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第二十一話 ウリャフトⅣ


「もしかしてまた歩いて行くのですか?」


 アメイシャがイリスに聞いた。


「いいえ。流石に同じのを試験にするのは芸がないでしょ。セウまでは列車で行くわ――」


 イリスはちらりとナダを見て、温かいような笑みを浮かべた。


「もちろん、チケットは取ってあるわ。一番安い席だけど、セウまでは二日ほどだからそんなに辛い旅じゃないはずよ。是非とも列車の旅を楽しんでほしいわ。ここからセウに向かう時に車窓から見える景色は本当に綺麗だから」


「あの、それに関して質問があるのですけどいいですか?」


 眼鏡を人差し指で上げたフェデリコは、恐る恐る手を上げる。

 イリスの機嫌を損ねないように戦々恐々としているらしく、一挙手一投足に気を使いながら動きはゆっくりだった。


「何かしら? 聞くわよ――」


「恐れ入りますが、自分でチケットをとっても宜しいでしょうか? もちろんイリスさんのご厚意に甘えたいお気持ちもありますが、僕の父は鉄道会社に所属しておりまして会社の者が気を使って、一番安い席のチケットでも最高ランクの席に座らしてくれると思うのです。でも、それだとお金を払っている人と不公平なので、自分でお金を出して席を買いたいのです」


 長々としたフェデリコの説明をあまり聞いていないのか、イリスはあくびをしていた。そして話が終わると、軽い感じに言う。


「いいわよ、他にもチケットがいらない人がいたら言ってね。もし電車が嫌いだったら馬で行ってもいいし、徒歩で行ってもいいわ。少しぐらいならセウで来るのを待つわ。他に誰か意見のある人はいる?」


 他に意見のある者がいなかったので、イリスが左手を上げて先ほど入ってきた入り口を見てから左手で指を鳴らした。

 すると妙齢のメイドたちが五人ほど現れた。彼女たちは手に封書を持っており、それを各卓についている冒険者達に渡して回る。

 ナダやアメイシャも当然のように封筒に入ったチケットを受け取った。それは丁寧にも封蝋されており、それは彼女の家紋である菖蒲あやめであった。


「ないわね。列車の出発は今日の夕刻よ。それまではこの宿でくつろぐといいわ。勿論町を見回ってもいいし、自由に過ごしなさい。でも、列車に遅れたら知らないから、あとは歩いてでも来る事ね。じゃあ、解散!」


 イリスは元気よく解散と告げると、もう宿屋に興味がないのかメイドたちを引き連れて出て行った。

 どこに向かったのかは知らないが、きっと彼女も夕方まで時間を潰す気なのだろう。食堂に集まった冒険者たちも思い思いに散っていく。ある者は自室に戻り、ある者はイリスのように食堂を出ていき、もちろん食堂に残る者さえいた。

 ナダとアメイシャ、ガルカも食堂に残っている。


「それで、一体セウには何があるんだ?」


 ナダは残った朝食を食べながら言う。

 セウについて持っている情報と言えば、学園で学んだことだが『ミラ』と呼ばれる迷宮があることだけだ。どんな迷宮かは詳しくは覚えていないが、迷宮のある所に冒険者はいる。

 もちろん冒険者組合があり、カルヴァオンの為に数多くの冒険者が集まっていると聞いた。


「あれ、知らないのかい? セウはイリス先輩の実家なんだ。スカーレット家が治める領地だよ。これは有名なんだけど、もしかしてナダは知らなかったの?」


 ガルカも朝食を食べ進めながら言った。


「ああ、知らない」


「てっきり知っていると思ったんだけどね」


「知れねえ。興味もねえ。それでイリスの実家に行くって言う事は、俺たちはあいつの親父とでも面接でもするのか? 大貴族の娘が組むパーティーメンバーを見極めるとかで」


 ナダは鼻で笑いながら言った。


「その可能性もあるわね。でも、私はきっと違うと思う。だって私たちは冒険者よ。それなのにまだ迷宮にすら潜っていない! きっと私たちはセウに潜るんだわ――」


「そう考えた方が自然だね」


 ガルカもアメイシャの意見に同意した。

 確かに迷宮あるところに冒険者あり。ナダ達は普段インフェルノにある迷宮であるポディエに潜っているが、他の迷宮に潜る機会は滅多にない。迷宮は種類によって大きく特徴を変えると聞く。

