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第二十話 ウリャフトⅢ

 次の日の朝、ウリャフトまで辿り着いた冒険者は朝に宿屋の一階――食堂に集められた。イリスが金属の何かを叩きながら「次の試験会場まで移動するわよー」と大声を出しながら各部屋の入り口を歩き回ったのだ。

 各冒険者はそれぞれに準備を済ませた状態で、イリスが来るのを待っている。

 彼女はまだ現れていない。


「はあ、次の試験はなにかしら?」


 アメイシャはナダと同じテーブルに介して、それぞれ朝ごはんを食べていた。今日の朝食はスクランブルエッグとボイルしたウィンナー、雑に切られたレタス、それにスライスされた固いパンとミルク、それに野菜が少しだけ入ったコンソメのスープだ。

 彼女はスクランブルエッグをフォークでつつきながら言った。


「知らねえよ。もう移動するって言うのはないんじゃないか? 流石に同じような試験を何度も続けても意味がないからな」


 ナダはまだ少し眠たげな眼をしながらパンをスープに浸して柔らかくしてから口にする。むしゃむしゃと噛んで、牛乳を飲む。スープは塩気が強く、パンも固いのでそれほどおいしいとは言えない。

だが、マスタードのつけたウィンナーは味が濃くナダの好みだった。噛むと皮がぱりっと弾けて肉汁が溢れ出す。きっとこの村の特産品だろう、とナダは思った。絞り立てのミルクも美味い。

 ナダの目の下には隈が出来ていた。疲れていない、と言ったら嘘になるだろう。

 たかだか一日固いベッドの上で眠ったところでここ数日の疲れが取れるわけではない。草原や森の中でもしっかりと睡眠を取ったが、野宿と言うものはやはり体に優しくない。

 少しではあるが、疲労は溜まっていた。


「オレはきっとそろそろ戦うと思うな。冒険する時の恰好、ということは武器を皆持ってきている。だからその活躍の場があるんじゃないか?」


 褐色の色男であるガルカも同じテーブルに座っている。

 彼はレタスをフォークで刺しながらむしゃむしゃと食べていた。

 ガルカはいつの間にかナダとアメイシャと一緒に馴染んでいる。その姿に違和感はなく、二人も自然なように彼を受け入れていた。


「……ガルカは山を越える時に武器を使う機会はなかったの?」


「なかったよ。途中でウサギとも遭遇したけど、わざわざ殺すのは可哀そうだろう? 捌いて食べる暇もないしね。あー、そう言えば道を作る為に枝は斬ったよ。でも、それだけだ」


「普通はそうよね――」


 アメイシャはため息をつく。

 やはり熊と出会ったのは不幸な出来事だったようだ。

 この食堂にいる他の冒険者と比べて、ナダは顔に生傷が多い。水で洗ったのか土埃や血は綺麗になっているが、線のような傷は消えていない。どれもかさぶたとして固まっている。

 ナダは気にしない顔をしているが、見る者が見れば戦った後の体なのは言うまでもない。数多くいる冒険者の中でただ一人、ナダは冒険を行った後の冒険者のようだった。


「アメイシャさんはいつ頃こっちについたの? オレは一昨日だけど、その時にはまだいなかったから」


「昨日よ」


「間に合ってよかったね。結構、落ちている人もいるみたいだよ。実力者は大体残っているけど――」


 その話を聞くと、アメイシャは見渡した。

 各テーブルについている冒険者を見てみると、見知った顔が多い。

 優秀な冒険者の先輩であるニレナとシズネ、またイリスに恋心を抱いているニックは当然のように椅子に座りながら朝食を食べている。

 また白い毛皮の服を着ている髪を白い布で覆っている男――フィドライセンのフリーゲや、似たような革の胸当てを付けているウィンドリアン兄弟。

 また山を越える際にインフェルノへと向かった眼鏡をかけた冒険者も間に合ったようで他の冒険者と同じく席についている。同じテーブルで食事についている筋肉隆々な男たちはきっと仲間だろう。アメイシャは彼らも町に戻っていくのを見た。


