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第二十五話 ウリャフトⅧ

「じゃあ、お望みどおりにやってやるよ!」


 ナダの挑発に合わせて、男は大刀を振り上げた。

 だが、それよりもナダの動きが早かった。右足を勢いよく跳ね上げる。もちろん履いているのは底が重たい革のブーツだ。つま先は固くなっている。それで男の喉元を真っすぐに狙う。

前蹴りだ。

 男には避ける暇もなかった。それも当然なのかもしれない。ナダの位置は男と近い。お互いに手を伸ばせば届く場所にいた。もちろんナダの蹴りだって簡単に届く。さらに大刀を振り上げて下ろそうとする男に対し、ナダは足を全力で上げただけだ。ナダのほうが動作が少ない。

 男はそれを分かっておらず、戦いに慣れていたナダのみがこの状況を見越していた。例え武器を持っていないなくても、自分が有利である事をナダは確信していたのだ。

 男は無防備な首に、ちょうど喉ぼとけにナダの前蹴りをまともに食らった。

上半身が後ろに逸れる。


「お、まえ、っ!」


 男が声にならない絶叫を上げた。既に喉が潰れて声にならなかった。

 もはや手に持つ大刀に力はない。ナダは右足を地面に戻し、今度は左足で上に今にも落ちそう大刀を持っている手首を蹴った。男の手から大刀が離れる。気にせずナダは続けざまに男の顔へハイキックする。

 男の顎が“ずれ”た。

 だが、まだ膝は崩れない。

 ナダは体勢が崩れた男に飛び掛かった。

 体と体の距離が零になる。

 ナダは左手で男の首を持った。そのまま右手で太ももを抱え上げて、男の態勢を崩す。背中から地面に落とした。男は受け身を取ることができない。もしかしたら受け身を知らないのかも知れない。

 だが、関係がない。

 ナダに遠慮はなかった。

大きな衝撃音と共に、男は小さく呻いた。列車が少し揺れる。

そんな男へナダは馬乗りになった。

 ああ、そう言えば、とナダは思い出す。


「――マウントポジションを取れれば、負ける事はほぼありません。ですが、技術がないと取っても意味がありません」


 ラルヴァ学園でも徒手空拳の授業はあった。

 モンスター相手には殆ど通用しない技術なので、熱心に学ぶ生徒は少ない。だが、成績の悪いナダは単位の為に徒手空拳の授業を真剣に学んでいた過去がある。

 その言葉は、徒手空拳の授業の先生が言っていた言葉だった。

 マウントポジションを取られてはいけない。だが、取られたとしても打開策は幾つかある。拳を振り上げた時に相手の重心がずれるからそのすきを狙ったり、エビぞりのような動きをしたり、色々な抜け方があり、またそれを阻止する技術も数多くある。

授業で少しかじった程度のナダも少しは出来るが、どうやら男は何一つそういう事は知らないらしい。必死にナダの手を押さえようと迫りくるパンチだけを止めようとするだけだった。

ナダはそんな生暖かい過去を思い出しながら、当然のように男の顔を一発殴った。


「お、おま……!」


 男が次の言葉を言い切る前に、ナダはもう一回殴った。

 武器がないとか、相手を制することができる体制にいるとか、そんなことは関係なく、もう一度殴った。男の反抗的な目が原因だった。

 それでも男は暴れた。体を必死に揺らしながら胸元に乗っているナダを何度も殴ろうとし、膝でナダを蹴ろうともする。不利な体勢を覆そうとする。

だが、マウントポジションを取っているナダに死角はない。男が暴れるたびに顔を殴り、胸を殴る。だが、とどめまでは刺さない。このままタコ殴りにして勝つのは簡単で、殴り続ければ殺すことも可能だが、ナダはそれをしなかった。男を見下ろしたまま冷たい声で言った。


