第二十七話 乱闘
「で、あんた達は何者なんだ?」
列車を降りたナダの目の前にいたのは、大振りの武器を持った悪漢たちだ。
誰も彼も悪い顔をしている。それにナダよりも随分と年上のように思えた。きっと彼らにとって、十四歳である自分はまだ子供でしかないのだろうとナダは思う。
と言っても、発育のいいナダの身長は悪漢たちと殆ど変わらないが。集まった男たちの中にはナダよりも身長の低い男でさえいる。
「そんな事はどうだっていいだろう? こいつらは僕たちを“痛めつける”つもりだ。それならばやる事は一つだ。徹底的にこっちも抵抗するだけだ。いつもと同じように――」
ナダの隣に立つ金髪の男――レアオンが男たちを挑発するように言った。
レアオンは十四歳らしい身長をしていた。ナダや武器を持った男たちよりも頭一つ小さい。まるで大人と子供ほどの差があったが、態度だけは誰よりも大きかった。
「なんて生意気なガキだ――」
男の一人がナダとレアオンを見下すように嗤いながら言った。
持っている武器は斧だった。刃が分厚く、人を切るためと言うよりもそれよりも固い木を切るためのものだろう。それを片手で持っていた。
「お前らにはこれが見えないのか?」
大きな剣を持った男も言う。
見せびらかすように言った。
それを見て、ナダは思わず肩をすくめてしまった。立派な剣だとは言い難い。刃こぼれが多く、輝きが曇っている。錆びてこそはいない者の、戦士の使う武器ではなかった。
思わず嗤ってしまいそうなほどにお粗末なものだ。
「冒険者か何か知らないが、地上じゃあ無力な子供なんだろう? 大人しくするなら命は助けてやるぞ」
大振りの鎌を持った男はニタニタと笑いながら言った。
誰も彼も武器を持っているというのに緊張感はなく、殺気立った様子もなかった。確かに彼らは鍛えられていたが、それは戦士というような肉体ではなかった。
でっぷりと出たお腹。発達し過ぎた胸筋。敵がいるというのに武器を構えることはせずに肩に乗せているか、地面に差しながらバランスを取っているだけだ。
ナダはそんな彼らの様子が不可解に感じた。
まるでおもちゃを持った子供が威勢を這っているだけに見えたのだ。
「……やけに余裕そうだな。頭の悪い俺でも分かることだが、あんた達がしているのは犯罪だぞ」
駅構内には誰も人はいない。きっと乗客だった者達は大振りの武器を持った男たちを見て、この場から逃げ出したのだろう。
もしくは助けを求めに行ったか。
ここウリャフトにも町の治安を維持するための騎士はいる。
特に駅があり、流通経路の重要な拠点は大切に守る必要があるから国から派遣された騎士がいる筈だ。それも現在国が力を入れている鉄道事業だ。すぐに列車を襲った彼らを逮捕するために騎士が駆けつけるだろう。
それなのに、余裕そうな表情がナダにはとても不可解に感じる。むしろ呆れていた。
「そうだな、オレたちがしていることは犯罪かも知れない。でも関係ねえよなあ!なあ、皆ぁ!!」
「うおぉおおおおおおおおおお!!」
先頭にいる男に賛同するように男たちは右腕を空に突き出して大きく雄たけびを上げた。
それは他には誰もいない駅構内の空気を揺らす。
生暖かい空気だった。
ナダとレアオンはそんな彼らを呆れるように見てから、お互いに目を合わした。思う事は一つだ。
――彼らは、戦士ではない。
もしかしたら列車で倒した男にも劣るかもしれない。
武器を持って、気分が高揚している彼らから決して目を離さずにナダは小声で言った。
「お前の事は知らないが、自信がないなら列車に帰っていいぜ――」
「何を馬鹿な。あの程度に負けるとでも? ダンジョンにいる大猿のほうが数倍恐ろしい」
レアオンは鼻で笑いながら言った。
「だよな――」
ナダもその意見には頷いた。
確かに人よりも遥かに強い膂力を持つ猿の形をしたモンスターの方が、彼らのような中年よりも恐ろしい。大猿の力は人よりも遥かに強い。そんな彼らと武器一本で渡り合わないと行けないのだ。それを考えたら、たかが人相手に素手で挑むなどそれほど大それた事ではない。
さらに相手は――戦士ではない。
「ああ、それで、お前たちは本当にオレらと戦うのか? 別に逃げてもいいんだぜ? オレ達は何もお前たちを殺せって、言われてわけでもねからな。ただ、少しだけ、痛めつけろ、って言われているから腕を貸してくれよ。まあ、切り落とすつもりはねえよ。折らせてくれたらそれでいいからよ」
先頭にいる男がにやにやと笑いながら言った。
肩に乗せている槍をちらほらと揺らしながら近づいてくる。体は正面を向き、足は大股で、武器を構えすらしない。やはり戦士としては二流だ。戦いを職業にしている者にとって、無防備すぎるとさえ思えた。
ナダとレアオンは互いに顔を合わせ、目だけで会話する。
ナダは「やるか」と好戦的な目をした。
レアオンは「当然だ」とナダにだけ分かるように頷く。
「腕を折るつもりかよ?」
近づいてくる男に向けて、ナダは逆にわざと大股で歩みを進めた。
男たちにはきっとその姿は、鴨が葱を背負って来る様子に見えたのかも知れないが、武器を振り下ろす様子はない。彼らの言う通り、ナダ達を殺すつもりは全くないようだ。
きっと大きな武器は彼らの虚勢で、脅しの道具なのだろう。
だからナダは恐れもせずに男へと近づいた。既に大剣を振り下ろせば届く範囲に体を入れている。緊張なんてせずに、まだ14歳の少年らしく、微笑んだ。その姿はあどけなかった。
その姿に男たちは戸惑って、ナダは無防備な男の顎にだらんとおろした腕から掌底を放った。拳は固めない。痛めるのが嫌だからだ。
顎に一撃を食らった男は顔が大きく捻る。足がぐらついた。きっと何が起こったのか分からないだろう。ナダの攻撃は唐突で、予備動作すらなかった。さっきもなかった。だからきっと地面に倒れるまで、己が攻撃された事にすら気づいていないだろう。
「えっ、あっ――」
ナダに攻撃を貰った男の後ろにいるまた別の男が、強襲を受けたことに反応できず戸惑った声をあげた。
ナダの少し後ろにいたレアオンは、そんな男に襲いかかる。小さな体躯を生かして男の懐に潜りこみ、片手を掴んだ。そのまま背負うように男を宙に浮かし、手を放さずに男の背中を地面へと叩きつけた。男はその衝撃で武器を手から離し、口から重たいうなり声を出す。
「お、お前ら、いきなり何しやがるんんだ!」
「何を考えているんだよ!?」
「頭おかしいんじゃねえか!!」
信じられないような男たちの声が、駅の構内に響き渡る。
男たちは攻撃されてもなお、最初にしたことは武器を構えるのでなく抗議であった。
それぞれが思い思いに汚い言葉で罵るが、戦士であるナダとレアオンは聞く耳を持たなかった。先手を持って男たちに襲い掛かる。男たちは武器をナダ達に向けて振ろうとするが、それらはあまりにも大きすぎた。仲間達が集まっている場所で振るう武器ではない。
人と言うよりも、もっと大きな獣を狩る為の武器だったのだ。もちろん、男たちはそれを扱いなれていなかった。
それをナダとレアオンは当然のように把握している。
そして――ナダとレアオンの戦いは始まった。