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第二十二話 ウリャフトⅤ

 空は既に橙色に染まっている。

 ナダは夕刻が嫌いだった。

 青かった空が黒く染まる前触れ――まるでこれから訪れる闇に飲まれて自分という存在が消えてしまいそうになるから、という理由もあるが、一番は迷宮に存在するモンスターは夕刻になると目が赤くなって、通常よりも強くなる。

 冒険者たちはそんなモンスターの様子を嗅ぎ取って時間の経過を知るのだが、只でさえ強いモンスターが余計に強くなるのだ。厄介とした言いようがない。

 そんな時にナダは、ウリャフトにある駅構内にいた。

 既に列車はウリャフトに着いている。『ラマ号』という名前であり、都市間を繋ぐ重要な列車だ。ラマ号は五両編成であり、一番後ろの一両は鉄鉱石を運ぶためであり、そこに人は乗れないとアメイシャから聞いた。きっとこれから向かうセウに届けるのだろう。

 既にイリスの次の試験を受けようとする冒険者たちは列をなして列車への乗車を待っている。

 ナダだってそうだ。

 フード付きの黒いコートを着ながらアメイシャと並んで列をなしている。他の商人や旅人と一緒に。荷物は持っていなかった。元々殆どの荷物を持っていなかったが、ククリナイフなどの武器は一つに纏めて後ろの荷物置きの車両へと置いてきた。車内に武器は持って入れない。

 貴族なら自衛のため許されているが。

 現にイリスもレイピアを差している。迷宮で使う赤いレイピアだ。

 イリスは一番高い席を取っているので前から二番目の列車へ、もちろん他の冒険者も何人かはイリスと同じ列車に乗っている。きっと自分でチケットを買ったフェデリコに習って、イリスと同じ席のチケットを買ったのだろう。

 アメイシャはそんな冒険者を見ながら、鼻で笑うように言う。


「あー、多分彼ら、イリス先輩に近づくためにチケットを買ったのよ」


「それで何か意味があるのか?」


「ないと思うわよ。親しいからって、えこひいきしてパーティーに受からすような先輩じゃないでしょ?」


「ああ、それだったらきっと俺はもう縁故で受かっている――」


 ナダは諦めたように言う。

 自慢じゃないが、イリスとは親しい関係だ。

 お互いに呼び捨てで呼び合うほどの仲であり、出会った頃からナダはイリスの事を呼び捨てにしているが彼女はそれに対して文句は言わない。例えイリスがナダより年上であっても、本来ならナダが平民でイリスが貴族という身分差があったとしても、お互いに差などない関係だった


「そうね――」


 アメイシャは少し影を差したように言うが、ナダは気づかないまま自分たちの車両へと急ぐ。


「チケットはございますか?」


 イリス達が乗った車両の二つ後ろの車両が、ナダ達に用意された車両だった。

 ナダのようにお金がない冒険者、列車の席などに無頓着なアメイシャのような者達は並んで順番に乗務員にチケットを渡した。

 ナダもアメイシャに続いてチケットを渡す。

 すると手でチケットをもぎり、半分の大きさになったチケットをナダに返した。ナダはそれをコートのポケットに入れた。


「はい。で、どうぞ。よき旅を――」


 乗務員に見送られてからナダも車内に入る。

 車内は小さく纏められていた。

 何度もイリスから聞いた話では、車内はゆっくりとくつろげると聞いた。広く柔らかいソファー。広いテーブル。また給仕もいて、彼らに淹れてもらう紅茶を飲みながら見る車窓の景色はとても優雅で格別だと。

 だが、ナダの見る席はそうではない。どこにもテーブルなどなかった。二人掛けの席が等間隔に並んでいるだけ。それに席自体の感覚も狭く、とてもゆったりなんてできないだろう。


「ナダの席はこっちよ――」


 アメイシャがナダを手招きする。

 どうやら席を取ってくれたようだ。ナダ達のいる三等車は自由席であり、早く車内に入って席を確保しなければいけない。席数以上のチケットは売らないので乗客は全員座れるのだが、そうなると好きな席は取れない。人気の席は窓側の席だ。もちろんアメイシャも窓側の席を取っており、ナダは少しだけ外が見にくいことに落ち込みながらもそれを隠すようにしてアメイシャの隣に座った。通路側の席だ。


