
ナダの見る限り、ガルカが持っているのは手に持った杖だけだった。
シルクハットを被り、ベージュのトレンチコートを着て、短靴を履いている彼はまるで上等な貴族の姿だった。
どれも年相応には見えないが、凛々しい顔のガルカにはアンバランスな大人の男の恰好が似合っており、その姿は町娘たちの視線を一人で集めていた。
「残念ながら、オレにはこれがあるんだよ」
ガルカは持っていた杖で地面を何度か叩いた。
小気味のいい音がかっかっと鳴った。木製のはずなのに、重量のある音だった。明らかに中が金属製だった。
「……ソードケインか?」
「マイナーな武器なのに詳しいんだね、その通りだよ」
「なるほどな」
ソードケインとは、仕込み刀の一種だ。
刀剣を剥きだしで携帯できない場合に非常手段として持つ武具であり、杖のように見えるそれの中にはきっと細い刀身が隠されているのだろう。迷宮内にいるモンスターを倒すには少し物足りない武器であるが、人や小動物を倒すには十分な武器だ。
ナダも学園の授業で似たようなものを使った印象がある。あまり人気がなく、名前を憶えていない者がほとんどだろう。ナダもあまり魅力感じなかった。モンスターを相手にするのに、迷宮内で武器を隠す意味があまりないからだ。
だが、人相手なら強力な武器なのだろう。
「だからオレには新しい武器は必要ないよ。だから旅の準備でもしようか。ここからセウまでは遠い。人の足じゃあセウに着いたとしても、イリスさんは待っていてくれないかも知れないから、馬や馬車でも探しておくよ」
「いいのか?」
「別にいいよ。そういうのは得意なんだ。オレは元々馬飼の息子だからね。いい馬を選んでくるよ。長旅にも耐えられそうな馬をね」
「じゃあ、頼んだ。いい馬を頼むぜ。出来れば馬車で頼むぜ」
「どうして馬車なんだい?」
「……残念ながら俺は馬に乗れないからな」
ナダは小さな声で言った。
たかだか一介の百姓であるナダの家に馬などいなかった。もちろん小さな村だったので、村にも馬なんて金のかかる家畜はいなかった。だから乗馬の訓練なんてした事がなく、生まれてこのかた馬に触れた事もなかった。
だから馬なんて当然乗れるわけがない。
「ああ。そうなのかい。分かったよ。任してくれよ。これでも目利きには自信があるんだ。じゃあナダの為に居心地のいい馬車を見繕うよ」
ガルカは自信満々に言った。
「じゃあ、私は旅の道具でも集めてくるわ。食料や飲み物、あとは毛布なんかも必要でしょ?」
「そうだね。それがあると助かるよ」
「私もね、ガルカと一緒でこれでも目利きには自信があるのよ」
アメイシャはかわいらしくウィンクをした。
「そうなのかい?」
「ええ、そうよ。ガルカと似たようなものよ。私の家は商人なのよ。しがない商売をしているんだけど、親の言いつけでね、目は鍛えているのよ。自信はあるわよ。いいものを安く仕入れてくるわ」
「ああ、それは助かるね。だろう、ナダ?」
「ああ、じゃあ、旅の準備は任せたぜ。俺はゆっくりと武器でも選んでくるさ」
ガルカが同意を求めてくるのでナダは頷いた。
確かに旅の準備を分かれてすると時間短縮になるので、助かるのは確かだった。いい荷物を選ぶ技術などナダにはない。もちろんガルカのように馬の事が分かるわけでもない。
あるとすれば、長持ちする武器はどれか、の目利きぐらいだろうが、その程度の技能は冒険者なら必須だ。いい武器を選べない冒険者は優れた冒険者とは言えないから、ナダは最低限の技能しか持っていなかった。
「ええ、ゆっくりと選んできなさいよ、どんな武器をナダが選ぶか楽しみにしているわね」
それから三人はそれぞれの目的地に合わせて別れて行動する
待ち合わせは数時間後に町の出口だった。
ガルカとアメイシャは求めているものがどこにあるのか目星がついているのか、彼らは一直線に目的地へと向かった。
ナダは慣れていない町のため二人と別れると周りを見渡した。
そもそも武器を探すと言ったが、この町に武器屋があるのか、という疑問だった。




