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第二十四話 ウリャフトⅦ

 三等車の中はざわついていた。

 それもその筈。快適な列車の旅の筈なのに、それが動くことがなかったからだ。ナダとアメイシャ、ガルカも椅子に座ったまま深いため息を吐いている。列車内にいる多くの冒険者もそうだった。イリスのパーティーに入りたかったのに、次の試験を受けられないというショックによって当分は動き出す気力が生まれなかったのだろう。


「置いて行かれた――」


 列車の中にいる冒険者の一人の顔が絶望に染まっている。がっくりと項垂れて、顔を下に向けていた。車内にいる冒険者は全員似たようなものだった。外を気の抜けた顔で見つめる者、天井を仰ぎ見る者、誰もいない前の席を殴っている者さえいた。


「ああ、信じられないわ。こんな事になるなんて。どうして置いて行かれたの? 前の列車は先に行っているのに、私たちはこんなところで置いてけぼりに会うなんて。何が悪いの? 誰が悪いの? 意味が分かんない」


アメイシャは項垂れたように窓の外を見ていたらしく、イリス達が乗っている一等車などがどうなっているかを教えてくれた。どうやら先頭の動力部分が灰色の煙をあげながらがたんごとんと先に行ったようだ。

前の車両は止まる様子がなく、すぐに遠くへと小さくなっていった。

ナダの目にも既に走って追いつけないほどの距離にある。もうどんな手を使っても、次の試験会場であるセウに行く列車に乗ることは出来ないだろう。

そもそもナダ達が乗っている列車はただの客室だ。カルヴァオンを燃やして車輪を走らせる機能などない。


「これなら一等車のチケットを買っておくべきだったかな? まさかこんな“事故”に会うなんて予測できるわけがないよ」


「こういう事故は多いのか?」


 ナダは前の席にいるガルカに尋ねた。

列車が民間人に開放される数十年前の話では、カルヴァオンを使った蒸気機関の不具合や列車の車体自体の整備不良、また線路の故障など数多くの問題があったらしい。今では技術も発展し、列車の事故も殆どなくなったのとナダは聞いていた。


「まさか。聞いたことがないよ。オレも何度か列車に乗ったことがあるけど、こんな事は初めてだ」


 ガルカは両手を上げている。まるで降参をしているようで、突然の不幸をまだ受け入れら羅れていないのか厳しい顔つきをしてた。


「もう終わりよ……私たちは終わったのよ……こんなのじゃ試験も受けられないわ……私は終わったわ……」


 アメイシャは項垂れて、ずっと似たような事を似たようなことを口走っていた。

 車にいる他の冒険者の反応も、大して変わっていなかった。例えイリス達が乗る前の車両がナダ達の視界から消えたとしても、落ち込む様子は変わらない。

 ここにいる冒険者の心の傷は癒えない。

そんな中、ナダは頬を強く叩いてから立ち上がった。

――イリスの言葉を思い出したからだ。


「どこに行くのよ、ナダ」


 絶望の色に染まったアメイシャが、力のない声で言った。

 そんな彼女をナダは快活な顔で笑い飛ばした。


「どうしてそんなにひどい顔をしているんだよ?」


「決まっているじゃない。私たちはセウに行けないわ。試験に落ちた。もう間に合わないの。私の実力が低くて落ちるなら納得できるけど、こんな不幸によって落ちるなんて悔やんでも悔やみきれないわ」


 アメイシャは涙をぽろぽろと流していた。

 先ほどまで楽しそうな顔をしていたのに、打って変わって人生の底にいるかのように震えている。彼女のこの試験への思い入れは知っている。だからこそ、彼女の気持ちがナダには痛いほどわかった。

 だが、それでもナダは“彼女の無駄な心配”を笑い飛ばした


「イリスは言っていただろう? セウには列車でなくても、徒歩でも馬車でも好きに行っていいって。少しの間なら待つって言っていただろう」


 そうだ。

 ナダの知っているイリスはこんなアクシデントに負ける者よりも、それに打ち勝つ人間のほうが好きだ。さらに彼女は嘘をつかない。待つっていったのだから、きっと期間を決めてセウで待っているのだろう。