 きっと普段とは違う環境の迷宮に潜ることで、冒険者としての能力を図るのだろう。ポディエじゃないのが彼女らしいとナダは思った。


「で、ミラってどういうダンジョンなんだ?」


 ナダはミラと言う迷宮の事は深くは知らない。

 どんなモンスターが出るのか、どういう構造をしているのか。

 武器の一つは情報だ。

 調べもしない迷宮に潜る冒険者などいない。


「私は知らない」


 アメイシャは首を振りながら言った。


「オレは知っているよ、少しだけど――」


 反対にガルカはしたり顔を見せる。


「どういう迷宮なんだ?」


「でもさあ、ナダ、考えてみてよ。オレ達はライバルなんだ。共に数少ないアギヤの席を狙う者同士だ。ここで情報を与える事に何の意義があるんだ?」


 確かにガルカの言う事は最もだった。

 ここでナダに情報を与える意味はない。

 むしろ与えない方が自分に有利になると考えてもおかしな判断ではなかった。


「そうだな。じゃあいいさ。別に知らなくても、セウに着けば情報の幾つかはあるだろう。それまで待っても――」


 ナダの潔い発言にガルカは呆気にとられて、アメイシャがジト目になっている。


「……私は教えて欲しいんだけど」


 アメイシャはミラの詳細を教えてと強く目で訴えていた。

 その視線にガルカは負けたのか、それともアメイシャには悪い印象を抱いて欲しかったのか、深いため息をついてから諦めたように言う。


「……でも、迷宮に潜るかどうかは分からないよね。いいよ。教えてあげる。ナダも、これは無料だけど、仕方がないから聞いていいよ」


「やった!」


 アメイシャは小さくガッツポーズをして喜び、ナダも何も言わなかったが口元は少しだけ緩んでいた。


「いいかい? オレも多くの事は知らない。知っていることは教科書に書いてあることだけ。それによると、もしもミラに潜るのなら、俺たちはこれまでに得た迷宮の知識を捨てなければならない」


「どういうこと?」


 アメイシャは首を捻る。


「オレたちが今まで潜っているダンジョンは、岩壁に阻まれた場所で、時々坂道があって下に潜るほど強いモンスターが出る。でも、ミラは違う――」


「どう違うの?」


「ミラには下という概念がない。そうだね。ミラと言うダンジョンを一言で表すのなら樹海だよ――」


 ガルカはミラと言うダンジョンについて語る。

 ミラは、セウの地下に果てしなく広がる森と告げる。天井にはまるで空のように青々と、白い雲まで再現されており、小さな雀のようなモンスターが飛ぶこともあるらしい。またミラには下と言う概念がなく、果てしなく森が三百六十度に広がるという。

 また円状にミラは広がっており、中心にある入り口から遠く行けば行くほど、強いモンスターがいるという。

 モンスターはポディエと同じく獣の姿をしたモンスターが多いが、岩壁ばかりで見つけやすいポディエとは違い、木などに擬態したり、姿を隠したり、と戦う技能以上にモンスターを探す能力が必要だとガルカは語った。


「要するに、戦う能力以外にも色々な技能が必要なのさ。だから冒険者としての“資質”が試される。インフェルノで活躍した冒険者でも、セウだとすぐに死ぬという事も珍しくないみたいだ」


 ガルカは惜しむことなく、ミラの情報を二人に言った。

 その時にはもう食堂には三人以外の冒険者はいなかった。どうやら皆、夕方まで各自の方法で時間を潰すことに決めたらしい。

 ナダ達は相も変わらず食堂にいるが。


「中々に厳しい環境みたいだな――」


「そうだよ。オレも行ったことはないけどね」


 ガルカは苦笑した。


「面白そうなダンジョンね」


 アメイシャは楽しそうに笑っていた。

 ナダはその姿を見て、彼女の事を冒険者らしいと思った。

 難しいと聞いて困難とも思わず、むしろ冒険者らしく“冒険”することに歓喜している。

 それからも三人での情報交換は続く。

 特にセウについて語ることが多かったが、普段潜っているポディエについての情報も交換した。

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