第二十八話 乱闘Ⅱ
ナダとレアオンの二人が男たちを制するまでに、そう時間はかからなかった。
普段人の心を持たないモンスターを相手にしている二人は、殺す気のなかった男たちを倒すのはそれほど苦労しなかった。
ナダは真正面から男たちを殴って、蹴った。決して自分の後ろには誰も近づけさせず、固い拳で足を止めて殴る。もちろん武器を手放した男たちからもいくらか反撃を貰うが、腰の入っていないパンチは軽い。ナダは頭を殴られても、肩を掴まれても手を前に出し続けた。男たちの多少の抵抗ではナダは止まらなかった。
それに、ナダを狙う相手の隙を狙い、レアオンが倒していたのだ。レアオンは小柄を活かして男たちの間に入り、手を捻り、足を踏み、バランスを崩して男たちを投げる。もちろんナダを狙って攻撃する男を優先して。そんなレアオンを止めようと男たちは手を伸ばすが、まるで背後に目があるかのようにレアオンは男たちの全ての攻撃を躱した。
影すら掴ませなかった。全ての攻撃を躱し、男たちを倒していったのだ。その姿は風のようだった。
「で、お前らは一体誰から俺たちの邪魔を依頼されたんだよ?」
ナダは男の一人を足蹴にしながら聞くが、返ってくるのは唸り声だけだった。
意識があるのかどうかは分からない。
他の男たちも同じように構内の固いコンクリートの上で伸びている。たかだか十四歳のまだ子供に十数人の男たちは倒された。特に重症も与える事が出来ずに。
「どうやら答える口を持っていないようだ」
レアオンは小さく舌打ちをした。
そして忌々し気に先ほどまで乗っていた列車を見つめて、大きな舌打ちをする。もうあれが動かないことに苛立っているのだろう。
「誰だよ、こんな事をする奴は――」
「決まっている。あの列車と同じ奴さ」
「それをして自分たちが有利になるとでも? 本当にそう思うのか?」
ナダは深いため息を吐いた。
「気持ちは分かる。これは試験なのだから他人を蹴落とせば自分が受かる確率は高くなると、短絡的に考えるのはそう間違ったことじゃない」
レアオンは相手の考えにも一理あると頷いた。
「それをイリスが許すとでも? あの女は強い冒険者がいないなら、この試験の意味を失くすように平気で該当者なし言いそうな女だぞ」
ナダはこれまでの経験からイリスの行動を予想する。
そう外れていないだろう、という自信がある。
「どうやら君はイリスさんと親しいらしいから知らないだろうが、彼女は学園の中でも神格化されているようでね。後輩たちからは品行方正として知られているらしい。まるでおとぎ話に出てくる英雄の扱いだ。それに貴族なのに、偉ぶっていないのも印象がいい」
「だから?」
「この試験で最低限の冒険者を選ぶと誰もが思っている。君のようにうがった考え方をして、イリスさんを疑うと言う人は少ないという事だ」
「……だから犯人は列車を切り離して、俺たちを襲ったと?」
「ああ、きっとばれなければいいとでも思ったのだろう。全ては事故だと。現に彼らは首謀者の名前を誰も言わない。言わない契約をしていることは確かだが、騎士に捕まってもそれ以上の報酬が約束されていると思うしかない」
レアオンは顎を摩りながら言った。
「そんな事が出来る人物は一等車に何人乗っていたんだ?」
「……数人は、でも、列車を止める事を考えたら一人しかいないだろう」
レアオンは男たちを一度蹴ってから、列車と列車を繋ぐ接続部に移動するようにナダへと顎で示した。
ナダもその指示に従うように先ほどまで乗っていた列車の先頭の部分を外から見る。そこには大きな金属が車体からしっかりと伸びていた。このように機関車を外から見るのは初めてだが、そうおかしな部分はないように思える。
機関車は一番前にある動力部分の車体と、幾つかの乗客が乗るための車体には、用途に応じて数を変えられるように繋ぐ金具がある。場合に応じて車体数を変えるのだ。
