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第二話 ククリナイフ

「残念ながらナダ様に紹介できるパーティーはありません――」


 なんとか多くのロボから逃げ出した翌日、ナダはラルヴァ学園内にある迷宮課と呼ばれる学園内にある施設を訪れていた。

 ここでは学園に所属する冒険者たちが訪れて、迷宮に潜る手続きやパーティーを組む手続きをする場所だ。また迷宮内で得られる資源であるカルヴァオンの買い取り、よく変わる迷宮内部の地図の販売、など冒険者たちにとっては必須の場所だ。

 ナダはそこに多数いる受付嬢の中から見知った顔の受付嬢に頼み、新しいパーティーを紹介してもらうとしていた。

 パーティーを変える冒険者は少なくない。

 性格の不一致や方向性の違い、また男女間のもつれなど様々な要因でパーティーを離れる冒険者は多数いる。

 だからナダが新しいパーティーを探すのもそう珍しい話ではないのだが、返ってきた返事は望ましいものではなかった。


「おいおい、どういうことだよ? 一つぐらいメンバーを募集しているパーティーがあってもおかしくないだろう」


「ええ。今もそういうパーティーは多数あります」


 茶色の髪をショートカットに纏めている受付嬢は、顔に感情はなく手元の書類に長いまつげが特徴的な目を伏せたまま答えた。


「じゃあ、どうしてないんだよ?」


 ナダはカウンターに肘をついたまま言う。


「……失礼ですけれども、ナダ様は何ができるでしょうか?」


「剣が振れる――」


「他にはありませんか?」


「……」


 ナダは黙った。

 

「例えば癒しのギフトを持つ冒険者なら就職先は多いです。どのパーティーにおいても、回復薬に頼らない癒しは重宝されますから」


「他には?」


「ギフト使いはどの神であっても、基本的に就職先はございます。アビリティ使いであってもそうです。一撃が強力なアビリティ。広範囲に攻撃できるアビリティ。はたまた特殊なアビリティ使いの募集も沢山ございます」


「……それなりに武器が使えるぞ」


 ナダは右手を開いて、閉じた。

 それなりに武器の扱いには自信があった。モンスターを殺してきた数にも。


「そのような冒険者は沢山います」


「……まだ三年生になったばかりだ。将来性もあるぞ」


「同じような条件の冒険者で、一年生が沢山います」


「……そうだな。つまり、俺の条件に合うパーティーがないと?」


「ええ。そういう事です。残念ながら。それに武器も支給と書いていましたので、普通の人ならパーティーに寄生する冒険者だと勘違いされます」


「寄生、か。そんなつもりはないんだけどな」


 ナダはカウンター越しにいる受付嬢に背を向けて、天井を仰ぐように見た。

 小さな明かりがついている。

 迷宮から得られる燃料であるカルヴァオン。それによって輝いている光だ。油でもなく、蝋でもなく、カルヴァオンによって、この都市、いや国全体の燃料が賄われている。

 だから冒険者という職業が成り立ち、ナダのような冒険者はカルヴァオンを迷宮で得ることによって稼ぎを得るのだ。


 ナダだって、稼ぎを得ないと生活できない。

 これでも苦学生なのだ。学費、生活費、家賃、その他の雑多な経費を賄うためにお金がいる。

 そのために迷宮に潜り、モンスターを殺しているのだ。

 カルヴァオンはモンスターの中に存在するのだから。


「さて、ナダ様、現在パーティーを抜けたあなた様には二つの道があります」


 ナダはどちらの道もよく知っていた。

 迷宮に潜る冒険者であり、“冒険者養成施設”であるラルヴァ学園に所属している学生であるナダにとってそのような知識は一年生の時に習ったからだ。


「一つはフリーの冒険者となり、パーティーからの勧誘を待つことです。パーティーを探している冒険者専用の掲示板がございます。ナダ様の事をいいと思っていくれるパーティーがあれば、誘われることでしょう」


「二つ目は?」


「もう一つはナダ様がパーティーを立ち上げる事です。フリーの冒険者を誘い、新たなパーティーを作る。勿論、現在フリーの冒険者は数多くいます。どちらがよろしいでしょうか?」


