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第十八話 ウリャフト

 ウリャフトは宿場町として発展してきた村だ。

 山の麓に旅の中継地点として。

 現在は列車の停留所として。

 そんな町も最初は十数の家屋が立ち並ぶ村からスタートし、現在では列車の停留所が二つもある大きな町だった。高い城壁で囲まれて、町の中には高い建物も沢山ある。

 そんな町の入り口に、ナダとアメイシャは立っていた。

 門番は立っていない。

 宿場町として栄えたウリャフトは、来る者を拒まない。

 隣には線路がある。

 今は列車は走っていないが、いつ通るか分からないので線路の上に人はいない。流石に冒険者であっても列車には勝てない。


「着いた――」


 ナダは町の入り口に立つと、疲れたように言った。

 目の下には大きな隈が出来ている。もう一日も寝ていないからだ。

山を越えるまではよかった。

 あれからシカとも何度か出会ったが襲われることはなく、一定の距離を保ちながら消えていった。

二人は特に困難にも特に出会わなかった。ナダの地図を読む能力は高く、道に迷うこともなかった。山も歩けないほど滑る斜面もなく、迷宮と比べると非常に歩きやすい地形をしていた。

 だが、町の姿が見えたころ、ナダとアメイシャは町の場所が思ったよりも遠いところにあることが分かった。日が落ちるまでの時間は短い。イリスから言われた制限時間までもう残り少なかったらので、二人は草原をひたすら走ったのだ。

 もちろん、荷物は全て捨てて。

 武器と鎧だけの状態で走った。

 それで日が落ちる前になんとかたどりついたのだ。


「ええ。やったわ……時間は間違っていないわよね?」


 アメイシャが興奮したように言う。

 彼女も疲れてはいるが、それよりも試験を突破できたことのほうが嬉しいようだ。


「大丈夫だろう。まだ太陽は落ちていないし、ほら。あそこ――アメイシャの好きなイリスが立っているぞ」


 町の入り口、数多くの人が通っている道の真ん中にひときわ目立つ人物が立っていた。

 派手な容姿を持つ冒険者であるイリスだった。

 彼女はジーパンと白いシャツと言うシンプルな格好で、ナダとアメイシャに対して大きく手を振っていた。

 アメイシャはイリスを見つけると、最後の元気を振り絞って彼女のもとへ駆けて行く。

 ナダはその様子を見て微笑んでから、のそのそと歩いて二人へと近づいた。アメイシャはイリスの手を握って、とても笑顔で振っている。どうやらイリスとちゃんと喋ったのは初めてのようだ。


「やあやあ、ナダ。お疲れ様。あなたも制限時間までに間に合っているからこの試験は合格よ――」


 イリスはナダが近づくと、ひらひらと手を振りながらあどけない笑みを浮かべた。


「そりゃあ、よかった」


 ナダは既に疲労困憊であるが、余裕綽々の笑みを浮かべる。


「どうだった? 私が考えた試験は――」


 イリスは残念そうにはにかんでいた。


「もう少し骨がある試験を考えたらどうなんだ。これぐらいなら、大抵の冒険者はこなせるぐらいだろう?」


「そう言われると世話ないわ。確かに私の思った以上の冒険者が試験を突破したわ。どうやら今回集まった冒険者は、私の思った以上に優秀だった。最も、彼らはナダよりも早く着いたけどね――」


 イリスは近くにある宿屋を指差した。

 どうやらここに早く着いた冒険者はイリスの計らいにより、宿屋に泊ったらしい。それもそうだろう。ナダ達よりも早く着いた彼らの多くは、きっとゆっくりと休息せずにここまでやって来たのだ。それを労わる為に宿屋を借りたのだろう。それぐらいイリスの財力なら簡単な事だ。


「俺は一晩草原で寝てから出発したからな――」


「あんた、余裕ね――」


 イリスは呆れたように言う。


「他の冒険者はどうだったんだ? イリスも含めて」


 ナダは宿屋の中で休憩している冒険者を顎で指す。


「殆どが寝ずにここまで来たに決まっているじゃない。勿論、私が一番乗りだったけど――」


「皆、やけに急いでいるんだな」


 ナダは他人事のように言う。


「……ナダ、よく考えてみなさいよ。早く着いた方が優秀だと思われるでしょ? だから彼らは急いでいたのよ。もちろん、一番優秀だったのは私だけど」


 ナダは他の冒険者たちが急いでいた理由を納得した。

 どうやらそういう考えもあるらしい。ナダとしては納得した。そうだと全く急ぐ気など生まれなかったが。


「あー、はいはい。知っているよ。イリスが優秀だってことは――」


 ナダはうんざりしたように言う。

 そんな事、わざわざ口に出さなくても知っている。ナダが学園に入った当時から、イリスの名は学園で有名だった。貴族と言う肩書ももちろんだが、アビリティとギフトをそれぞれ持つという珍しい体質。普通の冒険者ならどちらかしか発現しないというのに。

 またそれだけではなく、彼女は冒険者として優秀だった。

 入ったパーティーはたちまち学園でも上位の成績に上り詰め、伝統あるアギヤに入ってからは学園でもトップのパーティーに躍り出た。彼女はそれほどに才能があり、富と名声を手に入れた冒険者なのだ。


「そう、ならよかったわ」


「でも、余裕をもって行動するのも冒険者として大切なんじゃねえか? 余力を持って冒険することも大切だろう」


「どちらも正しいわ。冒険者にね、正解なんてないの――」


「まあ、どっちでもいいけどさ、あんまり冒険者としての誇りとか、思想とか俺にはねえし――」


「あんた、つまらないわね――」


「知らねえよ、イリスの面白さなんて。で、イリスの金でとった部屋の中に、俺の分はあるのか?」


 ナダの不遜すぎる態度にイリスは呆れていた。


「あんたと真面目に話していると私がばかに思えてくるわ。ええ。勿論、あるわよ。この鍵をあげるから、さっさと行けばいいわ――」


 イリスが投げ渡した鍵をナダは掴んだ。

 アメイシャは彼女から手渡しで優しく受け取る。


「ありがとよ」


 その鍵をよく見てみると、部屋の番号が書かれてある。

 アメイシャはその場に残るようだが、ナダは鍵を右手でしっかりと握りこむと


「精々、休みなさい。次の試験はもっと厳しいわよ。ナダ、あんたでも越えられるか分からないぐらい――」


 イリスはナダの背中に厳しい言葉を浴びせる。

 だが、彼の様子が怯えて丸まる様子もなく、一度だけ振り返って口角を少しだけ上げた。


「いいぜ。楽しみにしてる――」


 イリスは彼が宿屋の奥に姿を消すのを温かく見守っていた。


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