「で、あんたの目的は?」


 ナダの声は車内に響き渡った。

 誰もがナダと男に注目していた。それもそうだろう。急に大刀を持って車内に乗り込んできた傭兵崩れの男と、そんな男を素手で圧倒したナダ。目に入らないわけがない。


「……」


 男は何も言わなかった。ナダを睨みながら唾を吐く。どうやら口を利く気はないらしい。

 そんな強い意志が感じられた。

 もしくは何かを恐れているのだろうか。彼の依頼主が誰なのか想像はつかないが、少し脅したり痛めつける程度では口を割らないのだろう。

 そんな時、観客の一人が窓の外を指さして叫んだ。

 アメイシャだ。


「皆見て! 窓の外を! そいつだけじゃないわ! 他にも続々といる! 何がどうなっているの!?」


 他の観客もアメイシャの声に合わせるように椅子から移動し、アメイシャのいる方向にある窓の外に注目した。

そこには数多くの悪漢たちがいた。おそらく傭兵だろう。鎧すら来ていない大の大人であるが、手には大振りの武器を持っている。剣、槍、斧、どれも普通の学生たちでは持てないような重さだろう。

そんな男たちが列車に近づいている。

確かな意思を持って。

ナダは自分が馬乗りになっている男を睨んだ。男の顔は大きく晴れていた。青あざもできている。きっとこの男の仲間だと思った。


「お前の仲間か?」


 男は何も言わなかった。

 唇を動かすことすらしない。力のない瞳でナダを見つめるだけだ。きっともう抵抗もしないのだろう。抵抗のする気が見えない。手足の大の字に放り出している。


「まあ、いいさ。答える気もないんだろう?」


 男は頷かない。

 そんな様子にナダは苛つきもしなかった。小さくため息を吐いただけだ。なんとも思わない。既にこの男の脅威は失せた。

 きっとナダは優しいのだろう。もしも相手がモンスターなれば息の根を止めるまで攻撃を続けるが、戦意の無くなった男に興味はない。馬乗りになったままもう一度フックの要領で男を殴って昏倒させると、すぐに男の上から退いた。

 開いた扉の先を見つめる。

 男たちがニヤケ顔を浮かべながら近づいてくる。きっと武器を持たず、アビリティもギフトも使えない冒険者など恐れるに値しないとでも思っているのだろう。


「悪い奴らがいっぱいじゃねえか――」


 ナダは軽い足並みで降りていく。

 彼らの正体は分からない。分かることと言えば、冒険者を狙っている事だけだ。

 イリスの用意した試験ではないだろう、というのがナダの見解だった。彼女なら一等車に乗った冒険者と三等車に乗った冒険者で区別しない。もしも彼らがイリスの雇った男であるならば、一号車も平等に襲うはずだ

 だとすれば――


「――他の冒険者の妨害か? そこまでしてイリスのパーティーに入りたいのか?」


 可能性としては大いにあり得る。

 イリスに近づきたい冒険者は多い。

もちろん彼女が優れた冒険者だからと言う理由もあるだろうが、彼女は巨大な領地を持つ貴族の一つだ。国内においても王族の次に力を持つ家の一つの娘である。冒険者という事を抜きにしても、彼女と繋がりを持ちたい者はきっと多いだろう。

 だが、それにしても嫌な方法だと素直に思った。

 ナダの好みではない。

誰かを使って他人を蹴落とすなど、確かに受かる確率を確実に上げる方法の一つだが、やはり好みではない。それにそんな悪事に手を貸す大きな武器を持った大人たちにも反吐が出る。きっと大量に積まれた金にでも目が眩んだのだろう。


「まあ、いいさ――」


 ナダは先ほど男に話しかけた時と同じとぼけた表情で言った。

 することは変わらない。

 目標も変わらない

 邪魔者は全てぶっ飛ばすだけだ。

 だからナダは恐れずに列車の外へと向かう。

 その様子を見ていたアメイシャが、ナダを引き留めるように言った。


「ナダ! 何をするつもりなの!?」


 ナダはそんな彼女に振り返らずに言う。


「邪魔なあいつらをぶっ飛ばすだけだ。嫌いなんだよ。ああいうやつが――」


 誰かを蹴落として、自分が成り上がろうとする奴が。

 それが正当な手段だったらいい。卑怯なやり方じゃなければいい。だが、こういうやり方は嫌いだ。

 外部の者を金で雇い、他の冒険者の試験を妨害するなど。

 ああ、むしゃくしゃする。

 ナダは奥歯に力が入るのを感じる。


久しぶりに素手の戦いを書いておりますが、とても楽しいです。

もっと書きたいですけど、迷宮に潜れば出番がないのが悲しいところです。

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