 ナダは一時、自分がリーダーとなり、パーティーを作ることも考えた。だが、自分がリーダーとなって他の冒険者が付いてきてくれるだろうか、という不安に駆られる。

 ナダは学年の中でも悪いうわさが立つ冒険者だった。

 それは自覚している。


「とりあえず、フリーの冒険者にしてくれ。あとはそれから考える――」


「はい。かしこまりました。またのお越しをお待ちしております」


「ああ。また頼む」


 ナダは頭を抱えながら学生の冒険者が多い迷宮課を後にしようとすると、出口のところでひときわ目立つ女性とすれ違った。

 太陽のように美しい金髪を持つ女性だった。髪は頭の後ろで一つに纏めており、玉の肌のうなじが見える。

 はっと息を飲むような美人であり、存在感のある赤い目が特徴的だった。

 ナダも当然ながら彼女の名前は知っている。

 ――イリス、だ。

 スカーレット家と呼ばれる国内でも有数の貴族の娘であり、学園内でも優れた冒険者の一人に数えられる。

 憧れている女生徒も多く、


「あら、ナダじゃない――」


 イリスはナダを通り過ぎると振り返った。

 そして満面の笑みでナダに話しかける。

 ナダは彼女とは旧知の関係だった。

 迷宮都市に来た時に世話になった恩がある。


「……久しぶりだな」


 ナダもイリスに話しかけられて無視するわけにはいかなかった。

 歩みを止めて立ち止まる。

 そのまま部屋の隅に移動して壁に背中を預けたまま二人で並ぶと、イリスがナダの顔を下から覗き込むように言った。


「もしかしてこれから迷宮にでも潜るの?」


「まさか。単にパーティーから追い出されたから新しいパーティーを探しているだけだよ」


 ナダは自分の現状を端的に告げた。


「見つかったの?」


「いいや、俺の希望に合うパーティーがなかった」


「……要するに見つからなかったのね」


 イリスは眉間に手を当てながら悩んだような表情をする。

 まるで出来の悪い弟を見ているかのようにナダを見つめて、口角を少しだけ挙げて意地悪そうに笑みを浮かべた。


「ああ、そう言えば、今度ね、私は新しいパーティーを立ち上げるのよ。学園で最高のパーティーをね――」


「確かアギヤというパーティーを組んでいなかったか?」


 ナダの記憶によると、イリスが所属しているアギヤと呼ばれるパーティーは学園内でもトップクラスの功績を誇るパーティーだ。

 パーティーメンバーは六人。誰もが実力のある冒険者ばかりが集まっていると聞く。

 数多くの強力なモンスターを倒し、多量のカルヴァオンを都市に供給してきたパーティーだ。

 ナダでなくてもアギヤというパーティーを知っている冒険者は多いだろう。


「ええ。そうよ。でもね、先輩たちが引退したの。もう八年生になるから、学園を卒業するの」


「へえ」


「今アギヤにいるのは暫定的に私だけだから、新しいパーティーメンバーを探しているんだけど二人は決まったの。でもね、後の人が決まらないんだけど、私のパーティーに入る気はない?」


 ナダはまさか自分がイリスのパーティーに誘われるとは思っておらず、信頼している先輩であるが訝しんだ。

 初めて会った時と比べて、大人に近づいたことで魅力に磨きがかかったイリスに胸の中に浮かんだ疑問を素直に口にした。


「知っていると思うが、俺はアビリティとギフトもないぞ」


「もちろんよ。でもね、私が聞きたいのはそういう答えじゃないの。はいか、分かりました。それだけよ――」


 うむを言わさないイリス。

 彼女は昔から強引なのだ。


「本気か?」


 ナダはイリスとは昔の知り合いとは言っても、まさか自分をパーティーに誘うとは思っていなかった。

 彼女は恩や義理などでパーティーを組むことはない。

 ナダの知るイリスは生粋の実力主義だ。恩や義理でパーティーを組むことはない。そんなに甘くはない。

 だが、彼女の言葉がナダにとって渡りに船なのも事実だった。


「ええ。実はね、今度、私が新しく作るアギヤのパーティーメンバーの選抜試験をするの。優秀な冒険者を選び出すためよ。パーティーメンバーの希望者を募集したらあまりにも多いから。学園の掲示板にも貼ってあるんだけど見なかった?」


「知らねえ」


「そう。なら、見なさい。そして出なさい。試験に受かったら私のパーティーに入れてあげるわ――」


 イリスは口角を少しだけ上げた。

 きっと初めてそんな彼女を見た男は恋に落ちるほどに。


「ああ、そう言えば、その試験は武器を使うのか?」


 だが、ナダは見慣れたイリスの微笑みを見ても動揺することはなく、今の自分の状況を自覚した。


「……掲示板を見れば書いてあるからそれを読めって言いたいところだけど、昔馴染みのよしみで教えてあげるわ。ええ。使うわ。だって、優れた冒険者を選び出すための試験よ。もちろん必要だわ」


 イリスは当然の事をどうして聞くんだ、と不思議そうだった。


「ああ、そういう事なら悪いんだけど、試験に出る為に武器を貸してくれないか? 実はさっき最後の長剣を折ってしまって、今まともな武器を一つも持っていないんだ。流石に素手だときつい」


「本当にあんたは……まあ、いいわ。これだけあげる。昔のよしみよ。せいぜい、気を這って頑張りなさい――」


 イリスはため息を吐きながら腰の後ろにつけていたククリナイフを鞘ごと渡した。

 刀身が途中で内側に折れ曲がった短刀だ。

 イリスの愛用の武器の一つだ。

 最も彼女がこれでモンスターを殺すことはなく、万能ナイフとしての使い道が多い。イリスが主に使う武器はレイピアだった。今も腰につけている。


「なあ、これでモンスターを殺せるのか?」


 ナダはイリスが先頭に使ったことのないククリナイフを訝し気に見る。

 使ったことはない。

 初めて見る武器だった。


「殺せるわ。私は殺せる。人が渡した武器にけちをつけないでちょうだい」


「それもそうだな」


「ちゃんと使えるから安心して。その武器はちょっとばかり“癖”が強いから、頑張って使うのよ」


 イリスは意地悪な笑みを浮かべていた。

 武器がないという後輩に普通の直剣ではなく、少しばかり変わった武器を渡すのが彼女なのだ。

 だが、助かったのは事実だ。どんな形であれ、武器は武器だ。


「恩に着るよ」


「久しぶりに見るあんたの実力を楽しみにしているわ――」


 イリスはナダの肩を叩いて発破をかけると、カウンターに向かった。

 そこは先ほどナダがいたパーティーの様々な手続きをする場所であり、正式にアギヤのパーティーメンバーを募集するのだろう。


「このナイフ分は頑張ってやるさ――」


 ナダは革に包まれたククリナイフを強く握った。

「ククリナイフ」


南の地で鍛えられた刃がくの字に折れ曲がった凡庸大型刃物。

刃は幅広で分厚く斧や鉈に近い使い方が可能だが、重心が普通のナイフとは異なるのでこれを存分に振るうにためには確かな筋力と日々の練習が必要だろう。

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