 それなら行かないという選択肢はない。例え列車が使えないとしても。


「……確かに……言ってたわ……」


 まるでナダの言葉をしっとりと心の中に浸透させるように、アメイシャはゆっくりと呟いた。


「アメイシャはここで諦めるのか? イリスならきっとこんな苦難を乗り越えるような人間が好きだと思うぞ」


 ナダは馬鹿にするように言った。

 ナダの言葉はアメイシャだけではなく、ガルカは勿論のこと車内にいる全ての冒険者が聞いていた。誰もが心を打たれたように雄たけびを上げる。

 だが、そんな冒険者たちをあざ笑うかのように、列車の後方にある入り口から――男が入ってきた。

 最初は誰もが乗務員だと思った。

 前の車両と離れて、ここに残ったことに対する説明なのだと思った。

 そもそもこれは“事故”だ。大惨事にならなかっただけで、本来なら車両の一つが置いて行かれることなどあってはならないのだ。少なくともナダはそう思っていた。

 今回置かれた乗客の為に振替車両が出るのか、また別の方法でセウに向かう便が出るのか、もしくは当分はウリャフトに留まることについての説明か、そういう話がされるのだろうと期待している。

 だが、乗務員が車内に入ってくることは――なかった。


「ふん、威勢のいいガキどもだな。こんな奴らがオレの相手なんて堕ちたものだ――」


 彼は間違いなく、一般市民ではなかった。

 ここにいる誰もが、一目で白シャツと灰色のズボンを履いている中年の男の事を堅気でない人間だと分かった。

 大きく発達した上背。それは荷物を運ぶ筋肉ではなく、得物を振る為に背筋が大きく発達している。腕には無数の切り傷の跡が残っており、下半身も太い。腹もたっぷりと出ていて頭も剥げているがその眼光は鋭い。人を殺すことを厭わない目をしていた。戦士の顔つきだった。

また手には大振りの大刀を持っている。分厚い刃だ。それは珍しく片刃だった。多少の金属なら斬れそうなほどの。人ならばきっと簡単に真っ二つだろう。

 危険な男だった。

 列車の中にいる冒険者たちが思わず言葉を失うほどに。

 だが、只一人、数多くいる観客の中で立っているナダは、まるで男の事を恐れていないかのように軽い口調で言った。


「あんたほどじゃあないさ。そんな年にまでなって、そんなものを振り回して、元気じゃないか」


 ナダは大股で男まで近づいた。

 男が肩に担いでいる大刀を振り下ろせば届きそうなほど。

 ナダは男を見下すように見た。ナダの身長が高いからだ。


「……生意気なガキだな。これが見えねえのか? お前の命はオレの自由だぞ」


 男は肩に置いてある大刀を何度か揺らした。武器を持っていないナダをなめた表情で見ている。

 いつでも殺せると高をくくっているのだ。刀を振り下ろせば、防具を着ていないナダなど簡単に。


「それがどうかしたのか?」


 ナダはにたあと嗤っていた。

 大刀を持っている男に恐怖すら感じていなかった。


「言葉の分からねえガキだな」


「あんたは何なんだよ?」


「オレか? お前らを痛めつけろ、っている依頼が来てよ。そうするつもりだ」


「それは俺もか?」


「ああ、何なら右腕をぶった切ってやろうか? それとも左腕がいいか? もしくは右足が? 可哀そうだから真っ二つは止めてやるよ」


「あんたにそれが出来るのかよ?」


「はあ?」


「そんなたっぷりと太った腹でよ――」


 ナダは挑発するように言った。

 男が持っている大刀を見たとしても少しも怯える様子は見せなかった。怯えるわけがないのだ。

 例え男が歴戦の戦士で、大きな武器を持っていたとしても、鋭い目つきをしていたとしても、迷宮の中にいるモンスターと比べると怖さが足りない。殺されるという怖さが足りなかった。男の口調からしてそもそも殺す気がない。その時点で、数多くのモンスターと比べると男に恐れる理由がナダにはなかった。


「怖く、ないの?」


 誰かがぼそっと呟いた。

 突然現れた武器を持った大男へ、列車内にいるほとんどの冒険者は怯えていた。戦う武器を持っていないのもその理由の一つかもしれない。もしくはアビリティやギフトを使えない地上というのもその理由の一つだろう。

 それは普通の人間としてごく自然の反応だった。武器を持った相手に、何も持っていない人間が怯えるのはそうおかしな事ではない。


「お前、殺されたいのか?」


 男の声が凄んだ。

 どうやら気持ちが変わったらしい。これまでナダを痛めつける気しかなかった男が、先ほどとは違う殺気を放つ。

 ああ、モンスターと対峙している時に似ている、とナダは思った。

 心地良い殺気だった。

 だが、男を恐れるわけなどない。

 それは例え武器を持っていないとしても変わらなかった。

 ナダは嗤いながら言った。


「そう聞く前に、俺を殺したかったらさっさと振れよ――」


 ナダは挑発するように言った。

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