第二十六話 ウリャフトⅨ
「嫌いって、武器も持っていないのに本気な――」
「――いいね。その考え。僕も乗った。君の事は知らないけど、そういう考えのほうが性に合っている」
アメイシャは危険だとナダを止めようとするが、そんな言葉を遮るように座席の中から一人の男が立ち上がった。
艶やかな金髪の髪が目立つ男だった。一瞬、女性かと見間違うほどに可愛らしい顔をしているが、短く切りそろえた髪と低い声が彼を少年だと思わせる。
彼は、間違いなく冒険者で、戦士だった。
獅子のように獰猛な表情をしていた。
だから誰も彼の邪魔をしようとは思わない。触れようと思わない。綺麗な顔をして思わずうっとりとしてしまう女性もいたが、誰も彼に声をかけないのは独特の殺気立った雰囲気からだろう。
触れれば破裂してしまいそうな彼に、ナダは挑発するように言う。
「あいつらは武器を持っているぞ。そこで大人しくしていた方がいいんじゃないか?」
「何を馬鹿な事を言う。僕は冒険者だ。あの程度の男たちに殺されるような“雑魚”じゃない――」
「へえ、じゃああんたは強いのかよ? たまたま強力なアビリティやギフトを手に入れたわけではなく――」
ナダは感心するように言った。
有名な冒険者は学園内で名前も顔も売れているが、彼の顔は見たことがなかった。もしも有能なアビリティやギフトを持った優秀な冒険者なら世間に疎いナダであっても知っている筈だ。
だが、彼の顔は知らない。
聞いたこともなかった。
「ああ、強いさ」
彼は自信たっぷりに胸を張った。
その胸は分厚く、太かった。
「そうかよ、それは楽しみだ――」
「ふん、そもそもあの程度に殺されるような冒険者は、イリスさんのパーティーに相応しくないとさえ思っている」
車内で身を丸くして怯えている幾多の冒険者を鼻で笑う金髪の男は、ナダを通り越して列車から出た。
その姿は獅子のように勇敢で、まるで枷から解き放たれた一匹の獣の様だった。
「威勢のいいやつだな――」
だが、嫌ではない。
不思議と好感を持てた。
「君だけには言われたくないよ」
金髪の男は嗤いながら外へと行く。その足は恐ろしいほどに軽かった。
ナダもそんな男に後を付いて行くように列車を降りる。その姿に恐れは全く見えなかった。
「なんなの、あいつら――」
アメイシャは信じられない者を見るような目で、列車から出て行った二人を見つめていた。
車内にいる冒険者たちは動揺に包まれて、誰もがざわざわと喋り出す。
今の状況が理解できずにパニックに陥っていた。
アメイシャは当然ながら、ガルカもどうしていいか分からずにおろおろと車内と車窓を見渡している。
「なにって、オレにも分からないよ――」
「そもそもあの金髪の男は誰? 私が見たことがないけど、あれ程の自信があるなら有名なの!?」
アメイシャはこれまで小さなコミュニティに属し、学園の情報をあまり仕入れていなかった為か、他の冒険者についての知識が薄い。もちろんイリスのように知っている冒険者もいるが、大抵の冒険者は知らない。ナダの事も当然のように知らなかった。
「あー、彼ね。有名と言えば、有名だよ」
だが、アメイシャとは違い情報通であるガルカは知っているようだが、その反応は苦虫を噛み潰したようだった。
どうやらあまり金髪の男にいい印象は持っていないようだった。
「どんな人なの?」
「オレはあまりこういう言葉を使うのは好きじゃないんだけど、彼の名前は――レアオンだ。学園でも有名な“問題児”で、“落ちこぼれ”だよ」
「……ええ、思い出したわ。私も彼を知っている。学園の中では有名だったわね。まさかこんな所にいるとは思わなかったけど」
思い出したように、アメイシャは何度も頷いていた。
彼の姿は初めて見たが、レアオンという名前はよく知っていた。
同じ三年生で、冒険者であるレアオン。そんな彼の話は同級生の女子の間で一時期よく話題に上がっていた。
女のように美しい彼の容姿は一年生の頃から有名であり、同学年のみならず上級生においても人気があったようだ。彼の周りには常に女性がいて、パーティーへの勧誘も数多くあったらしい。
一年生の頃は。
だが、彼は同学年の男子と比べると体が小さく、力もそれほど強くなかったため冒険者としての活躍はそれほどではなかった。また同級生たちが次々とアビリティやギフトに目覚める中で、レアオンにその兆しは見られなかった。
やがて誰かがレアオンの事を落ちこぼれと言い始め、彼の評価はマイナスなイメージで固定されていく。それが原因かは分からないが、また早々にパーティーから追い出されたようだ
それからの事をアメイシャは知らない。友達の女子学生たちも顔だけがいいレアオンには興味が無くなったのか、話題にも出さなくなったのだ。
アメイシャはその時点できっと能力が発現しなかった他の多くの冒険者と同じように学園を去ったのだと漠然と思っていたのだが、どうやらそうではなかったようだ。
「アメイシャさんがどこまで彼の事は知っているかは分からないけど、どうやらパーティーを追い出されてからは“独り”で活動していたみたいだ。だから有名なんだよ。無能力者のソロでの冒険者活動。それがどれだけ無謀な事かは、冒険者の中では有名だからね」
「普通の冒険者ならすぐに死ぬわ――」
「ああ、そうだ。でも彼は生き残っている。それにまだ“どちら”も目覚めていないらしい」
「……そうなの。じゃあ、彼は生身でモンスターを倒しているのね。恐ろしい人」
アメイシャは純粋にそう思った。
蘇るのは彼の光景だ。
アビリティもギフトも持たずにクマという恐ろしい獣に立ち向かった勇ましい冒険者の姿であり、急に現れた武器を持った男に素手で戦いを浮かんだ怖い姿だった。
アメイシャはそんなレアオンの事を聞いても、今の状況をどうしていいかが分からない。足が動かない。体がすくんでしまっていた。きっとあの二人のように素手で男に立ち向かう勇気がないからだろう。
きっとそんな状況に陥っているのは彼女だけではなかった。
列車の中にいるほとんどの冒険者が、あの二人のように無謀にも立ち向かえる無謀さを持っていなかった。
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