「みたいね。まさか彼らが間に合うとは思ってなかったわ」


 アメイシャは一瞬だけ眼鏡の男たちがいる卓を見てから、小声で言った。彼らに聞こえないように。


「あー、彼らは……」


 ガルカも苦笑いしていた。


「知っているの?」


 ガルカもアメイシャの耳元に口を近づけて、小声で言う。


「ああ、うん。彼らはブラセレッテ家の者達だよ。眼鏡をかけているのがブラセレッテ家の御曹司――フェデリコだよ。四年生でね。優秀な冒険者だけど、黒い噂も多い。実家も大きいみたいだからね。近づかないほうがいいと思うよ」


 アメイシャもブラセレッテ家は聞いたことがある。

 貴族ではない。

 だが、大きな財力を持っている。

 ブラセレッテ家は鉄道会社において、初期投資した商人の一人であり、現在でも国に一つしかない国有鉄道会社の幹部である。国の流通を司る鉄道会社は大きな力を持っており、その需要は年々増しており、様々な町に鉄道が敷かれ、数多くの列車が作られ、それと共に利用者数、運ぶ荷物の多さなど規模は段々と大きくなっている。


「なるほど。そういう事ね」


 アメイシャはフェデリコがインフェルノに帰った理由が分かった。

 列車を使ったのは当然であるが、おそらく実家の力を使って最速でこの町まで着いたのだろうと考えた。幹部の息子であるならば、本来の予定にない列車の発車や途中の駅で止まる時間をなくす時間短縮もできる。

 きっとまともに山を越えるよりもそっちのほうが早いと判断して、実際に彼は間に合った。


「まあ、なんだっていいけどよ、イリスはまだかよ? 合格したのはここにいる冒険者全てだろう? 肝心のイリスがいねえぞ――」


 ナダはまた現れないイリスを探すが、あいにくとここにいる冒険者の中にはいない。

 ここまでの試験を乗り越えた冒険者は、ナダを含めて二十人ほどだろうか。

 その全ての視線がナダへと向く。ほとんど誰も喋っていない中で、ナダの大きな地声は食堂内に響いた。


「……ちょっと、ナダ、声が大きいわよ」


 特にニックやフェデリコから睨まれているナダの太ももを叩き、小声で注意するがあくびをしながら聞く様子がない。


「別にいいじゃねえか。イリスはこのぐらいの文句で怒らねえよ。一体、イリスは何をしているんだよ――」


 ため息混じりにナダは文句を言う。

 そして皿の上に乗ったウィンナーをフォークで刺して、一口で頬張った。その失礼すぎるナダの態度に苛立ったニックとフェデリコが立ち上がろうとするが、それよりも早くイリスが入り口から現れた。

 彼女は白いワイシャツに細い青のジーンズを履いている。


「――皆、待たせたわね。ここまでよく来てくれたわ。私が予定したよりも多い冒険者が集まったということは、それだけ優秀な冒険者が集まったという事。私はあなたたちの事を誇りに思うわ。あー、あと――ナダ、私へ文句は聞こえているわよ。絶対に忘れないから――」


 イリスは最後にナダを睨みつけた。だが、当の本人は気にもせずに朝食であるスープを飲んでいる。少し塩気が濃いのが飲みやすく、まだ疲れの残っている体に染み渡る。


「さて、それはいいとして皆には申し訳ないんだけど、次の試験会場はここではなく、セウで行うわ――」


 当然のようにナダはその都市を知っている。

 セウにはダンジョンがあるので、授業で習う町の一つだ。

 そのダンジョンはミラと呼ばれるダンジョンであり、冒険者が数多く集まる街だ。またカルヴァオンが算出することから、工業も大きく発展しており、海に近いこともあって造船会社や列車の製造など様々な産業が発達している大都市だ。

 また、セウはイリスにゆかりのある都市だ。

 イリスの生家であるスカーレット家は、セウを治めている。

 彼女にとって、セウは故郷なのだ。

 ナダはセウに行ったことはないが、彼女からその故郷の様子は詳しく聞いている。

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