「おかしい部分はないだろう? 俺はこの金具を見るのは初めてだけど、こんな形じゃないのか?」
ナダは大きな金具をまじまじと見つめて言う。
「はあ、察しが悪い男だ。いいか? 確かに君の言う通り“この接続部”は壊れていない。どこもおかしいところがない。それもそうだ。列車が動く前には事故がないように事前に整備士が点検しているから。もしも接続部が壊れるとすれば壊れて外れるぐらいだろう」
「そうだな」
「でも、僕たちの車両は動かなかった。ということは、誰かが意図的に僕たちの乗る車両と、前の車両を繋ぐこの接続部分を外したという事だ。もちろん、僕にはこれの外し方は知らないから、専門知識のある者しか外せない。という事は――」
「鉄道会社の関係者か?」
「その可能性が高い。きっと親の権力か何かを使って整備士にこの接合部を外すように指示したのだろう」
「で、ついでに男たちを雇って俺たちを痛めつけようとしたのか? しかもあんな質の悪い男たちを雇ってか。あまりにもお粗末な計画じゃねえか」
ナダは項垂れたように言う。
列車を止めて他の冒険者を試験に参加させないようにするのは気に入らないがいい案だと思うが、その後のどこで雇ったかも分からない質の悪い男を雇って冒険者を襲うのは雑な計画だと思った。
「それには心当たりがある。君もさっきに列車の中で言っていただろう? セウには列車でなくても、徒歩でも馬車でも好きに行っていいって。少しの間なら待つ、っていう話を」
「ああ、言った――」
「イリスさんはきっと約束を守る。だから列車の計画だけなら不十分と思ったんじゃないか?」
「なるほど――」
レアオンの推測を素直にナダは感心した。
「と、言っても君の言う通り、ふざけた計画だ。足もつきやすいし、何よりやり方が気に喰わない。他の冒険者を妨害する案は僕も思いついたけど、同業者の足を引っ張ることは冒険者としての尊厳に関わる――」
「俺もそう思う――」
レアオンの意見にナダも頷いた。
冒険者にとって、最も重要なのは“評判”だ。
パーティー以外に頼る者がいない迷宮の中で、評判が悪い冒険者とパーティーを組む愚か者などいない。だから冒険者は他人からの評価を気にし、誠実に生きようとする。
例え生き死にが掛かった状況であっても、パーティーを見捨てるような冒険者は同業者から信用されない。もちろんそれが罪に問われる事がないが、それが何らかの理由で発覚した場合には酷い迫害に会う。
何故なら極限状態で信頼できる仲間を冒険者は求めているからだ。
「僕たちの武器までセウに持って行っている」
レアオンは顔を歪めて不快そうにしながら列車から離れる。
どうやらもうここにも用がないらしい。
今度に向かったのは荷物を預けた車両であるが、どうやらここにはない。ナダ達の乗る前の車両に武器などを冒険者は預けていたのだが、その車両はイリス達が乗っていた車両と共にセウに向かったようだ。
「俺たちは武器もなしかよ――」
「そうみたいだ。いずれは絶対に手元に返ってくるとしても、セウに行かなければ数週間は手元にないだろう」
「まったくもって迷惑な話だ」
ナダは深いため息を吐く
このままおめおめとインフェルノに帰ったところで、武器がないナダは迷宮に潜ることが出来ない。現在ですら生活に困窮しているナダにとって、迷宮に潜れないことは死活問題だった。
だからこそ、余計に犯人に腹が立つ。
ナダは列車を何も保護していない左手で殴った。列車が揺れる。拳骨が痛む。だけどもこの程度の痛みで、犯人への憎しみが薄れる事はなかった。
「しかもその犯人の想定はついている――」
レアオンは遠く線路の先を見つめて言う。
「誰だよ、一体?」
察しの悪いナダは大きく首を傾げた。
「少しは自分で考えろ。考えればすぐに分かるはずだ。今回の試験を受けている冒険者の中に、鉄道会社の関係者で権力や財産を持つ者は一人しかいない――」
レアオンは吐き捨てるように言う。