「ありがとよ――」


「いいわよ、別に。うーん、それにしても楽しみね! 冒険者となってから故郷なんて帰っていないから、列車に乗るのは久しぶりだわ!」


 うーん、とアメイシャは両手を大きく伸ばした。

 彼女は楽しそうだった。それもそうだろう。例え一番安い三等車の席であっても、カルヴァオンで動く列車の席はまだまだ高く、庶民にはなかなか手が出ない。

 使える時は特別な時だけだ。


「……そうだな。アメイシャはラルヴァ学園に入る時は盛大に祝われたのか?」


 ナダは固い木でできた椅子の背もたれに体重をかけると、きしむ音が聞こえる。


「ええ。もちろんよ! だって、冒険者になったら当分は親とは会えない。寂しかったけど、私の両親は笑顔で送り出してくれたわ。そんなに稼いでいないのに、私の為にせっかくだから、と列車の席まで用意してくれたの」


「よかったじゃねえか」


「ええ。だから私は言ったわ。冒険者として絶対に大成するって。今のところ、その予定はないけど、故郷にいる両親の為にも今回の試験は頑張らないといけないわ!」


 アメイシャは燃えるような目で言った。

 そんな彼女がナダには眩しく見えた。


「……そうか」


 ナダは力なく言って、そのまま遠い目をする。

 故郷か、と遠い過去の事を思う。

 帰るつもりはない。帰りたいとも思わない。アメイシャのように冒険者として成功したいとも思わない。どれも自分には荷が重たく、そんな天望は一切ない。あるとすれば、温かい飯と寒さの凌げる家。ゆっくりと生活できることだ。よくよく考えると、欲望が少ないな、と思った。

 きっとイリスに聞かれたらダメ出しをされるとも。

 ――冒険者は大望を抱かなくてはいけない。欲望こそが冒険者を成長させる、と。

 だが、ナダにはその考えは合わなかった。


「そうよ! 目指すは 英雄の卵! 一攫千金! 億万長者!望むものを上げだしたらきりがないけど、部屋を金塊で埋め尽くせるほどのお金を稼いでみたいわ」


 どうやら彼女は欲望の塊らしい。

 イリスと性格が合いそうだな、と思う。


「そんなに金が必要なのかよ――」


 ナダは目が金のマークになっているアメイシャを見て、少しだけ引いた。歴史に名を残したい、英雄になりたい、そんな夢を語る冒険者は数多くいて、アメイシャのように金を望む冒険者も多いが、ここまで多くの金を望む冒険者も珍しいだろう。


「そうよ、必要なの! もちろん名誉だって欲しいけど、でも、一番はお金よ! 私の家は商人でね、そんなに裕福ではないからいっぱい働いているわ。もう少しお金があったら大きな商売に手をだせるんだけど、今のところ難しくって」


「ああ、それで冒険者を――」


 よくある理由だった。

 家族の為に危険な冒険者と言う職に就く。

 冒険者は身分に関係なく一攫千金を手に入れる事が出来る職業だから、そういう甘い言葉だけを信じてインフェルノを目指す者は多い。


「ええ。ナダもどうして冒険者を?」


「アメイシャとそう理由は変わらねえよ。生きる為に金が欲しかっただけさ」


 ナダは遠い目をする。

 自分の状況は一番自分がよく分かっている。いい生まれの子供ではない。数多くいる百姓の子供の一人だ。自分は次男坊で、継ぐべき畑もない。

 顔がいいわけでも、頭がいいわけでもない。特技なんて何もない。しいて言えば、同年代の者より体が少しだけ大きいだけだ。未来に天望なんてなかった。

 だから冒険者になった。

 金を稼げるという甘い魅力につられて。

 現実はそうは甘くはなかったが。

 今も金に飢えているのは変わらない。


「じゃあ、一緒ね! 私たちはお金の為にがめつく冒険者を続けている、似た者同士ね」


 アメイシャは年代の少女のようにころころと笑った。

 その笑みは純粋で素朴であったが、とても魅力的だった。つられてナダも表情が緩むほどに。


「ああ、しかも有名な先輩の威光に縋ろうとしている似た者同士だ」


 自虐するようにナダは言った。


「本当にそうね。でも私たちは似た者同士だけど、ライバルよ。分かっているの? 私はナダを蹴落としてでもアギヤに入るつもりよ」


「いいぜ。俺もそのつもりだ。この機会を逃すわけにはいかない。でも、それまでは協力しようぜ。次の試験が何かは知らないがな――」


「そうね。これまでの試験も、私一人だけじゃ越えられなかったでしょうし」


 ナダがアメイシャは電車の椅子の上でしっかりと手を組んだ。

 これまで成り行きで協力していただけなのに、列車に乗り次の試験を意識するとどうしても仲間の存在がいると思った。お互いに打算的な決断だったが、ナダは悪くないと思っている。


「あれ、お二人さん、面白そうな会話をしているね。それ、オレも混ぜてくれないかな? それともお二人だけのほうがいい感じ?」


 前の椅子の上から顔を飛び出したガルカは、にやにやとしていた。

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